実績5『はじめてのおっぱい』

 そんなわけで放課後。


「大野さん! アプリ入れたよ! とりあえずチクタクでどんな動画が流行ってるか調べてみる?」

「お、おう。小鳥遊、急にやる気出てない?」

「大野さんの為だからね!」


 というのは勿論あるのだけど。


 僕の狙いはもう一つあった。


 あの後大野さんは僕に言ったのだ。


『あたしの実績ばっかり付き合わせたら悪いから。小鳥遊も叶えたい実績あったら言っていいんだぜ? どんな実績だって付き合うからさ!』


 それってつまり、なんでもいう事を聞いてくれるって、コトォ!?


 いや、勿論限度はあるだろうけど。


 その限度は、ある程度広げる事が可能なはずだ。


 大野さんの難題に応える程、大野さんの好感度を稼ぐ程、その限界は広がるはずで。


 いつかその限界は、男の子なら誰もが夢見る、ムフフな実績に届くはずなのだ。


『脱童貞』


 その為に大野さんと付き合ってるわけではないけれど。


 そうは言っても僕だって男の子だ。


 どうしようもなく男の子で、どう頑張っても男の子だ。


 大野さんみたいな可愛い彼女とお付き合いさせて頂いて、下心の一つも湧かないなんて大嘘だろう。


 勿論今すぐになんて言わないし、言えるわけもないのだけど。


 でも、いつかは大野さんとその実績を叶えたい。


 そんな野望を、密かに僕は抱えていた。


 その為なら、例え火の中水の中。


 チクタクくらいお安い御用というわけだ。


「あたしの為……」


 大野さんは噛み締めるように呟くと。


「嬉しい事言ってくれるじゃねーか! 可愛いな小鳥遊! このこの!」

「にゃあ!? そ、そこは格好いいって言って欲しいんだけど!?」


 いきなり僕の頭を小脇に抱えると、わしゃわしゃと頭を撫でまわした。


 必然的に僕は大野さんと密着する。


 熱っぽい体温と制服越しに感じるムチムチとした肌の感触、蒸れた腋の下に溜まった苺ミルクみたいな甘い体臭にドキッとする。


 なによりも、左のほっぺに大野さんのHなカップのおっぱいがムギュッ! と触れて、僕はドキドキしてしまう。


 脳内で、僕の顔をした天使たちがファンファーレを鳴らしながら、『初めてのおっぱい』の実績が七色に輝きながら解除された……。


 パパパパ~ン!


 無防備過ぎるよ大野さん。


 エッチ過ぎるよ大野さん!


 自分がどれだけ魅力的か、もうちょっと自覚してよ大野さん!


 嬉しいので、僕から指摘はしないけど。


 図らずもご褒美を先渡しされてしまったので、僕としてはもう、最大限に頑張るしかない。


 今僕は、僕史上類を見ないくらい燃えてます。


 というわけで、二人でチクタクの流行りをチェックするのだけど。


「うぎぃぃぃぃぃぃぃ!?」


 僕は両目を押さえると、床に転がって悶絶した。


「小鳥遊!? どうした急に!?」

「陰キャにはあまりにも眩しすぎて、目が潰れちゃった……」

「どういう事だよ……」


 陽キャの大野さんにはわからないよ……。


「だってぇ! こんなのイケメンと美少女がお遊戯してるだけじゃんか!?」


 いかにもトップカーストですみたいな人達が、学校とか街中とかでドヤ顔をしてダンスとも言えない中途半端な動きを晒している。


 これ、イケメンと美少女じゃなかったら許されないって。


 僕的にはイケメンと美少女でも許されないし。


 謎の羞恥心を刺激されて見ているこっちが恥ずかしくなる。


 この人達はどういうつもりでこんな物を世界中に晒してるんだ?


 と、思うのだけど。


「そうか? おもしろそーじゃん。これくらいならあたしらにも出来そうだし。なにより可愛い!」

「可愛いかなぁ……」


 まぁ、出て来る女の子は可愛いけど。


 正直僕のタイプじゃない。


 全体的にデカくないし、みんな似たような顔に見える。


 キャラクリの無難に可愛いセッティングみたいな。


 癖が足りないよ、癖が!


 まぁ、向こうだって僕なんかタイプじゃないとは思うけどさ。


 少なくとも、大野さんの方がずっと可愛いのは確かだ。


 もしかして、僕の彼女可愛すぎ!?


