第5話

 一瞬で空気が塗り替えられ、電気を帯びたかのようにぴりりとしたものになる。うつろは目を細め、音の発生源を睨みつける。遠くにあるマンションの最上階で、炎が上がっていた。


「……またか」


 うつろは少し疲れたようにひとりごちると、懐からスマホを取り出して通話をかけた。


「もしもし。……うん。警察署から七百メートルほど離れた地点から観測できる場所から爆発。多分、またあのボマーだ。一日に連続でなんて、初めてだ。僕達が一番近いからすぐに向かう。増援を頼む」


 通話の相手は、スーサイド小隊の誰かなのだろう。手早く報告を終えると、今度はまた別の番号へとかけ始めた。


「もしもし。頼みたいことがあるんだが……そうだ。爆破されたのは……マンションだな。追跡、頼んだぞ」


 通話が終わるや否やスマホをしまい、うつろは振り返って「走るぞ」と枝垂に告げた。

 唐突な言葉に対応できず、枝垂は目を白黒させる。しかし彼が状況を完全に理解しきるまで立ち止まって待つ気は全くないようで、うつろは枝垂の手首を強く握るとそのまま走り出した。


「っちょ、待……!」


 静止の声にも構わず、先ほど遠目に爆発が見えたマンションの方へと走っていく。


「君がいたマンションを爆破した奴とあのマンションを爆破してる奴は、おそらく同一犯だ。指名手配犯だよ」


 説明する暇も惜しい、といったように早口で述べられた事実。


「それって……哀染先輩を一度殺した人、ってことですか」


「それはそうだけど、関係なくないか。問題は、何故あいつが爆破を繰り返しているかってことなんだから」


 一度下半身を吹き飛ばされているのにも関わらず、うつろの態度はひどく飄々としている。もしかしたら、件の爆弾魔に爆殺されたことは一度だけではないのかもしれない。あるいは、死を希うあまり、死の痛みに慣れてしまったか。後者の可能性は頭を振り払ってすぐに消した。あまりに飛躍がすぎる想像、妄想だ。

 走ること十数分。ちなみにだが、『ガワ』の肉体の強度や体力は設定に準拠しているので、うつろと枝垂は普通の人間よりも圧倒的に疲れにくい。うつろは元々『中の人』もフィジカルが強いことが配信で触れられていることもあり、体は身軽だ。

 十分も走れば、目的地であるマンションの根元に辿り着く。火災警報が鳴り響いており、しかし周囲の『アーカイブ』はなんの反応も示さない。精々マンションの方を一瞬だけ見遣って、自分には関係ないとばかりに視線を戻すだけだ。妙にリアリティがあって不気味である。

 最上階から黒煙が上がっている。周囲には『アーカイブ』しかおらず、『ガワ』の色彩は見えない。


「夜薙くん、もうすぐローズ達も合流するから一足先に潜入しよう。あいつは逃げ足が早いから、逃したらまずい」


「出口の封鎖とか、しなくて大丈夫ですか?」


「監視カメラのハックを仲間がしてる。逃げたらわかる」


 おそらく、あの部屋にはいなかったスーサイド小隊の一員なのだろう。ハック、つまりハッキングとうつろが言っていたから、思わずエントランスに備え付けられた監視カメラを見上げた。

