29.打ち上げ花火は恋人と

♦︎


[8月25日 詩能の実家]


 今日は夏祭り。のため、久しぶりに詩能さんの実家へ訪れた。


 「今回も借りてしまいすみません」

 「いぃえぇ〜良いのよ〜。実はね、新しく見繕ってみたのよ」

 「み、見繕ったぁ!? き、着るかも分からないじゃないですか! それをわざわざどうして……」


 僕は驚愕と困惑で視線を彷徨わせると自室に向かう詩能さんと目が合い、苦笑された。なるほど。これが詩織さんということらしい。


 「……えっと、それで一体どういう感じの着物? 浴衣? になったんですか?」

 「うふふ、こっちにあるからついてきて〜」


 僕はそんな詩織さんのノリを受け入れることにした。


 「……お、多くないですか?」

 「理和くんに似合いそうな浴衣を作っていただいたの。左手の3着は着物で右手の3着が浴衣ね。右端から紫、みどり色、藍染よ。どれを今着ていくのか選んでちょうだいね」

 「えっと……じゃあ……真ん中の翠色で」


 屋内プールの時に赤茶色の水着を着た。その時に黒や白の単色系以外も似合うのかなとあれ以降模索していた。それでこの翠色という鮮やかで濃く、存在感があって、似合うのか挑戦してみたいのだ。


 「分かったわ。帯はこちらの白色の帯を使ってね」

 「分かりました。……あの。詩能の浴衣は色を聞いても?」

 「ふふ〜」


 あ、笑って流された。秘密のようだ。


 「それじゃあ詩能の方へ行ってくるわね。1人でも出来るかしら?」

 「大丈夫です」


 詩織さんはぱたぱたと出ていった。僕はそれをみた後、着ていたシャツやズボンを脱いで早速着用してみる。


 「……おぉ! 肌触り良いなこれ」


 すべすべとした感じでとても着心地良く感じれた。全身鏡を見ながら浴衣を着合わせる。帯も締めて、と。


 「これで……良い、かな?」


 何度も些細確認して、良しと頷いてから貴重品はどうしようと思っているとテーブルには巾着が。用意周到すぎる。それに貴重品を収め、部屋を出る。


 「あらぁ〜! とっても似合ってるじゃない!」

 「あ、ありがとうございます」


 臆面もなく照れ笑いを浮かべる。その時、ギッと床を踏み締める音が聞こえた。そちらを見ると、スカイブルーの色で向日葵の花が散りばめられた浴衣を着た詩能さんがいた。後ろ髪をぐるりとお団子を後頭部で纏め上げていてとても大人っぽくて綺麗だった。


 「…………? どうしたんだ理和」

 「────。……綺麗だなって」

 「〜〜〜〜〜っ! あ、ありが、とう」


 右横髪をおさえながらぼふっと顔を赤くして、はにかんだ。こっちまで釣られそうで目を逸らす。そしてその光景を詩織さんはなんだか微笑ましげに見ていた。


 「あらあら〜。初々しいわねぇ。お母さん、お邪魔かしら〜」

 「ち、茶化さないで母上!」


 真っ赤な顔で吠える詩能さんの姿が新鮮で笑ってしまう。


 「り、理和も笑うなぁ!」


♦︎


[夏祭り会場]


