第9話

「ちょーっと、まずいことになりましたねぇ」


 即座に作られた対策本部にて、警察署長のラピはタブレットの画面を睨みながら一人ごちる。


「『新世界の神になる』ってか? 全く、笑えない」


 うつろもその画面を覗き込んで、冗談めかせながらも悪態を吐いた。

 皇居を占拠した一団は、政権など昨日しておらずまともに政治家もいない現状を利用し、ネット上に声明を出したのだ。


 この皇居は私たちのもの。現在より私たち『天皇同盟』がこの日本を統治しよう。


 これは瞬く間に広がり、日本に反響を呼んでいる。「どうせ政治は機能していないのだから任せてしまえばいい」という反応が散見されるが、基本的には「そんな強引なことするような輩に政治任せられる訳ない」といった意見が大半だ。

 つまり、『天皇同盟』は現在進行形で炎上中である。


「……とはいえ、放っておく訳にもいかないですよね。多くの人は従わないだろうけど、変に『天皇同盟』が権力をつけたらこの国が乱れる。警察の敵対勢力になるやもしれません。毒の花を咲かせるかもしれない芽は、摘んでおかなければ」


 呻くように言ったラピに、うつろが皇居の鳥瞰図を眺めながら頭を掻いた。


「皇居なんてお飾りではあるけど、それでも天皇の住まいだ。もし、万が一にでも今後『アーカイブ』達が人間に戻るようなことがあったら、責任が問われるのは僕達『ガワ』だぞ」


 要は、今回の事件は早急に鎮圧しなければならない事案だ。

 そのため、急造の対策本部では鎮圧作戦に駆り出される隊の隊長が招集されていた。

 警察署長であり、一つの隊を率いるラピスラズリ・ベイリー。

 スーサイド小隊隊長である哀染うつろ。

 そして。


「こんな暴徒が皇居で我が物顔をしていたら、今後正式に政治態勢が整った時に厄介な存在にしかなりませんものね」


「そうそう。アナタみたいにネ、お多栄」


「タダ飯食らいが何を言いますの?」


「ワタシはちゃんと働いてるヨ」


「労働量と消費エネルギーが釣り合ってないと言ってますの。その鯨並の脳味噌働かせて理解なさい、ざぁこ」


「……この、生意気ばかりのガキにはこうネ!」


「ヒャえっ⁉︎ ちょ、やめっ」


 高身長の少女が、明らかに子供としか思えないような背丈をした幼女をくすぐり回してヒィヒィと悲鳴をあげさせている光景は、まるで仲の良い姉妹。しかし、二人は歴とした警察の重役である。

 うつろより少し小さい程度の背丈の、スレンダーな少女は百里扇。チューブトップにホットパンツ、はだけて肩が露出したミリタリージャケット。ところどころに中華の要素が取り入れられたデザインの服を着ている。青色の髪はセミロングで、長い前髪が片目を隠していた。

 対する低身長の少女は、宮之原多栄。ブーツの底の厚さとヒールも入れてようやく百三十に届くだろうかといった低身長。金色の刺繍が施された袴はところどころにフリルやレースが縫い付けられている。脹脛まで届こうかという栗色の髪は色鮮やかな組紐で結われ、毛先でも別の紐で結んで一本に纏められている。

 その二人は、警察署の中でもかなり重要なポジションに位置している。ハッカーの設定を持っている『ガワ』や、設定に関係なくとも機械関連に強い『ガワ』を集めて束ね、監視カメラをハックして流用した監視での治安維持や指名手配犯の捜索。ドローンなども用いて同様の仕事。

 そういった暗躍をしているのが、宮之原多栄と百里扇の二人の隊長が率いる情報部隊である。


「……話、戻して良いですか?」


「はっ、はい。ごめんあそばせ」


 呼吸を乱しながらも、扇を押し退けて多栄はなんとか返事を返した。多栄に首を掴まれた扇が「ぐえ」と蛙が引き潰れたかのような声をあげていたが、この際気にしていられない。


「ドローンでの偵察の結果、平川門、大手門、桔梗門、北桔橋門は厳重なバリケードが構築されつつあり、封鎖されておりますわ。あと数日もすれば完全に完成するだろうし、何なら封鎖される門の数が増えるかもしれませんわ。堅牢ですので、破壊などは困難ですわね。その他五つの門には複数人の警備がついていますわ」


 皇居は一般人も参観できる場所で、その案内図なども公開されている。その図をテーブルに広げて、うつろは封鎖されている門四つに赤いピンを刺した。


「敵の居場所、首領は誰かなどはわかるか?」


「わからないネ」


「ドローンではわからない範囲にいた、ということですか?」


「壊されたんですの」


「壊された?」


 ドローンは掌に乗るほどに小さい。ドローンを飛ばすのは場所によっては犯罪なのだが、警察という組織が行なっていることである、可能な限り小さなドローンを飛ばすことで目撃者を減らすことでかろうじて黙認されているのが現状だ。

