6.多くの初めてと変化

[1週間後、昼休み]


 初めての放課後デートをしたあと阿佐上さんの時間があれば事あるごとに一緒にいた。僕の取り巻く環境が代わり、気にはしていなかったけれど噂も立ち始めていた。


 「だいぶ噂でけぇよなぁ理和」

 「みたいだねえ」

 「みたいだねってお前ってほんとそういうのに興味ないんだな」

 「だってほんとに興味ないし」


 4時間目の授業終了後、購買に行く斉藤くんの付き添いで廊下を歩いているのだけどちらほらとこっちに視線が刺さる。


 「でもまぁあの会長さんは人気者だからなぁ」

 「みたいだね。カリスマ性って言うのかな。詩能さんはそういうのがあるよね」

 「へぇ。お前でもそういうのは分かんのな」

 「鈍感だと思われてる?」


 購買まで来ると行列が出来てた。


 「珍しいね。こんなに並んでるの」

 「あー確か今日はカツサンドがあるんじゃなかったか?」

 「そうなんだ。斉藤くんは買うの?」

 「んー……今はそんな気分じゃないな」

 「そうなんだ」

 「あぁ、そうだ。なぁ、今日の放課後ヒマか?」

 「んー、どうだろ? そうだけど。どうして?」

 「相手してもらいたいって思ってな」

 「そうなんだ。どれくらい?」

 「俺が満足するまで」

 「だいぶ掛かりそー。まぁいいけど」


 斉藤くんは結局、親子丼を買った。それもだいぶカロリーあるんじゃないの?


♦︎


[放課後。武道場]


 予備の防具、竹刀を借り、順繰りに防具をつけていく。


 「ルールは公式ルール準拠、だっけ?」

 「審判いないけどなー」

 「それならば私たちがしよう」

 「……あれ、なんで詩能さんたちが?」

 「わたしが頼んだんだ〜」

 「あたしはルールそこまで知らないんだけど〜?」


 装着し終え、互いに向かい合う。


 「あ、そういえばわたしもしらないや」


 2人ともー? じゃあなんで来たんだ。


 「ははっ。あいつら、ただの興味で来たんだろうなぁ。ほら、お前って部活入ってるわけじゃないだろ?」

 「そうだね。それなら仕方ないか」

 「割り切るの早いな」


 しゃがんで、互いに一礼。立ち上がり、竹刀一本分の距離を取り、正眼の構えになる。


 「準備はいいな?」

 「まずは一本貰うからな理和」

 「はじめ!」


 阿佐上さんは手を振り下ろすと同時に斉藤くんはダンッと一歩踏み鳴らしながら竹刀をしならせながら一閃する。


 ──────バシィイッ!


 半歩こちらは下がりつつ払い落とす。斉藤くんは払われながらも怒涛の勢いで攻め込んでくる。有効打になり得るものをなるべく弾きつつ最低限の足運びで一定の距離を保つ。まだ攻める時じゃない。


 「……ハッ、ァアッ!」


 手首だけ動かし竹刀の剣先を鎖骨付近の防具に掠る。


 「……っ」


 予想より斉藤くんのリーチが長かった。いや。伸びた気がした。


 「どうして理和は攻めないの?」

 「機会を窺ってるんじゃないかなぁ」

 「でもこれじゃあ斉藤の攻め勝ちじゃない?」

 「どーだろねぇ〜?」


 斉藤くんの打ち込みを凌ぎつつそんな2人の声を耳が拾う。まぁ、今は斉藤くんが有利だよね。これでも有段者だし。僕はやらなくなって久しいから防戦一方なのも気を窺うのもあるけど感覚を掴む為なのが大きい。そしてそれを斉藤くんは分かってる。僕がさっき構えた時、斉藤くんが目を細めたのを面から見えた。そして今の彼の目は「まだ攻めないか?」という疑心と期待に満ちた目をしていた。


 「……!?」


 足を置いた時滑り、体勢が崩れる。斉藤くんはそれを見逃すわけもなく、振り下ろしてくる。僕はサッと竹刀を掲げて防ぐ。


 「どうした理和。まだ来ないか?」

 「…………そんなに待ってるなら、行かせてもらおう、かなっ!」

 「うぉっ!」


 立ち上がりながら、振り払う。すぐに体勢を立て直し、距離を詰めつつ右袈裟で振り下ろす。鍔迫り合いになり、ほぼ距離なんてなく、面越しで見つめ合う。


 「なんだよ。そんな目も出来るじゃねぇの」

 「せっかくの打ち合いだから、ね。それに、カッコつけたいのはきみもなんじゃないの?」

 「違ぇねぇ」


 籠手の拳を合わせ、互いに押し合い、離れる。そして示し合わせたように互いに上段に振り上げ打ち合う。


 「怨讐ボスの頃からやってみたかったんだわこういうの」

 「そうなんだ。初耳だね」

 「言ってないしな」


 打ち合い、鍔迫り合いする度に話をする。少し緊張感無いかもしれないけど。


 「ハッ!」

 「シッ!」


 斉藤くんは唐竹割りを。僕は袈裟を放つ。打ち合い、離れた瞬間が勝負。


 ──────パァン!


