第3話 俺の役目はボディガード?

「あぁ、会えたよ。無事になっ!」


 いや、無事にとはとても言えないけどさ。知ってりゃあんな事故を起こさずに済んだかもしれないのに。


 その内容はとても母さんには言えたもんじゃないが、皮肉はこれでもかと込めた。ただ、母さんは特に堪えた様子はない。


『それはなによりね! それで、こうして電話してきたってことは事情を聞きたいってことなんでしょ?』


「そうだよっ! なんでなにも教えといてくれなかったんだよ?」


『そんなの隼を驚かせるために決まってるでしょ! サプライズよ、サプライズ! それに、知ってたら隼はあれこれ理由を付けて逃げちゃいそうだったしね』


「ぐっ……」


 なにもかもお見通しってことかよ。図星すぎて文句の一つも言えない自分が恨めしい。


『まぁひとまずそれは置いといて、今里桜ちゃんは近くにいるの?』


「目の前にいるけど、それがなんだよ?」


『話、聞きたいんでしょ? とにかくあんた達の再会を果たさせることには成功したってことで、これからのことも含めて説明するから、里桜ちゃんにも聞こえるようにしてくれる?』


「……わかった」


 スマホを操作してスピーカーに切り替え、テーブルの真ん中に置く。


「これで聞こえるか?」


『うん、ばっちり。里桜ちゃんにも聞こえてるかな?』


「はい、大丈夫ですよ。おばさん、お久しぶりです」


 今まで黙って俺を見ていた里桜も会話に加わった。


『うん、久しぶり。それじゃ里桜ちゃん、隼にはどこまで話したのか教えてくれるかな?』


「えっと、同じ高校に通うことと、ここで二人で暮らすってところまでですね」


『ってことは、まだほとんど話してないってことね。なら順を追って説明していきましょうか。まず里桜ちゃんがその高校に通うことになったところからいこうかな。里桜ちゃん、話せる?』


「はい」


 どうやらここからは里桜が説明してくれるようだ。


「あのね、隼くん。隼くんはおじさんとおばさんが柊陵高校の卒業生だってことは知ってるよね?」


「あぁ。何度も聞かされたからな」


 それこそ、柊陵高校を志望校にしろと言われてから耳にタコができるんじゃないかってくらいに。それから、すごくいい学校だからってことも。この理由だけで受験をゴリ押しされてたんだ。


「じゃあ、私の両親も同じってことは知ってる?」


 おぼろげな記憶だが、俺の両親と里桜の両親は高校時代からの親友だって聞かされたことがある気がする。


「……なんとなくは。それが今回の話とどう関係あるんだよ?」


「それはね、私がお父さんとお母さんの高校時代の思い出話をたくさん聞かされてきたからなの。憧れ、っていうのかな。私もあんなふうになりたいなぁってずっと思ってて」


「その思い出って、どんなのなんだ?」


「私のお父さんとお母さんね、柊陵高校で出会ったんだよ。そこから大恋愛をして、結婚して、今でも隙があればイチャイチャしてるんだから。でね、その大事な思い出の場所で私も過ごしてみたいってずっと思ってたの。私も柊陵高校に入れば同じようになれるんじゃないかなぁって気もするしね」


 かなり夢見がちなことを言っている気がするが、里桜の顔は真剣だ。そうなれることを微塵も疑っていない、そんな表情をしている。


 そんなに恋愛がしたいならすればいいのに。里桜のこの容姿なら相手には事欠かないだろう。


『まぁ、そんな感じね。ちなみに隼に同じ高校を強制したのは、遠くから入学してきて知り合いのいない里桜ちゃんを一人ぼっちにさせないようにするためよ』


「ごめんね、隼くん。私の我儘に巻き込んじゃったみたいで」


「いや、それはもう受かったからいいんだけどさ……。でも、なんだってそれで俺と里桜が二人だけで暮らすことになるんだ?」


 里桜が柊陵高校に入りたがった理由はひとまずよしとするとして。でもそれなら里桜が一人暮らしをするという選択肢もあったはずじゃないか。


 その答えは母さんの口から告げられた。


『最初はね、里桜ちゃんにはうちに来てもらうはずだったのよ。さすがに年頃の女の子を一人にするのは危ないからってね。でもうちのお父さんの転勤が決まっちゃったでしょ? それでやむなく隼にその役目を任せようってことになったの。いってみれば、隼は里桜ちゃんのボディーガードってところね』


