32.ジャックの悪戯
♦︎
[10月31日 『SBO』 はじまりの島──アンファング]
久しぶりにログインした。今日入ったのは運営からのイベントお知らせがあったからだ。
「お兄ちゃんはぴはろ〜!」
「ハッピーハロウィン、キョウ」
ログインして早々キョウが小走りに来てはハイタッチしてくる。それを受けつつ笑って返す。
「おっ、よーミカ」
「やっほーニノマエ」
「揃ったな」
「久々に全員集合ね」
「アサ! ヴェイン! ハッピーハロウィンだね」
アサとヴェインも来て全員でハイタッチする。
「イベントやるって聞いたけど一体なんだろうね?」
「私も分からないんだよな。お前たちもどうだ?」
「あたしも知らないわね」
「おなじくっ」
「俺も」
全員首を傾げているとどこからともなく笑い声が響いた。そして。
「な、なんだっ!?」
「わわっ!?」
目の前が眩しく光ってすぐにおさまった。目を開けると、なんというかそこまで景色は変わりなかった。けれど……。
「ん……なん、だこの違和感?」
「み、ミカぁ!? お、女の子になってるぞ!?」
「………………え゛」
急いで自分の顔や体に触れる。そして足元を見ようとして視界が妨げられた。これは……自分の胸だ。
「お、女の子になってるぅ〜〜〜〜〜!?」
「ニノマエくんも女の子だ〜!」
「お、お前たちも男になってんじゃねぇか!」
「え、なんで!? さっきまで僕たち普通だったよね!?」
僕は驚いて声を荒げると目の前にポップアップウィンドウが表示された。
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【ジャックの
かぼちゃ頭のジャックはとってもイタズラ好き。
『今日はみんなの性別変えちゃおう!』
ジャックからこの遊びをやめさせないと止まない
遊びに東奔西走しちゃおう!
ジャックは神出鬼没。
さぁ、ジャックを探して止めよう!
───────────────────────
頬が引き攣る感覚を覚えた。
「…………決めた。こいつシバく」
「でもよミカ。動いてみ」
「うわ、胸邪魔だなぁ……あと重い。アサたちってこんなのつけて動いてたんだね」
跳んだり軽く体動かしたりしたけどとにかく胸が邪魔だった。
「私よりデカいぞミカ」
「背がちっちゃくて可愛いわね」
「お兄ちゃんがお姉ちゃんでわたしよりちっちゃくてマスコットみたいだね!」
「ちっちゃい言うな!」
ツラのいい3人にちっちゃいちっちゃい言われビシッと指さして叫ぶ。
「しかしミカ。この手届くか?」
アサが手を上に伸ばしたのを見てやってやると息巻いて跳躍する。
「ん、ぎっ……! あ、とちょっと……!」
「ぴょんぴょん跳んでる〜。かわい〜」
「ミカ、もうやめようぜ」
「くっ……!」
アサをキッと睨んで「おぼえてろぉ〜」と言うとアサはくつくつ喉を鳴らしながら僕の頭を撫でた。
♦︎
[ジャック捜索開始]
目線がいつもより低くなり、背も低いためいつもより歩幅が小さく、少しイライラする。
「ミカ。落ち着け」
「あ、アサ? え、なにが?」
「眉間、寄ってたぞ」
アサは微笑みながら僕の眉間を人差し指の指先のほぐした。
「……僕の歩幅が小さいからさ、みんな迷惑してないかなって」
「それは大丈夫だ。なぁ、みんな」
「もちっ!」
「そうよーミカ。安心しなさい」
「歩幅ちっちぇのは俺もだしな」
みんなの心が優しくてジーンと来た。
「ま、だから安心しなってお兄ちゃ……いまお姉ちゃん?」
「普通にお兄ちゃんで呼んでくれるとありがたいなぁ」
「じゃあ〜……お姉ちゃん!」
「話聞いてたかなぁ!? 僕は男なんだけど!?」
「でもいま女の子じゃん」
「んぐ……そう言うんだったら今度お菓子作らないからね」
「わー! ごめん! ごめんってば〜!」
必死に手を合わせて謝るキョウは見た目が変わってるとはいえとてもキョウらしいと分かるのが不思議なものだ。
「こう見るとまるで妹に嗜められてる兄みたいな図よね」
「実際逆なんだがな」
「でも分かるわ〜」
