実績4『キュン』

「チクタクでバズりてぇ」

「え? なに急に」


 昼休み。


 今日も僕は大野さんと一緒にお昼を食べている。


 当然のように大野さんが机をくっつけて来て、そのまま食べる流れになったのだ。


 同じクラスで付き合ってるから当然と言えば当然なのだけど。


 それが当然になってしまっている雰囲気に、僕は内心ドキドキしている。


 多分というか間違いなく、これから毎日当然のように一緒にお昼を食べる事になるのだろう。


 ……それってすごく幸せだ。


『何気ない幸せが一番の幸せ』


 そんな実績が静かに解除された気さえする。


 ちなみに手作りお弁当は今日はなし。


 そもそも大野さんも毎日作るつもりはなかったし。


 結局昨日は食べ過ぎで腹痛を起こし、体育を休む羽目になった。


 その事も、多少は影響していると思う。


 大野さんはすごく心配してくれて、「あたしの弁当のせい!?」と一緒に体育を休んで僕の腹痛が収まるまでベッドの横で付き添ってくれた。


 だからというわけでは全くないのだけれど、僕は全然気にしていない。


 大野さんのお弁当を食べ過ぎて腹痛になったのなら本望だし、彼氏としては名誉の負傷と言ってもいい。


 大野さんにもちゃんと伝えて、その件についてはそこで終わっている。


 と言っても、午前中いっぱい大野さんは僕の体調を心配して、事あるごとに声をかけてくれていたけれど。


 そんなわけで、今日は普通にお互いの持参したお弁当を食べている。


「実績だよ実績。やっぱ一回くらいチクタクでバズってみたいじゃん?」

「んー……」


 僕は曖昧に言葉を濁した。


 チクタクとは、若者の間で流行っていると巷では言われている、なんだからよく分からないSNSだ。


 名前くらいは知っているけど、僕みたいな陰キャボッチには無縁のアプリなので、詳しい事はよく知らない。


 唯一わかるのは、僕みたいな陰キャボッチには無縁のアプリであるという事だけだ。


「なんだよその反応。イヤなのか?」

「まぁ……」

「なんでぇ!」

「なんでって言われても。やってないし、よく知らないもん。ああいうのって、陽キャの人達のアプリでしょ? 僕にはちょっと違うと言うか……」


 エクスならやってるけど。


 オタク情報やエッチな画像を集めるのに使っているだけなので、大野さんには言えない。


 というか、誰にも言えない。


 僕の性癖大見本市みたいになっているので。


「大丈夫だって! あたしもよく知らねーから!」

「えぇ……」


 大野さんはグッと親指を立てるけど。


「よく知らないのにバズりたいの?」

「だってあたしら高校生だぜ? 一回くらいそういうのでバズってみたいじゃん?」


 じゃん? と言われても、僕にはちょっと理解出来ない。


 エクスにもパクツイしてまでバズりたがるような人が結構いるけど。


 根が陰キャなので、不特定多数の人に目立ったって良い事なんかないと思ってしまう。


 一歩間違えば炎上するし、そうでなくともインプレゾンビやクソリプ、パクツイの餌食になる。


 リスクしかないと思うんだけど。


 あまり詳しい事を言ってエクスのアカウントを持っていると勘繰られたら嫌なので黙っておく。


 大野さんの性格を考えたら、絶対見せてと言ってきそうだし。


 だから代わりに。


「高校生関係ある?」

「あるだろ」

「あるかなぁ……」

「大人になってチクタクでバズりたいとか言ってたらヤベーじゃん」

「それはそうだけど……」


 ちょっとそれは、正論が強すぎるのでは?


 エクスで呟いたら、刺さった大人達が大勢致命傷を受けそうだ。


「大人になったら会社とか入って仕事とかするわけじゃん? そしたら顏出しで動画撮ってバカしたりとかできねーし。むしろそーいうバカな事出来るのって高校生の特権じゃね?」

「まぁそうだけど……。わざわざバカな事する意味あるのかなぁと……」


 水を差すような事を言っている自覚はある。


 でも、実際僕はそう思っているし、それ以上にチクタクでインターネットに顔出しで痴態を晒すという行為に本能的な恐怖というか、嫌悪感を覚えてしまう。


 エクスを見ていると、四六時中老若男女が大炎上している地獄絵図が頻繁に流れて来るし。


 やたらと特定したがる大人とかいるし……。


 やっぱり怖い。


 と、思うのだけど。


 大野さんはものすご~くウザい顔でチッチッチと指を振った。


「わかってね~な~小鳥遊。あたしが16年生きて悟った真理を教えてやる。バカな事っておもしれー!」

「そういう事言ってる人がお寿司屋さんのお醤油ペロペロしちゃうんじゃないの?」


 大野さんを悪く言いたくないけど。


 ちょっと考えなしと言うか、ノリで生きてる所があるから、よく考えずにそういう事しちゃわないか心配だ。


「あたしはそこまでバカじゃねーし! 闇のバカと光のバカの区別くらいついてるよ!」

「なにその、闇のバカと光のバカって……」


 物凄くバカっぽい表現なんだけど。


「そりゃ、笑えねーバカと笑えるバカだろ。人を傷つけたり迷惑かけるようなバカは笑えねーし。そーいうのが闇のバカ!」

「いやまぁ、言いたい事は分かるけどさ……」


 実際問題、どういう行為が光か闇か、大野さんが正しく判断できるか心配だ。


 お醤油ペロペロしてた人だって、その時はそれが人に迷惑をかける行為だなんて思ってなかったと思うし。


 僕って心配しすぎ?


