23.体調不良に甘えること

♦︎


[ゴールデンウィーク前]


 目を覚ますと詩能さんは先に起きてたようだ。体を起こそうとするけれどなんか重かった。


 「う……あ、れ?」


 頭の中がぐわんぐわんする。頭をおさえながら起き上がり、ベットから降りる。


 「おはよう理和……って大丈夫か?」

 「え……あぁ、うん。大丈夫」


 多分すぐに良くなる。そう思ってクローゼットを開ける。ごそごそと体のダルさをそのままに着替える。


 「朝ごはん、食べるだろう?」

 「ん。食べる。だいたい僕がやらなきゃなのにごめんね」

 「ふふっ、いいさ。私も料理くらい出来るんだぞ〜」


 着替え終わった後、詩能さんは僕のそばに来て、ネクタイを結ってくれる。あっ、この香り。


 「この前の香水……」

 「んっ。ふへへ、やっぱり気付いたか。お前が好きって言ってくれたヤツだ。良し、ネクタイは大丈夫だな」

 「ありがとう詩能」


 ぽんとネクタイを掌で優しく叩き僕の手を取ってリビングに向かわせてくれる。


 「あっ、鮭だ」

 「あぁ、そうなんだ。ちょうど魚焼くのもあったからな。活用させてもらったぞ。あっ、そうだ。私は母上からは和食しか習ってなくてな」


 苦笑しながら対面に座って手を合わせた。僕もそれに倣い、手を合わせてお椀から口につける。


 「ん……すごいじんわりする。……んま」

 「そうか……」


 僕がほわっと笑うのに合わせて優しげに微笑ってくれる。詩能さんの作るものは本当に美味しい。とても口に合うし、優しい味。


 「毎日食べたいな」

 「……へっ?」

 「……ん? どうしたの?」

 「えっ、あっ、い、いや。なんでもない」

 「……?」


 詩能さんの顔が急に赤くなったけど何かあったかな?

 僕はそれが思い当たらないまま朝ご飯を完食した。


 「それじゃあ大学行ってくるな」

 「うん。行ってらっしゃい、詩能」


 マンションの外で玲音さんが待っていて、それを見てから互いにそう言ってぎゅぅっと抱き合う。僕は詩能さんの漂う香水の香りをより感じるように首筋に顔を埋もれる。


 「り、理和……っ?」

 「……あ、ごめん」


 なんだろう。今日の僕は少しおかしい。バッと離れて早足でマンションを出る。


 「あら、おはよ。理和」

 「ん、お、おはよう」


 玲音さんとすれ違いになり、軽く挨拶して僕は学校に向かった。


×


[理和とわかれて]


 「ねぇ、理和大丈夫なの?」

 「や、やっぱり……少し変、だよな?」


 理和が歩いていった方を見ながら玲音と話をする。そういえば起きてからも変だった。


 「理和からあまり来ることも……あ、あるにはあるが……何かあるかもしれないな」

 「ふーん……一応伝えといたら?」

 「そうだな。杏香あたりに伝えておこう」


 頷いてLIMEを開いて杏香にメッセージを打つ。


 『あっ、おっはよ〜!』

 『(おはようのスタンプ)』

 『杏香、理和を見ててほしい』

 『ほぇ?

  なしたのー?』

 『それがよくわからない

  だがもしかしたら体調悪い

  のかもしれん』

 『ありゃ

  お兄ちゃんってば自覚なしかー

  おっけ〜!

  見とくね!

  あっ創くんにも伝えとくねー』

 『よろしく頼む』


 「良し、これで大丈夫だろう」

 「それじゃあ行きましょ」


 スマホをしまいつつ大学に向かう。


♦︎


[学校]


 授業中もどこか集中出来なかった。というか寒い。


 「んなぁ、おい。大丈夫か?」

 「……大丈夫」

 「……そうか」


 創にも心配させたかな。前に向き直す創の背中を見つめて心の中で謝罪する。そうして過ごす4時間目。板書をノートに書き写す。その動作すら今は煩わしい。ダルい。そして昼休みになった。


