24.気持ちを受け取って


[自室]


 先輩が熱を出して保健室で見ていた頃。私は……


 「────────────、〜〜〜〜〜っ!」


 その時の光景を思い出してベッドの上で両足をじたばたさせます。


 「……はぁ。先輩……」


 いつも私に向けて笑ってくれる顔、真面目になってる横顔、そして。


 『


 少し掠れた声で呼ばれた私の名前を呼ぶ姿にキュンとしてしまった。そう思うと、あぁ、また。


 「……………っ!」


 枕に顔を埋もれさせて、身を捩る。またこの現象。


 ────だめっ。こんなこと、いけないのに……!


 「…………ぁ」


 右手を下腹部に当てて慰める。こう思うたびにいつも私は自分を慰めます。こんなこといけないのに。


 「………………ふ、っく、ぅ!」


 枕に顔を押し込んだまま体を震わせる。


 「……はぁ、はぁ……んっ……。はぁー。私、先輩に悪いこと、しちゃったなぁ」


 毎回自罰的な感覚になりながら、手を拭う。再度横になりかけた時に下着の状態に気付いて深く溜息を吐いて履き替えて眠った。


 今度こそ、先輩に想いを伝えるために。


♦︎


[ゴールデンウィーク明け]


 体調はゴールデンウィーク中には良くなり、詩能さんに限らず、玲音さん、杏香、創にお礼とお詫びを言った。みんな言葉を揃えて謝らなくて良いといったことを言ってくれて何よりだった。


 「あ、菅原さん。今、良いかな?」

 「は、はいっ。今行きます!」


 一年のクラスに行き、菅原さんを呼ぶ。菅原さんはびっくりした様子だったから驚かせて申し訳なかったかな。


 「あ、あの、一体……?」

 「あぁ、この間の僕が風邪引いた時さ迷惑かけてごめん。それとありがとう」

 「えっ? あっ。いいえっ、その……先輩がお元気になって良かった、です」


 ふわっとはにかむ菅原さんに僕は安堵する。そして手に持っていた小包みを渡す。


 「これ、そのお礼の……とはいっても市販なんだけど、上げる」

 「えっ!? あっ、ありがとうございますっ」

 「それじゃあ、次の授業始まるから僕はこれで」

 「あ、あのっ」

 「うん?」


 階段に足をかけた時に呼び止められて振り向く。菅原さんは何度か言い淀む態度だった。


 「あ、えと……その……、たし……私、のこと、なっ、まえで……呼んで、くださぃ……」


 ぷしゅぅ〜と聞こえそうなほどに顔が真っ赤になる菅原さんを見て僕は笑いだす。


 「ぁう、わ、笑わなくても良くないですかぁ!」

 「ぷっふふ……くく、ごめんごめん。でもわかったよ

 「……っ! はいっ!」


♦︎


[放課後 道場室]