 そうかもしれない。


 でも、僕は大野さんの彼氏なのだ。


 大野さんが炎上して、誹謗中傷の嵐に晒され、傷ついて退学したりなんて事になって欲しくない。


 そんな気持ちが顔に出たのだろう。


「へいへい! 小鳥遊ぃ? あたしだって別に変な事してウケ狙いたいとか思ってるわけじゃねーし。普通にアレだよ。チクタクで流行ってる奴真似してみてさ、バズを狙ってみたいだけなんだって。実際バズるかどうかはどーでもいいじゃん? それは置いといて、本気でバカを頑張る事に意味あるわけ! そしたら大人になった時にさ、あん時はバカな事したよなー、あははは! って笑えるじゃん? そこまで込みの実績!」

「まぁ……言いたい事は分かるけどさ……」


 頭では理解出来る。


 徳川綱吉は生類憐みの令を制定しました、みたいな感じで。


 でも、本質的な部分は理解出来ない。


 それは陽キャの考えで、陰キャの僕とは相容れないのだ。


 出来れば分かって欲しいのだけど。


「もぉ! 小鳥遊ってそればっかじゃん! 言いたい事はわかるけど~……って! そりゃ、小鳥遊はこういうの好きじゃないかもしれないけどさ! 彼氏なんだし、ちょっとくらいは付き合ってよ! その為に付き合ってるわけじゃん?」


 カチンときた。


 それ以上に、グサッと来た。


「そうだけどさ……」


 なんだよそれ。


 それじゃあ僕は、大野さんが実績を解除する為の都合のいい相手みたいじゃん。


 みたいもなにも、実際その通りなのだ。


 大野さんは別に僕の事が好きじゃない。


 というか、誰の事も別に好きじゃなくて、ただ彼氏とかチクタクとか、そういう色んな実績を解除したくて、その相手に僕を選んだだけなのだ。


 だから、別に僕じゃなくても平気なのだ。


 僕が協力的でないのなら、付き合う理由はなくなるのだ。


 当たり前の事で、おかしなことではないのだけど。


 ズルいと思う。


 すごくズルいと思ってしまう。


 そんな事言われたら、僕は黙って従うしかない。


 だって僕は、大野さんと付き合っていたいのだ。


 哀しくて、僕の唇が勝手に尖った。


 鼻の奥がツンとして、堪えないと涙が滲んでしまいそうだ。


「ちょ! そんな顔すんなし! そこまでイヤなら無理強いしないし! 一人でバカやってもつまんないし。小鳥遊と一緒ならそういうバカも楽しいかもと思って言っただけだから!」


 大野さんが露骨に焦った。


 僕がビックリするくらい、大袈裟に焦って見せた。


 やっぱりズルいと僕は思う。


 そんな態度を見せられたら。


 そんな事を言われたら。


 僕の機嫌なんか簡単に直ってしまう。


 僕って単純?


 でも、仕方ない。


 女の子に君と一緒なら楽しいと思って……なんて言われてイヤな男がいるだろうか。


「ううん。僕の方こそごめんね。折角誘ってくれたのに、水を差すような事ばっかり言っちゃって。そういうの慣れてないから、ちょっと不安になっちゃった。もう大丈夫だから、やってみよう!」

「いやいいよ。イヤなんだろ? 無理すんなって」

「平気だってば! 大野さんと一緒なら平気! 僕も大野さんと一緒なら楽しめそうな気がして来たし! ていうか、僕は大野さんの彼氏なんだし! 彼女のお願いを叶えるのは彼氏の役目でしょ?」


 現金というか、大野さんにもういいよと言われると、逆に叶えてあげたくなってしまう。


 そんな態度を取られたら、喜んでいいなりになりたくなってしまう。


 急にやる気を出した僕を、大野さんはうっとりとした表情で見つめた。


「小鳥遊……。今の、もう一回言って!」

「え、やだよ。恥ずかしい……」


 冷静に考えると、とんでもなく臭いセリフを吐いてしまった。


 クラスの男子はヒューヒュー、女子はキャーキャー言って冷やかしてるし。


 あばばばば!?


 穴があったら入りたい!?


「え~! いーじゃん! 言ってよ! 動画撮るから! 大野さんと一緒なら平気! 僕も大野さんと一緒なら楽しめそうな気がして来たし! ていうか、僕は大野さんの彼氏なんだし! 彼女のお願いを叶えるのは彼氏の役目でしょ? って!」

「にゃあああああ!? やめて! 繰り返さないで!? 恥ずかしいから!」

「どこが! 格好よかっただろ! なぁ?」


 大野さんが周りに聞くと、女子達が声を合わせて「「「かっこよかったー!」」」と応える。


「やめてええええええええええ!?」


 恥ずかしさが天元突破して、僕は廊下に逃げ出した。

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