30.文化祭準備

♦︎


[生徒会室]


 生徒会長の机に置かれた書類の束から取っ替え引っ替え紙を取っては睨めっこを繰り返す。もうかれこれ結構な時間こうしてると思う。


 「先輩、一年生で出していなかった経費等いただきました! 確認お願いします!」

 「はーい。見せて」

 「どうぞっ」

 「ありがとう」


 横にきたメイリヤから受け取って購入したもの等を確認する。合計金額や今後使用するであろう金額等もまぁ、良いか。


 「ん、おっけー」

 「ありがとうございます」

 「それじゃあこのまま続けてもらっていいよ。なんかあったら生徒会室においでって伝えておいてくれる?」

 「分かりました! では!」


 メイリヤは一礼して生徒会室から出るのと同時に創と杏香が入ってくる。


 「うーい、こっちも持ってきたぞ〜」

 「お兄ちゃん見て〜」

 「はいよー」


 杏香と創のを見る。杏香のは良いとして創の方に目が留まる。


 「ん……? 待って。創」

 「おー? なんだ?」

 「僕らのクラスこれやるってマジ?」

 「マジ」

 「うっそでしょ……」

 「やぁ、みんなおつかれさま。ってどうしたんだい理和くん」


 そんな時、伊織も入ってきた。


 「あっ、伊織。僕と創のクラスの出し物知ってる!?」

 「あぁ、知ってるよ。男装女装カフェでしょ?」

 「そうなんだよ……! えっ、なんで!? これ絶対僕がいない時に決めたよね!?」

 「おー、まっそうだな」

 「そうだな!? えっ、待って? みんなはそれで納得……したんだぁ」


 創の反応で天を仰いだ。まじかぁ……。女装するのかぁ……。


 「諦めろ理和」

 「お兄ちゃんの女装楽しみだね〜。詩能ちゃんたちにも伝えとこーよ!」

 「え゛っ……」

 「多分、お兄ちゃんが言わなくても来ると思うな〜。だからもう伝えとこうよ」

 「う、う〜ん……ん゛〜……!」


 長考を重ねた結果、僕は深く溜息を吐く。


 「……分かった。僕から伝えとくよ」

 「えへへ、やったね♪」


 創と杏香がいえーいと言いながらハイタッチをした。ん? 待て。今「やったね」って言った?


 「……これやろうって言ったのって」

 「わたしたち!」


 頭を抱えるしかなかった。


♦︎


[その日の夜]


 昼にあったことを詩能さんに話した。詩能さんは目の端に涙を溜めながら爆笑した。


 「っぷふ、くっ、はははははっ!」

 「……っ、ぐ……!」


 だから言いたくなかったんだ!


 「ぷふくくっ、いや、悪い……くくっ、ふふ」

 「わ、笑うか話すかどっちかにしてくれないかなぁ……!?」


 恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。僕はどうすることできない感覚を抱えたままソファの上で膝を抱える。


 「……あー、なにされるんだろう」

 「ふふふっ。そ、そんなに嫌なのか?」

 「嫌、というか……だって僕、こんなんだよ? 背高いし、体格は……細いけど割とガッチリしてるから女装似合わないでしょ」

 「そうだろうか……? たまに私の服を着たりするだろう?」

 「あ、あれは……きみの服だし」


 それにオーバーサイズのパーカーだから僕も着れたのだ。実際、詩能さんが着ればぶかぶかで袖も余るほどのサイズだった。


 「女装とか初めてだからなぁ……。あ゛ー……! なんの衣装着させられるのかなぁ……!」


 不安でしかなくて嘆くしかなかった。詩能さんはようやく笑いがおさまったようで、ギッとソファが軋んで、顔を上げると詩能さんは揶揄いのない笑顔でぽんと肩と肩を突き合わせた。


 「私はがんばってるお前が見たいが……したくないなら実行委員に勤しむのも良いと思うぞ」

 「うぐ……詩能は、さ」

 「ん?」

 「僕の女装……」


 最後まで言わなくても詩能さんはにこっと笑った。


 「見たいっ!」


 ……やってやらぁよ! ちくしょう!