 「あ、おいっ、理和」


 鞄を手に創の声を無視して廊下に出る。いつもみたいに生徒会室に入る。


 「…………ぁ、っんだこれ」


 無造作に椅子に座って背凭れに深く背を預けて天井を見上げる。頭のぐわんぐわんとしてるのが朝より酷くなっていた。ダルさもより大きくなっていてこのまま沈んでいってしまいそうに思う。


 ──────ガララ。


 「あ、やっぱり先輩だったんですね」

 「…………あぁ、……か」

 「ふぇっ!?」


 扉の方を横目で見てから目線を戻しつつ目にあてがっていた左腕を退かす。


 「……あ、あの先輩。体調、大丈夫ですか?」

 「だ、いじょうぶ……。それよりどうしてここに?」

 「あ、その。先輩がこちらに来るのが見えたので……」


 そう言いながら菅原さんは隣に来る。


 「し、失礼しますっ」

 「ん……?」


 菅原さんの手はひんやりしていた。あ、心地良い。


 「す、すごい熱じゃないですか! どうして学校に来たんですか!?」

 「起きた、時には大丈夫だったんだ。けどやっぱり……風邪引いたかぁ」


 ははっと僕は笑う。風邪引いたのはどれくらいだろう。もう長いこと引いていないだろう。


 「わ、笑い事じゃないですよ! 保健室行きましょう!」

 「あー、うん。そうだね。そうするよ」

 「手伝います」

 「いや、大丈」

 「ダメです。手伝いますから」


 珍しく押しが強かった。僕は頷いて、菅原さんに寄りかかる形で動く。


♦︎


[保健室]


 ベッドに横になりながら熱を測った。すると38.5度という結構な高熱だった。


 「先輩、もう帰ってくださいね」

 「わ、わかった。その……も早く戻った方が」

 「少しくらい大丈夫です。先輩はいま連絡できる人いますか?」

 「あー……スマホ、どこだっけ」


 制服を弄る。ポケットに入れたままだった。LIMEを開いて誰に送ろうか。


 「…………いっか」


 詩能さんのトークをタップしていつもよりゆっくりと文字を打つ。


 『ごめ

  かぜひいた』


 変換出来なかった。まぁでもいいだろう。今はそこを確認するのも面倒くさい。


 『やっぱりそうだったか』


 すぐに返信が来た。今授業中なのでは……?


 『お前が心配だったから

  ちょくちょく見ていたんだ』


 あぁ、なんだ。バレてたんだ。やっぱり詩能さんはすごいや。


 『終わったら迎えに行くから

  保健室だろう?』

 『うん』

 『わかった

  今は寝ているんだぞ理和』

 『ありが

  とう』


 それだけを送って画面を閉じてパタっとそのまま手を倒す。


 「……ありがとう」


 それだけを呟いて僕は意識を手放した。次に起きた時は見覚えのあった天井だった。



[理和が眠って]


 「……ありがとう」


 先輩はそう言ってすぐに眠りました。きっと起きてから今まで耐えていたんでしょう。眉根がぎゅっと寄っていたのがゆるゆると弱まっていくのを目にしました。


 「……やっぱりさっきの」


 生徒会室で呼んでくれたのは無意識だったみたい。あの後はいつもみたいに苗字でなんというか距離を感じます。私だって。


 ────私だって、先輩に名前で呼ばれたい。


 今まで感じたことのない感覚が胸の中で芽生えてきゅっと胸をおさえる。


 「………………ぁ」


 ゆっくりと先輩の寝顔に目を向ける。そしてある一点に視線が寄る。


 ────だめっ。それだけはだめ。だめだよ私。


 でもこの感覚は……。


 ──────ギシッ。


 「──────────、…………」


 ──────ギシッ。


 私は、先輩に……。


×


[学校へ]


