28.夏イベント

♦︎


[自宅]


 冷房を効かせた一室で課題をしている時にノックが響く。


 「はーい」

 「理和、メール見たか?」

 「メール? ってなんの?」

 「『SBO』運営だ」

 「メールなんて来てたんだ。今まで課題してたから見てなかったや」


 部屋に入ってきたラフな格好の詩能さんはタブレットを見せてきた。そこには運営からのメッセージがあった。


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      【運営からのお知らせ】


 この酷暑の中、ユーザーの皆様には感謝を申し上げます。つきましては、来る8月20日、『SBO』のリアルゲームとして屋内プールを貸し切り致しました。ゲームを飛び越え、各地の屋内プールでイベントを是非お楽しみください。各屋内プールの場所等につきましては、こちらのURLからご覧ください。今後とも尚一層のお引き立てとご愛顧を賜りますようお願い申し上げます。


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 そうメールには綴られていた。


 「ふぅん、なるほどね。リアルイベントか」

 「あぁ! そうなんだ! どうだろうか?」


 詩能さんの言いたいことは理解できた。つまりは行きたいのだろう。


 「良いけど……その」

 「その、なんだ?」


 僕はふいと詩能さんから目を逸らしてペンを持ちながら右手で口を隠す。詩能さんは僕の表情を見て驚いたような顔を見せた。


 「まさか……見られたくないのか?」

 「…………………」


 沈黙は肯定と同義。僕は答えずに課題をやる。自覚はしているが恐らく耳や顔が赤くなっているのだろう。そんな時に左から抱き寄せられる。


 「お前にもそんな独占欲があったんだな」

 「……う、うるさい」

 「ふふふっ。お前は嫉妬とかそういうことしないものだと思っていたぞ」

 「ぼ、僕だって……、するさ」


 今は詩能さんの方を見れない。というより見たくない。


 「予定は私が決めても良いか?」

 「……ん。任せる」

 「分かった。あ、そうだ。理和は水着持ってるか?」

 「えっ、水着? 持ってないかも」

 「それなら買いに行かないか?」

 「いつ?」

 「今日にでも」


 バッと詩能さんを見て驚く。


 「今日ぉ!?」


♦︎


[水着売り場]


 来たは良いけどどの水着も露出多くないか? と首を傾げる。それと僕がこんなとこにいて良いのか?


