滝沢美弥の物語「二月駅をご存知ですか?」
お久しぶりです、黒宮様。
近頃息子がお世話になっております。
はい……そうですよね。
凪は本当に賢い子です。滝沢家に産まれてくるには勿体ないぐらいに。
鎮守祭の準備は滞りなく進んでおります。
本日、黒宮様に来ていただいた理由は、一週間前に私が遭遇した奇妙な出来事について聞いて頂きたいからです。
あれは二十三時ごろ……地下鉄のホームで電車を待っていたときのことです。白い壁に囲まれた誰もいないホームでした。
最初は大人しくホームの座席で待っていたのですが――待っているうちに段々と背筋が凍るような感覚に襲われました。
ほら、誰もいない空間で一人でいると不安になったりするじゃないですか。
そこで私は気分転換として、自販機へ飲み物を買いに行きました。ちょうどホームの真ん中に赤い自販機があったので、お茶を買おうとしたのですが……丁度その時、手が滑って小銭を落としてしまいました。
慌てて小銭を探しましたが、なかなか見つからず、困っていると隣から男性の声が聞こえました。
「落し物はこれですか?」
声の主は二十代ほどの若い青年でした。
「ありがとうね」
私は礼を述べて、再び飲み物を購入しようとしました。すると、その姿を見ていた青年は、こう言いました。
「お久しぶりですね、
その途端――私の心臓は、驚きのあまり弾けそうになりました。なぜならば、私にはその青年に会った記憶がなかったからです。
とはいえ、相手は私の名前を知っています。ということは、人違いである可能性は低いはずです。
「私たち、どこかで会ったことがあったかしら?」
「会いましたよ。二十年前に」
二十年前……そんな、昔のことを覚えているはずがありません。
「そう……貴方、お名前は?」
「黒宮……です」
どこかで、聞き覚えのある名前でした。
しかし、いつ、どこで、その名前を知ったのか、私には覚えていませんでした。
仕方がないので、私は彼に謝ってから飲み物を買って、ホームの椅子へと向かいました。隣の椅子に座った彼は、また口を開きました。
「二月駅に向かう電車は次でしょうか?」
二月駅という名前に覚えはありませんでした。念のため、二月駅というワードを検索エンジンで調べてみましたが、何も情報は得られませんでした。
「駅の名前は二月駅で合ってるの?」
「はい、確かに合ってます」
「そう……私から言えることは、次の電車は二月駅には向かうかどうかは分からないけど、終電だから、もう乗るしかないということね。路線は合っているの?」
「はい、残念ながら」
*
また翌日、地下鉄のホームで終電を待っていると、例の少年に遭遇しました。
それは駅の構内にある公衆電話を使っていた時でした。あの日は、どういうワケか電話が全然繋がらなかったんですよ。
携帯電話の電波表示も圏外表示だし、公衆電話を使っても「現在はお繋できません」という音声が返ってくるだけでした。
地下ですから地上と比べて電波が悪いことは分かりますが、公衆電話まで繋がらないということがあるのでしょうか?
困り果てていると、例の少年が姿を現しました。
「お久しぶりですね、美弥さん。なにかお困りですか?」
「……くん、今日も会ったわね。家に電話をかけたいのだけれども、全然繋がらなくて」
「そうですか、それは困りましたね。しかし、電話が繋がらないのなら仕方がないですよね。諦めて電車に乗ってしまいませんか?」
「そうよね、場所が変われば電波が繋がるかもしれないものね。ところで、貴方は無事に二月駅についたの?」
こちらが尋ねると、彼は笑いながら答えました。
「なにを仰るのですか。ここが二月駅ではありませんか」
*
また、その次の日、地下鉄のホームで終電を待っていましたが、時間になっても全然電車が来ませんでした。
それどころか、時計の針も動いていなくて……。帰り道が分かりません。どうすればいいのか分かりません。はやく、一緒になりましょう。
困り果てていると、また例の少年が現れました。
「久しぶりだね、美弥ちゃん。なにか困っているの?」
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