♦︎


[翌日 教室]


 わいわいガヤガヤと教室が騒がしい。衣装担当、メニュー担当、装飾担当とで色々グループを分けて行っているのだからそうだろう。僕は生徒会長でもあるため、そのグループらを行ったり来たりを繰り返す。


 「かいちょーくーんこっちきてー!」

 「あ、はーい! ごめん、これで進んで大丈夫! またあれば呼んで」

 「はーい、ありがと〜深神狩くん」


 片手を上げてメニュー班から衣装班に向かう。


 「採寸したいんだけどワイシャツだけになってくれる?」

 「分かった。はい」


 椅子の背凭れに脱いだ制服を掛ける。


 「あー、袖捲る?」

 「だいじょぶー。じゃあ腕を左右にぴんっ! ん、ここはこう……で」


 サイズを測りながらメモをするのをただじっと待つ。


 「……ふん? あ、ねぇ深神狩くん。この赤いのってなーに?」

 「んぇ? あーこれか。キスマって言われたかな」

 「あぁー! 阿佐上先輩とお付き合いしてるんだもんね! やっぱりそういうことするんだね」

 「そんな意外そうに言われても……まだやる?」

 「やるやる。今度はチェストやるから腕そのまんまねー」


 メジャーを背中から通して胸の前で重ね記録していく。


 「上はこれでおっけー。今度は股下から測るね」

 「あぁ。そのなんの格好するとか聞いてもいい?」

 「えっとバニーなんてのは」

 「だめに決まってるでしょ? 風紀考えて?」

 「にゃっはは〜、ごめんちょ」

 「はぁー……。それで? 一体なんの服作るつもりなの?」

 「これっすねー」


 デザイン案らしいものを見る。へぇと僕は感嘆する。


 「クラシカルメイド……?」

 「そ。いわゆるロングスカートのメイドさんね。基本あればメイド喫茶みたいなやつにするけど?」

 「いや、それでいいよ。こっちの方があまり体格とかそこまで出ないだろうし」

 「おわっ、足なっが……」


 採寸されてる傍ら、自分が着るであろう服を聞き、意見を出す。衣装班の言うには、やれレースがどうとか、やれフリルがどうとか言われたけど僕にはなんのことか一切わからなかった。けど。