「そのボディーガードが俺でいいのかよ。俺だって一応男だぞ? 里桜の両親だって──」


 俺がもし親なら、大事な娘を同じ歳の男と一緒になんて生活させたくないと思う。


『もちろんそこは里桜ちゃんの両親も納得済みよ。もしかして、隼は里桜ちゃんになにか危害を加えるつもりなのかなぁ? 私もお父さんも隼をそんな子に育てた覚えはないんだけどなぁ?』


「むっ……」


 そりゃ俺だって里桜をどうこうしようなんてつもりはこれっぽっちもないが。それでもさっきみたいな事故がこれからまた起こらないとも限らないわけで。


「大丈夫だよ。私、隼くんのこと信じてるから。って、これはさっきも言ったね」


 里桜が真っ直ぐに俺を見つめる。その目は昔となにも変わらず純真で、俺の心をチクチクと刺激する。


『ということだから、話はこれで終わりね。あとは二人で仲良くやりなさい。こっちも引っ越しの準備で忙しいんだから、あんまり時間取れないのよ』


「はいっ。おばさん、ありがとうございました」


「お、おいっ……! 話は終わってな──」


『いいのいいの! これくらい里桜ちゃんのためならなんてことないよ。隼、里桜ちゃんのことは任せたからね。里桜ちゃんになにかあって里桜ちゃんのお父さんにぶっとばされても知らないから、そのつもりで守ること。あと、里桜ちゃんもこんな息子だけどよろしくね?』


「私は全然問題なしですっ! 任せてくださいっ!」


『それが聞けて安心したわ。入学式には顔を出すから、二人ともまたその時にねっ』


「ちょっと待てって! 俺はまだっ────って、本当に切りやがった……」


 母さんと里桜で勝手に話にキリをつけて、無慈悲にも電話は切られてしまった。沈黙したスマホを手に取り、それから何度もかけ直してみるが母さんが出ることはない。


「くっそ……母さんのやつ……」


「ねぇ、隼くん?」


 そう言いながら、里桜は俺の手からそっとスマホを奪い取った。


「なんだよ……」


「隼くんは私と一緒なの、イヤじゃないって、言ってくれたよね?」


「まぁ、言ったけど……」


「なら──」


 里桜は綺麗な所作で俺に頭を下げる。テーブルに三指をついて。


「──不束者ですが、これからよろしく、ね?」


 頭を上げた里桜の顔は笑っていて、その笑顔が眩しくて、俺はそれ以上悪態をつくことができなくなった。


 ここでその挨拶は違うんじゃないかと思ったり、まだ納得しきれていないこともあったけれど、そんなことはどうでもよくなる。それくらい里桜の笑顔は魅力的で、記憶にある昔のままで。


「はぁ……。わかった。いや、よくわかんねぇけど、とりあえずこれからよろしくな」


「へへ、うんっ!」


 たぶん俺は里桜の笑顔に見惚れてしまっていたんだ。この時にはまだそれを自覚してはいなかったけれど。


「じゃあ隼くん。握手、しよ? これから二人でやってくんだから、ね?」


「……しょうがねぇな」


 差し出された里桜の手を握ると、懐かしさがこみ上げてくる。俺のより一回り小さくて、いつも少しだけヒンヤリしているのが里桜の手だった。六年を経てお互いだいぶ成長した今でも記憶の中のそれとしっかり一致する。


「ふふっ。やっぱり隼くんの手、昔と変わらないよ。温かいね」


「里桜のだって。いや、里桜のは……ちょっと冷えてるけどな」


「なら隼くんに温めてもらおーっと。へへっ、隼くんとまたこんなことができるの、すっごく嬉しいっ!」


「……そうかよ」


「そうだよっ」


 こうして俺と里桜、二人だけの生活が幕を開けることとなった。そしてそれは里桜からの猛攻が始まる合図でもあったのだ。

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