 向かってる間も着いてからも詩能さんはむーっとご機嫌斜めだった。


 「詩能、ごめんって。どうしたら機嫌直してくれるの?」

 「……ん」

 「そっか。わかった」


 詩能さんと手を指を絡めながら握る。そうすると詩能さんはにぎにぎとしてから握り返してくれる。そっと隣を見ると、下を向きながら口を綻んでいた。機嫌直ってよかった。


 「んなっ、ま、まだ許してないからな!」

 「ふっははっ! 分かったよ。それで、他にはどうしたらいい?」

 「……その……そこ、いってくれるか?」


 指を差した方向に向かう。人気のない暗いところだった。しかし少し見覚えがあった。


 「……あれ、ここ。……そうだ。僕が甘酒飲んだ時の」

 「あぁ。本当はあの時、膝枕したかったんだぞ」

 「そう、だったの?」


 詩能さんはこくっと頷いて、ベンチに座った。それに釣られ、僕も座る。


 「ん」


 ぽんぽんと自分の膝を叩いた。詩能さんの我儘というものだろう。それを聞いて横になる。浴衣で幾分かおさえられているとはいえ、視界の数割は詩能さんの浴衣だった。


 「どうだ理和」

 「ど、どう……って言われても。ただその……外でやるのはドキドキする」

 「それは私もだ。花火が始まるまでは膝枕してても良いか?」

 「うん、良いよ」


 詩能さんは浴衣を着ていると右の横髪をおさえるくせでもあるのだろう。今もおさえながら見下ろして微笑んだ。


 「……屋台、周らなくていいの?」

 「ん。お前と一緒なら何をしても良いから」

 「そっか。あ、言い忘れてた」

 「…………?」


 僕は手を伸ばして、そっと左の横髪を耳にかけさせる。


 「いつもと違うメイク、似合ってる」

 「……き、気付いていたなら言ってくれ。……ばか」

 「あははっ。ごめん、忘れてたよ」


 メイクが崩れないように手を退かそうとすると、手の上に重ねるように詩能さんは左手を添えて、そのまま頬に当てた。


 「えっと……いいの? メイクとか」

 「大丈夫。こんなことじゃ崩れないよ」

 「そっか。その浴衣と合ってて、もしかして練習したのかなって」

 「玲音に教えてもらったんだ。あいつのメイク技術は上手いからな」

 「そうだね。僕も聞いたことあるけどいまひとつピンと来なかったや」

 「美容はしっかりしているだろう?」

 「それくらいはしとけーって言われたからね」


 クスクスと笑い合う。徐々に顔が近くなっていく。


 ──────どどぉんっ!


 詩能さんの後ろで花火が上がる。ほぼ同時期にキスをして離れる。し終わった詩能さんの顔は僕といる時にだけ見せる笑みだった。


 「……花火、見よう」

 「あぁ、そうだな」


 僕は起き上がり、後ろを向く。


 「綺麗、だな」

 「……そうだね」


 2人の間にはあまり会話は無かった。2人して花火に夢中だから。それでも、僕の右手と詩能さんの左手が絡み合って指先同士をあそばせて、きゅっと固定される。詩能さんの手は小さく、僕の手で隠れるくらいには小さい。そんな彼女の手の甲を指先でなぞる。ピクッと反応したのを確認してそっと隣を見る。ちょうどこちらを見ていたようですぐに目があった。


 「────」

 「…………」


 詩能さんが何か口を動かした。恐らく5文字。僕はその言葉を知っている。そうきっとその言葉は。


 「愛してる」


 僕が声に出すと詩能さんはきょとんとした顔をしてふへっと笑った。いつもよりも柔らかい笑顔で、目を惹き寄せた。その時にぽふっと首筋に倒れてきたと思ったら吸い付いてきた。


 「……っ!」


 この距離で分かったリップ音。唇が離れたと思ったら吸い付いたところを舌先で舐められた。


 「……制服で隠れてしまうだろうが。こうして首が出ていたからな」

 「…………そ、それなら言ってくれよ」

 「ふふっ。悪かったな。花火、まだ続いてるが……なぁ。キス、していいか?」


 僕は花火の方を一瞥してから詩能さんを見て頷く。詩能さんは微笑いながら、右手を僕の頬に当てながらまたキスをする。薄目で目が合ったまま何度も唇を重ねて、互いに唇を開けると舌が入ってくる。詩能さんのその小さな舌を絡めとる。もう何度もこんな大人なキスをしているからか、詩能さんの体はピクピクと震えていた。


 「……っはぁ」

 「大丈夫詩能?」

 「ん……大丈夫」


 息も絶え絶えな雰囲気の詩能さんだった。


×


[時を遡り]


 理和と歩くだけで気分はふわふわする。でも理和は私が機嫌が悪いと思っているみたいだから、機嫌悪く演じる。


 「詩能、ごめんって。どうしたら機嫌直してくれるの?」

 「……ん」

 「そっか。わかった」


 こんなめんどくさい女でごめん理和。お前といると心が浮き立って、どうにかなっちゃいそうだし、私以外の人話をするのを見ていると胸が痛いし、理和に揶揄われるのは好きだ。だけど……。


 『あんたそれ重すぎるわよ』


 玲音の言葉が浮かんでほんとにそうなのかもしれないと頭の中がぐるりぐるりと同じ考えが回っておかしくなりそうだった。そんな時、理和は私の手を握ってくれた。私みたいにほっそりしてるのに、男の子の手でがっしりとしてて、おっきくて私の手を包み隠してくれるようなそんな手。私は自然と綻ぶ。あぁ、あったかいな。


 ってそうだ。今は機嫌が悪かったんだった。演技演技……!


