六年ぶりに幼馴染と再会したら、なぜか同棲と猛攻が始まった。

あすれい

プロローグ 入学式の朝

「──隼くーんっ? そろそろ起きないと遅刻しちゃうよー?」


 頭上から柔らかな声が降ってきて、身体をゆさゆさと揺すられる。


「ん……。うぅん……」


「私、今日は早く着いてないといけないからもう出るね。二度寝はダメだよ、遅刻しちゃうから。それから、テーブルの上に朝ごはん用意してあるからちゃんと食べてね」


「……うん」


「んっ、よろしい。それじゃ、いってきまーす」


「ふぁ……。いってら──って、もういないし……」


 ようやく目を開けると、黒い髪が靡いて部屋から出ていくところだった。


「あぁ、そっか。今日は入学式か……」


 起き上がった俺はハンガーに吊るされた真新しい制服を見つめ、大きく伸びをした。


 ***


 舞い散る桜を眺めながら俺はこれから通うことになる柊陵しゅうりょう高校の校門をやや緊張した面持ちでくぐり抜けた。


 俺の両親の母校でもあるこの柊陵高校。この近辺ではかなりレベルの高い高校として有名だ。


 俺としてはもっと低いランクの学校でも良かったのだが、両親の強い勧め、というかゴリ押しされてこの学校を受験した。


 当然受験勉強は必死、落ちたら高校浪人だぞ、なんて言われたらそうもなる。本当に苦しい日々だった。


 というか、この学校以外認めないとかさぁ、あの両親横暴がすぎやしないか?

 俺が通う高校なんだから、もう少し俺に選択権があってもいいはずなのにな。中一の頃までは進路は好きにしろって言ってたくせに。

 まぁ、その理由自体はもうわかってるし、無事に合格したからいいんだけどさ。


 そんな事を考えながら向かった昇降口、その前には人だかりができていた。そこにクラス表が張り出されているらしい。


 他の新入生達がクラス表を見て一喜一憂しているのを尻目にその中から自分の名前を探す。全8クラスを1組から順番に目を通していくと、ようやく5組のところで見つけることができた。


 ──柊木ひいらぎしゅん


 それが俺の名前だ。


 他に誰か見知った名前がないか確認したいところだったけど、あいにく後がつかえているので場所をあけることに。


 これから一年を過ごすことになる教室に向かい中に入ると、そこによく知る顔を見つけることができた。


 俺はそいつに近寄り、声をかける。


「なぁ悠人ゆうと、教えてくれ。幼馴染って、いったいなんなんだ?」


「いきなり何言ってんの……? しゅんさぁ、春休み明けで久々に会った友人にかける言葉がそれ? おはようとか、今年もまた同じクラスだなとか、他になにかあるでしょ」


 俺のトンチンカンな質問に苦い顔をするこいつは時雨しぐれ悠人ゆうと、俺の友人だ。


 中学一年の時に同じクラスになったことで仲良くなり、その後の三年間ずっと同じクラスだった。今年もまた同じクラス歴を更新したらしいし、そろそろ腐れ縁と呼ぶべきなんじゃないかね?


「あー……、すまん。おはよう、悠人」


「うん、おはよう。今年もまた隼と同じクラスで嬉しいよ」


 苦い顔から一転した悠人の爽やかな笑顔が眩しくて、俺は視線を横に逸らした。


 こいつ、顔がいいんだよ。いわゆるイケメンってやつだ。おまけに背も高くて頭も良い上に運動もできるという、ちょっとうらやましいスペックの持ち主だったりする。さらに性格までいいときたら、そりゃもうモテる。


 今だってすでに教室内の女子から注目集めてるもんなぁ。まさか俺までときめかせようとしてんじゃないだろうな?


