天井の機能と歴史

@wlm6223

天井の機能と歴史

 古来の日本家屋の民家には天井が無かった。というのも、建築上の技巧に依るとことも大きいが、原因は主に三つある。

 古い時代には土地も充分にあり、一階だけで充分に居住空間を作ることができたため、二階を作る必要がなかったからだ。

 合掌造りの日本家屋を思い起こして欲しい。囲炉裏が室内にある場合、熱効率を考えるなら、天井がある場合、熱の逃げ場がなくなってしまい、冬でも夏でも室内は必要以上に暑くなってしまうからだ。これが天井がなく、すぐ茅葺きの屋根へと続くなら、自然に不要な熱は屋根を通り越し、室内の温度は適切に保たれるのである。これは大自然と適応することを前提とした生活様式をもつ日本人の知恵の一つとも言える。

 もう一つの理由は、日本各地に点在する土着信仰によるものである。

 地域により詳細は異なるのだが、天井裏には魔が住む、というものである。

 A県T市に残る伝承では、ある豪商が二階建ての屋敷を建てたところ、半年もせずに主人が気の病により亡くなったのである。

 その豪商は海産物の取引で先祖代々その地の顔役でもあった。

 屋敷の二階を寝起きの場としていた主人が、「寝ている間に天井から魚の群れが現れ襲われた」と言い出すようになった。家人達は不審に思い、天井裏を捜索したが鼠の糞がいくつか見付かった以外、他には何も無かった。

 豪商はこれまで獲った魚たちの霊障ではないかと思い、港の脇に魚たちの供養塔を建てた。だが、これといった効果はなく、主人は毎晩の悪夢にうなされた。

 家人が祈祷師を呼びお祓いをしたところ、「天井裏に魔が住んでいる。家業を廃さない限りこの祟りは去らない」と言うのである。豪商は「供養塔を建てたのだから魚たちは成仏している筈だ」と、この言を頑として聞き入れず、家業に精を出し、ついには狂死したのである。

 他にY県K村にこんな伝承がある。

 村のある商人が一代で財をなし、二階建ての屋敷を建てたところ、それを契機に家業が傾き始めた。

 はじめは景気のせいかと思われたが、村が栄えるにつれても、この商人の家業だけが衰えていった。

 商人はこれは何かの因縁があるのでは、と思い村の宮司に相談にあがった。

 宮司は商人の屋敷を検分し、二階の天井を指し示し「天井裏に貧乏神が住み着いている」と告げた。

 商人はどうしたものかと考えた。貧乏神といえども神である。いっそのことお祀りすることにした。商人は天井裏に祭壇を作り、一族郎党を集めて宮司に祈祷をあげさせた。

 その晩、商人が眠りに就くと枕元に貧乏神が現れた。

「私は貧乏神である。貧乏神であるが故、今まで誰にも祀られることがなかった。この家に住み着いて初めて祀られることが出来た。お礼にこの家を栄えさせてやろう」

 商人は驚きのあまり飛び起きたが、貧乏神の姿はとうに消え去っていた。

 それからというもの、貧乏神の言った通り商人の家はまた元の通り栄えるようになり、商人は月に一度、天井裏に上り貧乏神への礼の祈祷を捧げるようになった。

 こう言った天井裏に関する伝承が日本各

に点在するのである。

 翻って現代の建築では天井裏があるのが当たり前になっている。特に都心部ではマンションの乱立もあり、十階建て以上の建物もごく普通であるため、天井裏があるのが当然になっているのが実情である。現代の天井裏の機能は、電気系統の配線・上下水の配管・エアコンの排水管などであり、その空間は極狭くなっている。天井裏に上がる、と言うことは出来なくなってしまった。

 天井裏にはもう心霊の住み着く余地など無くなってしまったのである。

 だが、霊障が原因とは言わないまでも、こう言った現代建築にも生活上の不便や事故・事件というものが無くなった訳では無い。特にマンション・アパートなどの集合住宅では上階からの騒音問題や近隣居住者どうしでの問題が新たに発生しているのは周知の通りである。そう言った諸問題は古来の日本建築には起こりえなかった。人間どうしの諍いが霊障に取って代わったのである。

 未知の心霊に対する問題より、生きた人間の引き起こす問題の方が解決しづらいのは昨今の事件・事故を見れば明らかである。ともすると、隣人が悪鬼にとって変わったとも見えないわけではない。近隣の住人がいつ災いの種になるのか分かったものではないのである。このよう日本人は住居に関する災いの元を、悪鬼から隣人へと変貌させる選択をしたのである。

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