第12話

「……妙だネ」


 薄暗い部屋の中に幾つも並んだモニター。その一つを睨み、扇が小さく呟いた。それを耳ざとく聞きつけ、多栄が首を傾げる。


「何がですの?」


「人員の数が合わないヨ。残りは皇居内に散らばってるとしても、狙撃手の邪魔になる」


 事前に確認できている『天皇同盟』の人数は三十人前後。途中で狙撃手により妨害されたので、もっといる可能性がある。

 しかし、閉鎖されていない二つ門についている警備は十人ずつ。手が空いている敵が十人ほどはいるはずなのに、その影が全く見えない。


「……錫利さまに連絡しますわ。これはわたくしの勘ですが……吹上御苑の方も念の為調べておいた方がいい気がしますの」


「お多栄の勘は時々当たるからネ。頼むヨ」


「ええ」



 スーサイド小隊には、元は情報部隊に所属していた人員がいる。

 名前は、錫利ナイト。彼は現在、閉め切られて閉塞感のある空間でパソコンと睨めっこしていた。光源はモニターから溢れるブルーライトのみ。そんな薄暗い空間で、瞬きすら忘れて。

 彼の背後では、別のパソコンのモニターを三角座りしながら眺めているラフィ。パーテーションで区切られた空間で、ナイトの画面と同期している映像をじっと見つめている。


「ラフィ、ドローンを動かす。頼んだぞ」


「うん」


 短く最低限の会話だけ交わすと、パソコンの画面が大きく動いた。眼下に映るのは都内では珍しい森と、その中に建ったいくつかの建築物。皇居だ。

 ナイトはドローンを遠隔で操作し、吹上御苑の中で一際目立つ建築物、吹上大宮御所へと向かう。ドローンには真っ白な羽が取り付けられてり、夜の中では少し目立つ。だから狙撃手がいるうちは出動できないのだが、既にうつろと枝垂によって狙撃手は拘束されたようなので、安心してドローンを飛ばせた。

 吹上大宮御所付近まで近づくと、そのすぐ近くで複数の人影を見つけた。駆動音と羽の白い色彩で勘づかれたようで、その瞬間銃弾が飛んできた。


「ウィングアロウ、羽根を」


「了解」


 ラフィは淡々と答えると、遠隔で羽を動かす。

 ラフィの背に生えている天使の羽は、散らばって翼から離れても自由に動かすことができる。柔らかく触り心地のいい自慢の羽は、羽根となったその瞬間に強靭な刃となり、彼女の手足となるのだ。

 放たれた銃弾はドローンを守るように展開した羽根によって阻まれる。薄暗い中で、敵の数は不鮮明だ。しかし、十人ほどはいるだろうか。

 ドローンも元々小さい上、羽根の鎧もある。撃ち落とすことは難しいと踏んだのか、全員銃を下ろし一斉に北側に走り出した。


「ウィングアロウ、攻撃」


「了解」


 防御に使っていた羽根の半分ほどの先を敵に向け、矢を上から撃ち放つ感覚で向ける。鋭く降り落ちるそれは刃の如き鋭さで敵を切り裂いた。ドローンの暗く不鮮明な画面越しに操っているせいで狙いは不正確で、数人ばかりの腕やら脚やらを少し切った程度だ。

 刃に使った羽根をドローンの側に戻し、反撃に備えて鎧とする。

 暗闇の中で、一際小柄な人物が木陰に隠れながらも歩み出る。その手の中で青い光が出現したかと思うと、それは炎に変化し手の中で燃え盛り始めた。瞬時に虚空を燃やすかのように空気中に広がり、炎が絶えたと同時に青いランタンが光る大鎌が出現する。

 小柄な人物は、その身の丈に合わないほど大きな鎌を振りかぶり、あろうことかドローンに向かって投げたのだ。

 ドローンはその小ささと空中を飛ぶという特性ゆえに攻撃は当たりにくいが、機動力は大してない。鎌は四つあるドローンの羽のうち半分を削り取り、ブーメランのように小柄な人物の手の中に戻った。ついでとばかりにランタンの炎がラフィの羽根の半分ほどを燃やしていく。


「……!」


 カメラはまだ生きている。しかし右半分の羽を失ったドローンは自重の均衡が取れずに、がくりと地面に落ちていった。

 充電切れを待つばかりのカメラは草むらに覆われた地面を写すばかり、どこかへと走り去っていく敵の影すらもう見えない。北の方向に向かったのは確認できたので、おそらくはうつろ達と同じように門を無視して塀を越え逃げるつもりだろう。


「……申し訳ありません、宮之原さん、百里さん。逃しました」


 情報部隊のリーダー、自分の元上司に連絡を入れると、淡々とした声が返ってくる。いいや、実際は多栄の声はいつも感情が希薄だから、いつでも淡々としている。


『良いですわ。お疲れ様でした。首謀者の現在位置は確認済み、こちらで警備して脱出者はいないことはわかっておりますので、首謀者の丹砂レイは確実に桃華楽堂にいるはずですわ。あなた達はごゆるりとお休みくださいまし』


 多栄の声に「はい」と返すと。ナイトは通信を切って椅子に大きく体重を乗せた。


「……お疲れ様、ウィングアロウ」


「……」


 ラフィは返事を返さない。ふらりと立ち上がって、何も言わずに部屋を出ていく。

 パーテーションにより遮られたほんの薄いシルエットを見送って、ナイトは小さくため息を吐いて独りごちた。


「らしくないこと、したな」


 仕事を共に終えた同僚に、直接挨拶をするなど。

 全く自分らしくなく、現実に存在しているかのような振る舞いをしてしまった。

 ナイトは部屋の唯一の光源であったパソコンの電源を切った。窓ひとつない閉め切られた部屋はそれだけで真っ暗になって、ナイトの姿を浮かび上がらせない。まるで、暗闇がナイトの存在を塗りつぶしているかのようだ。

 それがひどく、安心した。あるべき場所にいるかのような。まるで、母の胎内で羊水に包まれているかのような。そんな帰郷感と、心地よさ。


 今日もまた、錫利ナイトは現実に存在するはずもない己の存在を、現実の闇に埋没させる。

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ヴァーチャル 凪野 織永 @1924Ww

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