 「出来れば動きやすいようにしてくれると助かるかな」

 「おっけー。まっかしといて〜。んよっし! 深神狩くんの採寸完了〜! ありがと深神狩くん!」

 「うん。また何かあれば言って」


 制服を着直して、今度は装飾担当の方に行ってみる。


 「創、そっちの方はどう?」

 「んぉー? おー、ぼちぼちだな。今よ。ここのレイアウトどうすっかって話しててな。お前ならどっちがいい?」

 「一応、こっちは可愛い感じのデフォルメした感じで、こっちが質素め」

 「おれ的にはこっちなんだよなぁ」

 「俺はこっち」

 「という感じで意見が分かれちゃって」

 「なるほどねぇ」


 顎に手を置いてそれぞれを見比べる。ふむと声を上げてから自分の考えを述べる。


 「じゃあ男装って部分はこっちで女装はこっちでどう?」

 「えっ、逆じゃね?」

 「ほら、女子が男装して僕たちが女装するでしょ?」

 「あー! なるほどな! そういうことか! じゃあ俺は理和の案に賛成だな」


 口々に良いと言ったりして装飾班全員が納得してくれて良かった。


 ──────コンコン。


 「お兄ちゃーん。ちょっといー?」

 「ん? 杏香? 分かった。ちょっと待ってて。それじゃあそれでお願いしても良いかな?」


 全員サムズアップして笑ったので僕も笑って返す。それから廊下に出ると杏香の隣にはメイリヤがいた。


 「メイリヤもどうかした?」

 「あ、その。先輩のところに行こうかどうか悩んでたんです」

 「……?」

 「あー。メイリヤちゃんね、ついさっき階段のとこで立ちっぱだったんだ〜」

 「なるほど。それで連れてきてくれたんだね。ありがとう杏香」


 えっへんと胸を張る杏香を褒めてあげる。さらに得意げにふふんと鼻を鳴らした。


 「それでメイリヤ。何かあったの?」

 「実は、別のクラスと合同なんですが……」


 メイリヤは先ほど隣クラスであったことを話してくれた。


 「なるほどなぁ……。誤ってベニヤ板を……」

 「はい……」

 「余りってあったっけ?」

 「いや……確か必要枚数分は用意出来たけど余りは無かったと思う。一度生徒会室行って資料確認してみよっか」

 「す、すみません先輩」

 「良いよ良いよ。何かとハプニングはつきものだし。みんなごめーん。ちょっと生徒会室行ってくるから何かあったら創に伝えるか生徒会室に来てくれると助かるよ〜」

 『おっけ〜!』

 「ありがとみんな」


 クラスの子たちに伝えてから生徒会室に移動して各クラスで必要な物資量などの資料を探す。


 「あっ! ありました先輩!」

 「おっ、良かった」

 「ありゃ、やっぱり余分はないねぇ」

 「ど、どうしましょう……!」

 「各クラスに話し合ってみるよ」

 「ん、わたしもしてみる」

 「え、でもそれはご迷惑に……」

 「大丈夫じゃない? んね、お兄ちゃん」

 「かもね。とりあえず行ってみよう」


 まずは二年生の方に行ってみる。


 「う〜ん……ごーめん。多分うちは無理かも。お化け屋敷作るのに足りなくなりそうだし」

 「そっか。ごめんね」

 「いぃえっ、そんな! 力になれなくてこっちが悪いよ」



 「そっちの話聞いてたけどこっちも無理かな。ごめん会長」

 「ううん。大丈夫。準備怪我ないように頑張って」

 「あはは、そのつもり。そっちもまぁ……頑張って」



 「今のところ全部だめですね」

 「余らないように使ってるからね〜。……こう考えるとさ、お化け屋敷とかそういった出展クラスは諦めた方良いかも?」

 「いや、三年行ってみよう」


 三年の教室にあたってはみたけど結果はどこも芳しくなかった。残りは僕のクラスだけだった。


 「あちゃ〜。一年の方で? どするー?」

 「ワンチャンさ、こういけないか?」

 「それだと更衣室の方に支障出ないか?」

 「んがっ、そうか……」

 「お店の設計的には変えられない?」

 「それも難しいだろうなぁ……」

 「あっ、じゃあうちらで金出してベニヤ板買えば良いんじゃね?」

 「おっ、アリじゃん!」


 クラスのみんなは口々に意見を出し合ってくれた。そんな中、メイリヤは困惑の顔をしていた。


 「あ、あのそこまでのことをどうしてしてくれるんでしょう?」

 「え、そりゃあまぁ……ねぇ?」


 と、全員が僕を見てきた。僕は「ん?」と首を傾げた。


 「深神狩先輩」

 「会長」

 「んー?」


 その時に他クラスや二年のさっき掛け合った子たちが来た。


 「ベニヤ板の予算ってこんくらいであってる?」

 「えっ、あ、合ってるけど……どうして」

 「現物は渡さないけどさ、でも下級生が困ってるし」


 メイリヤに目を向けて苦笑した。メイリヤは目を瞬かせて驚いた顔のまま固まった。


 「今からホームセンター行けば間に合うんじゃね?」

 「おっ! そうと決まりゃあ行こうぜ!」


 後ろから創に肩を組まれてニカッと笑われる。僕は釣られて噴き出す。


 「だね。それじゃあ受け取らせてもらうね」

 「ん。えっと……この子確か一年の子だよね?」

 「は、はいっ! す、菅原メイリヤと言います!」

 「菅原さんね。そんな顔してないで笑ってれば良いよ。ね、会長」

 「そうだね。でもまさかあの後話し合ってくれてるなんて思ってなかったよ」

 「一体どこの誰かさんに絆されたのかしらね」


 僕を見て鼻で笑いつつ苦笑気味に笑っていた。そしてその後、先生を1人と僕含めて数人でホームセンターに行き、集めた自腹でベニヤ板を購入して一年に渡した。


♦︎


[文化祭まであと1日]