「お前、さらっとそういうこと言うよな、恥ずかしげもなくさ」


「本心だからね。隼は俺と同じクラスはイヤ?」


 なんか面倒くさい彼女みたいなこと言い出したぞ、こいつ。


 というか、似たようなことを少し前に別の相手にも言われたんだよなぁ。


 その時の俺は────


 いや、今はいいか。


「イヤじゃねぇよ。またよろしくな、悠人」


「こっちこそよろしく」


「悠人がいるならテストは安心だな。頼りにしてるぜ」


 もしかすると今年からは悠人の助けがいらなくなるかもしれないが、それはそれだ。頼れる人間は多いほうがいいに決まってる。


 なんてったって、合格ボーダーを少し下回る程度の学力しかなかった俺がこの高校に入学できたのは、自分の勉強そっちのけで教えてくれた悠人のおかげだからな。


「少しは自分でも勉強しなよ、隼だってやればできるんだからさ。別に教えるのはいいんだけどね。で、話を戻すけど幼馴染がどうとかって言ってたのはなんだったの?」


 そこを蒸し返されるとちょっと困る。なんだって俺は出会い頭にあんなこと聞いたんだか。俺の今の状況がそうさせたんだろうけどな。


「その、あれだ。少し気になっただけっていうか……?」


「ふーん? 幼馴染って言うくらいだから、幼い頃から馴染んでる相手ってことだと思うけど、それがどうかしたの? 隼に幼馴染がいるなんてこれまで聞いたことなかったけど、もしかして急にできたとか?」


「いや、急にはできないだろ……」


 それじゃ今悠人自身が言ったことを否定することになっちまう。


 俺がそう返事をした瞬間、男子のどよめきが教室の空気を震わせた。


「あの子、めっちゃ可愛くね?」


「やっば……一目惚れしたかも」


「いやもう、これは同じクラスなだけでラッキーでしょ」


 そんな声が次々とあがる。その男子達の視線の先には、今しがた教室に入ってきたと思われる一人の女子。


 鎖骨の辺りまで伸ばした艷やかな黒髪をふわりとなびかせ、優しげな印象の瞳はぱっちりと、桜色の唇は緩やかな弧を描く。かっちりと制服に包まれた身体はスレンダーで、ある一部だけが大きく存在を主張している。スカートは他の女子達に比べればやや長めではあるが、そこから伸びる脚はスラリと美しい。


 まごうことなき美少女がそこにいた。


「……へぇ。可愛い子だね」


 他の男子達とは違い悠人の反応は薄い。


「悠人は、あんま騒がないんだな」


 っていうか……え、まじで? 

 あいつも同じクラスなのかよ……。


「そういう隼だって似たようなものじゃ──ってなにその顔?!」


「失礼だな。そりゃ悠人みたいに整ってはいないだろうけどさ」


「いや、そういうこと言ってるんじゃなくて……。なんか、なんとも言えない表情してるけど気付いてないの?」


「むっ……。それは……まぁ俺にも色々あんだよ」


「隼、なんか今日は変じゃない? 悩み事があるなら聞くよ?」


 感情が表に出ていたらしく、悠人に心配されてしまった。


「別に悩みなんて大層なもんじゃねぇよ。ただ、どうしたもんかなって思ってるだけだから大丈夫だ」


「……そっか。じゃあひとまず詮索はしないでおくよ。でも、どうしてもってなったら相談くらいはしてほしいけどね」


「あぁ、そん時は遠慮なく頼らせてもらうわ」


 まったく、いいやつすぎて泣けてくるな。なんで俺の友人なんてしてくれてるんだか。


「あっ、なんかこっちに手振ってるよ。もしかして隼の知り合い?」


 悠人に言われて視線を戻すと、件の美少女が俺の方を見て手をヒラヒラさせていた。


「……あのバカっ。約束が違うじゃねぇか」


「ほぉ……?」


 悠人のニヤついた顔が迫ってくる。


「……なんだよ?」


「あのバカ、約束、ねぇ……。なるほど、これはなにかありそうだ」


「……」


 これは俺の失態だ、だんまりを決め込むしかない。あんなこと、口が裂けても言えやしないんだから。


「大丈夫、わかってるって。隼が言いたくないうちはなにも聞かないよ。詮索はしないっていったばかりだからね」


「はぁ……。そうしてくれ……」


 未だヒラヒラと手を振り続けている美少女に向けて『やめろ』という意味を込めて視線を送る。目が合うと、さらに激しく手を振られた。


 ……全然伝わってないし。


 俺は心の中で大きくため息をついた。


 彼女の名前は高原たかはら里桜りお。春休みの間に六年ぶりに再会した俺の幼馴染だ。


 そんな里桜と俺は今、二人だけで生活をしている。


 いきなり悠人にあんな質問をしてしまったのは実はこのせいだったりする。


 どうしてそうなったのかは俺にもいまいち理解できていない。もちろん事情は聞いたけども、混乱する俺を放置してなし崩し的に里桜との共同生活がスタートしていたんだ。


 ことの始りは三週間ほど前、中学卒業の日の夜のことだった──

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