㉓ 軸と輪





「ふわわわわオカシラぁぁ・・・・ってあれ? なんともないぞ?」


 数十歩ほど離れたそこでは負傷者を庇ってヒトが折り重なっていたのだが。


「なんだに? あ、うほ、ヌイのにーさんあっちでぶっ倒れてるんだなやっ! はよ助けなアカンでしかしっ!」


 不思議と、そこに裂砕音は届かなかった。


 それどころか声が反響することもない。


「うっく。しかし・・・こんな禁じ手を隠し持っていたなんてねぇ。

 くく、キぺ君を見くびっていたようですよ。あ、痛てて。


 ・・・ほら、手を貸すんだルマ君。男だろ、この後片付けはボクらの仕事だ。」


 ニポを守っていたパシェとダイーダに被さっていたハクの傍には、思いがけないことにルマがいた。


 どうやらニポを助けようとここまで体を引き摺って駆けつけてくれたようだ。


 ボロウに心を許したユクジモ人青年の、それは罪滅ぼしだったのかもしれない。


「フンっ。・・・んくっ、まずはケガ人を運ばねばな。


 おいチビウサギ、貴様は先に行って必要な用具や薬を集めろ。


 ・・・それと、これを持っていけば『フロラ』にもハナシは通じる。ファウナどもの知らぬ高薬を俺たちは持っているからな。


 ・・・おい待てチビウサギ。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・手当て、ありがとう。」


 そう言ってルマは[十葉樹]の刻印された額当てをシーヤに手渡す。


 八つの人種・古来種・神代種のすべてをひとつに、と謳われたのが[十葉樹]。


 フロラからファウナへ、それは今、手渡された。


「けっ。ったくタメすぎだっつんだツンツン坊やはよぉ。


 だけどま、もらっといてやるよ。その額当ても、その言葉もよ。


 かははは。ハクラは言わなかったから後で傷口にケリ入れてやるから覚えとけ。

 じゃ、いくぞ四苦八苦。


 ・・・やれることはやる。・・・できなくったってやるから見とけよハクラっ!」


 刺された三人に今のところ炎症や化膿は見られなかった。

 第八人種が支配していた菌界だからヘタな雑菌は極端に少なかったようだ。


「あ、はい! それにしてもハク、よくやってくれました。


 ・・・ボ、ロウさんは・・・


 い、今は、力持ちが必要ですからもう少しだけがんばってください。


 それとルマさん。・・・今度はシーヤさんのじゃなくて私の手を取ってくださいね。それでは。」


 ボロウからシーヤへ、そしてシクロロンへとその手が伸ばされる日も遠くないのかもしれない。

 ただしそれがルマたち『フロラ木の契約団』の、ファウナ社会への迎合とは直結しないだろう。


 しかしそれでも、道は拓かれたと綴って間違いはない。


「終わっ・・た、のか。・・・シペはっ?


 ・・・・・ン? 


 なんだよ・・・・・・


 オイ・・・まだ、終わってねぇってコトかこりゃ?


 いるんだろそこにっ! 


 どういう風の吹きまわしだ、エレゼっ!」


 裂砕音で原体すべてに「死の音」を響かせ滅ぼせたのは、ひとえに打ち鳴らされたキペの一撃の大きさによる。


 いくら離れているとはいえダジュボイたちがその「死の音」を浴びてこうも無事であれるはずがないのだ。


 たとえば、「ウラオト」を用いて相殺しなければ。


「ふふ、さすが察しがいいねぇダジュボイくんは。


 ・・・でもさ、ボクが来て一番驚いてるのはキミだろう、スナロアくん?


 さ。聞かせてもらうよ。

 ・・・カロの、

 ・・・いいや。そのために来たんだ。」


 残響の漂わない中、錐弦を弾き続ける痩せこけた老人がそう問うて歩み来る。


「・・・ああ。頃合いかもしれぬなエレゼ。

 ただその前にそこの者たちは通してくれぬか。大事に備えるための用意がある。」


 誰だろう、とその楽器弾きを眺めていたシクロロンたちを促す。


「もちろん構わないさ。邪魔しに来たんじゃない。見届けに来たんだからねぇ。」


 ふふ、とシワを寄せて笑むその老翁の横をシーヤたちは駆け上がっていった。


「これが、私の罪だ、エレゼ。


 ・・・恨むなら恨むといい。命を奪いたければそれも受け入れよう。その覚悟でここまで下りてきたのだからな。」


 それはまるで。


「オイどーいうことだ兄貴っ!


 アンタ・・・まさか最初っからこーなると分かってて・・・?


 くそっ! フザケんじゃねぇぞオマエっ!


 どれだけの犠牲が出たと思ってんだっ! ハナから腹括ってたオレたちや野望に手を染めたジニたちが野たれ死ぬならまだ道理だっ!


 だが死んだのはカロとボロウだぞっ!


 シペやニポだってどーなるか知れねぇんだぞっ! オマエわかってんのかスナロアっ!」


 この一幕がスナロアの仕立てた寸劇であるかのようで。


 気に入らなくて、気に食わなくてダジュボイはスナロアを殴りつける。


 何かを、わかりながら。


「うぶっ・・・・それも、道理だダジュボイ。」


 倒れた拍子にはだけた聖衣。


 あらわになったその肌には夥しい黒い斑があった。


「それくらいにしてあげてよダジュボイくん。スナロアくんだって迷っていたはずだ。


 その目が、何よりの証拠だろう?


