実績3『間接キッス』

 いや、頑張ったよね僕!?


 こんな唐揚げばっかりのクソデカ弁当を半分も食べたんだよ!?


 普段の僕の何倍も食べてるよ!?


 いくら大野さんの唐揚げが美味しいからって無限は無理だし。


 これだけ食べたら許して欲しい。


 もうゴールしてもいいんじゃないかな?


 そう思ってチラリと大野さんの顔色を伺うのだけど。


「どうした、小鳥遊。箸が止まってるぞ」


 ニコニコと嬉しそうな笑顔で大野さんが言う。


「えっと、その……」

「早く食えよ。もっとあたしに小鳥遊の喜んでる顔見せてくれよ」

「ぅ、うん……でも……」

「不思議なんだよなぁ。小鳥遊が美味しそうにあたしの手作り弁当食べてる姿見てると妙に癒されるって言うか。例えるなら子猫とか赤ちゃんがじゃれてる動画みたいな? マジで無限に見てられる。あぁ、動画撮っときゃ良かった! 今から撮るか」


 思いつくと、大野さんが可愛いマスコットのカバーがついたスマホを取り出す。


 ……いや、無理だって。


 もう食べれないから。


 せめてちょっと休ませて……。


 とてもじゃないけど、そんな事を言える空気じゃない。


 でも、無理な物は無理だ。


 少なくとも今は無理。


 無理やり食べたら、全部出て来そう……。


 それだけは絶対に阻止しないと!


 ど、どうしよう!?


「そ、そうだ! 大野さん、さっきから僕の事ばっかり見てるけど、お弁当食べないの?」


 とりあえず、話しかけて時間を稼ごうとするのだけど。


「もう食べたけど?」

「え!? いつの間に!?」

「いつっていうかとっくの昔に。小鳥遊が唐揚げ食べ出してすぐくらい?」

「え~……」


 大野さんのお弁当もそれなりにデカかったと思うんだけど。


 そんなに早く食べれるもの?


 しかも全然余裕そうだし……。


「いくらなんでも早すぎない?」

「えへへ……。実はさぁ、見栄張って普段よりちょっと小さい弁当にしちまったんだよなぁ……。ぶっちゃけあたしデカいじゃん? その分他の子よりもちょっとだけ食べる量多いんだよね……」


 全然ちょっとじゃないけどね。


 女子でそんなに食べる子他にいないと思うけどね。


 恥ずかしそうだから突っ込まないけど。


「大食い女とかイヤかと思って黙ってたけど……。小鳥遊はそういうの、気にしないんだよな?」

「全然! むしろ好きだよ! よく食べる子!」


 それで僕は閃いた。


「じゃあ大野さん、足りないんじゃない? お腹空いてるでしょ?」

「えへへ……。実は……。た、小鳥遊がわりーんだぜ! あんまり美味しそうに食べるから、こっちまで腹減っちゃったし! 普段はそんなに食べねーから!」

「なんでもいいけど、それじゃあ大野さんも一緒に食べようよ! こんな量僕一人じゃ食べられない――じゃなくて、美味しすぎて勿体ないよ! 僕も大野さんの美味しい顔見てみたいし!」

「そ、そうか? じゃあ、ちょっとだけ……」


 とか言って、大野さんは今にも涎が溢れそうな顔をしている。


 ずっと食べたかったんだろうな。


 お腹いっぱいだし、大野さんが作ったんだから普通に食べればいいのに。


 でもまぁ、大野さんも女の子だし、がっついてると思われたくなかったのだろう。


 ふ~ん、可愛いじゃん。


 我こそは男勝りのガサツキャラ! みたいな顔して、中身はしっかり女の子。


 いいね。


 すごくいい。


 そういうの、好きです。


 ついでにそのまま残りのお弁当も完食して欲しい所だ。


「どうぞどうぞ」

「じゃあ、一つだけ……」


 恥ずかしそうに大野さんは一番大きな唐揚げを口に運ぶ。


「うっま! 我ながら美味すぎだろこれ!? 冷えてもうめーし! 天才かよ!?」

「だよねだよね! 一つと言わずもっと食べてよ! 本当に美味しんだから!」

「そ、そうか? わりーな」


 と言いつつ、その言葉を待ってましたと言う様に大野さんはひょいひょい唐揚げを頬張る。


 くちデッカ!