 生徒会の仕事は今日はなく、創の自主練に付き合った。


 「ふぃー! っぱ楽しいな!」


 床に寝そべり、汗を拭きながら楽しそうに話す創。僕は面をタオルで拭きながら笑う。


 「ふふっははっ! 良かった。僕も気晴らし出来たから良かったよ。あ、そうだ。汗拭きある?」

 「んぉ? あぁ、あるぞ。ほい」

 「お、サンキュ」


 汗拭きシートのパックを投げ渡されてそこから1枚取り出して顔や首の汗を拭う。


 「そういやお前さんはそういうの持ってないんだな」

 「あーそうだね。買うの忘れてたかも」

 「そんじゃああとで買いにいこーぜ」

 「良いね。晩ご飯の素材買う時に買おうかな」


 汗を拭き終わった後、ゴミ箱に投げ入れる。お、1発で入った。ラッキー。


 「そんじゃー今日はどする?」

 「今日はもうおしまいかなー。詩能を待たせちゃうかもだし」

 「お、そっか。んじゃあ、道具片付けとくから行ってこい」

 「えっ、そんな悪いよ」

 「いーからいーから」


 創はそうやって気を遣ってくれる。その優しさが僕にとってはとても心強いしありがたい。僕は言葉に甘えることにした。


 「ありがとう創」

 「ははっ、いーって。ほら、行った行った」


 しっしっと手払う創に笑って手を振りつつカバン片手に生徒玄関に向かう。


 「先輩っ!」

 「おっ、ん? すが……メイリぃっだ!?」

 「だ、大丈夫ですかっ!? ご、ごめんなさい!」

 「んやー、だいじょぶ」


 急ぎ足で向かってる最中に呼び止められて振り向いた瞬間に脹脛が攣りかけて悶絶する。さっきマッサージしとけば良かった。


 「……っと、そ、それで? なにかー、聞きたいことあった?」

 「あっ、その……せ、先輩に……ですね」


 菅原さんはしどろもどろのままスカートをぎゅっと握りしめていた。彼女の雰囲気がどことなく既視感があった。僕が口を開きかけたその時。


 ──────ガヤガヤガヤ。


 「……へっ?」

 「…………?」


 生徒玄関、校門付近が何やら騒がしくなった。僕たちは生徒玄関の方に顔を向ける。


 「なんでしょうか?」

 「さぁ……?」


 僕らは一体何か分からなかったが、騒々しい様相に首を傾げて生徒玄関の先を見る。


 『なぁ、あれって』

 『すっげぇ美人だよな』

 『えっ、あの人……』

 『やっぱりそうよね!?』


 なんてガヤガヤとしていた。人? 美人? いや、待て。もしかして。


 「────詩能?」

 「……へ?」


 ぼそりと呟いて靴を履き替えに向かう。菅原さんを置いて。靴を履き替えながら生徒玄関を出る。軽い人混みを掻き分けて校門に向かう。


 「ぁえ、詩能!? 来るってLIMEあったっけ?」

 「してないぞ。ちょーっとしたサプライズ〜」


 にぃ〜っと笑って僕の両頬を両手でおさえられる。


 「さっ、帰ろっ」

 「う、うん……」


 僕が頷くとさらにパッと笑って僕の右腕を取って歩き出した。その時に校舎の方が気になって目を向けると、菅原さんと目が合った。ほんの一瞬だった。だけどその顔と口の動きに目に焼きついてしまった。



 驚きで曇った顔だったから。そして、「うそつき」という言葉が。



[理和が帰った時]


 「────────────……そ、んな」


 目の前で先輩は誰かと親しい感じでした。その相手が誰なのかすぐに分かりました。だって先輩の顔は私と話す時とは違う雰囲気でしたから。その相手は先ほどの先輩の言葉が思い浮かんだ。


 ────詩能、さん。


 恐らく……ううん、きっと先輩が話しているのはその人。だから……あ、この気持ちは。


 ────私、失恋……したんだ。


 それが認められなくて、悔しくて、泣きそうで、辛くて、苦しくて……。


 「────────────」


 つい口が動いてしまった。そしてそれを見られてしまいました。


 「…………っ!」


 その瞬間、私は生徒会室に脱兎の如く駆け出す。


 「────、っ……ぁ、ハッ、はっはっはっ……っぁ、はぁ〜……」


 扉に背を預けてズルズルと座り込む。両膝を抱え直してうずくまる。


 「……ふっ、っ! ……!」


 自然と涙が溢れ出ます。知らなかったから。ううん。知りたくなかった。先輩に彼女さんがいるなんて。




 ────あぁ、こんなことなら人を好きになるなんて思いたくなかったなぁ。


♦︎


[1週間後]


 菅原さんがどうやら連日休んでいることを知った。体調不良なのだろうか? とも思ったがどうやらそういうわけでもないらしい。


 「理和くん」

 「……あぁ、伊織。どうしたの?」


 昼休み。伊織さんがクラスを訪ねてきた。手招きをするのでついていく。


 「メイリヤくんが連日休んでいることは知っているね」

 「あー、うん。理由までは分からないけど。伊織は知ってるの?」

 「ワタシもそこまでは知らないよ。けれど……」


 伊織さんは意味ありげな顔をしてから僕に紙切れを渡す。


 「……これは?」

 「放課後にそこに行くといいよ。ワタシよりきみが適任だろうし」

 「…………?」


♦︎


[放課後]


