第17話
「山奥ぅ?」
出動命令の通知をうつろから通告されたスーサイド小隊の面々は、目を丸くして声を上げる。
「うん。地方の方の山奥に住んでいる『ガワ』から救急要請が来たらしくて。ほら、最近は天使誘拐事件とか多発してるだろ。その『ガワ』も天使らしいから、念のため」
「全員出動なの?」
「全員って言っても、動けるのは僕と夜薙くん、晶と巡だけだろ」
ラフィは天使だから不用意に外に出るのは危ないし、ローズは今日も丹砂レイの枕元に座っている。だから、実質動けるのは四人だけだ。
「そっかぁ。じゃあ四人で行くカンジ?」
「そうなるな」
「めんどっちぃー。地味だし」
「バックれちゃう? めぐちゃん」
「そう言わないでくれ、二人とも。小旅行だと思えば、そう悪いものでもないだろ」
「観光業も何もない現状で旅行って言われてもなー」
上からの命令だから、逆らうことはできない。巡を宥めながら出立の準備を黙々と進めるうつろの姿は、いつも通りでしかない。
昨日のあの姿は、嘘だったのだろうかとすら思える。まだそこまで暑くもないのに布団の中で脂汗をかいて、自分の腕を掻きむしっている姿。真っ青な顔をしているくせに呼吸に乱れはなく、むしろ静かすぎるくらい。一瞬死んでしまったのかと思って焦ったというのに、そんなことまるでなかったかのように。
「夜薙くん?」
そう、こうして自分を呼ぶ声さえ、どこか作為的に聞こえてしまうような。
「……それで、その場所はどこなんですか?」
誤魔化すように問うと、うつろはよくぞ訊いてくれましたとばかりに辞令の書を掲げた。
「石川県だ」
「いやあ、ここ最近はずっと空港と都内の往復ばっかりしていたんで、遠征は久しぶりですよ」
電車の車掌は楽しそうに笑いながらそう語る。
人類の大半が『アーカイブ』になった現在、電車を運転する人間もいない。不思議なことに、時折無人の電車が通っていることはあるのだが、これも『アーカイブ』の一種のようなもので、過去の幻影に過ぎないものだと判明している。つまり、各駅停車しない。『この街には電車が走っていた』という事実の名残でしかないのだ。
行きたい場所に行くためには『ガワ』、それも電車の運転の技術を持つ『ガワ』がいなければならない。そして、そんな『ガワ』は極めて少数である。
だから、今電車の車掌を務めている彼女、連戸露ポポは非常に貴重な存在なのだ。
彼女の『中の人』は配信者となる前は鉄道会社で働いていたらしく、電車の運転に心得があった。正確には彼女の中の人は男性で、所謂バーチャル美少女受肉という形で女性としてデビューしたらしいが、『ガワ』となった今では性自認は男に近いものの体は完全に女性になっている。
「どうして空港なんです?」
「いやあ、東京って大手のブイチューバーの事務所が沢山あるじゃないですか。だから他県からもブイチューバーさんが沢山移住して来てるのは知ってます?」
「知ってます知ってます」
「最近は飛行機の操縦ができる『ガワ』さんが、海外の『ガワ』さんを日本に移住させつつあるみたいで。
ほら、ブイチューバーって文化は日本が作ったものですから、日本人が圧倒的に多い訳ですよ。海外には『ガワ』さんが少ないせいで、孤独に耐えかねる人も沢山いて。そういう人達を空港から都心に連れてくので最近は忙しかったんです」
「なるほど……」
今回の仕事も、都心へと移住したい『ガワ』を送り届ける仕事だ。いくらブイチューバーが飽和したコンテンツだと言っても、総人口からしたら格段に少ない。三年間の孤独に耐えかねて、人口が多い東京へと移り住む人がここ最近は急増している。
そしてそれは、海外でも同様だ。日本よりもずっと『ガワ』が少ない環境で、しかし『ガワ』が多い日本に行こうにも飛行機も船も操縦できる人間はそうそういない。
「僕は最初から東京だったから、気が付かなかったな。多分夜薙くんもだろ」
うつろと枝垂は東京に社を構える事務所の所属であり、収録や配信、打ち合わせで事務所に出向く必要があったため東京に住んでいた。しかし勿論、他の県に住んでいた『ガワ』もいるという訳だ。
「ちなんどくと、うちとめぐちゃんは関西住みだったよ」
「わたしは石川県で、私的に電車使って東京に来ました。プチ里帰りみたいでちょっと楽しいですね」
最前車両の運転室の扉は開け放たれており、そこからポポと会話ができるようになっている。自分達以外誰もいない車両というのは、なかなかに不気味だ。
「それにしても、石川なんて……言っちゃなんですが、中途半端なところにどうして行くんですかい?」