 途中から面倒になって一気に2、3個頬張ってるし!


 あぁ、油でテラテラになった唇、唐揚げを頬張り過ぎてパンパンに膨らんだムチムチのほっぺ、幸せそうなトロ顔……。


 エッチだなぁ……。


 いや、可愛いって意味ね。


 他意はないよ。


 本当。


「ふー。ちょっと落ち着いた。サンキュー。この辺にしておくわ」

「え、いいよ。もっと食べて大丈夫だから!」


 まだ四分の一も残ってるし。


 まぁ、この短時間で四分の一も食べた大野さんもすごいけど。


 しかもまだまだ余裕そうだし。


 そりゃHカップにもなるよね。


「ダメだって! 小鳥遊の分なくなっちゃうじゃん!」

「そ、そうだけど……」


 ちょっとは回復したけど、本当にちょっとだけだ。


 とてもじゃないけど四分の一も食べれない。


 普通に弁当二つ分以上ありそうだし……。


 改めて見てもデカすぎでしょ!


 どうにかして大野さんに食べさせないと……。


 でも、どうしたら……。


「そ、そうだ! 大野さん! 折角だから、もう一つ実績解除しようよ!」

「ん? いいけど、なんかあるっけ?」

「あるよ! あるある! こういう時のお約束! 大事な奴を忘れてるよ!」

「なんだよ」

「『あ~ん』!」

「あ、『あ~ん』!?」


 考えてもいなかったのだろう。


 大野さんはたじろいだ。


「そ、それは確かにお約束だけど……。流石にちょっと早すぎないか?」


 早すぎるよ。


 普通はもうちょっと関係性を進めてからだと思う。


 付き合って初日というか、告白されてすぐにやるような事じゃないとは思う。


 でも、そんな事を言っている場合じゃない。


 僕の胃袋はとっくに限界なのだ。


 なにがなんでも大野さんの口の中に残りのお弁当を突っ込まないと!


「クリアしたい実績沢山あるんでしょ? それじゃあサクサク行かないと!」

「そ、そうだけどさぁ……」


 流石に大野さんも恥ずかしいのか、チラチラと周りを伺う。


 いや今更?


 みんなの前で告白して、そのまま一緒に手作り弁当食べてるんだよ。


 どうしようもないくらい目立ちまくって注目されてニヤつかれてるよ!


 まぁ、イチャイチャ系実績を提案されて恥ずかしがる大野さんは可愛いからいいんだけど。


「なに? 恥ずかしいの?」


 大野さんがコクリと頷く。


 Hカップの上で指先をイジイジすると。


「だってあたし、そーいうキャラじゃないし」

「だからいいんじゃん!?」

「え!?」


 やべ、心の声が漏れちゃった。


「いや、その、えっと……。あ、あれだよ! 恥ずかしいのも込みじゃない?」

「なにが?」


 そんなの僕が聞きたいよ!


 とにかく、なんでもいいから喋らないと!


「つ、付き合うって事……。そう! 誰かと付き合うって、恥ずかしい事ばっかりじゃん! でしょ!?」

「う、うん。まぁ、そうかもな……」

「そうだよ! それで! その……だからさぁ! 恥ずかしいのも付き合う醍醐味っていうか、付き合わないと味わえない気持ちじゃん? 楽しんで行こうよ!」

「お、おう……。なんか小鳥遊、急に前向きじゃん……」


 そりゃそうだよ。


 大野さんにお弁当食べさせたいんだから。


「大野さんのお陰だよ! 大野さんと一緒に僕も色んな実績解除したいし! こうして一緒にお弁当食べるみたいに! 他にも色々! 中には恥ずかしい事も沢山あると思うけど、そんなの気にしてたら何も出来ないよ! だから、楽しもう! その第一歩として、まずは『あ~ん』の実績解除しよう! 恥ずかしいのがなんだ! そんなの、見せつけてやればいいんだよ!」


 なにを言ってるんだ僕の口は?


