第19話

 鬼剣舞とは石川県での祭りで行われる舞踏である。鬼の仮面をして扇や剣を用いて舞う。動画配信サイトで見てみたが、なかなかにダイナミックで見応えのある踊りだった。少なくとも枝垂は見応えがあったと思う。

 しかし、これを披露しろ、となると話は別だ。

 生憎、枝垂はダンスなど一度もしたことがない。『中の人』も幼い頃に幼稚園でやった程度で、知識も全くない。

 スーサイド小隊の中で一番ダンスに慣れているのは、間違いなくうつろだ。彼は3Dの配信や動画でダンスをしているものも投稿しており、それも素人目にも巧いとわかるものだった。


「哀染先輩、これ踊れますか?」


「嫌だ無理だ……って言いたいところだけど、僕がやるしかなさそうな空気だよな」


 渋々、といった風にうつろは深々とため息を吐く。


「けど、衣装も音楽も人員も全然足りない。これじゃ祭りの体すら成さないぞ」


「んー、世良さんが言ってたのはあくまで鬼剣舞だけだから、鬼剣舞だけ見せればいいんじゃない?」


「音楽はネットから拾えるんじゃね」


「じゃあ、衣装と人員だな。衣装に関しては……最悪の場合は、策があるからまあいい。人員が必要だ。鬼剣舞は複数人で踊るものだし、鏡合わせのような動きもある。一人じゃあ、な」


 うつろ達で確認した動画では、八人ほどが一緒に踊っていた。二人一組になって鏡合わせになって動いたり、全員で手を組んでの動きもある。うつろ一人きりでは、再現はできないものだ。


「……ポポさん連れてくるとかは? あの人確か石川県出身だったよね」


「知ってるかどうかわからんけど……一応連絡取ってみるか」


 うつろは一旦席を外し、ポポに電話をかける。回答は芳しくなく、存在は知ってはいるが実際に観たことはないし、おどれもしないとのことだ。

 しかし、鬼剣舞には一人で踊るものもあるらしい。最悪、うつろ一人でも踊れるだろう。

 その間に晶と巡はインターネット上で祭りに使えそうな音を探していたが、二人とも顔を顰めていた。鬼剣舞で使われている音楽はその場での生演奏であり、音楽単体での動画やデータはない。鬼剣舞の動画の音声のみをスピーカーなどで流すこともできるが、雑音混じりで音質が悪くなる。


「妥協して悪い音声を使うか……クオリティは低くなるけど、生演奏をするか」


「ダキョウ、ダメとおもいます。ダキョウだけは、セラさんに失礼しましたです」


「生演奏するとしても、楽器はどこにあるのー? 太鼓、笛、あとなんか小さいシンバルみたいな音。これくらいかな。そこらへんにあるもんじゃないと思うけど」


 太鼓、手平鉦、笛の囃子にて鬼剣舞の音楽は構成されている。太鼓と笛はまだ一般的な楽器だが、手平鉦の入手はどうすればいいのか検討もつかなかった。


「笛はおれができます! フルートをしたました!」


「持っていますか?」


「持っているます! イタリアから持ってきてます! おまかせください!」


「じゃああとは太鼓だけど……」


「ただいま。ポポさんはできないらしい」


「そんじゃ、ダンス要員はうつろさんでけってーい」


 舞踏はうつろ、笛の囃子はエル。残りの太鼓と手平鉦は、入手の目処すらついていない。太鼓の方は、辛うじて学校などの音楽室から入手できるだろうか。


「衣装と楽器の入手は……夜までにできるかどうか」


「ここ泊まるです?」


「日帰りの予定だったけど、一応さっきポポさんの許可は取ったから、明日の朝出発ならオッケーだってさ。あの人も里帰りしておきたいって」


「それじゃあ、うつろさんは練習しておいて。エルさんも。うち達は各自で楽器と衣装探してくるから」


「……わかった」


 不服そうにしながらも、うつろは立ち上がって社務所を出ていく。


「それじゃっ、各自解散!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る