第11話

「気絶した……?」


 突然倒れて気を失ったプシュケの呼吸を確認しながら、枝垂は困惑を露わにする。


「このゴム銃の弾、鉄の針なんだけど……殺傷力が低い代わりに、麻酔薬が塗ってあるんだ。ローズが来てからは、あいつ特製の麻酔薬を塗り付けてる」


 流石にアニメや漫画のように、注入して即昏倒とはならないが。というより、そんな濃度の麻酔薬が使用されたら、人間は普通死ぬ。死なない、正確には死にはするが生き返るガワに使用するのならアリなのではないか、とローズは意気揚々としていたが、「倫理的にダメだ」と流石にストップをかけた。

 念の為、超強力麻酔薬が塗られている鉄針のマガジンも持っているが、現在使っているのは普通の麻酔薬が使われた針なので、効果が出るまで時間がかかるのだ。


「もう少し時間がかかると思ってたけど、夜薙くんと戦ったせいかな。回りが早かったみたいだ」


 結束バンドでプシュケの手足を拘束し、その連絡を部隊全体へと流す。


「さて、狙撃手は無力化したから……あとは晶も動き出すはず」



 それと時を同じくして、北桔橋門前には一人の少女が立っていた。乱れのない白バニー服とバニースーツ。紛れもなく、小蜜晶のシルエットだ。

 そして、彼女の足元には複数人の『ガワ』が倒れ伏している。意識を失っている者以外は皆一様に耳を塞いでおり、苦しげに呻いていた。

 晶の手には、マイクスタンドに六角形の箱がついたかのような道具が握られている。巡と全く同じ音響兵器、LRADだ。


「ねーねー、あんたらのボスって一体どこにいんのー?」


「っ、……?」


 問いただされている少女は、LRADによる大音声を叩きつけられて耳が聞こえていないようだった。おそらくは一時的なものだろう。


「あー、だめか。ほんと、加減むつかしいなぁ。……あ。そこの這いずってるキミ」


 片耳を抑えながらも地面を這って晶から離れようとしている女。その腹に軽くスタンドを乗せて動きを封じながら、しゃがんで顔を覗き込んだ。


「うちさぁ、めぐちゃんと一緒じゃなくてちょっとイラついてるんだよね。だから、さっさと質問答えてくれる?」


「し……しつもん……?」


 辛うじて聞こえているようで、女は恐怖に歪んだ表情のまま、晶を見上げた。


「そちらさんのボスって、一体誰? どこにいんの?」


 晶の問いに、女は口を噤む。ふーん、と晶は鼻白んで、そしてLRADを構え直した。


「ちょっとイライラするから、叫んじゃおっかな。ほら、叫んだらストレス解消になるって言うし」


 その言葉の意味の理解した瞬間、女がサッと青ざめた。晶はそんなことは知らぬとばかりに平然と耳に栓を詰め込んでいる。


「あ、周りのお仲間さんも犠牲になっちゃうね。けど仕方ないよね。うちをムカつかせるそっちが悪いんだから。これは八つ当たりじゃないよ、正当な暴力だから」


 理不尽を唐突に目の前に突きつけられて、女はガチガチと歯を打ち鳴らした。もう既に彼女の耳は限界だ。それを二度、しかもこんな至近距離で叩きつけられたら。


「そんじゃ、いっきまーす」


「ま、待ってぇ!」


 晶が大きく息を吸ったところで、女が慌てて叫んだ。耳栓のせいで晶にはあまり鮮明には聞こえていなかったが、必死に口を動かしているのは見えたから叫びを喉の奥に押し込める。


「話す、話すから! だから、やめてっ……」


「……早く話せばよかったのに」


 晶は色のない面で、冷め切った声色で、冷徹に言う。

 数分後、情報を全て聞き出し終わった晶から、その情報が部隊全体に共有された。


 首謀者 丹砂レイ

 居場所 桃華楽堂


 桃華楽堂は、皇居東御苑の北側に位置する歴史的な建設物だ。

 その連絡を受け取ったローズは、しかし場所よりも首謀者の名前に意識を奪われた。

 共に皇居に入った巡達が不思議そうに声をかけてくるも、ローズの耳には入っていない。呆然と、その名前を脳内で反復し、そして歯を食い縛った。


「どうして……レイさん」

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