 我ながら呆れるくらい出まかせを吐いてくれるけど。


「そうだな……。そうだ……。その通りだ! そもそもあたし、そういうの気にして彼氏とか作れなかったから小鳥遊に告白したんだし!」

「え、そうだったの?」

「そうだよ。あたしが彼氏とイチャイチャとか、全然キャラじゃねーじゃん?」

「まぁ、そうかもだけど……」

「でも小鳥遊は、そーいうのが逆に良いんだろ?」


 少しだけ不安そうに、大野さんが僕の顔色を伺う。


「うん! 逆に良い。すごく良い! 最高だと思う!」


 僕は首がもげる程頷いた。


「ならばよし! あたしも腹を括るぜ! 『あ~ん』でも『いや~ん』でもなんでも来いだ!」


 いや、『いや~ん』はマズいでしょ。


 僕はいいけど……。


 大野さん完全に脊髄で物を喋ってるし……。


 まぁいい。


 これで大野さんの口に合法的にお弁当を詰め込める。


「じゃあ行くよ。あ~ん」

「あ……あ~ん!」


 僕が唐揚げを構えると、大野さんが大きく口を開ける。


 なんて綺麗な歯並びだろう。


 尖った八重歯がエッチ過ぎる。


 舌長っが!


 ギュッと目を瞑ってるのもキス顔っぽくてなんかエッチだ……。


「早くしろよ! 恥ずかしいだろ!」

「ご、ごめん……。はい! あ~ん!」

「んっ! むぐむぐ……」

「どう?」

「ん……」


 大野さんは両手で顔を隠して俯いた。


「やばい小鳥遊……。これ、すっげーハズい……」

「イヤだった?」


 だったさら流石に辞めるけど……。


 大野さんはブンブンと首を横に振る。


「イヤだけど、イヤじゃねぇ……。小鳥遊の言う通りだ……。すっげーハズいんだけど……。なんか胸がドキドキする。くすぐったくて、背中がモゾモゾする感じ。なんかわかんねーけど、これ、好きかも……」

「あ、うん」

「引くなよ!?」

「引いてないよ! 可愛くてドキッとしただけ!」

「はぁ!?」

「だってぇ!」


 まぁ嘘なんだけどね。


 本当はエッチ過ぎてドキドキしました。


 大野さんって実はちょっとMっ気あったりして。


 キモい?


 思春期の男子の頭の中なんかこんな物だから!


 とにかく、大野さんが良いなら遠慮はいらない。


「じゃあ、この調子でじゃんじゃん行くね!」

「え、ちょ、ま」

「あ~ん!」

「あ、あ~ん!? ちょ、小鳥遊!」

「あ~ん!」

「あ~ん! ま、待って! あ~んってそういうんじゃ」

「あ~ん!」

「あ~ん! なくねぇ!?」

「あ~ん!」


 僕も違うと思うけど、気付かれたらおしまいなのでゴリ押しでガンガン唐揚げを投入する。


 いいぞ! かなり減ってきた!


 あとちょっとだ!


「だぁ! 待てって! いくらなんでもおかしいだろ!? あたしは機関車じゃねぇーんだぞ!? 石炭放り込むみたいにバカスカ唐揚げ食わせるんじゃねぇ!」

「むぎゅぐにゅ……」


 大野さんに顔面を鷲掴みにされる。


 仰る通りでしかないんだけど。


「お、大野さんがいっぱい食べる姿が可愛すぎてつい!」

「意味わかんねぇし! 人が物食ってる姿が可愛いわけねーだろ!」

「あるよ! 大野さんだって僕が食べてる姿癒されるって言ってたでしょ! 同じだよ!」

「それは……言ったけどさぁ……」


 大野さんが恥ずかしそうに赤くなる。


 かわよ!