 角度四十五度の完璧なお辞儀をカメラに向けて、周囲の状況など全く関係ないとばかりにズンズン進んでいくうつろの背を追う。


 カメラの向こう側、真っ暗で複数台のモニターから照射されるブルーライトに照らされた白い面が、それを見て口角をほんの少し緩めたことを枝垂は知る由もなかった。


「……妙だな」


 無人のマンションの廊下を足音を殺して歩きながら、うつろは呟いた。

 オートロックのシステムが組まれた、小綺麗なマンション。エントランスに大きな造花が飾られていたこともあり、枝垂は小さなホテルのような印象を抱いていた。

 二人は念の為エレベーターなどは使わず、階段を登って最上階を目指している。そんな最中の一言に、枝垂は「何がですか?」と返した。


「いや……爆発に無条件で反応して炎火だと判断したけど、あの爆弾の火には色はついてなかったよな」


「こう言うのは変かもしれませんが、普通の爆発でしたよ。ミツビって、誰ですか?」


 ミツビ。おそらくは人間の苗字だろう。しかしそれ自体に聞き覚えはない。


「炎火にとろ。最近僕たちを悩ませている爆弾魔の名前だよ。爆弾魔と言ってもその犯行はかなり特徴的で、必ず爆発に花火玉を使うんだ」


「花火玉……? それまた、奇怪な」


「実際は煙やら瓦礫やらで色が見えないことも多いから、今回もそのせいかと思ったんだけど……もしそうだとしたら、もう逃げられてる可能性は高いな」


「もうですか……⁉︎ まだ爆発が起こって十分そこらですよ⁉︎」


 驚愕に思わず声を荒げてしまう枝垂を制して、うつろは声を潜める。


「炎火にとろの犯行のパターンは二つ。一つは、突然街中で花火を打ち上げる愉快犯的犯行。もう一つは、あいつが所属していると思しき犯罪組織での、主に花火を用いた爆破での犯罪。今回は後者かと思ったけど……」


 火薬の匂いが漂う最上階に足を踏み入れて、うつろは表情を更に険しくした。


「なんだか、違いそうだ」


 最上階も、やはりと言うべきか静寂が広がっている。人っこ一人すら存在していないかのような空間で、一歩歩くだけで革靴の硬い音がコンクリートに囲まれた空間に反響する。

 ふと、うつろが通信端末を取り出す。バイブレーションを感じたようで、画面を覗き込むと「晶」と書かれた相手からのメールだ。


『現着。マンションの出入り口と部屋の真下は包囲してるから、突入していい』


 普段の話言葉と乖離した業務的な文だったが、むしろそれが良い。うつろと枝垂は目を見合わせ、爆発が起こった部屋の扉の前に立った。

 ここはマンションの一室。外に繋がる出入り口はここしかなく、強いて他に述べるならベランダのみ。そこを伝って他の部屋に移動したり、飛び降りたりもできる。しかし下ではスーサイド小隊のうちの誰かが見張っているため、追跡は可能だ。他の高層の建物に飛び移ることは、翼でも無い限り距離的に不可能である。

 つまり、一点突破しか術はない。枝垂は息を呑んだ。

 彼の燕尾服の袖口や内ポケットには、暗器が仕込まれている。彼の職業は執事であり、その仕事の一つには荒事も含まれていた。最低限、自分の身を守れる程度の武力は持っている。

 隣のうつろを見ると、懐から拳銃を取り出していた。その口元は緩く上がっており、危うさとほんの少しの希望を孕んでいる。その安堵すら滲む横顔に、うつろは共感を覚える。

 ああ、彼は本当に死を希っているのだと、改めて突きつけられた心地がした。かつて憧れた配信者の『ガワ』が、そんな仄暗い感情に沈み込んでいることに、わずかに哀惜を抱く。

 しかし、私情はすぐに振り払った。今するべきことは、犯罪者を捕らえること。そうして、自分もスーサイド小隊に入ることだ。

 そう決意を新たにして、扉の影に隠れる。先行してうつろが扉を開き、慎重に中を覗き込んだ。電気一つ灯っていない廊下は薄暗く、リビングに通じる扉の曇りガラスから白い光が伸びている。

 敵影なし。うつろが細い扉の隙間から体を滑り込ませたその時に、リビングの方から絹を切り裂くかのように甲高い悲鳴が響いた。同時に、何か争っているかのようなドタバタとした音。

 うつろが血相を変え、しかし警戒を解かないままにリビングへと躍り出て銃を構えた。少し遅れて、枝垂もその後ろに控えた。

 リビングの状態は、惨憺たる有様だった。一度爆発が起こっているから窓付近の床は丸焦げになって抉れており、階下にまで貫通してしまうのではないかと思う。窓は破裂したかのように全て割れていて、フローリングに散らばっていた。ベランダなんかは火災直後かと見紛うほどに真っ黒に煤だらけだ。