 「理和? そんなところに突っ立ってないで来てくれ」

 「え、あ、う、うん」


 なんというか目のやり場に困るけど行くしか無さそう、だね。


 「理和であればこれとこれ、どっちが合うと思う?」

 「え゛っ……?」


 どっちがと言われてもなぁ…………。変な声が出ながら頭の中で水着を着てる詩能さんをイメージする。出た答えは……。


 「……ど、れも微妙、かなぁ……?」

 「やけに煮え切らないな」


 僕の様子を見てクスッと微笑う詩能さんに複雑な顔のまま答える。


 「なんというか……どっちも詩能らしいんだけどそうじゃないというか」

 「どっちも少しだけブレているということだな」

 「そんな感じ」


 詩能さんもふーむと唸り声を上げて持っていた水着をそのまま戻した。


 「良いの?」

 「あぁ。私はお前に魅せたいからな」


 ん……? 今多分「みせたい」の字が難しい方の漢字になってそうだなと思った。


 「そう、なの?」

 「あぁ。といっても夜で見せてるな」

 「なっ……! っ……そう、だね」

 「ふふっ。もう何度も見せてるのに、そうやって照れるなんてな」

 「い、良いから……! 他見よ」


 強引に話を切り上げて他の水着を見る。


 「理和はどういう水着にするんだ?」

 「僕は……無難にこの辺りでいいかな」

 「相変わらず肌を出さないなお前は」

 「あはは、でも今回はこれにしようと思うよ。屋内だしね」


 黒系の海パンと半袖のフードが付いている濡れてもいい墨黒のパーカーをラックから手に取る。


 「海パンの方はウエストも大丈夫そうだね」

 「選ぶの早いなぁー」


 むーっと片頬を膨らませる詩能さんに僕は微笑う。


 「もしかして選びたかった?」

 「当たり前だろ〜」

 「ふっははっ! じゃあ海パンはしまうよ。じゃあ選んでもらおうかな詩能」

 「良いのか!?」


 パァ〜ッと目をキラキラさせて前のめりの詩能さんに声が大きいよとしぃーと指を立てる。


 「あっ、わ、わるい」

 「まぁでも、それじゃあ僕の水着は上はこれ固定が良いから海パンの方頼んだよ。僕は詩能の水着を吟味するから」

 「む。分かった」


 そうして一旦売り場を2人分かれて散策して、水着を選んだ。


 「理和は選んだか?」

 「うん。選んだよ」


 2人でお店の中心付近であってから互いに見せあう。


 「僕のはそれなんだね」

 「あぁ。お前が選んだのは……なるほど。大人っぽさを出したんだな」

 「うん。あとまぁ……」

 「ふふっ。分かっている。それと安心しろ理和」

 「…………?」


 たたっと踏み出して、僕の耳許に顔を寄せて囁いた。


 「触れていいのはお前だけだ、理和」


♦︎


[8月20日 市営の屋内プール]


