31.文化祭本番

♦︎


[文化祭当日]


 更衣室で着替えた後、被服室へ向かう。そこで最終調整があるからだ。


 「あっ! めっちゃ似合ってる〜!」

 「高身長メイド……アリ!」

 「めっちゃ似合ってんな理和」

 「……………………ここまでそこまで嬉しくない感想初めてだよ」


 複雑すぎる感情を抱きつつ、椅子に座る。


 「あ、下アレ履いたー?」

 「あぁ、うん。一応履いたけど……メイドとか貴族の人ってこんなのつけてたんだね」

 「本当はハーフパンツでも良かったんだけどね〜」

 「こだわりたくってさ〜」

 『ね〜』


 衣装班の子たちは息合わせて頷いていた。


 「……それでメイクの方、お願いしても良いかな?」

 「あ、そやったそやった。ほんじゃあこのネット被ってー」


 ネットを受け取り、前髪を掻き上げながらネットを被る。


 「全部いけてるかな?」

 「いけてるいけてる! 目はー、まぁ元々猫目みたいな感じだしそのまんまでいっか。じゃ、目閉じとってー」


 鏡の前で目を閉じると、ぺたりぺたりと肌に何か塗られる。


 「あーいおっけー。目、開けていいよん」

 「……えっ、これ僕?」

 「そうだよー。顔良いからあまりやらなくてもこんな感じなんだよねー」

 「いんやー。深神狩くんのことこんなふうにしてみたかったんよ……!」

 「そ、そう。えっと……良かった、ね?」

 「あ、そんでそんで、このウィッグ被ってー……良しっ! 最終確認なんだけど、髪は元々固めてたんだよね。どう? なんか見ずらいとかない?」


 顔を左右に動かしつつ、髪のセットを確認する。


 「大丈夫……かな」

 「おっけー。メイク崩れかけてきたら教えてねー」

 「分かった。それじゃあ僕は教室に行くよ」


 椅子から立ち上がり、居住まいを正してから準備とメイクをしてくれた子たちに礼を言って教室に向かう。


 「みんなー、準備出来て……ってなしたの? えっ、ちょ、近い近い近い近い近い……!」

 「お、お前理和かっ!?」

 「えっ、深神狩!?」

 「まじぃ!?」

 「え、やだぁ、ちょーかわいい!」

 「写真撮ろ写真!」


 口々に言われてドン引きしつつ後退る。


 「僕は聖徳太子じゃないからまずみんな落ち着こう? ね?」

 「っと、そうだったわ。わりぃ、理和」

 「うん、ありがとう創。えっと、写真だったね? 良いよ。僕はこうしてた方良いかな?」


 両手を腰の前で組み、メイドらしい立ち方になる。そうすると「おぉ〜」と拍手と声が上がった。


 「理和、俺も良いか?」

 「はぁ〜……。良いよ。撮りたい人もご自由に」


 文化祭が始まるまでの間代わる代わる写真撮影をすることになった。とはいえ、僕はポーズはあまり取らずに腰の前で両手を組んだポーズで臨んだ。


 『ただいまより、聖円文化祭を開催いたします』


 気付けば始まるまで10分切っていた。僕は写真撮影を取りやめるように手を鳴らす。


 「そこまでだよ。さっ、準備に取り掛かろう。みんな。僕から言えることはひとつ。いくらでも失敗していい。その分、みんなでカバーするんだ。誰かひとりでも不安そうなことがあったら出来る限り手を貸すこと。つまりは楽しむことを忘れるな。だよ」


 僕はそう言って右手を前に出す。それで全員察したようで次々と僕の手の上や周りに手を置いていく。いつの間にか円陣を組んでいたのだ。


 「それじゃあ、男装・女装カフェ〜ファイトっ!」

 『おーっ!』


♦︎


[文化祭開始から3時間]