 「一本!」


 今の感覚的には。


 「俺の勝ち、かな」

 「あと一歩だったなぁ〜」


 左籠手からの振動で少し左手が震えている。


 「惜しかったな理和」

 「そうだねぇ。久しぶりによ」

 「おっ! もっかいやるか〜?」

 「言ったな? 次は勝つよ。詩能さん、引き続き頼むよ」

 「任せろ。両者構え!」


 指定の位置にまた立つ。先で同じように構える斉藤くんと目が合う。次は……


 「はじめっ!」


♦︎


 久々に斉藤くんと数回の試合を終えたあと、床に胡座をかいて感慨に耽る。


 「あ゙〜……楽っのしかったなぁ〜理和」

 「そうだね。結局、僕の2敗とはね」

 「アレ以降全部勝つつもりだったのかよ」

 「そりゃあね」


 傍らに置いた竹刀に目を落とす。


 「理和。はい、タオル」

 「ん? あぁ、ありがとう。こうすることなかったから持って来てなくてありがたいよ詩能さん」

 「理和は経験者なのか?」

 「うん。だいぶ昔だけどね。だからブランクで勝てるところを多く逃してたと思う」


 ふわっとした触り心地で額に浮かんでいる汗や流れた汗がしっかりと吸ってくれる。それとホワイト系の良い香りがした。


 「あれ、そういえば、杏香と玲音さんは?」

 「あーそういえば途中からいなくなってたよな」

 「あぁ、あの2人であれば飲み物を買ってくるといって出ていったぞ」

 「あぁ、そうなんだ。教えてくれてありがとう」


 会話もそこそこに僕と斉藤くんは試合後の余韻でぼーっと虚空を見つめる。


 「斉藤くん」

 「んー?」

 「今日はありがとう。久々にやってよ」

 「…………」

 「理和、今……」

 「? どうしたのさ2人とも。まじまじと見つめてきて。僕の顔に何かついてるのかな?」

 「……いや、何でもねぇよ」

 「あぁ。……今確かに」

 「…………?」


 この時、僕は気付いてなかった。自分でそんなふうに口にしてたこと。ことを。


♦︎


[18:49 帰路]


 その後、いつも通り阿佐上さんと帰る。


 「理和、気になったことがあるんだが良いだろうか?」

 「何かあった?」


 阿佐上さんは立ち止まり、じっと顔を見つめてくる。実はさっきから視線が顔のあちこちに飛んでいたのだ。


 「んむ……ひ、ひょっ、な、なに?」


 突然、口の両端に指を当てられ、むいっと引っ張られた。


 「……ふむ、やはりそうか」


 何があったというんだろうか。こんなことをするなんて。


 「やっぱり気付いていないんだなお前は」

 「……?」

 「さっきのお前、んだぞ?」

 「え、ほんとうに? そんなまさか……」

 「私が見間違えるはずない。ずっと見てきたんだ。お前は今まで仏頂面で能面みたいなお前が、あの時だけは本当に楽しそうに笑ったんだ」


 真剣な顔付きで言われ、その表情に何も言えなくなった。嘘だとは考えずらい。だって阿佐上さんは嘘をつく時、のだから。だからこんなことで嘘は言わない。じゃあ、本当に……笑っていた?


