第五話 卑劣な妨害。
* * *
翌朝。
福耳の
「
東の空に想いを飛ばす。
その日の午前中は、ひとりで大川さまの屋敷で書物を読ませてもらい、昼前に自宅に帰り、いつものように家族と昼餉をいただいた。
源の持っている衣は、他のものはすべて擦り切れ、ツギハギのあるものばかりだからだ。
平城京へ向かい、一人ですたすた歩いていると、ガラの悪い十人の
「ちょっと痛い思いをしてもらうぜぇ。」
「今日一日、立って歩けないぐらいな。へっへっへ……。」
「それは遠慮するよ。
言うや否や、源も腰に常に
一合。
「やッ!」
源は素早い動きで、
深くはない。手加減はした。
「ぎゃあ!」
「こいつ慣れてるぞ……!」
源の手並みに、ならず者たちはザワザワとした。
たまたま居合わせた、イザコザを遠巻きに見守る通行人たちは、ぱっと散った血の色に、小さい悲鳴をあげた。
腕を斬られた男は、
「これじゃ
とぶつくさ言って、数歩さがった。
「この野郎!
残り、九人の男たちが、いっせいに源に襲いかかってきた。
九対一でも、源は危なげなく、
ただ、大川さまから頂戴した衣に、返り血が
「むぅっ!」
「やめろ!」
大川さまの従者、三虎が、三人の
「ちっ、引き上げるぞ!」
ならず者たちは全員、逃げ去ろうとする。
(追わなくていっか。こっちは時間ないし。)
源はそう思うが、
「逃がさん!
と、三虎が引き連れてきた衛士の一人に命じる。
「はい!」
「
「ない。ありがとう! どうしてここに?」
「源の家を、
「警護? ありがたいけど、どうして?」
「おまえは目立ちすぎる。
今回、源に向けられる
大川さまの
そして走れ!
「わかった! 大川さまの叡智とご慈悲に感謝する!」
源は風のように走り出す。
三虎は、引き連れてきた衛士二人に細かい指示をだす。
朱雀門の前の広場が見えたのと同時に。
ダン! ダン! ダン! ダン! ダン! ダン………。
午ひとつの刻(午後1時)を知らせる太鼓が鳴る。
(まずい、まずいっ!!)
広場は、昨日より多く集まった見物人でごった返している。
「通してください! すみません、通してっ!」
見物人をかきわけ、
ダン………。
十二回の太鼓が鳴り終わった。
源の視線の先、
間に合わない。
「待って!」
門が閉じきる前に、木の扉が、ギッ、と動きを止めた。
「痛っ! てめえ
「蚊がいた。」
「はあっ?! ふざけるな!」
「まあまあ。あとで干しイワシ
源はわずかに開いた扉の隙間に身体を滑り込ませた。
(
近衛府の衛士である
源が
なぜか皆、細い竹を口にくわえている。
「遅い!」
高官の居場所から、
目つきの鋭い、どこか陰険さの漂う
「申し訳ありません。ここに来る最中、暴徒に襲われましてございます。」
「そんなの言い訳だ! 遅れたのを
と、楽しそうに言った。
(おのれ……!)
源は黒麻呂を、ぎり、と睨みつけた。
大川さまが倚子から立ち上がった。
「午ひとつの刻(午後1時)の太鼓には間に合ったようです。」
本当は、ぎりぎり、間に合ってない。
だが、大川さまは、こう言う事で間に合った、と、事実をすり替えた。
高官の倚子からは、簡易な門は見通せないのだ。
「本当に暴徒に襲われたのなら、情状酌量の余地もあるというもの。
何よりこの者は、一日めに優秀な成績を残しました。
ここに集まった見物人たちは、この者、
大川さまは麗しい顔に
「なあ、見物人たちよ。どうだ?」
───そうだ、見たいぞ!
───
───仔猫ちゃんの活躍を見せろ!
───そうだ、そうだ!
という声があちこちから飛び、
───きゃあ〜!
───大川さまぁ!
───素敵ぃぃぃ!
という女の黄色い声もあちこちから聞こえる。
大川さまは、すぐに、すん……。といつもの温度を感じさせない笑顔に戻った。
倚子の中央に座る大使、
「大川殿。座りなされ。
と、陰険そうな、三十代半ばの
「このまま
「しかし……。」
「この
「わかりました。」
大川さまと陰険そうな男、
立ったままの
「竹を口に。」
源の後ろに立った監督官が、細い竹を、
「口にくわえろ。」
と源に差し出した。
源が、他の希望者と同じように、竹を口に加えると、竹のなかはくり抜かれ、すー、すー、息が抜けた。(ストロー)
(なんで竹を?)
源は、
「聞きそびれたたった一人の為に、もう一度、名乗ってやろう。
私はちんたら、木簡に文字を書くだけの考試を良しとしない。一人ひとり、口頭で答えてもらう。問題がわからぬよう、順番待ちをする者には、目と耳を塞がせてもらう。」
源たちは、長い布で、頭をぐるぐる巻きにされた。視界は真っ暗、まわりの声もくぐもって、良く聞こえなくなった。
(そういうことねー!)
ぷすー、ぷすー。
口に加えた細い竹がなかったら、息ができなくて死んでしまうところだった。
何を言ってるかわからないが、時々、見物人たちが、わっ、と盛り上がるのが聞こえる。
(
ふぅ。早くオレの番、来い!
オレは負けないぞ……。)
前触れもなく、布がほどかれた。
晴れた空が眩しい。
いつの間にか、真正面、至近の距離に、
ギロリ!
目力が強く、威圧感を持って、
源は、
生死を乗り越える思いを、何度もした。
(どのように偉い高官に睨まれようとも、オレが
↓怒った源の挿絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093088857729789
↓華やかに笑う大川の挿絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093088890109633
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