黒宮怜の日記⑩「ごめんなさい」

 リュックサックのサイドポケットからビニール袋を取り出し、散乱している鈴の破片をすべて中に入れる。


 ひとまず目に見える範囲にある欠片は、すべてビニール袋へ入れた。もしかするとリュックサックの底や、隙間にも埋まっているかもしれないので、黒宮本家に着いたら一旦、中身を取り出して確認してみよう。


 ふと、隣の運転席を確認する。

 運転席では雅登が無表情でハンドルを握っていた。ずっと、まっすぐ正面を見つめている。これなら「その欠片は何かな?」とか聞かれる心配はなさそうだ。


 というか運転中ずっと話しかけてきた八重子と違い、雅登はとにかく静かだった。

 車内に響くのはエンジンの音だけ。

 高速道路を走っているせいで、カーナビも沈黙してしまっている。


 ここまで静かだと、逆に落ちつかないな。


 仕方がないのでワイヤレスイヤホンを耳につけ、スマホで音楽再生アプリを開いた。適当に、流行りのJPOPを選んで再生する。


 流れてきたのは選んだ曲……ではなく、フォトスタジオの広告だ。広告が終われば選んだ曲が流れ始めるはずである。


『七五三はスタジオジァンニーにおまかせ』


 七五三ねぇ……。

 僕の家は経済的に七五三をやる余裕はなかったので、馴染みのない言葉である。


 でも、それでも……みさきの振袖姿は見て見たかった。切実にそう思う。



 この子の七つをお祝いに。

 お札を納めにまいります。

 行きはよいよい。

 帰りは怖い。



 頭の中身を空っぽにして車外の景色を眺めていると、ふと、残った鈴の状態が気になってきた。


 リュックサックを再び開き、鈴を確認する。外見に異常は無し……書かれていた文字は――。


『本製品を使用すると、一つだけ事実を上書きできます。ただし使用する度に、ちょと悪いことが起こるのでご注意下さーい♡』


 あいつ……次会ったら、ただじゃ済ませないぞ……。


 本当ならこのまま捨ててしまいたいところだが、それなりに役に立ちそうな道具なので、まだ所持しておくことにする。鈴をリュックサックの内側にあるポケットに入れると、今度はスマホのバイブが鳴った。


 画面に表示されていたのは父からのメッセージ。


『明日、午前十一時に黒宮本家へ到着する。そのまま家へ帰るぞ。お前が黙って■■■■村へ来たことに関しては、一切咎めるつもりはない。俺の落ち度だからな』


 父が黒宮家に来た理由は、僕を連れ返すためだったらしい。


 そういえば父さんに謝罪のメッセージを送るのを、忘れていたな。

 運転席を一瞥して、雅登がこちらを見ていないことを確認する。幸いスマホには、覗き見防止フィルターがついているので、父との会話を見られる心配はないと思うが……。


『分かった。心配かけて、ごめん』


 震える指で、なんとか返信を打ち込む。

 ごめん、父さん。

 本当にごめん。

 あとでしっかり事情を話すから。

 今はどうか許して下さい。


 早く村から出ないと。

 はやく、逃げないと。

 

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