第2話 セリヌンティウスに会いに行き・・・

 メロスの世界で私は、暴君ディオニスの娘になっていた。


 悪役の令嬢転移だ。


 嫌いなキャラクターと血縁関係なんて反吐が出るが、一般市民の立場よりも「ざまぁ」し易そうだった。



「どういう風に『ざまぁ』しようかな」


 城内の廊下を歩きながら考えた。


 ディオニスはたくさんのひとを殺したのだから、自分も極刑に処されるべきだろう。

 セリヌンティウスを磔にしていた台に入れ替わりであいつを晒し者にするなんてどうか。


「随分機嫌がよさそうだな」


 いいアイディアに顔を緩ませていると、暴君ディオニスに話しかけられた。


「お父様……。『人の心は、あてにならない』ということが間もなく立証されるのが嬉しくて」


 ディオニスはそっとほくそえんだ。


「世の中の、正直者とかいう奴輩にうんと見せつけてやりたいものだな」


 その顔には「メロスが戻るわけない」と書かれている。


 メロスが村に出発したのは一昨日の深夜だった。


 今は昼。


 メロスの妹の結婚式の最中だろう。


「愚か者の友人に会いたいのですが」


「よからぬ企てをするのではあるまいな」


 原作通りディオニスは疑り深い男だ。


「いいえ。馬鹿な下賤の民の頬に唾を噴きかけてやりたいだけですわ」


「まだ奴は人質だ。辱めるのは死体になってからにするのだ」


 ディオニスは尚も疑ったが、私があまりにもメロスやセリヌンティウスを馬鹿にするので会うだけなら許された。


 友達想いのセリヌンティウスは作中で一番好きなキャラクターだったので悪く言いたくなかったが、暴君の疑いを消すためだから仕方がない。


 セリヌンティウスは縄を打たれ、地下にある特別な牢屋に入れられていた。

 王国に使える臣下の人質たちは別の牢屋におり、ここにはセリヌンティウス一人だけしか囚われていなかった。


 セリヌンティウスは疲れも見えたが、顔には精悍さが宿っている。


 牢番二人が口汚くメロスを罵り、セリヌンティウスに厭味ったらしい同情の声をかけても、口を一文字に噤んだまま耐えていた。


 こんな状況でさえ気高さを失ってはいなかった。

 流石はあのメロスの無二の友だ。


 私が牢に近づくと、牢番は慌てて敬礼した。


「席を外しなさい」


 牢番二人は顔を見合わせた。

 ディオニスを恐れているのだ。


「私の命令を聞かなければ、どうなるかわかっているでしょうね?」


 父親譲りの眼光で牢番を睨みつければ、大男二人は竦み上がった。

 私はディオニスの血を引いている。

 何をしでかすかわからない、暴君二世なのだ。


 牢番は立ち去り、私はセリヌンティウスと二人きりになった。


「柔らかいパンとチーズを持って来たの。ろくなものを食べさせて貰ってないと聞いたから」


 きっぱりと断られた。


「毒なんて入れてないから」


「……国王のお子が、何故私に施しを?」


 ディオニスの娘でいる内は、セリヌンティウスは心を開いてくれまい。


「私が異世界からやって来た人間だから」


 彼は訝し気な視線でこちらを見るばかりだ。


「ディオニスをやっつけたくてここに来たの」


「ディオニスは貴方の父親では?」


「肉体はそうだけど、精神は違ってて」


 セリヌンティウスは何かに納得した表情になった。


「……どの様なことを言われようと、私は友を信じます」


 それっきり黙り込んでしまった。

 自分を混乱させるためのでまかせと捉えられたらしい。


「メロスは絶対に戻って来る。ギリギリになっちゃうけど、間に合って貴方は助かる!」


 私が言うとセリヌンティウスはわずかにこちらに視線をくれた。

 希望を見出し、次々と喋る。


「メロスはたくさんの困難に逢う。雨のせいで途中にある川の橋が壊れて、濁流の中を泳いだり……川を渡り切ったと思ったら山賊に襲われたり」


 セリヌンティウスはなるべく表情を崩さないようにしているが、先程より焦って見えた。


「だけど全部クリアしちゃうの。貴方と、もっと恐ろしく大きいものの為に!」


 熱っぽく語った後で見やると、セリヌンティウスは穏やかに顔を緩ませていた。

 笑みさえ浮かべている。


「……メロスは、私の友はそういう男です」


「メロスはとっても格好いいひとだよ。友達を信じ続けた貴方も格好いいよ」


 セリヌンティウスはまた疑いの目を私に向けた。


「貴方はどうして私たちのことを知っているんですか」


「メロスと貴方の話は、私の世界で本になっているから。素敵な友情を教えてくれる物語として、たくさんの人に愛されていて」


「……別の世界があるなど信じがたいですが、貴方が私とメロスを買ってくれているのは誠のようですね」


 彼の発する言葉の語尾が優しくなった。

 私のことを信頼し始めてくれているようだ。


「貴方のことは何とお呼びすれば?」


「読者でいいよ!」


「ドクシャ……変わった名前ですね。貴方はディオニスを打ち倒すため来たんですよね」


 セリヌンティウスの質問に私は捲し立てるように回答した。


「貴方とメロスの友情を見て、ディオニスは改心するの。それで仲間に入れて欲しいなんて図々しいことを頼んじゃって。私、許せなくて!」


「何故ですか」


「ディオニスは罪もない人をたくさん殺したんだよ? こんな極悪な人がちょっと改心したからって許しちゃ駄目。断罪しないと!」


 セリヌンティウスは言葉を探るようにしばらく黙っていた。


 やがて口を開いた。

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