 おそらくはリビングに爆弾を投げ込んで破壊し、侵入したのだろう。申し訳程度に備え付けられた家具も粉塵に汚れガラスの破片が刺さり、床に倒れ込んでいる。ソファは燃えていたが、火災報知器ごと壊れてしまっているのか無事だが機能していないのか、なんの反応も示していなかった。

 そして、そんな惨状の中で一人、異質な格好をした人間がいた。

 葬儀場から鯨幕を剥がして全身を包んでいるかのような、黒と白の縞模様の布を無造作に被った人間だ。そのせいで顔はおろか、体格すら判然としない。唯一わかるのは、ガラスを踏んでいる音から硬い靴を履いていることくらいだ。

 不審者の腕には一人の少女が抱えられている。わずかに青色がかった白髪に、豪奢に飾られた巫女服。和風の装いとアンバランスに、その背には二対の小さな白い羽が生えている。正面を向けば背中で隠れてしまうほどの、ラフィと比べればオモチャのように小さな羽。

 不審者も少女も、どちらも『ガワ』だ。

 巫女服の少女の瞳には涙が滲んでおり、カチカチと歯を打ち鳴らしている。額には何か固いもので殴りつけらたかのような痕もあった。今にも誘拐しようとしているかのような現場。そして明らかに不審な格好をして少女を抱えている不審者。

 うつろの判断は早かった。即座に不審者に銃を向け、レーザーポインタを射出する。その狙いは、シルエットが布で包まれていても確実に当たるであろう胴体に。


「……実銃、いいんですか?」


 小声での問いに、軽い笑みが返ってきた。


「実銃じゃないよ。仮にも自警団だったんだから、法に反するものは持たない。これはちょっと強力なゴム銃だよ」


 外見こそ、拳銃にしては長い銃身をしている、特殊な拳銃。しかし、そのどこにも火薬はない。マガジンが取り付けられていてで八つのゴムが装填でき、連射が可能。引き金の前部にマガジンとは別にカートリッジが取り付けられており、銃弾の代わりに強靭な針が自動で装填される仕組みになっている。それらの機構はスライドに覆われているため、外見はアンバランスな拳銃でしかないのだ。

 その銃を向けながら、うつろは不審者を睨みつけた。

 不審者の腕の中には人質がいる。不用意に発砲はできない。そして不審者を頭の天辺から足の爪先まで観察し、枝垂にだけ聞こえる声量で告げた。


「炎火じゃない」


 その言葉に、枝垂は驚かなかった。炎火のことを全く知らないから、「うつろがそう言うのならそうなのだろう」程度の意識しかなかったからだ。目の前の不審者は、ただの爆弾魔、あるいは犯行のために爆弾を使っただけの犯罪者。目の前の相手が誰であろうと、それは変わらない。


「動くな」


 うつろが声を低くして、厳粛に告げる。あからさまに敵意を含んだ、威圧感すらある声音だ。

 しかし不審者は物怖じ一つせず、毅然とした佇まいで少女を抱える腕の力を強くした。人質はここにいるのだと主張するかのように。少女は小さく悲鳴をこぼし、うつろはもどかしげに歯噛みをする。