 「んなっ、ま、まだ許してないからな!」

 「ふっははっ! 分かったよ。それで、他にはどうしたらいい?」


 理和はからっと微笑う。もしかしたら私の機嫌の悪さが演技なのを理解しているのかもしれない。それでも付き合ってくれているのかもしれない。私はその彼の優しさがどうしようもなく嬉しいのだ。だから、せめてものお返しがしたい。


 「……その……そこ、いってくれるか?」


 私は場所を指す。そこは奇しくもお正月の時の出来事の場所。あの時は大変だったけど楽しかった。でも心残りがあった。


 「……あれ、ここ。……そうだ。僕が甘酒飲んだ時の」

 「あぁ。本当はあの時、膝枕したかったんだぞ」

 「そう、だったの?」


 理和も覚えていたみたいだ。けどきっと薄らぼんやりとした程度なんだろう。あの時のお前はかなりグロッキーになっていたからな。私はそんな理和を介抱したかった。だから今させてほしいな。


 「どうだ理和」

 「ど、どう……って言われても。ただその……外でやるのはドキドキする」

 「それは私もだ。花火が始まるまでは膝枕してても良いか?」

 「うん、良いよ」


 両膝に乗っかかる理和の頭。あまり彼の顔が見えないのは残念だ。けど背中を屈めれば見える。


 「……屋台、周らなくていいの?」

 「ん。お前と一緒なら何をしても良いから」


 これは本心だ。けど屋台巡りをしたい気持ちもある。けど今はこうしていたい。


 「そっか。あ、言い忘れてた」

 「…………?」


 理和は私の左横髪をそっと耳にかけてくれた。それが少しこそばゆくて薄く目を閉じる。その手の仕草にも優しさがあってたったそれだけでも心が震えてしまう。


 「いつもと違うメイク、似合ってる」

 「……き、気付いていたなら言ってくれ。……ばか」

 「あははっ。ごめん、忘れてたよ」


 理和は気付いてたんだ。この浴衣に合うように変えたこと。それならそうと言ってくれ。そんな彼の少しの意地悪さに口を窄めるけど、手を退かそうとするのに気付いた私は彼の手を私の左頬に当てさせる。理和の手の温かさが頬からじんわりと身に沁みる。出来るならより彼を感じていたい。


 その思いがどうやら行動に出ていたみたいだ。彼と会話をしながら理和に顔を近づけている。あと少しで唇が触れる。


 ──────どどぉんっ!


 後ろで花火が上がった。それと同時に唇を離す。


 あ、だめだ。もっと触れたい。もっと感じ……。


 「……花火、見よう」

 「あぁ、そうだな」


 彼のふわりと微笑う顔に少しだけ我に返り、頷いて理和が起き上がるのにそっと手を添える。ベンチに手を置いて後ろを見る。どぉんどぉんと花火が上がっては色とりどりの花を見る。理和と見れた花火はどれもこれもが美しくて目新しく感じた。


 そんな時、理和の右手が私の左手に触れてくる。指先同士ですりすりと弄ばせて、きゅっと私が彼の指を絡めたまま握るとするりと握ってくる。花火から理和に目を移す。じっとこちらを見る理和の目が合った。


 優しい理和の目から引き離せなくなった。大好きな人の目線をもっと見たい。ぎゅぅ〜っと締め付けてくる痛みが広がる。でもそれは辛くなくて、幸せだからこそ痛くて……。あぁ。もう好きとか大好きとか超えているんだ。私は理和を────。


 「あいしてるよ」

 「……………」


 伝わらなくても良い。だけど、伝わってほしい。


 「────」

 「…………?」


 理和も何かを言ったと思う。でも花火の音に掻き消されて聞こえなかった。けど多分、理和も同じ気持ちなんだと思いたい。だから理和の体に何か残したい。そう思って私は彼の色白な首に目が行った。浮き出た喉仏。あ、ここでいっか。


 「……ぁむ」


 ふわりと私も使っているボディソープの香りを漂ってきてそれを吸いつつ、首筋に唇をつけて、ちゅぅと吸う。しばらく吸ったあと離す。私が吸いついた場所が赤くなっていて私の男だと証は残せただろうか。けれど位置的には制服着た時には隠れちゃうだろうな。


 「……制服で隠れてしまうだろうが。こうして首が出ていたからな」

 「…………そ、それなら言ってくれよ」

 「ふふっ。悪かったな。花火、まだ続いてるが……なぁ。キス、していいか?」


 理和は一度花火を見てから私を見て頷いた。理和は花火よりも私を求めてくれたことが嬉しい。たったそれだけでも私は舞い上がる。理和は左手を後頭部付近に当てて引き寄せてくれる。本当に理和の一挙手一投足が嬉しい。そうして何度も唇を重ねては離れてを繰り返す。


 「……っはぁ」


 唇を開けて今度は深くキスする。ちると唾液を嚥下しながらたくさんたくさん重ねる。するたびにふわふわとしてきて理和とのキスが心地良い。もう数え切れないほどこんな大人なキスをしたからかただこれだけでも気持ち良く感じる。


 「……んっ、っはぁ」


 唇を離して、いつの間にか止めていた息を吸う。この苦しさも心地良いとさえ思ってしまう。


 「大丈夫詩能?」

 「ん……大丈夫」


 少し心配そうに見つめる理和の目には蕩けた顔の自分の顔があった。

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