些細なミス

@wlm6223

些細なミス

 一九七四年初夏、中核派Aは新宿の新左翼系の書店で思わぬ冊子を手に入れた。小さな店内で雑然と山積みされていた中からその冊子は見つかった。「腹腹時計」である。内容を確かめるまでもなくレジで会計を済ませ、横須賀の自宅アパートへと戻って行った。これで俺も本物の闘士になれる。中核派Aは電車内で破壊とテロリズムの夢を見た。

 中核派Aが住んでいるアパート、緑荘に着くと、興奮気味に「腹腹時計」を読んだ。中核派Aが求めていたのは第二章の爆弾の作り方である。一読すると製造工程自体は中学生レベルである。本格的な爆弾製造方法は「『薔薇の詩』にゆずる」とある。それでも爆弾製造には充分な記事である。中核派Aは自分一人では材料の収集に困難であるため、助っ人を求めた。横浜で中核派Bと落ち合うよう連絡をとりつけた。


    ×


 「用ってなんだよ。」

 「お前の実家、農家だよな」

 「ああ、今でも秋田で土をひっくり返してるよ。それがどうした」

 「クサトールと肥料、木炭が欲しいんだ。なんとかならないか」

 「なんだなんだ。革命闘争をやめて農家へ転向するつもりか?」

 「いや。これを手に入れたんだ」

 中核派Aが中核派Bに「腹腹時計」を見せる。

 「ずいぶん物騒なもの手に入れたな。じゃ、本格的に爆弾闘争を起こす気か」

 「そうだ」

 「そうか。しかし、またなんで俺に?」

 「この時期、農家なら除草剤を大量に発注しても怪しまれない、と書いてあったからだ」

 「悪知恵つけたもんだな。話にはのってやる。が、金と時間をくれ」

 中核派Aは、なけなしの現金を中核派Bへ渡し、次なる闘争への野心を燃やした。


    ×


 爆弾の材料が届くまでの間、中核派Aは爆弾製造方法の学習に躍起になった。

 中核派Bから手紙が来た。「紹介したい人がいるから○月○日正午、新宿の○○喫茶店に来い」との事だった。中核派Aは日時を暗記し、証拠隠滅のためその手紙を燃やした。


    ×


 ○月○日、中核派Aは正午一〇分前に指定の喫茶店に入った。「おお、こっちだ、こっちだ」と、中核派Bが手招きしている。その隣には中核派Cがいる。彼とは初対面だ。

 中核派Cが「あなたの活動に貢献できると思いまして」と、大きめの茶封筒を中核派Aに渡す。中をあらためようとすると中核派Cが遮った。「人目のあるところでは、ちょっと。特殊な雑誌ですから」と言う。訳が分からないが、暫く雑談して帰路についた。


    ×


 中核派Aが緑荘に帰ってきた頃には夕方になっていた。気になった仕方なかった茶封筒を開けると「構造」一九七四年六月号という雑誌が入っていた。ページをめくると、「薔薇の詩」全文が掲載されているではないか。これで爆弾製造にも拍車が掛かる。


    ×


 九月初旬深夜、中核派Bが軽トラで緑荘の中核派Aの自宅を訪れた。

 「おい、例のもの持ってきたぞ」

 クサトール百キロ、肥料百キロ、木炭多数である。何でも農家では二十キロ単位で発注できるのだそうである。

 「ありがとう! さあ、中へ入れてくれ」

 狭い六畳一間はあっと言う間に爆弾の材料で埋め尽くされた。


    ×


 それから数日、中核派Aは様々な爆弾を作り上げた。マグカップ型爆弾、パイプ爆弾、コカコーラ瓶爆弾などなど。全ての材料を使い果たすと、中核派Bと中核派Cを自宅へ招いた。布団を敷く場所を除いて全て手製の爆弾だらけの異様な光景である。

 「お、コーラあるじゃん。一本貰うよ」

 中核派Bがコーラ瓶爆弾のピンを抜く。

 「あれ、どうやって開けるんだこれ」

 中核派Aが叫んだ。

 「あっ! バカ!」

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