「聞ーこーえーてーるーよー?」
ニノマエは「あっやべっ」と漏らして下手っぴな口笛を鳴らした。アサとヴェインは聞いてないフリをした。僕はそんなみんなを見て「まったくもう」と溜息を吐きつつ、そんなみんなの気楽さを与えてくれる優しさに笑う。そんな時。
「あっ! 皆! あそこ!」
「なんだ? アレ」
「なんか横長に丸いねぇ」
影をアサが指差して僕たちはそれを見る。その影は左右に揺れていた。横長だけど雲の絵みたいな感じだった。
『きゃはははははっ!』
「わ、笑った!?」
「アレがジャックだ! 追いかけよう!」
僕は声を上げながら疾走する。ジャックは僕たちを見て、キャッキャッ笑いながら逃げた。
「速くねぇかアイツ!?」
「多分走ってるんじゃないと思う!」
「飛んでるなアレは!」
「あぁーもう、そんなのアリなわけ!?」
「追いつかないじゃーん!」
ジャックの背中を見つつ、道の先を見ながら走る。度々道が入り組んでたりしてどうにも差が開いてしまう。
「見失った……!」
視界が開けた時にはどこにもいなかった。
「だぁ〜くそっ! 追い込みでもするかぁ?」
「全然アリね」
「ただどうやって追い込む?」
「どこかにあのジャックについてのものとか無いかなぁ?」
「それも探してみるか〜。家屋って入れると思う?」
みんなの反応はまちまちだった。
「ミカ。基本、どの家屋も入れないんだ」
「えっ、そうなの!?」
「あーそういや教えてなかったな」
「でも、それなら入れる場所は分かりそうよね」
「とりあえず探してみよー」
キョウの掛け声に合わせて散策する。だが当然、入れるところはほぼほぼ見当たらなかった。
「んーやっぱないねー」
「ヒントとかあってもいいと思うけどな〜」
「ねぇ、今日ハロウィンじゃん? じゃあさ、少し変わってるお家とかなら入れるんじゃない?」
「あっ! 確かにそうね!」
「探してみよう」
探索の視点を切り替えて散策するとすぐに見つかった。
「あっ。ねぇ、ここ入れるみたい」
「入ってみよう」
アサの言葉に頷いて入る。
「お邪魔しまーす」
家屋の中は装飾だらけだった。ジャック・オー・ランタンやお化けのシール(?)などが壁に貼られていた。
「すごい分かりやすいなこれは」
「絶対なにかありそ〜」
「テーブルになんか置いてあんぞ?」
「……手記、なのかな?」
手に取り、開いてみる。
「おっ?」
「なにか書いてたか?」
「あれ、みんな見えない?」
「多分開いた人しか見えないんじゃないかしら?」
そういうのあるのかと思いつつ、書かれている文章を簡潔に言う。
「ジャックを追い詰めるにはお菓子が必要だってさ」
「あっ! だからアイテムボックスの中に入ってたんだ!?」
「え、そうなの?」
「ミカはあまり確認しないもんな」
「これが入っていたぞ」
「あれ、アサ様はジンジャークッキーなんだ。あたしはキャンディ」
「わたしはチョコ〜」
「俺はマシュマロだったな」
口々に何が入っていたのか教えてもらった。僕もアイテムボックスを開いてみる。するとその中に、『ハロウィンのお菓子(パンプキンパイ)』という文字が。
「僕はパンプキンパイだね。全員のお菓子使ってジャックを追い詰めよう」
♦︎
[広場]
一度広場に戻り、みんなのお菓子を円で置く。
「一度距離を置こう。それで様子見だね」
「どこにいようか?」
「あそこはどう?」
「良いね。あそこなら直ぐに追いつけそうだしな」
みんな頷いて距離を取り、じっと見つめる。しばらく放置していると、動きがあった。物陰からジャックが現れたのだ。みんな反応しかけたけど僕は人差し指を口に当てて待つ。少しずつ少しずつお菓子に反応して近づいていく。今、僕のお菓子のパンプキンパイを手に取り食べ始めた。
僕は長刀の柄に右手を当てながら《縮地》でジャックとの距離を数歩で詰め鞘から抜き放ちながら、体格の違いもあるため後ろへ鞘を投げる。ジャックは僕の急接近に気付くが、反応に遅れた。
「────シッ!」
「やったか……!?」
ニノマエ〜? それフラグだよぉ〜?