 紙にメモされていた場所をスマホの地図アプリで検索してそこに行くと、そこには【菅原】と表札が掲げられていた。


 「…………ここって」


 恐らく、そうなんだろう。僕よりも顔の広い伊織さんのことだ。菅原さんの友達から聞いたんだろう。けどなんで僕にこんなとこ……。


 ──────ピンポーン。


 取り敢えず、インターホンを押す。数秒後にカチャと音がインターホンから聞こえた。


 『……はい。どちら様でしょう?』


 随分大人びた女性の声だった。僕は自分の素性を明かす。


 「すみません。こちらは菅原メイリヤさんのお宅で間違いないでしょうか?」

 『……え、えぇ。私の娘の名前ですが……?』

 「……良かった。僕……私は菅原メイリヤさんの通う、聖円学校の生徒会長で深神狩理和と申します。その……菅原メイリヤさんがかれこれ休まれているとお聞きして……」

 『……ちょっと待っててください』


 それだけ告げるとカチャと閉じられる音がした。数分後、ドアが開いた。中からはサイドテールにしたおっとりとした顔つきの人だった。


 「どうぞ、お入りください深神狩さん」

 「……お邪魔します」


 門扉を開け中に入り軽くお辞儀しつつ家の中に入る。


 「メイリヤは二階の奥にいると思います。顔を出すか分かりませんけど……」

 「ありがとうございます」


 用意されたスリッパを履いて階段を上がる。上がりきったときに目に入った表札が可愛らしい感じで分かりやすかった。


 「メイリヤ。少し……良いかな?」


 3度ノックした後にそう告げると中で多少の物音がしたと思ったらすぐに静かになった。


 『…………な、なん、ですか』


 えらく沈んだ声だった。


 「体調は大丈夫?」

 『……はい。体調は、大丈夫……です』

 「良かった。ご飯とかは?」

 『食べて、ます』

 「そっか。その……休んでる理由聞いても?」


 その時にゆっくりと扉が開いた。


 「…………先輩」

 「メイリヤ?」


 目元が赤く腫れ上がっていた。もしかして……。


 「……泣いてた?」

 「……! ご、ごめんなさ、きゃっ!?」


 扉を閉めて遠のく声と共に倒れる物音と悲鳴が聞こえた。その声で僕は扉を開けて中に入る。


 「メイリヤ! 大丈夫!?」

 「ひゃっ!? こ、来ないでください!」

 「………………」


 菅原さんは両手を前に出して拒絶をした。


 「め、メイリヤ……?」

 「だめですよ……先輩。その……先輩には、詩能さんって人がいるんですから」

 「………………どこでそれ、を……っさか」


 菅原さんは頷いた。そしてゆっくりと口を開いた。


 「……先輩、あの時…………覚えて、ますか? 校門に向かう前に、名前言ったんですよ」

 「そう、だったんだ」

 「私、嫌、なんです。……結局、勝手に羨望して、勝手に惚れて……勝手に、嫌に、なって。……れで、こんな風に……泣いちゃって。もう、私のことが嫌いです」


 今の菅原さんの姿は、とても小さく見えた。両膝を抱え込んで、僕に一切目を合わせてはくれなかった。


 「…………メイリヤ。……黙ってたことは、ごめん」

 「……今更謝るんですか」

 「ごめん……」


 一応扉を閉める。そして菅原さんの目線に合わせるように座る。それでも菅原さんは目を合わせず、膝を抱えてそっぽを向いた。


 「……先輩はズルい、です」

 「ズルい……?」

 「先輩はとっても優しくて、無邪気で…………そんな、先輩のこと……」

 「待った。それは……」


 菅原さんは首を振ってようやく目を合わせてきた。


 「もうきっと言うことはありません。……だから、今……言いたい、んです」


 泣き腫らしている目は真剣だった。僕はその目を見つめて頷く。すると菅原さんは抱えた膝をおろし正座した。


 「先輩……。理和さん。私は、……深神狩理和さんのことが好きです」


 とても真っ直ぐな感情だった。それはとても純粋な好意なのが痛いほど伝わった。だからこそ断るのが恐ろしかった。だから何度も口が開いては言葉が出なかった。


 「……大丈夫です先輩」

 「……………!」


 覚悟の決まった声と顔だった。だったら……その想いに応えるしかない。


 「──────────、…………ごめん」

 「……ぷっ、……っ、どうして先輩が、くふっ、そんな顔するんですか」


 口を手で隠しつつ笑う菅原さん。今初めて見たかもしれない。


 「……いや、それはその」

 「分かってます。先輩、優しい嘘つきさん、ですもんね」

 「……う、嘘つきじゃ…………いや、うん。そう、だね。僕は……嘘つき、だね」


 僕は困ったように笑って頷く。確かに僕は嘘つきだろう。僕はただ謝ることしか出来ない。


 「先輩」

 「えっ? ん、んんっ……!?」


 身を乗り出され、その反動で後ろに背を後ろに退け反らせたけど菅原さんの顔が間近にあった。それと口に柔らかな感触がした。ちゅっと音と共に顔が離れた。


 「め、メイ、リヤ……?」

 「…………ふふふ。でも……私、諦めません。だけどもう告白もしません。でも先輩の心に私は居ます、よね?」


 いつもの……いや、なんというかちょっと大人っぽくなった顔付きで笑った。菅原さんの言うとおりだった。

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