27.お願い
♦︎
[夏休み前日]
テストの返却、終業式を終えた午後、詩能さんたちの通う大学の近くの図書館で本を読んでいる最中だった。LIMEの通知でスマホが震えた。相手は……
「…………なんて返そうかな」
通知を見てからLIMEは開かずひたすらに思案をした。そしてその日の夜。
「詩能、少し良いかな?」
「うん? どうしたんだ?」
「実は夕方くらいに李愛さんからLIMEあったんだ。それで、李愛さんと街に行こうって」
「む……そういえばそうだった。理和は李愛を助けると言っていたな。ふーむ……ん。それであれば仕方ない。ちゃんと約束を果たそうとする姿勢の理和が私は大好きだ。行ってくるといい」
「良いの?」
詩能さんはこくっと頷いた。そして続けた。
「お前は私のことを愛しているのは分かっているからな。でも、帰ってきたら寝かせないからな」
「……お手柔らかに頼むよ」
その宣言に苦笑して諸手を挙げる。
♦︎
[翌、街中]
待ち合わせの場所で時間より30分くらい早く着いた。いつもは詩能さんと一緒に出たりするからあまり分からなかったけど、再三言われていたのは待ち合わせ時間よりも早く行くことを杏香や詩能さん、玲音さんに言われていた。
「……どこ、かな」
目立つような
「おはよう。んー、いまはこんにちは、かしら?」
「あっ、こんにちは李愛さん」
どうやら考えることは一緒のようだった。左を向くと、白のワンピースを着て、上には薄手の薄桃色のカーディガンを着ている李愛さんが片手を上げてにこやかに微笑んでいた。
「早いのねぇ。お姉さんびっくりしちゃった」
「女の子とのお出かけは待ち合わせは集合時間より早めに行くように言われてるからね。それはそうと李愛さんも早いね」
「あなたとデート出来るのが楽しみだったもの」
李愛さんはくすくす微笑って「行きましょう」と歩き始める。
「どこに行くのかは決めてるの?」
「えぇ。と言っても近くの美術館なの。あなたは行っても問題はないかしら?」
「大丈夫だよ。どういった美術館?」
「それは行ってからのお・た・の・し・み・♡」
「は、はぁ……」
♦︎
[美術館]
入館料を払って、壁にかけられた作品を見て周る。
「どう? 良い作品多いわよね」
「そうだね。僕は……この作品が好きかな」
「理由を聞いても良い?」
僕の両腕を広げたくらいの大きさの額縁に収められた絵画。幻想的な樹木群の中を蛍のようなものが飛び、中心にはその樹木群のひとつでありながらもその大樹が雄々しく育っていた。
「なんていうか……すごく落ち着くなって」
「落ち着く?」
「この森の中はきっと聞こえるのは風に吹かれて揺れる木々と鳥の囀りで木漏れ日が居心地良さそうだなぁって」
「……そう。あなたはそう感じてるのね」
「李愛さんは違うの?」
李愛さんはフッと微笑みが少なくなってそのまま告げた。
「……孤独に感じるわ。良い絵だとは思うわ。でも……そうね。やっぱり孤独に見えるわね」
「そう、なんだ。次、見てみようか」
「……ふふっ。そうね。……ありがとう」
何のお礼なのか分からなかったけど、笑みが戻っていたから良かった……のかも?
