第14話

 かくして、『天皇同盟』は鎮圧された。

 しかし、そのときの枝垂達は知らなかったのだ。

 皇居が占領されるという一大事件。それを隠れ蓑として、暗躍している存在がいたことに。

 自衛隊の基地にて、静かに襲撃事件が起こった。念の為に警備についていた警察は全員が即座に鎮圧され、倉庫の肥やしとなっていた複数の武器、小弾薬類が盗難された。


 つまりは、『天皇同盟』は陽動となっていた訳である。


 奇妙な点は一つ。捕縛した『天皇同盟』は、同盟内のメンバーの他に共謀者はいないと全員が証言をしている点だ。

 つまり、今回の事件を利用した第三者がいるのだ。しかも、スーサイド小隊という、行動が秘匿されている部隊が主となった作戦で。もっと大人数の警察が出払った事件ならば他にある。ならば、それはスーサイド小隊の不在を狙った犯行だと考えるのが自然である。


 となると、濃くなってくる可能性は二つ。

 逃げた者の中に真の首謀者がおり、丹砂レイを偽の首謀者に仕立ててその裏で別の組織と繋がっていた可能性か。

 今回の作戦の警察側関係者に、内通者がいる可能性。あるいは、その両方だ。


 前者の方が可能性としては濃いが、そうなるとどうして今回の事件にスーサイド小隊が来ると事前にわかったのかが謎だ。もしくは、スーサイド小隊を誘き寄せたという前提自体が間違っているのか。

 兎にも角にも、内通者の可能性が浮かび上がった以上は無視はできない問題だ。

 内通者の候補は合計十人。ラピスラズリ・ベイリー。宮之原多栄。百里扇。そしてスーサイド小隊の七人だ。その中にはうつろも当然含まれている。しかし、どこかで情報を盗んだとしたなら警察署の誰でもあり得る話だ。

 この話はラピと多栄、扇、うつろにしか共有されていない。内通者がいるかもしれないというのに、大っぴらにすることはできなかった。

 うつろは部屋の中でめいめいにくつろぐスーサイド小隊員をぼうっと眺める。ローズだけがこの部屋にいないのは、丹砂レイの病室に篭っているからだ。全員、仲間であるというのに無意識的にでも疑ってしまう自分に嫌気が差していた。

 一番怪しいのは、夜薙枝垂。

 枝垂が加入して間もない時に起こった大規模な事件に、浮き上がった内通者の存在の疑い。タイミング的に、疑わない方がおかしい。

 しかし違和感も同時に感じる。明らかに枝垂が疑われるタイミングだ。誰かが疑いを押し付けているようにしか感じない。それに、うつろ達が枝垂と出会ったのは偶然だ。そこに作為が入っているとは到底思えない。


「……夜薙くん」


「はい、なんでしょう」


 枝垂はぱっと本から顔を上げて立ち上がる。


「……いやごめん、なんでもない」


「?」


 疑うのは苦手だ。枝垂が、もしかしたら自分を、警察を出し抜くために来たかもしれないとは、思いたくない。

 しかし、秩序のためには疑わねばならないのだろう。うつろは辟易とため息を吐き、無意識に袖の下の腕を強く握りしめた。



「出来すぎていますわ」


 多栄は抹茶をゆっくりと嚥下して言った。その唐突なセリフに、対面に座っていた扇は訝しげに眉を顰める。


「何がヨ」


「夜薙枝垂さまの内通者の疑いの件。あからさますぎて、わからなくなってきましたの」


 警察署の屋上で丸テーブルと椅子を並べて、多栄と扇はお茶会をしながら話し合っていた。お茶会といっても、少しだけ豪華なお茶と甘いお茶請けがあるだけの会議と言った方が正しい場だ。

 ちなみにだが、このお茶会は定期的に開催されており、多栄が好きな抹茶と練り切り、扇が好きな紅茶と点心を交互に持ってくる決まりになっている。そして、抹茶を使った菓子と紅茶を使った菓子は持ってこない決まりだ。お茶を菓子にしたものが、二人は嫌いなのだ。


「一見すると夜薙さまが怪しいのですが、逆に濡れ衣を着せられているようにも見えますわ。けど、あえてそうして自分の疑いを晴らそうとしているとも考えられますの」


「裏の裏をかいてるかもしれない、ってことネ」


「そうですわ。他の面々も疑いは晴れていませんのでなんとも言えませんが……少なくとも、哀染さま以外のスーサイド小隊がかなり怪しいのは確かですわね」


 抹茶を口に含みながら、多栄は笑みを浮かべた。その顔立ちの幼さに似合わない、どこか邪悪な気配を孕んでいる微笑みだ。


「わかってて言ってる? お主も悪よのお、お多栄」


「ふふ、お代官さまほどでは」


 それは、二人が情報部隊の連名での隊長になってしばらくした頃。己以外何も信用できぬ二人は、とある取り決めをした。

 二人は警察署内に、報告していない監視カメラを大量に取り付けて死角をほぼ皆無にした。それだけではない、集音器も取り付け、視覚でも聴覚でも隙を消したのだ。

 それでもたった二人で行ったことなのだから、完璧だとは言えないだろう。しかし、自分達のベストは尽くしたと彼女達は断言できる。

 警察署内だけではない。多くの警察署員が使用している寄宿舎となっているホテルにも同様の仕掛けを施している。そうして集めた情報は全て、多栄が確認し扇が隠匿している。

 つまり、警察の者はほぼ全員が、プライバシーなど皆無なのだ。

 これが露呈すれば、多栄と扇はどうなるか。普通には生きていけないことは確かだろう。

 しかし、それでいい。自分たちの安寧を得るために、二人は一緒に手を汚した。


「死なば諸共。ずっと一緒ですわよ、扇」


「何を今更。死なんかで吾らを分かてる訳もないネ」


 死ぬまで、死んでからも、二人は同じ罪を犯した咎人なのだ。

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