第3話 そして私は、振り上げた拳をおろした
「改心した人間が許されない社会は、不健全ではありませんか」
「そりゃ……そうかもしれないけど、でも……酷いことをした人間は、ちゃんと報いを受けるべきだよ。そうじゃないと読者は納得できない!」
「……断罪をすると、貴方は相手と同じところまで堕ちます」
言い返したいことは山ほどあった。
悪い奴が「ざまぁ」されるのを見るのは気持ちがいい。
勧善懲悪、復讐物は人気のあるエンタメだ。
そう思う反面、けして逃げなかった真の勇者メロスの友は彼と同じくらい崇高な魂を持っていて、こう考えるのは当然だとも感じる。
自分が恥ずかしい。
だけど私は普通の中学生だ。メロス達みたいな尊さを持っていなくて当たり前の、ごく普通のモブキャラだった。
「誰かが断罪などしなくても、ひとは自らの行いの報いを受けるものです」
「そんなご都合主義、なかったよ!」
「……国王は改心をするのでしょう? ならば己の良心によって報いを受けます。ひとの命を奪うという、取り返しのつかないことをした自分を死ぬまで後悔し続けます」
いつかの国語の授業で聞いた「行間を読む」という言葉を思い出した。
走れメロスにはディオニスの断罪シーンは書かれていない。
けれど小説には直接的に書いていない部分にもドラマが存在するらしい。
行間なんて意味が分からなかったが、今、腑に落ちた。
「ドクシャさん、貴方が手を汚す必要はありません」
「……私がここに来たの、無駄だったかも」
「いいえ。少なくとも私は、貴方のおかげで明日までメロスを信じ続けることができます。……実は昨夜たった一度だけ、ちらとメロスを疑いました」
少し恥ずかしそうにセリヌンティウスは言った。
明日、メロスが戻って来るのを見届けたら元の世界に帰ろう。
次の日。
私はセリヌンティウスが縛られた磔台の側で固唾を飲んでいた。
周りの群衆たちは「戻るわけねぇだろ」とか「戻ってくる方に賭けてんだから来いよメロス!」など好きなことを言って盛り上がっていた。
空気感のせいで、結末を知っていても緊張する。
やがてメロスが這う這うの体で現れ、掠れた声で叫んだ。
原作通り誰も彼に気づかない。
セリヌンティウスが磔台の上で釣り上げられて行く。
彼の両足にメロスが齧りついた。
群衆はどよめいた。
セリヌンティウスの縄はほどかれ、原作屈指の名シーンが演じられた。
親友たちは殴り合い、抱擁し合い、嬉し泣きにおいおい声を放って泣いた。
この後だ。
ディオニスによるあまりにも身勝手な振る舞いが披露された。
セリヌンティウスの言葉のおかげか、以前のようにムカムカしなかった。
「おまえらの望みは叶ったぞ。おまえらは、わしの心に勝ったのだ。信実とは、決して空虚な妄想ではなかった。どうか、わしをも仲間に入れてくれまいか。どうか、わしの願いを聞き入れて、おまえらの仲間の一人にしてほしい」
図々しい態度の彼は、自らの行いにより見えない十字架を背負っている。
それはふとした弾みに彼を苛み、無残にも潰すはずだ。
自重によって喘ぐディオニスの姿はきっと無様だ。
私は晴れやかな気持ちで、裸のメロスに緋色のマントを差し出した。
メロスは、まごついた。
「メロス、君は、まっぱだかじゃないか。早くそのマントを着るがいい。この可愛い娘さんは、メロスの裸体を、皆に見られるのが、たまらなく口惜しいのだ」
セリヌンティウスが気を利かせてメロスにそう教えた。
メロスはひどく赤面していた。
私は、フミコちゃんの待つ図書室へと戻った。
「おかえり。ちゃんと『ざまぁ』できた?」
「想像してたのとは違うけど、すっきりはしたかな」
「よかったね」
フミコちゃんの笑顔に安堵した。
「私、行間を読むって言うのが初めてわかったんだ。小説って面白いね」
「でしょ! 走れメロス以外にも名作はたくさんあるんだよ」
「フミコちゃん、読書感想文ができたらまたおススメの本教えてよ」
「もちろんだよ!」
小説がわからなかった私は、こうして読書の楽しみを覚えた。
次はどんな素敵な物語に出会えるのだろうか。
【短編】「走れメロス」の暴君ディオニスに激怒した女、「ざまぁ」がしたくて悪役令嬢転移したが・・・【二次創作】 桜野うさ @sakuranousa
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