 不審者は見せつけるかのように、浅黒い球体を取り出した。直径十センチにも満たない小さな球体だ。導火線がついていることから、爆弾だと容易に察せられた。 

 不審者は徐に、ソファについていた炎を導火線に灯した。


「っ、な……!」


 導火線は短く、あっという間に燃えていく。不審者は爆弾が爆発する前に後ろ手に放り投げ、ベランダへと放り出した。爆弾は辛うじて策を乗り越え、外へと放り出された。


 爆弾は落ちていく最中に爆発。炎色反応に鮮やかに彩られた半径三十メートルの花火が、地上に届く範囲で咲き誇った。


「何をしている! 動くなと言っただろう!」


 懐から同じ大きさの爆弾、否、花火玉を取り出す不審者にうつろが怒鳴る。

 爆音に掻き消されつつあったが、微かに女の悲鳴が聞こえた。おそらくは、下で監視していたスーサイド小隊の一員。

 枝垂は思わずナイフを投げそうになったが、うつろの怒声に止まった。不審者に向けたものでも、枝垂に向けたものでもある言葉だ。

 人質がいる以上、枝垂達は不用意に動けない。自分達が襲い掛かろうものなら、即座に爆弾を投げられるだけだろう。不審者はベランダを背にしているのだから、そこから逃げられる。しかし枝垂とうつろは、爆発をまともに喰らってしまうだろう。

 しかも今しがた、下にいる人員も負傷した。状況はわからないが、行動不能、または死亡の状態に追い込まれていても不思議ではない。

 もしこの状況を打開できるとすれば、枝垂が余程うまく立ち回るしかない。うつろは既に銃を構えてしまっていて、別の武器を取り出そうとするならば、その前にこの部屋が爆炎に呑まれる方が早い。

 膠着状態の、しかも相手方に主導権が握られているこの場で動けるとしたら、枝垂だけ。しかし、この状況を打開するまともな方法なんて思いつきはしない。

 少女を抱えている不審者の左腕か、それとも足にナイフを当ててその腱を切れたら、と考えるが、あまりに難易度が高い。しかも相手は布をすっぽりと被っているから、腕の位置も長さも判然としない。目を瞑った状態で的当てゲームをしろというくらいに無理難題だ。

 一か八か、投げてみるか。みすみす逃してしまったらどうする? 仲間のハッカーの追跡は届くか? いいや、爆弾をどこかに弾き飛ばすか不発にするかなどして対策する方が良いだろうか。

 ぐるぐると考え続ける最中、先に不審者が動いた。

 とは言っても、不審者がした動作は単純だ。脚を上げて、地面に落ちいていた花火玉を蹴り上げる。それだけのことだった。

 先ほど花火を咲かせた時の、至近距離での轟音。それに紛れて、ローブからもう一つの花火玉を足元に転がしていたのだ。それをソファの影に隠して、点火。蹴鞠でもするかのように蹴り上げて、枝垂達の方へと投げる。

 不審者は、布の奥でシニカルに笑う。火は既に花火玉の内部にまで達しており、それが床に到達する頃に起爆するであろう。

 その爆弾が枝垂達と不審者の間で宙を舞う。常人離れした動体視力と反射速度でそれを正確に視認、状況を即座に理解したうつろが、声を張り上げる。


「夜薙くん、取り押さえろ!」


 反射的に、枝垂は足を踏み出した。同じくらいの強さで、うつろも地面に滑り込む。

 うつろは、取り押さえろと言った。枝垂は不審者の確保を任されたのだ。それは同時に、爆弾の方はうつろが請け負うことを意味している。

 ベランダに飛び出して逃げようとした不審者は枝垂が投げて進行方向に刺さったナイフに一瞬怯み。枝垂はその隙に不審者に飛びかかり、全体重をかけて押さえつけた。その腕から少女は振り落とされたが、心中で謝っておく。

 同時に、枝垂は不審者の腕を強く掴みながら襲い来るであろう爆炎に身構える。強く目を瞑って、しかし予想した熱さと背を焼く痛みは襲って来なかった。

 数秒巻き戻って、うつろは枝垂と行動を別にしていた。枝垂に端的に命令を出すと同時に自分がすべきことをする。

 花火玉は、一つの球の中に何十個と星と呼ばれる火薬玉が詰められている。導火線に灯った火が花火玉の内部に届き、内側から火薬に引火し爆発する。本来ならば煙火筒の底に発射薬が詰められおり、天空に打ち放たれてよく知られる打ち上げ花火として夜空に咲く。

