33.本気のPvPとプレゼント
♦︎
[12月24日 自宅]
今日から冬休みに入り、課題も少ないと途端にやることがあまりなく、さてどうしようかと豆を挽いていると寝室からシャツ一枚の詩能さんが出てきた。だいぶラフすぎるって? それは僕も思う。
「おはよう詩能」
「ん、ぅ。おはよぅ」
「朝弱いねほんと」
「寒いのがいけない」
「そっか。とりあえず顔、洗っといで」
「んー」
目を手で擦りながら洗面台に向かうのを見送って挽き終わった豆を焙煎する。している最中に詩能さんが戻ってきて、横から抱きついてくる。
「っとと、あぶないよー詩能」
「……やだ」
「まったくも〜。詩能はコーヒー飲む?」
「飲む」
「濃さはどうする?」
「理和と一緒がいい」
焙煎も終わり、あとは抽出。詩能さんがそれを見てからつぶやいた。
「……ソファ行こう?」
「分かった。あとは時間かかるしね」
詩能さんに手を引かれソファに移動する。僕が座るとその上に乗っかるように座る。そして僕の方へしなだれかかる。
「そういえば今日はイブだね」
「あぁ、そういえば。なぁ、理和」
「どうしたの?」
「もう少ししたらPvPしないか?」
「良いよ。やろう」
詩能さんは身を起こして僕を見下ろすように見つめてくる。
「おわったら、ケーキ食べよ」
「ははっ! うん、食べようか。コーヒーまだかかるから……おいで?」
「まだおはようしてないからな」
互いに笑い合ってから確かめ合うようにキスをする。
「……このままだと続きしたくなってくるな」
どれくらいしていたか分からないけど、顔を上げてたははと笑う詩能さんに同意を示す。ふとキッチンの方に顔を向ける。抽出はもうそろそろ終わりそうだった。
「コーヒーももう終わりそうだな」
「それじゃあ続きはPvP終わってから、だね」
「そうだな。理和」
「うん?」
「本気でやろう」
詩能さんからの申し出はとても嬉しかった。僕は二つ返事で頷いた。コーヒーは僕はちょうどよかったけど詩能さんにはちょっと濃かったらしかった。
♦︎
[『SBO』 ギルドホーム・訓練所]
訓練所の土に足を何度か踏み均す。あまり使わない場所故にどんなものか知りたかったからだ。
「ミカ。ルールは全損で構わないか?」
「良いよ。半損は途中で終わるんだよね?」
「そうだな。じゃあ全損にして……どうだ? 行ったか?」
「あ、きたきた。オッケー、と」
アサからの決闘の申し込み画面が来て『はい』を押す。その画面は消えて、今度はカウントダウンが表示される。
「っすぅーーーーー………ふぅ〜〜〜〜〜」
深く息を吸ってから細く長く吐く。たったそれだけでスイッチが戦闘モードに切り替わる。残り10秒の表示を見て、左足を後ろへ下げ、腰を落とす。鞘から鯉口を抜き、いつでも抜刀出来るようにして右手を柄へ。まだ握らずにじっとアサを見る。
3──。
互いにジリっと地面を踏み締める。
2──。
アサは剣を抜き、剣先を突き出すように構える。
1──。
互いに見つめ合う。そして互いに来ると確信する。
──────開始!
その表示が現れたと同時に互いに地面を踏み締め、肉薄する。
「シッ!」
「はぁっ!」
互いに声を上げ、得物をぶつけ合う。
──────ガキィィィィンッ!
