第18話

「はああ⁉︎」


 境内にある小さな社務所の中で、晶は思わず叫んだ。晶以外の面々も全員驚きに目を見開いて硬直しており、エルだけが能天気な笑みを浮かべている。


「ご、ごめん、もう一度言って?」


「クウコウから歩いてここにきて、セラさんにタスケもらいました。それからずっとココにいます」


 空港とは、ほとんどが海の付近に建てられるものである。そこから山の中までとは、石川から東京までではないが歩く距離としては長い。


「日本はチイサイってきいていたから、できると思うしたんです」


「国土としては確かに小さい方だけど、それでも歩いて東京までは無理あるよ……」


 どうやらエルの『中の人』は日本の文化が好きだった、海外で活動をしていた配信者であったらしい。日本の文化をアニメやゲームなどで学んだので、エルは意気揚々と日本へと渡ったけれども、所詮は異国の土地、知識は少ない上に偏っており、見立ても甘い。

 東京に向かおうとしたが飛行機を間違え、石川県の空港に着いてしまい、電車もロクに動いていなかった上に乗り方もわからず、結果歩きで東京に向かおうとするという暴挙に出たという。


「セラさんにタスケもらえてよかったです」


「ところで、そのセラさんというのは誰でしょう? あと、エルさんは天使の羽根があると伺っていたんですが……」


「あー、セラさんはそっち? あっち? にいる天使サマです。顔を出してません。あー、ヒキコモリ? です」


 エルは本殿の方向を指す。おそらく、そこに引きこもって出てこないセラさんという人物が天使なのだろう。


「どうする? そのセラさんも一緒に来んの?」


 巡が正座の姿勢を崩しながら首を傾げる。


「んー、そのことですが……おれ、セラさんが行かないなら東京に行かないです!」


「……はぁあ?」


 うつろは思わず前のめりになって、呆れの表情を取り繕うことすらできていない。


「ちょっと、それは流石にないのでは? そちらの用件で呼びつけておいて、そんなに身勝手な話はないかと思いますが」


「う、おれのコトバが悪いでした。セラさんを連れていく、ジョウケンあるです。それ、おれが今から達成するです。だから、それまで待ってください」


「条件って……セラさんが『これしないとテコでも動かないぞー』って言ってんの?」


「テコ? は知るないです。けど、オネガイされたです」


 要は、セラさんの要望を叶えないとエルもこの村から離れない。その願いを叶えるために少し時間が欲しい、そういうことだ。


「それで、セラさんの要望はなぁに? うち、虫嫌いだから早いとこ帰りたいんだけど」


 エルはもにょもにょと口を動かし、一苦労、といった風にようやく言葉に出した。


「『祭り』です」



 本殿の扉は固く閉じられており、まるでセラさんという人間の外界への拒絶かのようだった。

 しっかりと閉じられた、しかし鍵などはない扉をうつろが叩く。


「こんにちは。東京から迎えに来た者です」


 数秒の間を置いて、声が返ってくる。品のある女性の声だ。


「妾はこの地から離れるつもりはないのじゃ。客人には悪いが、そこのエルを連れて戻るが良いぞ」


「そういう訳にはいきません。あなたのような天使の羽が生えている人は、犯罪組織に狙われる可能性があります。有事の際に対応できる警察がいる東京の方が安心感は強いかと」


「……妾は天使ではなく、神じゃ。祭りと夜明けを司っておる。無礼は許さぬぞ、痴れ者め」


「大変失礼いたしました。しかし、あなたとエルさんの安全を思っての忠言であることはご理解ください」


 数秒、セラさんは黙り込む。そして、何か意を決したかのように息を吸い込む音がした。


「……我が名は世良。もし真に共に東京に赴いてほしいと願うのならば、妾に供物を捧げよ」


「供物?」


 物騒な単語に、うつろの後ろで黙っていた面々は思わずエルを揃って見る。


「妾に、鬼剣舞を捧げるのじゃ」


 剣舞。その言葉に、うつろはぎくりと体を強張らせる。そんなことも知らずに、世良は襖の向こうで続けた。


「妾の『中の人』とやら……忌々しくも妾を作り上げた人間が幼い頃に、毎年見ていたのじゃ。あれをぬしらが披露せぬと、妾はここから離れんぞ」


 うつろはぎこちなく後ろを振り返り、そしてきょとんとした表情を浮かべる面々に苦笑した。


「……だそうだ。どうする」


「私、ダンスなんてしたことありません」


「うちは、学校の授業でやったくらい」


「右に同じく」


「オニケンブ? ってなにですか?」


 うつろは大きくため息を吐いた。

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