「ちょっと、私達の友人がそこにいまして。東京に来たいとのことなので、迎えに。車で行こうとも思ったんですが、ほら、最近大きい事件いくつかあったでしょう? 物騒で怖いんで、大人数で行きたくて。それには車じゃあ狭いので、お願いさせていただいたんです」
枝垂がすらすらと嘘を言うと、ポポは特に疑問に思った風もなく「友達思いだねぇ!」と笑ってみせた。
スーサイド小隊の存在はあまり公にしてはならない決まりだ。枝垂達が警察に所属していることも、明かさない方が望ましい。嘘を吐くことに若干の罪悪感を抱きながら、枝垂は誤魔化すように窓の外を眺める。
東京のコンクリートジャングルから少し離れ、視界に緑色が増えつつある。乗車してまだ数十分程度しか経っていないので、しばらくこの旅路は続くだろう。
一定の間隔で揺られているうち、段々と眠気が襲ってくる。
「眠いか、夜薙くん」
「はい……けど、大丈夫です」
「眠ってていいよ。着いたら起こすから」
そんな訳には。そう言い募ろうとして、しかしうつろの上着が被せられていよいよ眠気が最高潮になる。
「おやすみ。静かに眠っていてくれ」
うつろの声を最後に、枝垂は深々と眠りについた。
朝に電車に乗り、目的地に到着する頃には昼を少し過ぎた頃だった。全員で昼食を食べ、スーサイド小隊の四人で依頼者を迎えに行き、電車に戻ってトンボ返り、という予定である。山の中にある依頼者在住の家は駅から少し離れており、ポポには待機をお願いしている。
ひび割れたコンクリートの道を歩き続けること数十分。田畑が広がる、いかにも田舎といった風情の風景の中でうつろは足を止める。
「あそこのはず、だけど……」
電柱に書かれた住所を頼りに、例の『ガワ』が住み着いている家を探し出したはいいものの、うつろは困惑を隠しきれなかった。
なぜなら、周囲に家と言える家はない。石階段の先にある建築物は、うつろからしたら家とは呼べないものだ。しかし、住もうと思えば住めるのだから人が住み着いている可能性も否定できない。
「それにしても、なんでこんなところに……」
うつろは、丹塗りがはげかけた鳥居を眺めて思わずぼやいた。
そう、鳥居である。多少整えられた道の先にあるのは、神社なのだ。
「神社って人住めるんですか?」
「一人や二人は住めるスペースはあると思うけど……そのための設備が整ってるかはわからんね。お風呂とか、コンロとか」
枝垂の問いに巡が答える。晶と巡はずんずんと躊躇なく進んでいき、鳥居の真ん中を通った。枝垂は鳥居の端を礼をしてから潜る。
そして、うつろは鳥居とその向こうの社を呆然と眺めており、一歩も動かない。心なしか、普段から白い肌が少し血色を失っている気がする。
「哀染先輩?」
名前を呼ぶと、うつろははっと目を覚ましたかのように息を吸い込み、「なんでもない」と鳥居を潜り抜ける。端で礼をして、通ってからも振り返って一礼。ばつが悪そうな表情をしながら、先に行った二人に追いつく。
やはりと言うべきか神社は閑散としているが、枝から落ちた葉などは綺麗に掃除されており、人の手が加わった痕跡がある。住んでいるかどうかはわからないが、ここに『ガワ』がいることは確かだ。
「ごめんくださーいっ! 誰かいませんかー?」
晶が大声を上げると、社の裏からガラガラと何かが崩れるような音がした。それから数秒して、裏から一人の少女が飛び出してきた。
「おー、ようやくタスケがきたね!」
少女は転んだ拍子に衣服についた土埃を払いながら立ち上がり、たまたま近くにいた巡の手を握ってぶんぶん上下に振る。
衣服はシンプルな巫女服で、濡羽色の髪を一つに結っている少女だ。完全な和装であるにも関わらず、口から飛び出る言葉はカタコト。色々とアンバランスな少女だ。
「セラさーん! トーキョーからのお客人ね! 一緒に東京さいきましょ!」
少女が神社に叫ぶも、返事は一切返ってこない。
「あのヒト……いや、あの天使サマ、人にココロひらかない」
「あの……あなたが、博麗エル、さんですか?」
喋り続けようとする少女を止めて、うつろが問う。すると少女は大きく頷き、社全体に響くほどの声量で名乗った。
「そう。おれ、イタリア来たハクレイエルです。アイゾメウツロさん、ヤナギシダレさん、あえてコウエイです」
奇妙な日本語で、しかし懸命だと伝わる言葉で、少女は握手のための手を差し出した。
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