劈く金属音が火花と共に響き渡る。その瞬間、ノックバックで互いに仰け反る。
「せぇあっ!」
「フッ!」
アサが剣を振り下ろす。その軌道を半身で躱しつつ、同じように振り下ろす。アサはすぐに剣を起こして腹で受ける。
「ぐっ……やはり、力強い……なっ!」
「STRもそこそこだから、ねっと!」
押しのけられ、飛び退る。今いた場所に剣が突き刺さる。
「時間内に終わると思うか?」
「んー……多分怪しいかもね。僕たち気が合うからさ」
「ふふっ。確かにそうだな」
「それじゃあ……行くよ」
タタタッと駆け寄り、逆袈裟をする。アサは剣でいなし、返す刀で振り下ろす。僕は地面スレスレまで体を倒して鼻先が掠る。
「……っぶなぁ」
「ぬぅ、行けたと思ったのに」
体を起こしながら距離を取る。一応ダメージは無いみたいで安心した。
「つくづく、お前の反射神経が末恐ろしいな」
「あはは、そうかな。僕自身とってもギリギリだったんだけどね。あとちょっとで鼻削がれるとこだったよ」
たははと笑って立ち上がる。さーて、どうしようかなぁ。このままやっててもお互い勝負つかないしなぁ。……あ、良いこと思いついた。けど……。いや、背に腹は変えられないね。ごめんね長刀。
「よっと……ありゃ、もう時間こんなに経ってたんだ。早いね」
「決着つきそうにないな」
「でもつかせよう」
「どうやって?」
「こうする……っ!」
「んなっ!?」
ぐぐっと右半身を引き、長刀をアサに向けて投擲する。その後アサに向かって疾走する。アサはまさか自分に向かってくるとは思ってなく驚いてほんの一瞬反応が遅れた。でも僕からしたらそれで十分。アサが長刀を剣で弾く。そして僕の姿がすぐ近くまで来ていることに気付くと全てを察したような顔をした。
「……だがっ!」
「だよね」
突き出された剣を避けつつ、アサの両腕を背負うように掴み、背中にアサを乗せるように投げる。
「ぬ、ぐぅっ……!」
「ははっ、こうまでして出し抜かないと無理だったよ」
アサの腕を掴んだまま見下ろして笑う。
「どする?」
「……はぁ〜。悔しいが私の敗けだな。受け身取れなかったおかげでHPが1割削れた」
「あらま残念」
決闘が終了して、腕を離して手を掴んで引き起こす。
「勝つつもりだったのに〜!」
「ふふん」
鼻を鳴らして胸を張って笑う。
「まさか投げつけてくるとはなぁ。寸前で思いついたんだな?」
「そうだよ。でもまぁ成功してよかったよ」
長刀を拾いに行く。土埃を払い鞘におさめる。
「ただ、アサと戦うと何回も剣戟するからやっぱり普通に戦うと勝てないね」
「それは同感だな」
「でも楽しいね」
またやろうと約束して今日はこれくらいにして落ちようと思ったけどふと頭に浮かぶ。
「……あ、ごめん。ちょっと行きたいとこあるんだけど……行ってきて良いかな?」
「む?」
♦︎
[第四の島──ゴールの泉]
アサからは許可をもらい、久しぶりに訪れる。久しぶりの清涼さに笑みをこぼす。
「あっ! やーっと来たー! もう来てくれないのかと思ったじゃーん!」
「ごめんごめん。ちょっと忙しくてさ。だけど待たせすぎててごめんねシェリエール」
腰に手を当てて頬をぷくーっと膨らませご立腹な態度を取るシェリエールを宥めるように謝罪する。
「ふへへ、怒ってないけどね」
「知ってた」
「えへっ。ねね、何あったのか聞かせてよ」
「分かった」
シェリエールはにこやかににぱっと笑って僕の右手首を触れ、泉の岸辺に招く。僕はその岸辺に座り、今まであったことを掻い摘んで説明した。
「そんなことあったんだ〜!」
「かなりざっくりなんだけどそんなふうに目を輝かせてもらえると話した甲斐あったね」
「ボクはここから出られないからさぁ、だからミカの話を聞いてるだけでも楽しいんだ」
「そっか。ここからもしきみが出られるならいろんな世界を見せられるんだけどね」
僕はシェリエールの言葉に少し心痛さを感じるとどこからか声がした。
『できますよ』
「えっ?」
辺りを見渡すと泉の中心からとても流麗な女性が泉の上で浮かんでいた。その姿は初めて見たけど、けれど瞬間的に理解した。