+
[同時刻]
理和くんは気遣いがとても良く出来ていると改めて思った。
「あぁ、李愛さん。これはどう?」
「これは……『モナ・リザ』だったかしら?」
「そうだね。モナリザはパリのルーヴル美術館に寄贈されてるんだったね。李愛さんにはどう見えるかな?」
「私は……」
この絵は微笑みがとても印象が強い。だから本心を伝えよう。
「とても良い笑顔に見えるわね。あなたは?」
「僕も同じ。これには2つの顔があるみたいだけど僕には微笑みしか見えないかな」
「ようやく意見が重なったわね」
理和くんの笑顔は優しく見えた。詩能ちゃんが理和くんといる時に見せる顔は私たちといる時とは違う顔でどうしてそんな顔何だろうって思ったけどこれは……。
────なんとなく分かった気がするわぁ〜。
「……? どうかした?」
「ふふっ。なんでもないわ」
理和くんには教えてあげない。あなたの隣でだけは心が温かくなるのを。
♦︎
[美術館外]
空調の効いていた美術館を出て猛暑になりつつある外の熱気を再び浴びる。
「暑いわねぇ」
「李愛さんはそうは見えないけど……?」
「私は対策ちゃんと出来てるもの。でもあなたは暑そうな服装ねぇ。長袖って暑くないの?」
「正直暑いなって思うけど、これシャツだからまぁ……。そうだ。次、どこ行く?」
「そうねぇ……。そうだ。次はあなたが決めて?」
「分かった。じゃあ着いてきて」
「は〜い」
♦︎
[ゲームセンター]
久しぶりに訪れたゲームセンター。いつ来ても騒々しい。
「僕の声、聞こえる?」
「えぇ、聞こえるわ。でも……大きい声出さなきゃ行けないのはキツイわねぇ」
李愛さんは片耳をおさえながら言った。僕はほんの少しだけ顔を近づける。
「これくらいの距離なら聞こえるから大丈夫だよ」
「そう? じゃあ、この距離でいてくれるかしら?」
「良いよ。どれやろうか?」
「じゃあ、あのクレーンゲームはどうかしら?」
「あ、良いね。やろうか」
何かの作品のクッションだろう。結構大きい。取れるだろうか。
「んぇ?」
「あらっ」
クレーンゲームは確立機とか聞いたけど運が良かったのだろう。一回で取れた。
「はい」
「ありがと理和くんっ」
クッションを抱き締めて、そこで素の微笑みを見た気がする。
「次はなにする?」
「そうねぇ……じゃあ、あのお菓子のはどうかしら?」
「あぁ、あのルーレットみたいなやつかぁ。ん、やってみよう」
×
[同時刻]
理和と李愛のデートを後ろから眺めながら私たちもクレーンゲームをする。
「…………ちょっと。あたしも来る必要あった?」
「む……。でも良いではないか。お前も予定が無いのだから」
「あんたそれパワハラよー? ま、良いけどさ。そんで……彼女、どうなの?」
「ふむ。私から見たら……怪しい」
「怪しいのね。でもここから見てる限りだとあまり変わらないわよ?」
「いや……あの顔はだいぶ心を開いてる顔だ」
それにあの顔の感じは……恋する乙女の顔をしているのだ。
「ふぅーん。そう……。あたしはなんというかそれに近いけどまだそこじゃない……っていうか、なんて言えばいいかなぁ」
「まだ自覚してない……か?」
「どう、なんでしょうね……。なんというかいつもあんな感じじゃない? だから余計分からないのよね」
玲音の言うことは分かる。いつも笑ってばかりでいることが多い李愛は誰からも好かれている。私とは正反対だ。理和は……あんな人のほう、が……。
「…………あっ」
「うそ。尾けられてるの気付いてるじゃない理和。なんでそういうとこは鋭いのよ……」
がっつり目が合った。けれど見なかったふりをしてくれたのだろう。すぐに目を離してくれた。李愛と何か話をしているみたいだが、ゲームセンターだからあまり声は聞こえない。
「理由の方から……距離を作ってる?」
「あっ! それよそれ! あんたもしかして理和となんかした?」
「えっ? あ……うん。その……」
以前、理和に言ったことを玲音に話す。
「…………あ、あんたねぇ……重すぎるわよそれ」
「うっ……そ、そう、だろうか?」
「理和だから良かっただろうけど、それ結構重すぎるわ」
嘆息してクレーンゲームに目を向けて遊ぶ。
「うーむ……理和は全部許してくれるから」
「理和は優しすぎるもの。基本なんでも受け止めてくれるのがちょっと玉に瑕ね。良いとこでもあるけど」
ガコンと揺れて台の上に落ちる。
「ふぅむ。これは難しいなぁ」
「別の台にする?」
「そうだな。そうしよう」
横に移り、お金を入れて遊ぶ。
「……だから理和は優しすぎるから流されないだろうか」
