第15話
警察署内にある霊安室は、現在医務室として使われている。とは言っても医師の免許を持っている『ガワ』などは普通の病院に勤めているし、医療などなくても『ガワ』は再生するので医療の需要は極めて薄い。
なので、現在警察署に勤めている医師はほとんど本来の医者の仕事はせず、カウンセリングやガワはどうやったら死ぬかなどの研究を行なっている。
医療研究部隊所属、御霊彼岸は目の前で項垂れる女を訝しげに見た。
つい先日警察署に運び込まれた丹砂レイは、未だに目を覚ましていない。
外傷は完治している。しかし、数時間、最悪の場合だと数日、体に剣を突き刺されたまま棺に閉じ込められていたのだから、受けた精神的な傷は計り知れない。
白いベッドで眠り続ける少女は、全体的に無彩色だ。白銀色の髪に、纏っているフォーマルな服も黒や白が多い。診察の際に確認した朱色の瞳が瞼に隠されているから、まるで遺影のような印象すら抱いてしまう。
そして、その側にずっと佇んでいるローズの背中は、虚しく見えて仕方がない。
「フェンタニル、そろそろ寮に戻った方がいいんじゃね?」
彼岸がローズの背中に声をかけるも、彼女は振り向かない。
「その人が起きたら、一番に連絡するからさ。ずっとこんな場所にいたら、気が滅入っちまうよ」
「……ボクは、ここにいなければならないんです。離れるべきではないんです。……あの日、縁を切るべきではなかった」
「……続けて」
彼岸はその場から動かずに、話の続きを促す。彼は本来、葬儀屋の設定を持つ『ガワ』だが、署に何年も勤めるうちにカウンセラーとしての意識も芽生え始めていた。ここで重いものを吐き出させないと、ローズはそのうち疲弊して壊れてしまうのではないかと、そんな気がしたのだ。
「……ボク達の『中の人』は元々同僚で、友人同士でした」
元々、二人は医療従事者で、同僚で、親しい友だった。しかし二人が『ガワ』となった時、決別してしまったのだ。
「レイさんは……レイさんの『中の人』は、絵師でもあったんです。ボクを描いてくれたものレイさんで、丹砂レイを描いたのも彼女自身です。……けど、彼女が『ガワ』になった時、レイさんはペンを捨てました」
自分が立ち絵など描いたから、数多の配信者が体の内側から体を裂かれて死んだのだと。
結局のところ、彼女は共感性が高すぎた。もういない誰かの痛みに、死に心を寄せずにはいられなかった。その苦しみを自分が作ったのだと思うと、彼女は耐えられなかったのだろう。
「レイさんは、自分がネットに投稿した全てのイラストを消しました。動画配信のアカウントも、全部。自分という存在そのものを、全て消そうとしたんです」
無論、そんなことで自分を消去できるのなら、スーサイド小隊の面々はあんなに困っていない。
実際にそんなことで自死も逝去もできるまい。しかし、そんなことをしようとしたこと自体が、ローズにとっては赦せなかった。
「喧嘩別れしました。それはもう、清々しいほどに。それからずっと音信不通で」
「もしかして……フェンタニルがスーサイド小隊に入った理由って、丹砂を死なせてやるため、だったりするのか?」
彼岸の問いに、ローズは首を横に振る。
「ボクがそんな友達想いな……友達のために、自分勝手な『生きていてほしい』っていう願いを押し殺せるほど殊勝な人物に見えますか〜?」
ローズはそう言って苦笑した。少し調子が戻ってきたのか、いつも通りの間の抜けた喋り方が戻ってきている。
「逆ですよ〜」
「逆?」
ローズは微笑む。細められた翡翠の瞳は、純粋に友を想う気持ちとはかけ離れた光を宿していた。
「ボクは、証明するためにスーサイド小隊に入ったんです。どれだけ時間をかけても、どんなことをしても、死にやできないんだって。だから、ボクと一緒にまた友達として生きていこうって。そう、レイさんに言うためにここにいるんですよ」
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