 「なぁ、理和。どうしてそこまで自分の感情に蓋を閉ざしてしまったんだ? 一体、昔のお前に何があったんだ?」


 僕の根底を探ろうとするその目を見れない。こうなった原因を言いたくはないからだ。言ってしまったら、僕は──────……。


 「──────、ごめん。言えない。……今は言いたくない」

 「……! そうか。なら深くは聞かないよ。私はお前がちゃんと言えるまで待つからな」

 「……ごめん」


 言いたくない理由は分かっている……つもりだ。僕は阿佐上さんにからだ。


 「だが、そんなに眉を寄せているとシワが出来てしまうぞ?」


 阿佐上さんの声音は優しく、眉間に人差し指をぐりぐりされながら、その顔に目を合わせる。


 「どれくらい待ってくれる?」

 「お前の覚悟が出来るまで」

 「それって────」

 「あぁ。ずっと待ってるつもりだ。私は良い性格しているからな」

 「自分で言うんだ」

 「実際優しいだろう? 私は」

 「まぁそうだね」

 「それとな。私は好きなものがあるんだ。お前と手を繋ぐことも、声を聞くことも、こうして歩いていることもそう。あとは、ぎゅうってしているときのお前の心臓の音も」


 好き。その二文字はどういう意味なんだろう。僕には持ち合わせていないソレはどういう感じをしているんだろう。


 「理和。お前はどうだ? 私のことどう思ってる?」

 「────────────……一緒にいるのが心地良いと思ってる」

 「他には?」

 「温かい。冷めた体が詩能さんの手で和らいでいく感覚が起こることがあるんだ。触れ合えば触れ合うだけ」


 阿佐上さんの瞳に映る僕の目は依然変わらない。けれど、その様子は縮こまった子供がするような眼差しに見えた。


 「詩能さんが僕の鼓動でそう思うなら僕はきみのを聞いたら同じように思えるのかな」


 自然と呟いた言葉に僕自身驚いた。阿佐上さんは微笑んで軽く腕を広げた。


 「ならば試してみよう。ほら、来ていいぞ理和」

 「……けどここ道端」

 「良いから。ほら」

 「ちょっ!?」


 ──────とくっとくっとくっ……。


 確かに聞こえた彼女の鼓動は少しだけ速かった。見上げれば自分からやったくせに顔を赤くしていた。


 「ど、どうだ?」

 「少し、速いかも」

 「む、そ、そうか。わ、私もいつだってこうして胸を貸してやるからな」


 少し早口でそう捲し立てて一向に離してはくれなかった。ただ、その鼓動に目を伏せて聞き入れる。速くとも、優しい音。落ち着く音。


 「────詩能さん……待ってて。いつかちゃんと言うから」

 「待ってる」

 「それまではまだ……まだ、この関係でいたい」

 「分かった。、だからな」

 「うん」


 ────その時までには僕は、向き合うよ。


×


[21:39 風呂場]


 帰り道、私は踏み込みすぎた、と思う。理和の過去が私は知りたい。それはこの関係を始めた時から……いや、彼という人を知ってから。

 湯船に浸かりながら思い返す。理和を見たのは去年の入学式。たった一人だけ雰囲気の違う生徒がいた。それが彼だった。ただ感情の起伏が乏しいだけだと思っていたけど違う。


 ────自分の中の何かを拒絶してる。


 それだけじゃない。こうして語り合って、触れ合って分かった。理和は恐れてるだけなんだとも。何が彼をここまでさせたのだろう。よっぽどのことがない限りそんなことは起きないはず。気になりすぎてモヤモヤする。


 ────ダメだダメだ。自分からは行かないと決めただろう。待つと約束したんだ。だから待とう。


 湯船に浸かりすぎたかもしれないな。上気のぼせる前に上がろう。


 「────はぁ」


 でも、ただ待ってるだけではそれもまたダメな気がする。お風呂から出ながら私は思案し続けた。


♦︎


[『SBO』、第一の島──アインスブーセ]


 阿佐上さんに弱みを見せてしまった。見せるつもりなど毛頭なかった。単純に彼女の優しさに絆されたから。


 「……っ、はぁっ!」


 違うだろう。絆されたんじゃない。あのまま甘えてしまっても良いと思ったんだろう僕は。


 「せぇやっ!」


 分かってる。このままじゃダメなことくらい。でもどうすればいいというんだ。もし、言ってしまったら……。


 「そ……んなわけ、ないだろっ!」


 今まで何を見てきた。何を感じて来た。詩能さんがそんなことをする人じゃあないだろう。


 「────────────……、っはぁ、はぁ……分かってる。このままじゃダメなことくらい」


 今初めて僕はあろうとしている。けれど怖い。嫌われることが。距離を置かれることが。だから今まで友達なんて作らなかった。斉藤くんはこんな自分でも友達でいてくれた。


 『お前って変わってるよなー』

 『でもそういうとこは俺はいいと思うぜ』

 『ま、色々あらァな。俺はさ、何かに打ち込みたかったんだよな。それが剣道コレだったわけだ。お前も見つかるといいな』


 最初から距離が近くて、煩わしいと思うこともなく、スルッと壁を乗り越えてきた。僕はそんな彼のことは好ましいと思っている。


 『なぁ、お前の妹ちゃんさ、良い子だよな』


 突然そんなことを言われた時は何言ってるんだと思った。そしてどうやら杏香のことが好きらしいということも。友達というのはこんなふうに語り合うのだろう。僕はそんな関係を崩したくない。過去は誰にも離していないから。


 「……っはぁ。帰るか」


 今まで数えきれないほどの機械人形を倒した。今はちょっと……もういい。メインメニューを開いてログアウトをする。


[理和の部屋]


 起き上がりながらヘッドセットを取る。


 「────?」


 その時、ぱたたと水滴が垂れた。良く分からず窓ガラスに顔を向ける。


 「……これは」


 そっと顔を拭う。透明の水が頬を伝っていたのだ。なんで泣いて……。


 『待ってる』


 ふと阿佐上さんの顔と声が浮かんだ。優しい顔でそれでも真剣な目で。


 「……ふ、っ……ぐ、ぅ……」


 ────裏切りたくない。


 とても久しぶりに泣いた後、涙を拭って、スマホに手を取る。



 今変わらなきゃダメなんだ。嫌われてもいい。それでもこの選択を後悔したくないから。

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