 まぁ、大野さんの場合は粉砕機が色んな品々を粉々にしていく動画みたいな感じだけど。


 無限に見てられるという意味では同じはず!


 いや、この場合はバカスカ放り込んだ僕が悪いのだけど。


「と、とにかく! 実績解除ならあたしだけ『あ~ん』されてちゃダメだろ! あたしも小鳥遊に『あ~ん』しないとじゃん!」

「それはそうだけど……」


 気付いちゃいました?


 まぁ、仕方ない。


 頑張ればちょっとくらいは食べれそうだし。


 なにより僕も大野さんにあ~んして欲しいし!


 このモチベーションを糧にもうちょっと頑張ろう!


「ほら、あ~んするから口開けろ」

「あ、あ~ん……」


 言われて口を開けるけど……。


 なんかこれ、恥ずかしくないですか!?


 大野さんというか、女の子に口の中見られるの妙に恥ずかしいんだけど……。


 食べカスとかついてないよね……。


 絶対みんな見てるし……。


 ぎゃー! 早くして!


 と、大野さんに目で訴えるけど。


「やりづれーから目ぇ閉じろ!」

「え~!」


 目を閉じる方がなにされるかわかんなくて怖いじゃん!


 まぁ閉じるけど……。


 ……いや。


 いやいやいや。


 これ、完全にキスじゃん!


 口開けてるけど、気分は実質キスじゃん!


 しかも大野さんの箸であ~んされる訳でしょ?


 完全に間接キッスじゃん!?


 あばばばばばば!?


「はい! あ~ん!」

「あ、あ~ん……」

「もっと大きく口開けろ! 入んないだろ!」

「あ~ん!」


 ヤケクソになって口を開く。


 大野さんの箸が口の中に入り込み、頬の内側に触れながら唐揚げをそっと置いていく。


 キャー!


 大野さんと間接キッスしちゃったあああ!


 もはや頭の中はその事ばかりで唐揚げの味なんか分からない。


 大野さん、よく平気だったよね。


 ていうか、単に気づいてないだけ?


「……おい、小鳥遊。ヤベー事に気付いたんだけど!?」

「な、なに?」

「これ、間接キッスじゃね!?」


 あ、気付いた?


「僕も今、思った所……」

「ぎゃー!? 恥ずかしいいいいいいいい!?」


 大野さんは突然立ち上がると、顔を隠して廊下に飛び出した。


「えぇ……」


 いや、恥ずかしいのはわかるけど。


 そこまで?


 キャラじゃないとは言うけどさ。


 一応金髪黒ギャルじゃん?


 流石に初心すぎでは?


 ……まぁ、そこが逆に可愛くてエッチだけど。


「ていうかこれ、どうするの?」


 残ったお弁当を見てポツリと呟く。


 かなり食べたとはいえ、まだ通常のお弁当換算で半分くらい残っている。


 限界を迎えた僕には正直厳しい量だけど。


「……食べないわけにはいかないよね」


 大野さんが帰って来た時に残っていたら悲しませちゃうし。


 そんなわけで、僕は文字通り歯を食いしばって残りのお弁当を完食した。


 ……もう無理。


 これ以上一ミリも食べられない。


 ていうか動けない。


 お腹パンパンで弾けそう……。


 机に突っ伏したいけどお腹が苦しくてそれも出来ず、僕はぐったりと椅子にもたれる。


 とにかく休もう……。


 と、思ったのだけど。


「あ~恥ずかしかった! ハズ過ぎて学校三周しちまったぜ」


 あちーあちーと制服の裾をパタパタさせながら大野さんが戻って来る。


 半死人の僕を見て、大野さんは言った。


「小鳥遊? そろそろ着替えないと遅刻するぞ?」

「え?」

「え? じゃなくて。次の授業体育じゃん」

「………………」


 いや、無理だって。

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