追いかけて追いついて

 オレはリクト。

 ごく普通の男子高校生をやっている。

 成績は中の下で、特別芸術にもスポーツにも秀でていないと思う。

 オレの通っている高校はその辺りにある普通の高校で、偏差値もそこまで高くない。

 だから、オレは実質頭が悪いということになる。

 今日のテストも平均点を割り、ギリギリ赤点は免れた。

 ホッとしていると隣の席からクスクスと笑う声が聞こえる。

 目だけ声の方向へと向けると、口を押さえて笑いを堪えている女子がいた。


「……なんだよ」


「んふ……。相変わらずリクトはテストの点数が低いなって……。ふふっ」


 この人の点数が低い事を笑う嫌味なヤツはミカ。

 幼馴染で小中高校と同じ学校に通っている。

 オレはミカの嫌味に対して腹を立てることはない。

 いつもの事だから。

 

「……失礼なヤツ」


「でも、事実でしょ?」


「ミカの方こそどうだったんだよ?」


 ミカは自信満々で答案用紙を見せてくる。

 肝心な点数は六十点。

 このテストの平均点より十点ほど超えており、完敗した。

 他の答案用紙もずらずらと並べられ、ミカは腕を組んで鼻息を荒くした。


「なん……だと……!?全部負けた……なんて……」


「さあ、今回もウチの勝ち。いつになったら勝てるのかね〜?」


「う、うるせーっ!つ、次の期末テストでは一教科でも勝ってやる!」


「ほ〜ん……楽しみにしておくわ」


「く……言わせてお――」


「こぉらっ!授業中何を話している!」


「「ご、ごめんなさいっ!」」


 授業中という事をすっかり忘れていたオレとミカは担任の教師から雷を落とされ、身を縮める。

 その間もミカは嫌味な笑みを浮かべたままで、オレはそれを無視した。

 その後の授業はミカにテストで一つも勝てなかったことで悶々としながら受け、無事(?)に放課後となる。

 本来なら部活動の時間ではあるが、イマイチ気が乗らなかった。


「よお!やっと部活ができるな!今日も基礎トレなんかなぁ?」


 この調子の良さそうな男子は同じ部活動をしているリョウ。

 いつもならオレも部活に行きたいところなんだが、リョウの姿を見ても調子が上がらなかった。


「わりい、オレ、今日は帰るわ」


「何でだよ?」


「テストの点数悪かったから、少しは勉強しないとな」


「真面目かよ」


「ミカに負けるのが悔しいんだよ。わかってくれ」


「へぇ……。お熱い事でなによりだわ」


「何を勘違いしてんだよ……。お前の方こそどうだったんだよ」


 リョウはニヤ〜とした笑みを浮かべて、何か見下された気がした。

 答案用紙とは別に、担任からは各テストの点数と平均点を表にしたものを配られるのだが、リョウはそれを自慢気に見せつける。


「……平均、九十五点……!?はぁ!?」


「すげえだろ!今回の俺は調子がいいぜ!」


「カンニングしたんだろ!」


「するわけねぇよ!ほら、あれだ!ここ、◯◯ゼミでやったところ!みたいな?」


 オレはミカに負け、リョウにも完敗したのだ。

 二人のニヤニヤした笑みを思い出し、拳を握りしめる。


「……オレだって勉強してお前らを超えてやるーっ!!」


「あ、リクト!おーいっ!行っちまった……」


 オレはリョウから逃げ出し、無我夢中で走りまくった。

 通学路を走り、商店街の歩行者天国のエリアを走り抜ける。

 何も盗っていないのだが、全力で走る様はきっと窃盗犯に見えたのかもしれない。

 そのまま走り去り、土手の階段をを登り、勢い余って土手を転がり落ちた。

 まるで『童話:おむすびころりん』だ。

 やっと止まると、仰向けで寝転がると、肺が酸素を求めて悲鳴をあげていた。


「もう……走れねぇ……!」


 肩で息をしながら、目を開けると筋状の雲が流れていた。

 風が吹くと秋の匂いを運んでくる。

 夏も終わり秋が訪れ、冬になるんだろう。

 テストでイケイケなアイツらの顔を思い出すと、オレの心は冬に向かっているのかもと思う。


「いいな……。アイツら、テストでいい点とって……」


 勿論将来はテストの点数で決まるわけではないのは知っているけど、それでもオレの生活は高校生だからテストが出来るか部活で成績を残すかの世界だ。

 どちらも得られなかったオレには虚しさだけが残る。


「何やってんの?」


 突然呼ばれて声のする方に目を向けるとミカが立っていた。

 そばに立っていたミカと寝転がっているオレは確実に見える位置にいて、思わず覗き込む。

 しかし、そこは女子高生。

 鉄壁のガードであるハーフパンツを仕込んでいやがった。


「……なんだよ、ハーパン穿くなよ」


「覗いてんじゃないわよ!ヘンタイ!」


 パチーン!