「手応えはあった……けど。あっちゃ〜。これは予想外だなぁ」
「み、ミカ?」
アサの言葉に振り向いて謝る。
「忘れてたよ。ジャックってあの家にあったジャック・オー・ランタンがモチーフだからそれはつまりアンデッド。まったくもー。僕は失念してたよ」
みんなの顔がまさかという顔になった。
「ジャックは多分倒した人を操るのが特殊スキルなんだろうね。ということでみんな、頑張って僕を倒してね」
たははと笑いながら長刀を構える。
「ま、待て! 他に方法ないのか!?」
「無いと思うなぁ。あ、でも待って。まだ体は動くみたい。えっと……あ、これ
解呪方法は載ってなかった。
「お兄ちゃんと戦えるなんて嬉しいや!」
「なんでキョウちゃんは乗り気なんだ!?」
「え、だってお兄ちゃんだよ? 多分誰よりも強いと思うから楽しみだったんだ〜」
「やるしかないみたいね」
みんなやる気になったみたいで助かるよ。
「5分間は本気で行くよ〜」
すぅっと長刀の刃を横に倒し、後方へ向けて腰を落とす。
「来るぞ!」
まずは……ニノマエから。
「って俺かよ!?」
地面スレスレのところから長刀を振り上げる。ニノマエは身を躱し、ギリギリで避けてから反撃とばかりに刀を振るってくる。それを返す刀で受け止めつつ後ろへ流す。
「でも……お前、俺に勝ち越したことあったっけか〜?」
「……今回は勝つ、よっ!」
にぃっと笑って何回か打ち合う。その隙に3人は左右、後方から近づいてくるのを察する。
「バレバレだよ!」
「やっぱりわかっちゃうか〜!」
「ミカはなんでこうも無駄に察し良いんだ」
「あはは、なんでだろうね?」
「その状態でその反応されるとちょっと可愛いわね」
跳躍して距離をとって、再度構えながら今度はヴェインに近づく。
「……フッ!」
「なんのっ! って嘘、通り抜けるの!?」
「それっ!」
鎧に身を包まれてるから隙間を縫うために足元をスライディングで通り抜け、左手で起き上がりながら長刀を振るう。
「いったぁ! やったわねぇ! この!」
「ちょっとのダメージだから許しておくれよ」
「というかあんた喋れるの!?」
「まぁねぇ。話は出来るよ。ヴェインにちょっかいはこれで終わり」
今度は……。
「わっ、今度はわたしなんだね! いーよーばっちこーい!」
キョウへ近寄り、打ち合う。
「さすがキョウ。僕の行動を理解してるね」
「へへーん。十数年一緒にいるんだもん!」
「ダメージ与えれそうにないね」
「お兄ちゃんの行動は分かってるからね〜!」
無駄だよ〜みたいな顔で笑い、鍔迫り合いを解いて、突きを放つ。
「っぶな!」
「よく避けたねお兄ちゃん!」
「ギリギリだけど、ねっ!」
「にょわっ!?」
お返しとばかりに長刀で突き返す。キョウは半身で躱す。とはいえ頬に一撃入れることは出来ただけ良しとしよう。
「あ〜! やったなぁっ!?」
「ふふん、お返しだよ。キョウ。それじゃあ最後はアサだ! 本気でぶつかりに行くからね!」
「あぁ、来い!」
キョウから離れ、アサに突撃する。僕含めみんな本気とはいえ遊びの範疇で楽しんでいる。だから多数で来るのではなく、あくまでもタイマンをしている。
「はぁっ!」
「ぬ、ぅうっ!」
一度激しく打ち合う。その時火花が散る。
「……力強い、な」
「そりゃあまぁね。もう、いっちょ!」
「ぬっ……! なん、の……!」
アサはほんの少しノックバックしつつも反応して迎撃する。
「ははっ! 楽しいねアサ!」
「くっ、ふふっ。そう、だなっ!」
お互いに笑い合って、僕はフェイントを混ぜて振るう。アサはそれにしっかり反応して躱し打ち返す。
「はや、くっ……! 5分に、ならない、かなぁ!」
「だが……楽しいからな。まだ続け、たいなっ!」
僕とアサが打ち合っている中、後ろで3人が談笑していた。
「楽しそうだね〜」
「初めて戦うもんなー」
「たまーにPvPやるのも悪くないわね」
鍔迫り合いを繰り返し、何度目かの打ち合いで距離を取り、また近づいて打ち合う。
「そういえばなんだが、女になったお前の格好、スカートなんだな」
「え? あぁ、そうみたいだね」
「その……私が指摘するのも悪いと思うんだが、そんなふうに動くと、見えるんじゃないか?」
「い、いまそれ言う!?」
「隙アリ!」
「うわっ! 卑怯じゃないかなぁ!?」
「ははっ! 戦いに卑怯も何もないだろう?」
「騎士道精神どこいったの!? アサはそれでも騎士なのかなぁ!?」
「はっは! 見た目だけは騎士なだけっ、だっ!」
「あっぶなぁ!?」
下段で振るわれるのを跳び上がって回避する。アサに言われたおかげでスカートが翻るのが気になってしょうがなかった。
「ふふっ。やはりミカが他が疎かになりがちだな」
「そこが僕の悪いとこだねぇ。ん、うん?」
「む……もう時間か?」
「あちゃーそうみたい。あーあー。もっとやってたかったなぁ」
一瞬だけ体が地面に引っ張られる感覚がした。どうやらあのジャックのスキルが無くなったんだろう。
「ごめーん。鞘どこー?」
「これだろー? 投げるぞ〜」
「うん! っと、サンキュー」
そして気付けば姿も戻っていた。あの胸の重さもなくて助かった。
「終わったねー」
「楽しかったなミカ」
「ははっ! たしかに」
急に女の子になって大捕物をしたと思えば操られて大変ではあったけど、楽しかった。
「ねぇ、アサ」
「あぁ、分かっているつもりだぞ。今度はちゃんとPvPをやろう」
「……?」
「プレイヤー対プレイヤーの略だ」
「あぁ、そういう。うん。またやろう」
「約束だぞ」
「ん、約束」
イベントも終わり、今日はこれでお開きとなった。
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