 講義を終えて早々に学校に向かった。


 「やーっぱり風邪引いてたのね」

 「そうみたいだ。すまない玲音。来てもらって」

 「いーのよ別に。心配なのは同じだし」


 事務員に話を通し、保健室に向かう。扉を開けて中に入ると窓側のベッドにカーテンが引かれていた。


 「ぐっすり寝てるわね」

 「まったく。良い寝顔だな」

 「これで風邪引いてるんだもねぇ。まっ、いいわ。あんたたちのマンションで良いのよね?」

 「そうだな。運ぶとしよう」


 ゆっくりと起こさないように体を起こしておんぶするように背負う。


 「ふ、っぐ……っ!」

 「ちょ、大丈夫なの?」

 「ぐ、っふふ……これ、でも……鍛え、始めた……からな。こ、これくらい……!」


 確かに理和は背丈もあってその分筋肉質な分重かった。


 「……うだ。玲音」

 「な、なに?」

 「創を呼んでおいてくれ」

 「え、どうしてよ?」

 「り、理和の……着替えを、だな」


 私がそう言うと玲音はなんというか呆れた顔をしていた。


♦︎


[寝室]


 「……んっ、ん……?」


 ゆっくりと瞼を起こす。あ、見知った天井だ。


 「体は大丈夫か?」

 「えっと……まだちょっと」

 「そうか。一度熱を測ろう」

 「ありがと」


 温度計を受け取って熱を測る。90秒後音が鳴り、脇から取り出す。


 「3……7.4? 保健室で測ったより下がってるね」

 「そうなのか? 良かった。これ、薬とポカリ。お腹、減ってるか?」

 「ん……大丈夫。何も食べてなかったから何か食べたい」

 「ふふ、そうか。じゃあ待ってて」


 詩能さんは微笑ったまま寝室を出ていった。その時にようやく額の違和感に気づいてそっと撫でる。冷えピタだった。貼ってくれたのだろう。お礼、言わなきゃな。


 「すまん。待たせたな」

 「んーん。大丈夫」


 少し待ってたら詩能さんは小さな鍋をお盆に乗せて寝室に戻ってくる。ベッド横に移動して、僕の脚の上に置いた。


 「あ、これ」

 「あぁ。鮭のお粥だ。今取り分けるから待っててくれ」


 取り分け用の器によそって、レンゲで一口掬ってふーふーした。


 「えっ、う、詩能?」

 「ん? あぁ、ふふっ。はい、あーん」

 「あ、あー」


 なんというかそこまでしなくても良いと思いつつも素直に従い、お粥を口に含む。口の中でお米の甘さと鮭の塩味が広がり、数度咀嚼して飲み込む。


 「どう、だ?」

 「ん、うん。美味しい」


 詩能さんはほわっとはにかんでまた食べさせてくれた。もうこの際、あーんは慣れるように思い始めた。30分ほど味わうようにお粥を食べ切った後、渡された風邪薬を飲み込む。


 「ありがとう詩能」

 「ん? どうしたんだ? 急に」

 「ん……いや、その……なんでもな、くはないな……うん。詩能。こっち、来てくれる?」


 詩能さんが近寄ってくれて、ベッド横に来てくれたのを見てそのまま詩能さんの腰に両腕を回してお腹に額を当てて抱き締める。


 「えっ、ぁ、り、理和?」

 「……ごめん。ちょっと……」

 「……ふふっ、そうか。仕方ないな」


 詩能さんは微笑いながら僕の頭を撫でてくれた。詩能さんの手はほんわりとあったかくて知らずのうちに僕は笑っていた。


 「……ありがとう詩能。もう、大丈夫」

 「そうか? このまま一緒に寝ても良いんだぞ?」

 「あ、いや……さすがに風邪移っちゃうよ」

 「ふふっ。私は良いんだぞ? お前から移されるのは」


 結構長い間抱きしめていて抱擁を解くと、詩能さんは朗らかに笑いつつベッドに寝かせてくれて、寝室の電気を消して隣に入ってくる。


 「でも……良いの?」

 「あぁ。こうして寝れば治るだろう?」

 「……じゃあ、その。……ぎゅってして良い?」

 「あぁ、良いぞ」


 まだ朝に香った香水の香りが仄かに残っていて、良い匂いだと感じながら、詩能さんの胸元に顔を埋もれて目を閉じる。


 「あったかい……落ち着くよ」

 「ゆっくり眠るんだぞ理和」

 「ん、おやすみ詩能」

 「あぁ、おやすみ理和」


 とくん、とくんと心地良い心音を耳にまた目を閉じる。

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