 開始からすでに3時間近く経過しただろうか。人は減らず、どうやら行列になっているらしい。外で受け付けをしてくれてる子だけでは手は回らないからまだ仕事が来ていない子たちを列配備に回して、接客担当、調理担当が右往左往している。もちろん僕も例外じゃないけど。


 「ようこそおかえりなさいませ、ご主人様……いえ、お嬢様」

 「わっ。きっとそうだと思ったが、メイクでやはり変わるものだな」

 「かなり別人みたいにみえるわよね」

 「でもとても理知的に見えるわね〜」


 今度入ってきたのは詩能さん、玲音さん、李愛さんだった。詩能さんと玲音さんはOGということもあり、顔は知れているけれど、その隣の李愛さんに関しては全員初対面ということもあるけどなんというか、好奇の目がちらほら向けられてる気がする。まぁ確かに李愛さんはおっとり系の美人さんなのだから仕方ないか。


 「こちらの席へどうぞ」

 「あ、理和くん。今ねメイリヤちゃんと会ったわ〜。もう少ししたら来るって」

 「そうでしたか。では、ぼ……んんっ。わたくしはおかえりをお待ちしておりましょう。お嬢様方、こちらがメニューになります。お決まりでしたらお呼びくださいませ」


 メニュー表を渡して、サッと一礼して、次の来客を担当する。


 「おかえりなさいませご主人様。お席の方へご案内いたします。通路は今現在少し狭いのでお足元にはご注意くださいませ」


 お辞儀で出迎え、空いている席へ案内する。


 「すみませーん。注文良いですか?」

 「はい、少々お待ちください」

 「理……メイド。注文良いだろうか?」

 「かしこまりました。ただいま参ります」


 目配せをして先に注文をする方を頼んで、僕は詩能さんたちの方へ向かう。


 「お待たせしましたお嬢様。ご注文をお伺いします」

 「このお手製のオムライスを3人分お願いするよ」

 「かしこまりました。では少々お待ちくださいませ」


 会釈程度のお辞儀をして、調理担当の方へ向かう。


 「オムライス3つお願いします」

 「あいよー! まだまだ来そうだよなっ?」

 「うん。だいぶ」

 「あーじゃあ人増やすか?」

 「うーん。場所が狭いからごめんなさいなんだけど……」

 「んだよなぁ。まっ、いっか。っと、オムライス3つお待ち〜!」

 「ありがとう!」


 お盆に乗せて運んでいく。


 「お待たせいたしました。オムライス3つになります。こちらケチャップをお掛けできますがどうなさいますか?」

 「あら、それじゃあ……理和くん描いてくれる〜?」

 「はい、構いませんよ。何か描いて欲しいものはございますか?」

 「あたしは普通で良いわよ。あっ、でもあんたのセンスに任せるわね」


 それが一番困るんだよねぇ……。


 「私は……コレを描いてくれたらな、と」


 詩能さんは僕に分かるように手の甲にハートマークを描いた。僕は微笑みを浮かべて頷く。ケチャップの蓋を開けて、絵を描いていく。絵心の自信は無いけど。


 「いかがでしょう?」

 「ありがとう理和」

 「あら、意外と可愛いわね」

 「ありがとう理和くん」

 「お気に召していただけて何よりです」


 お盆とケチャップを持って調理スペースへ戻る。忙しさはまだまだ終わらなそうだ。


♦︎


[1時間後]