 綺麗な音がオレの左頬から鳴り響く。

 幸い河原の土手にはオレとミカしか居なかったから野次馬は来なかったが、痛かった。

 ヒリヒリする頬を摩っていると、ミカが隣に座る。

 よく見ると少し息が荒く、額には汗をかいていた。


「もしかして、オレを追いかけてきたのか?」


「……悪い?ってか、リクト足が速すぎ」


「一応中距離走者だし、それなりに速くないと」


「リクトは昔から足が速かったもんね」


「まあ、な」


 昔と言われていつの話だよ?とは思ったが、あえて突っ込まなかった。

 ミカが褒めてくるのは珍しく感じた。

 そんな事を思っていると、ミカは少し悄気ているように感じた。


「リクトは小学生の頃は凄くモテてたもんね」


「そんなの昔の話だろ?今は全然だし」


「……ウチはリクトのことカッコいいと思ってるよ?」


「……え?」


 ミカの言葉に胸がドキッと跳ね上がった。

 一瞬、何を言っているのか理解できなかったが、少なくとも嫌われてはいないというのがわかった。

 今まで、意識をしてこなかったが、急にそんな事を言われると意識してしまう。

 嘘。

 本当はずっとミカのことが好きだった。

 小学生の頃に付き合っていればと何度思ったことやら。

 年齢が上がるたび、自分の気持ちに蓋をして嘘をついてミカに対する感情を無理やりライバル心に変換していたのだ。

 自分が傷つきたくないという一心で一方的に壁を作っていた。

 ミカの言葉で自意識過剰にならないように、頑張って言葉を考える。


「ウチ、小学生の時からリクトに憧れてて、運動しようとしたけど……ね?ダメだった」


 ミカは元々呼吸器の異常があるとか何とかで、運動を控えるように言われていたのを思い出す。

 オレは飛び起きてミカの肩を掴む。

 

「さっき走ったって言ったな……!?大丈夫なのか!?」


 最悪のことを想像して血の気がみるみる引いていくのが分かる。

 心配をしていると、最初は呆気に取られていたミカだが、徐々にいつもの表情へと戻っていく。

 

「ふふ……。もう大丈夫。運動しても無理しなければ良いの。それぐらいは自分にだって分かるもの。……でも、心配してくれてありがと」


「そ、そうか……。それならだ――んむ……!?」


 喋ろうとした口がそれ以上開くことがなかった。

 オレはミカにキスをされていたのだった。

 それを理解できたのはキスが終わってから。

 理解できるまでの間、ミカは嬉しそうに照れながらオレを抱きしめる。

 ミカの首元からほんのり良い匂いが漂い、胸がうるさく鳴り響く。


「ウチ……昔、リクトに言われたことずっと守ってるんだよ?」


「昔言ったこと……?」


「そう。ウチが体育できなかったとき、リクトは代わりに走ってくれた。その代わりオレのできない事を頼んだぜ!って。それからリクトのことが気になってきたの。リクトはウチのこと嫌い?」


 本当にこの手の質問は反則だと思う。

 嫌いなんか言えないと。

 結局オレはミカに先手を取られてばかりで嫌になる。

 オレは悔しくなったので、いたずらをすることにした。

 ミカに抱きしめられたままだったが、そのまま押し倒し、覆い被さる。

 突然のことでミカは目をまん丸にしていたが、段々と顔が紅くなっていく。

 そして、恥ずかしいのか目を合わせることなく、ぼそっと呟く。


「リクトになら……襲われても……いい……かな……?」


「ばか」


「え……」


「何でだよ、何でずっと先を取るんだよ。告白だってオレが先にするつもりだったのに、そうやって全部持っていくんだ!少しはオレにカッコつけさせろよ!オレだってミカのこと好きだよ!振り向いてもらいたくてテストだって頑張ってるんだよ!」


「うん、知ってる」


 オレは覆い被さるのをやめてあぐらをかいて座る。

 ミカも葉っぱや土を落としながら起き上がる。

 そして、ミカの頭がオレの肩に乗っかる。


「ウチら両思いだったんだね」


「……これからはずっと一緒に……隣で走って……じゃなくて、歩いてほしい」


「勿論だよ?ウチがいないと勉強できないんだし」


「あーもー!そうやって直ぐにマウント取る!」


 オレはミカにそっぽ向くと、頭を撫でられる。


「大好き」


「……オレも……ダイスキ……」


 夕陽が照らす中、オレとミカは再びキスをする。

 その時に吹いた風は少し寒い秋の風だったが、オレの中では春が訪れていたのだった。

 それからオレは成績が少しずつ上がっていき、漸く一教科だけミカに勝つことが出来たのである。

 その時ミカは悔しそうにするかと思ったら、一緒に喜んでくれた。

 まるで自分のことのように喜んでいる姿を見て、思わず抱きしめる。

 ミカもオレを抱きしめ、胸に顔を埋めて呟く。


「次は負けないんだからね!」


「勿論だ。次はもっと勝ってやるからな!」


 これからもオレとミカは幼馴染でライバルである事は変わらないようだ。

 唯一変わったのはカップルになった事ぐらいだ。


 終わり

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恋心を描く、自分のための恋愛小説練習簿 わんころ餅 @pochikun48

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