「大丈夫よ」
「どうして?」
「理和は、あんたにしか惚れてないもの。悔しいけど」
♦︎
[街中]
「ねぇ、理和くん。あそこの一緒に食べない?」
「良いね。何にする?」
「私はー……バニラとチョコミントにしようかしら」
アイスのお店を見つけて中に入り、アイスを注文する。少し待って商品を受け取って再度街中に出る。
「ん、美味しいわね」
「良かった。どう? 楽しい?」
「えぇ。多分、理和くんと一緒だから、かもしれないわね」
クッションを抱えながらアイスを食べる李愛さんの言葉に疑問符を浮かべる。
「僕と? それは……」
「あなたの空気感はね、とても柔らかくて、落ち着くのよ。あぁ、自然体で良いんだって思えちゃうの。それにあなたは変えさせるって約束を守ってくれて、とても律儀で真面目で良い子なんだなぁって嬉しいわ。私は人の幸せを妬んだけど、今はあなたの幸せを祈ってる」
「僕の? 李愛さんにも幸せになってほしいと僕は」
「分かってるわ。でももう十分幸せよ〜。理和くんが連れ出してくれてるから。帰っても今日のことをたーっくさん夢に見るんだろうなぁって。もちろん日記にも書くわ。良い思い出でしたって書くの。今までの日記は他人事が多くて、今日からはきっと……素敵なことばかりだと願ってるわ」
李愛さんの目はだいぶ遠い目をしていた。けどその目は明るく見えた。
「……そういえば孤児院があるって言ってたよね?」
「えぇ。それがどうかしたのかしら?」
「いや……もしかして教会にずっといるのかなって」
「いいえ。近くにアパートがあるの。そこで暮らしているのよ。ふふっ。来てみる〜?」
「い、いや……。それは多分、許してはくれないだろうし、そこまで行ったら僕も不貞だと思うからやめておくよ」
「やっぱり恋愛に真面目なのね」
クスクスと微笑う李愛さんに揶揄われてるのかなと苦笑する。
「あら、褒めてるのよ〜?」
「そうなの? それだったらごめん」
「ふふっ。さて、と。もーっといたいけどこのままあなたを独占してると妬いちゃうでしょうし♡」
「……あぁ、なんだ。李愛さんも気付いてたんだ」
「私もってことはあなたも気付いているのね。詩能ちゃんたちが尾行してること」
僕は頷いてちらりと後ろを見る。詩能さんたちはピクッと反応して目を逸らした。仕方のない人たちだ。
「きっと僕が不安だったんだね。詩能」
「玲音ちゃんはどうして来たと思う〜?」
「詩能が頼んだんだろうね。詩能ひとりだとナンパされちゃうだろうし」
「あら、詩能ちゃん可愛いものね」
「本人は無愛想なところを気にしてるみたいだけどね」
「大学内でも人気なのよ〜」
「やっぱりそうなんだ。僕の詩能は可愛いでしょ」
「あらっ。良い笑顔」
クスクスと笑い合う。
「ま、そういうことだからこれで私は帰るわね」
「送っていこうか?」
「そこまで甘えられないわ。そろそろ会ってあげて」
「分かった。またなにかあったらLIMEしてよ」
「また付き合ってくれるの?」
僕は頷いて、手を振って踵を返す。
「……まったくもう、尾いてきてるならもうちょっとバレないように来なよね」
「うぐ……す、すまない理和」
+
[理和とわかれて]
理和くんの背中を見つめて、振った手をクッション当ててきゅっと握る。理和くんとわかれたら急に訪れるのだ。この無になる感覚が。
「…………………帰ろ」
理和くんといるのが心が安らぐものだった。けどいまそれが無い。
寂しい。
どこもいきたくない
寒い
辛い
となりにいて
きつい
もっといたい
話したい
理和くん以外、いらないわね。
♦︎
[夜 自宅]
詩能さんに教えてもらいながら課題を終わらせる。
「むぅ。ぎゅってしてほしかったのに……」
「ごめんね詩能。こういう課題、溜めたくなくて」
筆記用具等をしまって、詩能さんを抱き寄せる。
「……ん。詩能を抱き締めると落ち着く」
「それは私もだ。課題はもう良いんだな?」
「うん。もう少しあるけど今は良いや。……あ、シャワー浴びてこなきゃ」
「ふふーん。背中流してやろうか?」
「お願いしようかなって言ったらどうする?」
「うぐ……それは、だ、だめだ」
「もう僕の何度も見てるのに」
「そ、それはそれ! これはこれだ!」
「ふふっ。はいはい。それじゃあ入ってくるよ。湯船の温度はいつも通りで良いんだよね?」
「良いぞ!」
抱擁を解いて、替えの下着を持ちつつ脱衣所に向かった。
──────多分この後……アレ足りるかなぁ。
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