「ウン、ディーネ……?」
『はい。うふふ、さすがの察しの良さですねミカ様』
「え、いや……というか様呼びはしないでくれるとありがたいな。前はそんなふうに呼んでなかったのに」
「ボクも初めて聞いたかも。いつもね、ウンディーネと話してる時はミカのことはくん呼びだったよ?」
『こ、こらっシェリー!』
両手を拳にして胸の前で出して頬を薄く赤らめてシェリエールの言葉を嗜めた。
「ま、まぁ……様以外だったら別に」
「ミカちゃん?」
『とても可愛い響きになりますね』
「あっ、やっぱそれも無しで」
シェリエールはからから笑って、ウンディーネは口に人差し指の側面を当ててくすくすと笑った。
「ところで、ウンディーネはシェリエールのことを愛称で呼んでいるんだね」
『えぇ、そうですよ。ミカくんも呼んでも良いんですよ? ねぇ、シェリー』
「全然良いよ? ほらほら〜」
「グイグイ来られると逆に呼ぶの躊躇するなぁ」
たははと苦笑するけどシェリエールを見て愛称を呼ぶ。
「シェリー」
「うんっ!」
初めて愛称で呼んだ。少し気恥ずかしいけど、にこやかに笑う顔を見るとそれでも良いかと思った。
『では、こちらもミカ様と……』
「あ、それはダメ」
『なぜですっ!?』
「ダメなものはダメだから?」
「あっはは! ウンディーネ振られちゃったね〜」
久しぶりに訪れたとはいえ、やはりこの空気は心地良い。清廉さもあるのに明瞭で心が晴れやかな気持ちになるからだ。
「でもでも! ミカからのプレゼント貰っちゃったっ」
「…………!」
陽射しも相まってシェリーの笑顔はいつにも増して美しく、まるで絵画のようだった。
♦︎
[夜 リビング]
『SBO』からログアウトした後、夜ご飯とシャワーを済ませて今はケーキを一緒に食べている。
「んん〜! うまっ!」
「ははっ。そうだね。詩能、はい」
「んっ、あー」
片肘をついてフォークに刺したケーキを食べさせる。美味しそうに食べる詩能さんの姿がとても可愛いから食べさせたくなる。
「んふふ、理和から食べさせてもらうととても美味しく感じる」
「そう? それならよかった。もっと食べる?」
「今度は私がしたい」
「いいよ」
「あーん」
今度は詩能さんからケーキを向けられる。僕は口を開けてケーキを頬張る。
「ふふっ。口の端、クリームついてるぞ」
「んぇ、あっ。ありがとう」
そっと人差し指の指先で左の口の端についていたクリームを拭われ、詩能さんはそのクリームを「はむっ」と口に含んだ。その様子が可愛いというのはもちろんそうだが、気恥ずかしさを感じて目を逸らす。
「……? どうしたんだ?」
「いや、なんでもない。あしたはどうしようか」
「ふ〜む。そうだな……。デート、なんてどうだ?」
「デートか。良いね」
「やった! めいっぱい可愛くしても良いだろうか?」
「うん、いいよ。僕も見てみたいな」
「実はだな、またメイクがんばって他のやり方も覚えたんだ。それを見せることできたら良いな」
「そうなの? それじゃあ、楽しみにしてるね」
そうして談笑しながら2人でケーキを食べ終えて、ソファでまったりする。朝みたいにしながら。
「……理和」
「どうしたの?」
「……………………」
詩能さんは両手の指先をくるりくるりしながら言い淀んだ。しばらく待つと、左耳に顔を近づけてぽそっと囁いた。
「……………ベッド、いこ?」
「……なっ!?」
バッと左を見ると目を潤ませ、頬を赤らめた顔があった。その時に僕は夜は終わりそうにないなぁなんて思いながら咄嗟に頷いた。
「えへへっ。い、いこ」
「う、うん」
リビングの電気を消して僕の寝室に向かう。詩能さんの寝室のベッドより僕の方がワンサイズ大きいからだ。詩能さんはそのベッドに横になって両腕を広げて呟いた。
「…………きて、理和」
2人の間にはまるで付き合いたての恋人のような空気を漂わせながらもこれから先のことに奮喜して僕はその広げた両腕の中へ沈み込む。カーテンの隙間から覗く外はしんしんと雪が降っていた。
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