星の砂-43

 結局ゼナイドは手伝うことはなかったが、閉店までイーリアが用意してくれたものを頂き、エクトルと帰っていた。


 長い星の夜は随分冷え込む。エクトルは青いマフラーをしていた。



「俺、イーリアさんに魔法教えてもらってるんだ」

「へえ」

「イーリアさんは風だから、まあ、基礎っていうか、ホント少しだけなんだけど、例えば、上限とか」


 エクトルがシュエーテと出会った時に倒れたのは、魔力切れだった、という感覚がわかったという。



「俺の場合、今まで使ってこなかったから、なんつーか俺の使える魔力量? が、今凄い少ない状態で、これから使っていったらある程度は増えるって」



 魔力量は日頃使っていくことで大きくなっていき、歳を重ねるに連れ増加傾向は平坦になっていくという。今のエクトルは、たちまちの伸びの大きさはあまり期待できないらしいが。



「けどその理論? はイーリアの父さんが魔法師団にいた時にあったもんだから、今はまた違うかも、だから今から使い続けてもそれなりにはなるかもしれなくて」

「うん」

「ああ、その、なんていうか。俺も力をつけますよって言いたい」

「その状態で、エクトルのひとり旅は危険だと思う」

「まあ、そうね…」

「私は父に3年間、剣の技を教えてもらった。それで初めて旅に出た」



 ゼナイドの父は、母と出会うまでは傭兵団であらゆるところを旅しており、団内一の剣の技術を持っていたという。



「魔法と剣では違いはあると思うが」

「そうなァ…3年で26、倍かかって29。うわ、俺こんなにおっさん近いのか」

「言うほどか?」

「20未満に言われたくないね、それ」

「私もあと2年超えたらおばさんに近いと言わなければならないだろうか」

「何言ってんだ、20はガキです」



 まだ若いふたりは小さく笑い合う。


 星空は今日は明るい。ゼナイドがふと立ち止まる。すぐに気付いたエクトルは振り返った。



「一緒に旅をする、とか、私はしたことがなくて。星の砂を、はじめは君と。それからキノを交えて探したあの時は、すごく楽しかったんだ」

「俺も楽しかった」

「スナクイリスの群れを見つけて、捕まえようと思った時、私はひとりでいる時と何も変わっていなかった。シュエーテが出てきても、何も変わらなかった。ふたりが来てもなんとかなると思っていて。でもシュエーテが君達を狙い出した時、初めてひとりではない自分を確認できた。お金稼ぎに護衛なんて、したことはないから」



 エクトルが倒れて、キノの絶叫。走るシュエータに気付かないキノ。蹴飛ばされ、踏み潰されるエクトルを想像したゼナイドは、初めて剣を人の為に振るった。



「エクトル。私は君と旅をすることが嫌なわけではない。嬉しかったよ、一緒に旅をしようと言われた時。同時に怖くなった。私は君を護ることができなかった時、どうすればいいか分からない。失うことが怖いんだ。もし君と一緒にいて、私のせいで君を失ってしまったら、どうすればいいか、どうなってしまうのかわからない」



 ゼナイドが少し泣きそうな表情をしている気がした。年相応の、というより、エクトルより5つ下であることを思わされる様子だった。初めてゼナイドを幼いと思った。


 それから静かに、なんとなく、エクトルは氷で剣を創り出した。ゼナイドが持っているような、立派なものではなく、簡単に絵で描かれたような、しかも薄くて何も切り裂くことができないような剣。



「自分の身は自分で護る。出来る限り。それで駄目だったら、俺の力不足なわけで。だからゼナイド」



 氷の剣の切っ先を、ゼナイドに向けた。



「俺を護ろうとしなくていい。そんな事考えるな。ただでさえ情けない俺を、これ以上情けなくさせてくれるな」



 そう言う自分は、相変わらず情けないとエクトルは思ってしまう。ゼナイドは向けられた切っ先をそっと握った。その剣は、冷たいだけで力を込めるとすぐに折れてしまいそうな、けれど何故か熱を感じた。



「頼もしいな、君は」

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