黒宮八重子の手記(画像データ)

 もし私の身に何かが起きたときや、誰かが間違いを正そうとしたときのために、この手記を残します。

 

 十年前、私は水鏡神みかがみのかみ神座かむくらから降ろしてしまいました。


 聞く話によれば水鏡神は、約1200年前に黒宮氏が■■■■を支配しようとした際に祀った神だそうです。

 ■■■■には村の外に捨てた老人、病人、水子、鬼子が祟りを起こすという信仰がありました。これを利用したのが、かつての黒宮氏です。


 当時の権力者であった黒宮の長は村人に言いました。「我々が水鏡神という鎮守神を祀って、祟りを抑えよう」と。そして、長は息子の体を足、腕、胴体、首に分けて村の端に埋め、魂をやしろに縛りつけたそうです。


 そこで私は考えました。

 生きた人間を依代よりしろにして、水鏡神を降ろしてしまえばいいのではないかと……。そうすれば神といえども、人という器に縛られることになるので、大した力は使えなくなるはずです。


 そして、水鏡神の守護がなくなれば■■■■村はどうなるでしょうか?


 これは私が実行できるせめてもの復讐です。


 『霊依』は水鏡神が正しく祟りを鎮られるように捧げる存在。


 罪のない人間を、『要らない子』を、病気や信仰を理由として『社会的に異物とされてきた人々』を、消耗品として解体し、山へ送る。


 そうです。結局は『鬼』も『霊依』も同じなんです。大多数の人にとって邪魔な存在を人として見なさないためにつけた蔑称なんです。


 日本書紀によれば544年、アイヌ人やツングース族だと思われる人々が佐渡島に上陸したそうです。島民は上陸してきた人々を『鬼』だと思い近づかなかったとか。


 さらに世の中には『鬼子』という言葉があります。これは、生まれつき体に異常がある子供につけられた蔑称です。

 ほら、我が子でも『鬼』だと思えば簡単に捨てられるでしょう?

 

 人間とはいつの世も変わらないですね。


 忌まわしいことに『霊依』は過去の存在ではなく、未だに存在しています。村の内外から今日こんにちも『いらない』が送られてくるのです。


 ある霊依は『面倒が見れなくなった義理の母親』でした。


 ある霊依は『産まれてくること自体が間違いだったと見捨てられた子供』でした。


 そして、みさきは『面倒が見切れないからと母親に捨てられた子供』でした。


 もはや、かつて存在していた『霊依は七歳までの女子』という決まりも、今では初めから無かったもののように扱われています。


 私の力では『鬼』を消すことはできない。

 ですが、村人が『鬼』を増やし続ける正当な理由として利用されている水鏡神を排除することはできます。


 誠人さん、裏切るような真似をすることになり申し訳ありません。二十年前、ひょんなことから『鬼』の話を聞いてしまった私が口封じで『霊依』にされないように貴方が庇ってくれたことは今でも鮮明に覚えています。


 それでも私はやらなくてはなりません。


 だって、結局はみさきは救えませんでしたから。当初の予定では神降ろしをした後に、みさきを連れて逃げるつもりでしたが、思いもよらぬ邪魔が入ってしまい失敗しました。


 私は初め妹を救えるなら、みさきを犠牲にしても構わないと思っていました。しかし、今は違う。これ以上、誰も犠牲にしたくありません。


 お義母かあ様。貴方は、この前、「知り合いに良いメンタルの先生がいる」と仰いましたよね?

 つまり私が『おかしい』とでも言いたいのですか?

 そうです。私はおかしくなってしまいました。『鬼の話』を聞いた、あの日から。

 けれども私からしてみれば貴方たちの方が、よっぽど狂っています。


 最後に私はもう一つ復讐をしましょう。

 『鬼の話』を広めてやるんです。

 手段ならあります。

 私は以前、妹にやり方を教わりながら、SNSのアカウントを作りました。

 『鬼の話』はどのような手段であれ、伝われば感染する。ならばインターネットを使っても同じでしょう?



【筆者メモ】


 誰かに上書きされたファイル。

 書きなぐった文字。

 彼女の筆跡には見えない。


 依代とは、神道において神霊が寄りつくものや、神霊が権限する際に使用する触媒のことである。


 それにしても、お姉ちゃん。

 随分と無茶なことをしてくれたと思う。

 

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