 その小さなドローンを壊す、とは。しかも『壊れた』ではない。『壊された』なのだ。明らかに何者かの手により壊されたという意味が、そこには含まれている。


「皇居敷地内に落ちたからデータは回収できてないヨ。天候が荒れてた訳でも遮蔽物があった訳でもないから、撃ち落とされたと考えるのが妥当なところネ」


「ということは、スナイパー、あるいは遠距離攻撃を得意とした『ガワ』が最低でも一人警備をしてるってことか……」


 仮にスナイパーがいるとして、この現代日本でどうしてスナイプ銃があるのかについては、うつろがゴム銃を持っているのと同じ理由だろう。恐らくは、スナイパーの設定を持った『ガワ』。しかし技術などは設定に則らないので、素人はまず撃てないだろう。つまり、本物の銃に触れたことのある『ガワ』である可能性がある。


「門の警備の人数は?」


「封鎖されているところ以外は四人。バリケードを作る材料が足りないのだと思いますわ。実際、庭園の木を切ろうと無様に四苦八苦しているところが見えましたの」


「……お多栄。どうして貴様が我がことかのようにいうのヨ。それほとんど、吾が調べたことネ」


「あなたではなく、あくまでわたくし達の部下がドローンを飛ばしてくれたのでしょう。確かにドローンの操作の仕方を教えたのも今回の指示を出したのもあなたですが、それらの情報の要所だけを纏めているのはわたくしでしてよ。ただ調べただけのあなたは黙っていらして」


「こンの……!」


「あーはいはい、喧嘩は後にしてくださいねー」


 仲がいいほどなんとやらと言うべきか、それとも本当に犬猿の仲と言うべきか。中々言葉にし辛い関係性である。


「まずこの事件の首謀者についてですが……居所すらわからないようだと、鎮圧すらできないですよね」


 完全に閉鎖された門に刺した赤いピンと、警備さえなんとかすれば通れる門に刺した青いピン。うつろはそれをじっと観察する。


「……なあ。これ、まるで皇居東御苑を守っているように見えないか」


 皇居の土地は大きく三つに分けられる。大部分が森林となっており、宮殿などもある西の吹上御苑。庭園の他、複数の建設物が並ぶ東の皇居東御苑。北の皇居外苑。

 皇居外苑は門戸が完全に開かれているため、実質吹上御苑と皇居東御苑のみと考えていいだろう。

 そして、皇居東御苑に近い位置にあるのが、先の四つの閉鎖された門。


「まるで、東御苑に入らせたくないように見える」


「仮に首謀者が東御苑にいるとして、そのどこにいるネ? ここには庁舎や蔵など、建物は大量にあるヨ。えーと他には……展望台、も……」


 展望台。唐突に出てきたその言葉が、他のワードと繋がる。


「っ、待ってくださいまし! ……高さの詳細は分かりませんが、ドローンの撃ち落とされた位置を考えると、展望台に狙撃手がいる可能性は高いかと思われますわ」


「スナイパーがいるなら、そいつが護衛である可能性は高い。つまり……近くと言わずとも東御苑内に首謀者がいる可能性はあります。少なくとも虱潰しに探し回るよりもよっぽど有力な情報です!」


 皇居東御苑。範囲としては広いが、皇居全体から見たら二分の一。捜索範囲が半分に絞れたのだ。


「扇もたまには役に立ちますのね」


「たまには、じゃなくていつもヨ」


 口喧嘩を始める二人を横目に、ラピが地図をじっと見つめて何やら考え込んでいる。いいや、視線なんてどこにも向いていない。彼女はただ、聴覚も視覚もシャットダウンして、ひたすらに考えているのだ。

 うつろはただ、ラピの次の言葉を待つ。

 うつろも、ラピも、探偵でも正式な捜査機関でもなんでもない。ただの、少し夢見がちな一般人だ。

 けれど、そんな一般人の脳味噌をフル回転させて、策を講じている。その言葉を待たぬ、うつろではない。

 ふと、耽っていた思考から浮いてきたラピの視線が、うつろとかち合う。ラピは自信ありげに微笑んで見せる。


「わたくしに策があります。みなさま、ご一考いただけますか?」



 『天皇同盟』の話題で、ここ三日は警察署内は持ちきりだ。署内を歩いていれば、スーサイド小隊の部屋に辿り着くまでに必ず一度はその名前を聞く。

 辟易とした心地になりながら、枝垂はペンでも回すかのように手慰みにスマホをいじる。買い与えられたものだが特に使うこともなく、今のところ懐に入っているだけの板切れと化していた。

 同じように、どこか緊張感のようなピリついた空気がスーサイド小隊にも漂っている。うつろが忙しそうにしていて談話室に来れていないのも原因の一つだろう。

 今日もまた、特に大きな仕事もなく、ほんの少し剣呑とした空気の中で一日を過ごすのだろう。そう思っていた。

 しかし、唐突に乱暴に開かれた扉の音で、一気に目が醒めるような心地がした。そこには、どこか疲れたような表情をしたうつろが立っている。後ろ手に扉を閉じて内鍵をかけ、声を潜めて挑戦的に告げた。


「喜べ。お前達が大好きな死地だぞ」

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