 だいぶ客足が落ち着いた。今いる人たちは僕含めへとへとだった。結局、休む時間が無く、僕はひっきりなしに動いて、休める子たちを休ませた。


 「あっ! 深神狩、メイク落ちてないか?」

 「えっ、マジ? やば……ごめん、ちょっと直してくる!」

 「おー、いてらー」


 汗を拭うわけにもいかず、一度被服室へ戻る。ちょうどいてくれてよかった。


 「ごめん! メイク直して!」

 「おっけー! はい、座った座った!」


 椅子に座り、先にメイク落としをされる。汗もそれで拭うのだろう。そして脂取り紙を取り出してケアをしてから再度メイクをしてくれた。


 「ありがとう。これで大丈夫かな?」

 「んばっちり!」

 「じゃあ戻るよ」

 「あ、待った。聞いたけど休んでないっしょー」

 「そうだね。他の子たちを優先にしてた」

 「じゃあほら休んだ休んだ。深神狩くんは客寄せパンダにでもなって校内うろつきな〜?」


 そう提案され、逡巡する。


 「戻ってから聞いてもいいかな?」

 「もー、そうやって他の人をゆーせんしちゃって。だーれも責めたりしないわよ。うちらも好きでさせてもらってるわけだし?」

 「けど……」

 「それにもうみんなからは言質取ってるからさ」


 ウインクしつつクラスLIMEを見せてきた。そこには。


 『やっばい!』

 『なしたなした』

 『かいちょーやすんでない!』

 『マ?』

 『そういえばそうじゃん!』

 『休ませようぜ』

 『働きっぱだしな』

 『さすがに甘えらんないねー』

 『理和くん休ませよう会議〜!』

 『メイク直し』

 『採用!』

 『決まんの早w』

 『そのまま終わりまでうちらで』

 『さんせー』


 誰も彼もが僕の身を案じてくれていた。


 「んね?」

 「……みんな」

 「だから休んできなー。あ、でもこのプラカードは持っといてね」

 「ははっ。確かにコレは客寄せパンダだね」


 みんなの厚意に甘えることにした。廊下を散策中には誰もが僕のことを見てきた。そりゃあそうだろう。高身長でロングスカートのメイドが歩いてるんだから。


 「あっ、先輩っ」

 「あぁ、メイリヤか。奇遇だね」

 「今さっき行ったんですけど見当たらなくて」

 「あはは、始めから動きっぱなしだったからクラスのみんな総出で休まされちゃったんだ」

 「そうだったんですね」

 「というより、なんで僕だって分かったの?」

 「雰囲気ですね」


 はて? 雰囲気とな?


