第四話 珉 会という楽師。
「問う。
繰り返す、律令、職員令、十三条を記せ。」
(職員令の十三条は、式部省条だ!
良し! 最後まで書けた。自信ある。)
「書けました!」
今度も源は一番のりだ。
右後方から嫌な視線をまた感じるが、源は振り返らない。
源は、全問正解した。
この、順番を間違えて書いたり、人数を少しでも間違えたものは、容赦なく、
「不可。」
と言い渡された。
源の木簡を手にした大使、
「そなた、さっきも一番乗りで答えを書き終わっていたな。しかも、
と、離れて正座をする源に声をかけた。
(これは、以前、大川さまがオレの名前を紹介してくれたの、すっかり忘れられてるな……。無理もない。)
「
源は、おっきなおっきな声で答えた。
「ほっほ……。愉快。」
と笑った。見物人からも、
───
───いいぞいいぞ!
───頑張れ!
───頑張れ仔猫ちゃん!
と声援が……。
源は、ぱっちり大きな目、男にしては可愛い、秀でた顔立ちの
「なんだ仔猫ちゃんて! オレは
源は
───ははは。
───かーわい〜。
見物人にとっては、これは娯楽。手をたたいて喜ばれた。
麗しい大川さまは、にこにこ、と柔和な笑顔で、源を見ている。
倚子に座る高官のうち、三十代半ば、目つきの鋭い、どことなく陰険な雰囲気さえ漂う男が、
「んん!」
顔をしかめて咳払いした。
それを見て、
「静まれ!」
と声をかける。
その後もいくつか問題がだされ、とうとう、希望者が三十人に絞られたところで、遣唐大使、
「一日目は、ここまで。
続きは明日、行う。」
と宣言した。
源は、三十人のうちの一人に残った。喜びで顔が赤くなる。
(良し、良し、よっしゃ───ッ!!)
叫び出したいが、ここでは我慢……。
簡易な門をくぐり、三十人がぞろぞろ退出する時、
「おい!」
後ろから肩をつかまれた。
あの、
「おまえ、本当に遣唐使か?
見かけた事がないぞ。」
「まだ遣唐使ではない。だが、遣唐録事さまから
「チッ……。コネ持ちが気取りやがって。」
* * *
見物人のなかには、源の家族もぞろぞろ
源の勇姿に興奮した姉、
「すこし贅沢をしたい。丸鶏を食べて帰りたい!」
と主張した。
酒肆は人で混み合い、楽師が一人、ポロン、ポロン、と
「
「
と
大学寮の
「源ぉ、オレが教えてきたことを見事に吸収して……。うっ。」
と男泣きし、非番であった
「
オレが鍛えた
と豪快に笑い、薬売りとしてあちこち遊び歩く三男、
「嬉しいぞ
普段ちゃらんぽらんなくせに、珍しく真面目な声をだしたので、
父上、
「よくぞここまで成長した。私も叶えられなかった、
と微笑んでくれた。
「あともう少しで、
と、泣き出しそうな笑顔で
源は、ぐっ、と熱い想いがこみあげ、がた、と倚子を立ち上がった。
「まだ考試は明日も続く。遣唐録事になれるのは、一人だけだ。
オレが遣唐使になれるかは、わからない。
でも、頑張る!
オレは唐に行きたい。
ずっと、ずっと、
そのために、オレ、頑張ってきたよ。
皆、応援してくれてありがとう!」
わー、と皆、拍手してくれた。
いつの間にか、酒肆の客たちもおしゃべりをやめ、こちらに注目してる。
「オレは、オレの家族を信じてる!
オレ自身を信じてる!
必ず、遣唐使船に乗って、唐で先進の知識を得て、この国に帰ってくる。
そしてこの家を盛り立てる。
夢をこの手につかんでみせる!」
源の曇りのない声が、たからかに響いた。
皆、拍手して盛り上がる。
───
───頑張れよ、仔猫ちゃん!
───応援してるからな!
「オレは仔猫ちゃんじゃない!」
源が怒ると、わははは、と皆、笑った。
そのうち、
───そこにいるのは、
───聞かせてくれよ、
と
毎日、従者控えの間で語り物をする
そして、初めの日に披露した木蘭辭は、ワクワクする話で人々の心をつかむので、
「いいわよ。……ショクショクフクショクショク!」
しばらく、
───ポロン。
琵琶の音が響いた。楽師がいつの間にか、
父上、兄たち、
楽師は背が高く、上品な雰囲気で、くるん、と丸い口ひげを蓄えている。
「にゃはは〜。」
と笑った。気の抜けた笑い方で、上品さが台無しであった。なんとも残念な男である。
「
「………。」
普段は威勢が良いくせに、褒められると黙ってしまう不器用な姉だった。
楽師は、ふと
「君はどの漢詩が好きかね?」
源は、いつ、どんな時でも動じない。
「
「そうかそうか。にゃはは〜。」
楽師は害のない笑顔、気の抜けた笑い声で、
「今の人、なんで小袋を渡してたの? 琵琶を弾いて、報酬をもらうがわじゃないの?」
源がおっきな声で疑問を口にすると、
「あれは、変わり者の楽師でね、腕は良いんだが、時々しか現れないし、気が向いた時にしか歌わない。そのワガママを通すために、酒肆の主に財貨を渡してるんだとよ。」
と、客が教えてくれる。
源は、なぜだか楽師がすごく気になった。
「名前は?」
「
* * *
【読み飛ばしてOK】
(※注一)……文官の人事、宮廷の礼儀、大学寮(役人の教育機関)などを管轄する、
【要点まとめ】
源(男子だけど仔猫ちゃん)はブッチギリで
遣唐使の高官は、
大使……副使……
の順番で偉い。
・大使の
・まだ名前のでてきてない、目つき鋭い、雰囲気陰険男。
・
・
・
源の家族は、大家族。
父、
一人目、
二人目、
三人目、
四人目、
五人目、
六人目、
七人目、
源は、また会う事があるのでしょうか……。
↓挿絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093088796884665
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