 その構造自体は、榴散弾と似ていた。

 うつろは幾度となく炎火にとろという花火を用いた爆弾魔に遭遇している。花火の構造も理解している。しかし、にとろが主に用いるのはもっと大きな花火玉で、それを実践したことはない。

 だから、うまくいくかはわからなかった。しかし、やるしかなった。あの不審者を確実に取り押さえるには、枝垂に無事でいてもらわねばならない。あそこまで至近距離になったならば爆弾魔にはどうすることもできない。枝垂が怪我を負いさえしなければ、今この場で不審者を捕まえられるのだ。

 だから、これはいたって合理的な判断だ。

 うつろは、花火玉を抱え込んだ。直径十センチにも満たない小さなボールを腹に押し付け、その上を腕で覆ったのだ。

 直径九センチ、三号の花火玉は開花した時には半径三十メートルにも大きくなる。しかしそれは、内側に詰まった星という小さな火薬玉が散弾のように広がった時の話だ。

 うつろは、己の肉体をクッションにして花火の拡散を防ぐことを試みたのだ。

 無論、そんなことをすれば自分の体はただでは済まない。腹に押さえつけているのだから爆発の衝撃で生命存続に必要な内臓の一つや二つは壊れるだろうし、もしかしたら上半身と下半身に分かれるかもしれない。

 けれど、自分の肉体がどのように破壊されたところでうつろにとってはどうでも良かった。

 むしろこうとすら思っていた。


「この爆発で自分の体が消し飛んだならいい」


 と。

 うつろは何度かにとろの花火を体に受けてきたが、その多くは体の一部の損傷であって、肉体が完全に消し飛び原型のない肉塊になるほどの衝撃は受けたことがなかった。

 もしかしたら、それほどに体が完全に破壊されたら、死ねるかもしれない。いいや、消えられるかもしれない。

 そんな願望に近い可能性を本気で信じて、うつろは爆弾を抱き込んだ。

 しかし。

 想像した痛みも衝撃もなく、かといって痛みを感じる間もなく意識が離散したということもない。つまり、うつろは死んでいない。

 恐る恐る目を開くと、腹に押し付けた爆弾は導火線を燃やし尽くしたまま沈黙している。


「あっはははは!」


 困惑しているうつろを見て、今までずっと口を噤んでいた不審者が哄笑をあげた。床に倒れ込んだ少女もくつくつと肩を震わせている。


「哀染先輩を騙すことができたなんて、わたくしの一生の誉ですよ! ね、孤霧さん」


「わっちの変装技術も捨てたものじゃありんせんなぁ、ラピさん」


 不審者が頭を振ると、頭巾のように頭を覆っていた布が外れて、顔が顕になった。巫女服の少女は懐から化粧落としのクレンジングオイルを頭から被った。

 不審者が見せたのは、麗しい少女の顔だ。白い髪を高く結い上げており、瞳は空色と金色のオッドアイ。おっとりと垂れた眦に、それと逆に強気に釣り上がった眉。鯨幕の下には薄い青色のカッターシャツが見えている。そして、特徴的な猫の形の耳が頭の上で揺れていた。

 隣の巫女服の少女は突然、ずるりと髪の毛を脱皮するかのように外す。ウィッグネットを取ると、彼女の生来の紫がかった黒髪が顕になった。さらに巫女服が濡れて透けると、その下に黒子衣装のようなものも見える。泣きぼくろや仕草の一つ一つが妖艶な女性だ。


「……哀染先輩、お知り合いですか?」


 白髪の少女を拘束する手を緩めながら、枝垂は問うた。うつろは頭痛を堪えているかのように眉間を揉んで、その事実を認めたくないかのような重々しい口調で言う。


「猫耳の方がラピスラズリ・ベイリー、通称ラピ。クノイチっぽい方が月夜孤霧、自称月夜太夫」


 どこか楽しそうに笑みを浮かべたままの二人の女を見下ろして、ひどく忌々しげに。


「現警察署長と、その直轄部隊の一員だよ」

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