 校内は文化祭一色になりつつあった。至る所で飾り付けがあったりとみんなして浮き立っている。そしてそれは僕も例外じゃない。


 「理和くん、お疲れ様」

 「あ、伊織。そっちは良いの?」

 「問題ないかな。部活で出す方も最終的にオッケー貰ったしね」

 「そっか」

 「理和くんの方は大丈夫かい?」

 「こっちもおおむね」

 「良かった良かった。廊下で立ち話もなんだし、歩きながら話さないかい?」


 頷いて、歩き出す。窓もそうだけど、廊下の天井や壁の装飾に目を向ける。


 「毎年思うけど、装飾綺麗だよねぇ。どれもこれも楽しいって感情が伝わってくるくらいにさ」

 「そうだねぇ。去年の今頃から少しずつ興味が出てきたけど……こういう催し物を楽しいって思い始めたのは」

 「それもこれも詩能くんたちのおかげなんだろう?」

 「うん。僕らがやってるゲームがあってさ」

 「知っているよ。『SBO』……だっけ? ネットで話題らしいねぇ」


 取れかかっていた装飾を貼り直す。


 「そうなんだ。……まぁ、最近はあまりイン出来てないんだけどね。イベント事あったら入るって感じで。そのゲームがもう一つの現実リアルなんだと思ってる。それくらい楽しくて、とても良い景色で……そう思わせてくれた杏香や創、詩能、玲音には感謝しかないよ」


 生徒玄関に向かう。もう生徒たちはだいたい帰った後でどこも静かだった。けれど玄関ではまだちらほらと生徒がいてそれなりに賑やかではあった。


 「そういえば前のきみは今ほど感情出してなかったしねぇ」

 「あの頃はまぁ……そう思うことがいけないことだと思ってたからね」


 靴を履き替えて出入り口で集まり、玄関を出る。


 「あっ、会長〜ばいばーい!」

 「またね〜。明日楽しんで」

 「会長もね!」

 「そんな感じだったきみが今や人気者だねぇ」


 玄関で話していた生徒に手を振って出た僕は振りやめて伊織を見て笑う。


 「それもこれも詩能のあの演説のおかげだよ」

 「きみの演説も良かったけれどね」

 「ほんと? それなら嬉しいよ」

 「ま、やっぱりきみはその顔がいい」

 「ははっ、何その口説き文句。僕じゃなくて女子にしなよ」

 「おや、ワタシは男子もイケるクチだよ?」


 ちょっと身の毛がよだつ感覚がした。サッと身を守るような体勢を取る。


 「ぷっははっ! 冗談だよ理和くん」

 「今の口ぶりからどう察しろと言うのさ」

 「まぁまぁ、良いじゃないか。あ、ほら。きみのお姫様がお待ちのようだよ」

 「そうみたいだね。じゃあまたね伊織」

 「あぁ。また明日だよ理和くん」


 手を振り合い、校門の外で待っている詩能さんのところに向かう。


 「お待たせ詩能」

 「何、待つのは嫌いじゃないさ。ん? あぁ、伊織と来ていたのか」

 「うん。さっきそこで会ってさ」

 「そうか。文化祭、楽しみだよ」

 「あ、はは……うん。楽しんでほしいな」


 いまだに心のどこかでは女装した姿を見せたくないと思ってる自分がいる。けどまぁ、いいさ。やれるだけのことはやってやる。


 

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