 カッ! と照り出す陽光のもと、集まったのはいつもの中に伊織、メイリヤ、李愛さんの3人。


 「アタシたちも来て良かったのかな?」

 「お、お邪魔では……」

 「まぁ、良いんじゃないかしら〜?」

 「うん。僕は構わないよ。ねぇ」


 みんなは好意的に頷いて3人は安堵した。


 「そんじゃあ行きますか〜」

 「れっつごー!」


 創が発破をかけて杏香が右腕を上げて歩き出した。僕らは2人のその陽気さに呆気に取られながらも顔を見合わせて苦笑して、その後を追いかけた。


 「お、珍しいな。理和が肌出してるの」

 「そうだね。っていっても七分袖だけどね。どう? そこまで変じゃないよね?」

 「おぉ、めっちゃ似合ってるよ」

 「ははっ。ありがと」


 屋内プールへ入ったあと更衣室へと分かれ数十分。


 「いや〜ごめんごめん。同じタイミングで入ったのに遅れちゃったね」

 「お〜遅ぇぞ〜伊織」

 「伊織も良く似合ってるね」

 「ふふっ、ごめんね〜創くん。それとありがとう理和くん。結構どれが良いか練ったからそう言ってくれて嬉しいよ」


 伊織の水着はなんというか彼の明るさを表したアロハな感じの水着だった。


 「理和くんも創くんも似合ってるよ」

 「お、サンキュー。っつっても率直に感じたもんを買ったけどな。理和は?」

 「僕は最初はそうだったんだけど、詩能が選びたがっててね」

 「だからお前にしては珍しい赤茶色なのか」

 「そうだね。でも2人が似合ってるって言ってくれて嬉しいよ。多分詩能も喜んでくれると思……」

 「んぉ?」

 「お姫様たちの到着だね」

 「ごっめーん! 遅れちゃった〜!」

 「ちょ、そ、そんなにジロジロ見ないで良いから!」

 「に、似合ってますか私?」

 「あたしから見たらとってもよく似合ってるわよ〜。ね、理和くん」

 「へ? あ、あぁ、うん。みんなよく似合ってるよ。ねぇ、創、伊織」


 全員の水着姿がとても良かった。それは2人も同じだったようだ。


 「……めっちゃ良い眺めだよな」

 「こればかりはきみに感謝しないとだねぇ理和くん」


 僕たちは女性陣に顔を向けつつ合図も無しに拳を合わせる。


 「おーい? 理和〜?」

 「……んぇ? あ、な、なに?」

 「ぼーっとしすぎだぞ」

 「ご、ごめんごめん。みんなの水着とっても似合ってて見惚れてた」

 「ふぅーん? それはさっき聞いたけど、私はどうなんだ? お前が選んでくれた水着だぞ」

 「勿論、とってもよく似合ってる」

 「ふふっ、良く出来ました」


 ニッと笑ってツンと胸板を人差し指の指先でつつく。


 「いきなり入るのは危険だから各々ストレッチしながら入りましょ」

 『はーい』


 伊織は手を組んでぐるぐる手首を回したり、しながら手前の大きな流れるプールへと入っていく。


 「私たちも入るぞ理和」

 「え、ちょっと待って。まだストレッチ終わっぷっ!?」


 詩能さんに手を引かれて流れるプールに飛び込まされる。ぶくぶくぶくと泡音が両耳で響く。


 「ぷぁっ! も、もう! いきなり手を引かないの詩能!」

 「ぷははっ! ごめんごめん!」


 今まで見たことのないカラッとした笑顔に呆気に取られる。まぁいいかとさえ思えるほど。


 「まったくもう。怪我とかには気をつけなさいよ〜2人とも」


 縁に座り、足を入れてから「よっ」という声と共にプールに入る玲音さん。僕は頷いて濡れて張り付いた前髪を掻き上げる。


 「気をつけるよ。玲音も歩きながら一緒に行こう?」

 「ふふっ。そうね。ストッパーも必要でしょうし」

 「ストッパー……?」


 僕が首を傾げつつも歩く。その時に声がした。


 「お兄ちゃん受け止めて〜!」

 「ん? えっ? あっ、急すぎだよ!」


 杏香がニコニコとしながら跳びこんできた。僕は受け止めきれずにまたプールの中へと沈んだ。


 「っこら! 跳び込みはだめでしょ!」

 「えへへっ! お兄ちゃんなら受け止めてくれそうだな〜って思って」

 「あ、あのねぇ……」

 「あーやめとけやめとけ。俺だって止めたんだからな?」


 創は同情するような顔で入ってくる。


 「ごめんね〜お兄ちゃん」

 「まったくもう……今度はしないこと。約束できる?」

 「約束するっ!」

 「ん、じゃあ行ってよし」

 「はーい! お兄ちゃんだいすき〜!」


 杏香を離して創の方に背中を押す。


 「相変わらず元気よねぇ、杏香」

 「ははっ、それが取り柄だしね。可愛いとこだよそこが」

 「先輩、私もした方いいでしょうか?」

 「しなくてよろしい。ほら、そのまま入っておいでメイリヤ」

 「は、はいっ」


 おおかた、杏香に吹き込まれたんだろう。まったく。


 「私もお邪魔するわね」

 「うん。ストレッチはもう大丈夫?」

 「大丈夫よ。心配してくれてありがとう理和くん」


 全員入ったのを確認して歩く。


 「そういえば理和は課題終わらせたのよね?」

 「へ? あーうん。始まって数日くらいで。最初は詩能が手伝ってくれたけどね」

 「あまり教えることなかったけどな。このっ、優秀さんめっ」

 「ちょ、ぐりぐりやめて、いた、痛い」

 「教えたがりだものね詩能様」

 「あ、私はまだ終わってなくて……」

 「あら、じゃあ私たちで教えましょ。良い案よね」


 手を顔の横で合わせて微笑む李愛さんに頷く。


 「後で予定合わせて勉強会しようメイリヤ」

 「い、良いんでしょうか……皆さんのご迷惑とか」

 「別に大丈夫よ。ね、詩能様」

 「あぁ。理和の後輩ならば私たちの後輩でもあるからな。だから遠慮なく甘えてくると良い」

 「あ、ありがとうございます! 詩能お姉様」

 「良かったねメイ……え、お姉様?」


 バッと急な呼び方に驚いて詩能さんを見る。詩能さんは説明してくれた。


 「さっき着替えながら軽く会話したんだが、私の話し方ってこれだろう? それでお姉様と呼ばれてな。実は大学でも少なくともそう呼ばれているのは確認はしているんだが……」