 と、謎の優越感が込み上げる。


「小鳥遊はあたしの事可愛いとか言ってるくらいだし、趣味がちょっとズレてんだろ」

「は? 大野さんは可愛いですけど」

「こわっ。人殺しの顏じゃん……」

「だって可愛いし。変な事言わないで下さい」

「わ、わかったよ。とりあえず、適当なの選んで練習しようぜ」


 そんなんでいいのかなと思うけど。


 大野さんもバカじゃない(諸説あり)。


 流石にポッと出の僕達が人気の動画を丸パクリしてバズれるとは思っていないのだろう。


 目標を大きく持っているだけで、実際は『チクタクに動画を投稿する』実績解除が目的と言った方が正しいのだと思う。


 その行為と過程を楽しみ、青春の思い出として実績に刻もうという話なのだ。


 そんなわけで、僕達は適当にカップルっぽい美男美女がくねくね踊っている動画を練習する。


「てか、簡単すぎて練習するまでもないな」

「え!? 意外に難しくない?」


 というか、普通に難しい。


 一応ちゃんとダンスっぽくなってる奴を選んじゃったし。


 十秒程度の動画だけど、僕なんか最初の振り付けで躓いている。


「簡単だろ。ほら」


 大野さんは事もなげに動画のダンスを再現して見せた。


「……しゅごい。運動神経良いのは知ってたけど……。大野さん、天才じゃない!?」

「んなことねーだろ」

「いや天才だって! 一発だよ? どうやったらそんなに早く覚えられるの?」

「どうやってって言われても……。こんなんノリだろ? ぐるっと回して狐さん、合体させてシャキンシャキン、小足二連に狐で中段っと。こんな感じ?」

「ぐ、ぐるっと回して、狐さん……合体させて? しゃ、シャキン、シャキン……。次なんだっけ?」

「小足二連に狐で中段」

「小足二連に狐で――ふぎゃ!?」


 足がもつれてひっくり返る。


「あははは! どんくさ過ぎだろ!」

「陰キャオタクだよ? ダンスなんか得意なわけないじゃん!」

「てかさー。小鳥遊は全体的に動きが小さいんだよな。ノレてねーっていうか」

「だって恥ずかしいし……」

「それがダメなんだって! バカやる時はちゃんとバカにならねぇと逆に恥ずかしいから!」

「わ、わかったよ!」


 大野さんは早々にダンスを覚えてしまったので、僕のコーチに回る。


 手取り足取り……。


「ちゃんとやれって! 動き硬いぞ?」

「だってぇ!」


 他の所が硬くなってるなんて言えない。


 しょうがないじゃん!


 めっちゃおっぱい当たってるし!


 汗ばんだ大野さんの甘酸っぱい匂いがムワムワしてるし!


 そんなの僕じゃなくたって硬くなっちゃうよ!


 ともあれ、短い振り付けだし、大野さんの教え方も上手だったので、運動音痴の僕もどうにか30分程でそれなりに踊れるようになった。


「やればできるじゃん! バッチリだぜ、小鳥遊!」


 弾ける笑顔で僕の事をドキッとさせると、大野さんは用意していた卓上三脚にスマホをセットし、撮影の準備をする。


「じゃー撮るぞ。せーの」

「ぐるっと回して狐さん、合体させてシャキンシャキン、小足二連に狐で中段! どう!? 上手く出来た?」

「百点だろ!」


 太鼓判を押すと、大野さんは撮れた動画を確認するけど。


「あー。ダメだなこりゃ」

「え? 僕、どこか間違ってた?」

「いや、ダンスは完璧」


 大野さんがスマホを向ける。


「あー……」


 撮れた動画を見て僕も納得した。


 身長差がありすぎて、上手く画面に収まっていないのだ。


「どーすっかなこれ」

「ごめんね……。チビで……」

「いや、あたしがデカすぎだろこれ」


 大野さんが目を細める。


「そんな事ないよ」

「いやあるって。デカいとは思ってたけど、ここまでとは……。小鳥遊と並ぶと余計にデカく映るし……」


 もしかして大野さん、ショック受けてる?


 デカ女だと思われたくないとか言ってたし、そうなのかもしれない。


 そこで僕は考えた。


「遠近法使おう! 僕が前で大野さんが後ろなら大きく見えないよ!」

「……いや、いいよ。そこまでしなくても……」

「よくないよ! 実績取るんでしょ! 折角ダンス覚えたんだし! 試すだけ試してみようよ!」

「……まぁ、そうだな。あたしが言い出したんだし、やるか」


 かなりテンション下がっちゃってるけど。


 ともあれ僕達は何度も画面を確認し、良い感じの立ち位置を模索した。


「どう! これなら良くない?」


 僕がスマホのすぐそばに立ち、大野さんは壁際まで下がっている。


 どアップの僕の傍らに小人と化した大野さんが立っているといった構図だ。


「……いやこれ、シュール過ぎね? 遠近法にも程があるだろ」

「これくらいの方が面白いよ! 普通に撮るより絶対ウケるって! 一回だけ! これで撮ってみよ!」


 試行錯誤している内に、段々僕も楽しくなっていた。


 最初はバカみたいと思ってたけど。


 やる側としては、過程込みで結構楽しいのかもしれない。


「いいけど……」


 というわけで僕達は踊る。


 もう何回も踊っているので、僕の振り付けも完璧だ。


 なんか楽しい。


 ノリってこういう感覚なのかも!


 これは良い動画が撮れたぞ!


 そう確信して確認するけど。


「……え?」


 動画を見てギョッとした。


 大野さんは笑っていない。


 動きもぎこちなく、全然ノレていなかった。


 本人も分かっているのだろう。


「……ごめん。やっぱあたし、無理かも」


 力なく言うと、大野さんがその場にしゃがみ込む。

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