 「先輩の雰囲気はとても柔らかくて、分かりやすいんです。私、きっと見つけるの得意かもしれませんね」


 にこやかに言われてもよく分からないんだよなぁ自分の雰囲気。


 「目付き鋭いから怖くないかな?」

 「全然大丈夫ですっ。むしろその……」

 「…………?」

 「いえ、なんでもありません。それで先輩は今から見てまわりますか?」

 「うん。その予定だよ。あ、一緒にまわる?」

 「良いんですか?」


 僕は頷いてプラカードを持ったまま歩き出す。なるべく笑顔は浮かべておいた方が良いだろう。


 「看板おしゃれですね」

 「そうでしょそうでしょ。装飾班が頑張ってくれてね。クラスの方の看板もこれと変わらないんだ」

 「見ました見ました。おしゃれでとても良かったですよね」

 「あ、あのぅ。こちらのカフェって何階何でしょうか?」


 メイリヤと話していると来校者の方に話しかけられる。僕はプラカードの裏側に入れているチラシを手に取って説明する。


 「こちらのカフェは生徒棟三階にあります。今いるところからそこの階段を登って行ってくださいね」

 「あっ! ありがとうございます!」

 「いえ。ぜひごゆるりとお楽しみくださいご主人様」


 少し深めにお辞儀して送り出す。階段を駆け上がる音を聞いてから腰を上げる。


 「せ、先輩すごいですねっ……! 本物のメイドさんみたいです!」

 「ちょっとだけ勉強したからね」


 メイリヤの案内もあり、一年生の教室に入ってみる。出し物は屋台のような感じだった。


 「先輩、あれやってみませんか?」

 「お、良いねぇ。やってみよう」


 輪投げを体験してみる。輪は結構しっかりと作られていて握りやすく、投げやすかった。


 「先輩は他に見てまわりたいところとかありますか?」

 「そうだなぁ……そうしたいのはあるんだけど少し休憩しようかな。どっか使われてないとかで良いや」


 というよりもいつもの生徒会室で良いか。


 「人、呼んできます?」

 「んー、いまはいーかなぁ。……すこぉしだけきゅーけー」


 スカートをお尻につけて椅子に座って背凭れに深く背を預ける。


 「ぬわぁ〜、んもぉーめっ………っちゃ疲れた……! まさかここまで人来るなんて思わなかったよ」


 天井を仰ぎ見つつそう独り言ち、瞼を落とす。少し休憩するだけ。


 「……あ、メイリヤ。まだいるなら10分経ったら起こしてー……」

 「はい、分かりました」


 そんな感じの声が聞こえた辺りで僕は寝息を立て始める。



[先輩が眠った後]


 少し離れた席に座って先輩の寝顔を眺めるだけの静かな時間。たったそんな時間さえ、いまの私には宝物。


 「……先輩、良い寝顔だなぁ」


 ついそう零してしまう。いくらかメイクをしているからかより美人な女の人って感じだけど、元の顔から整っていたからそこまで変わってないと私は思う。それに先輩は今回が初めてのメイクだろうから天井見上げたまま眠ったんだろうなぁ。


 「先輩、かわいいなぁ」


 長いまつ毛はおそらく自前のもの。私はもっと近くで見ていたいと思った。だから、椅子から立ち上がって、寝ている先輩の隣に立つ。前もこんな感じだったなぁ。なんて思いながら。私はこういう時にしか踏み出せない臆病者。


 「…………………」


 ううん、だめだね。これじゃあだめ。こんなの悪い子だもん。先輩と接する時は良い子でいなきゃ。


 ──────カラカラカラ。


 「……あ」

 「…………む? お前は……メイリヤ、だったか?」


 タイミング悪く、詩能お姉様が入ってきた。内心焦ったけど平常心平常心。


 「詩能お姉様、しーですよ」

 「む? あぁ、なるほど。そういうことか」


 詩能お姉様は理解力が高くて私のように人差し指を口に当てて笑った。そして私と同じように先輩の隣に来て、しゃがんだ。


 「理和の寝顔、かわいいだろう?」

 「はい。とっても」


 詩能お姉様と顔を見合わせてくすくす微笑う。


 「先輩、だいぶお疲れのようでした」

 「あぁ。だいぶ動いていたからな」

 「やっぱりそうだったんですね」

 「創からLIMEが来てな。なんでも理和自身より創たちを優先的に休憩させてたらしい」

 「先輩らしいですね」

 「あぁ、まったくだ」


 そんな先輩の優しすぎる性格にひととなりに私は。


 「だからそんな先輩が好きです」

 「一緒だな。私も理和が好きだ」


 同じ人を好きになって、それでも取り合うことはしない。したくない。それをすればきっと、先輩も詩能お姉様もみんな悲しくなっちゃうから。


 「メイリヤ」

 「はい、詩能お姉様」

 「これからも理和を好きでいてくれ」

 「……えっ?」


 詩能お姉様からの申し出に驚いてつい大きな声が出かけて口をおさえる。


 「理和にはたくさんの「好き」を知ってほしい。私だけじゃない。もっといろんな「好き」に触れてもっと色づいてほしいんだ」

 「……………分かりました」


 詩能お姉様はそれほどまでに深く先輩を想っている。だから頷く。きっとこの想いは色褪せることはないんだろう。きっといつまでも甘酸っぱくて心が苦しい初恋のままなんだろうなぁって予感がする。


 そして結局、起こすのを忘れて先輩自身が目を覚まして、「お、起こしてって言ったじゃーん……!」とあわあわしながら戻ってった。私たちはその背中をぽかんと見つめてからその場にひとしきり笑い合った。

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