 「詩能ちゃんは話し方もそうだけど男女問わず目を惹きつける注目性? カリスマ性? があるものねぇ。私はお姉ちゃんだからそんなふうに呼ばれてみたいわね〜」

 「へぇ、そうだったんだ……。ん? じゃあメイリヤ。玲音のことは?」

 「玲音お姉様は玲音お姉様ですね」


 玲音さんは肩を竦め、呼び方を変えようとしたけど結局固定してしまったらしい。しかしまぁ2人とも引っ張っていく感じだから似合う。


 「な、何よ」

 「え、いや。玲音も似合うなって。お姉様ってやつ」

 「あ、あたしはそういうふうに呼ばれるのあまり好きじゃないのよ。兄弟とかいないし」

 「あら〜、やっぱりねぇ。玲音ちゃんって一人っ子だと思ったわ〜」

 「従兄弟はいるのよ? でもあまり顔を合わせないからそこまで接点ないのよね。だから理和みたいな兄妹関係は羨ましいわね」

 「わかります! なんだかとっても仲が良いんだなぁってなりますよねぇ。憧れちゃいますね」


 いない人はそう思うのかなと詩能さんを見ると深く頷いていた。やっぱりそうなんだ。


 「あら、じゃあ理和くんのことお兄ちゃんって呼んでみるのはどうかしら?」

 「……ん、なんで?」

 「えと……り、理和お兄ちゃん……?」

 「………………………玲音の気持ちが分かったかも。めっちゃ恥ずかしい」

 「でしょ」


 家族じゃない歳下の子から言われることがこんなにも恥ずかしいとは思ってなかった。メイリヤもなんというか顔を赤らめていたし。


♦︎


[ウォータースライダー]


 ひとしきり流れるプールを遊んだ後、一度全員集まってウォータースライダーをやることに。


 「順番どうする?」

 「じゃんけんで決めるのはどうだ?」

 「ふむ。じゃあせーの」

 『じゃーんけーんぽんっ』


 組み合わせはこうなった。


 僕・メイリヤ

 詩能さん・創

 杏香・李愛さん

 伊織・玲音さん


 「じゃあ先に決まった僕たちが先に行くよ」

 『いってらしゃーい』


 2人乗りの浮き輪に乗る。メイリヤが後ろに乗るのを確認する。


 「それじゃあ行くよメイリヤ」

 「は、はいっ!」


 体勢を前に倒すと浮き輪が少しずつ前進していく。そして一気に加速が始まる。


 「きゃああああああああああ!」

 「は、はやっ!?」


 予想外の速さに驚きつつも浮き輪から手を離さないように手摺を強く握り、目をぎゅっと閉じる。すると体がぐるんぐるんとコースに揺られるのが分かり、三半規管がイカれそうな感覚に陥る。


 「め、メイリヤは大丈夫っ!?」

 「は、はぃっ! ちょっと……いえ、だいぶ怖いですけど大丈夫です!」


 後ろから抱きつく力が強くなる。背中から熱が広がるのを感じる。そして。


 ──────ザッブゥンッ!


 パッと明るくなったと思ったらいきなり水の中へと放り出される。


 「っぷはぁっ! はははっ! 楽しい〜! ねぇ、メイリヤ!」

 「ふふっ、っははは! はいっ!」


 顔を上げて見合わせてから笑い合い、浮き輪を返すためにプールから上がる。


 「メイリヤ」

 「あ、ありがとうございます」


 手を掴んで引き上げる。上を見上げて手を振る。伊織が反応した。どうやら既に準備出来ていたみたいだ。くる前に浮き輪を返して縁に立ってコースを見る。


 「次は詩能お姉様たちですよね」

 「うん。今はあのあた……あ、もうそろそろ来るみたい。離れてよっか」

 「はい」


 一歩下がった瞬間に僕たちと同じように飛び込まれる浮き輪。


 「おかえり2人とも」

 「やっべぇくらい速かったぞ!?」

 「目がぐるぐるしかけそうだ……」

 「詩能、大丈夫? ほら、手貸して」

 「む、ありがとう」

 「あんなに出るとは思わなかったよね創」

 「マジでびっくりしたわ。なぁ、詩能さん」

 「あぁ……。ジェットコースターより恐ろしいと思った……」

 「あそこのグルグルしてるところすごかったですよね」


 僕たちは頷きつつ手を振る。それを繰り返した。そして口々に言って意見が合った。それは。


 『ウォータースライダーって面白いけど怖い』

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