 そしてだからモクくんの誘いも断り続けてきたんだよね?」


 膝を折り語りかけるエレゼに、スナロアはその両目を開いてみせる。


「見透かされていたのか。


 ふくく、そうだな。そなたの言うとおり私の息は長くない。そう、思っていたのだが。


 もし気の持ちようでこの寿命が変わったとするなら、それはおそらくシペに出会ったからだろう。


 あの者にすべてを賭けたい、委ねてみたいと思った心に偽りはない。


 そしてだから・・・もしかしたら、これほどの命を積むことなくユニローグと対峙できたのではないかと思った。信じた。


 ・・・しかしこれが結末だ。


 私が手を引いていれば、あのままコロナィで死んでいれば、こんな無惨な結末を迎えずに済んだのかも知れぬな。」


 そこにあったのはカロと同じ、虹目だった。


 語り部として 〈時〉を細工できる肉体だったためにそんな病に冒されながらもスナロアは生きながらえることができた。


 しかし虹目の症状を引き起こす不純物や老廃物の排出が滞る奇病は、王斑という新たな奇病までをもその身にとどめて命を蝕み続けてきたようだ。


 まだ解明されていない二つの奇病。


 いれぐらのカロより免疫も体力も劣るスナロアには、いつ果てるとも知れないその身を革命の支柱に据えられない、そんな事情があった。


 途中で死ぬだけで他意を生んでしまう立場、その地位はだから、相応の理由がなければいたずらに扱えなかった。


「それはちょっと違うんじゃないですかねぇ。・・・うぐ、よっこら、と。


 ボクが言うのはスジ違いかもしれませんけどねぇ、遅かれ早かれ誰かはココへ辿り着いたはずです。

 あるいはキぺ君たちが独自に、もしくは巻き込まれるなどして。


 情勢は一刻を争っていましたよ、間違いなく。


 もしスナロアさんが罪のヒトならば、ここにいるいったい誰が無辜であれますかねぇ。

 ・・・・禁忌に手を伸ばしたボクらのいったい誰なら無辜であれますか?


 あれますかっ!


 け。・・・ボクだって。・・・・・・・守りたかった。」


 暴れるヒナミを殺し、何の咎もないパシェを斬り、そして仲間と呼べるボロウの首を刎ねたハク。


 ただその心中では、刀を抜いたことより刀で守れなかったことの方がずっと重くのしかかっていたようだ。


「フンっ。・・・・んぐ、今は有事。生き残った者が死んだ者の代わりに進むが摂理だ。

 死者たちに罪を咎められぬよう生き、そして導くが責務。


 嘆いて悔いて戻る歴史などありはしないぞ、父上。


 この名もなき罪の罰を手繰るなら名のない贖いで償うよりほか手立てなどありはせぬ。


 ・・・その身の果てるまで民を導くことこそ、あなたに赦された贖罪なのではないのか。」


 この後悔が、この苦しみがもし「繰り返されぬよう」、でまた同じ悲劇の元となってはすべてが無意味となってしまう。


 拓くしかないのだ。


 後悔を、

 罪責を胸に、


 新たな未来を。


「おいちょっとツンツンやろうっ! ちぺはもうちょっとやさしくあつかえっ!


 ・・・ちぺ・・・もうちょっとだかんな。ヘタばんなよっ!」


 ニポの隣に横たえられたキぺに、斑の黒に覆い尽くされた赤いヒトに、その輝く未来が望めるかは見通しも立たない。


「はは。じきにその二人を運べそうなヒトが到着するよパシェちゃん。・・・ただ、救える状態とは思えないけどねぇ。


 ・・・ねぇスナロアくん。ボクはキミを恨んでもいないし怒ってもいない。


 でも、これがキミの選んだ未来だと受け取らせてもらうよ。」


 エレゼの言うとおりこれはスナロアの選んだ未来だったが、望んだ未来ではなかった。


 掴み切れなかっただけなのだ。


 ただ、その差が犠牲を生み出した。


「構わぬ。どんな謗り、どんな責め苦からも逃れはせぬ。それが罪人・・・私の務めなのだからな。」


 そこへ。



 とたとたとた・・・



「兄ぃちゃああああああんっ!」


 どたどたどた・・・


「待てハユっ! 危険が・・・


 こ、これは・・・ぬっ?


 先の奇術老人かっ! スナロア殿から離れよっ!」


 どうやら回廊の途中で二人を気絶させてエレゼは先に来たのだろう。


 もっともそれは敵意からではなく危険回避のためだったのだろうが。


「いや、よいのだミガシ。

 ・・・そなたが、ハユか――――」


 そこにいるのはやがて教皇となる男と分かっていたハユがしかし


「どこ? 兄ちゃ?・・・あっ! 兄ちゃああああんっ!」


 その脇を抜けて目指したのは


「兄ちゃんっ!」


 真っ赤に染まり、真っ黒に変わり果てた


「なん・・・兄ちゃんっ! どうしたんだよ兄ちゃんっ!」


 兄・キぺだった。


「なんで?・・・どうしたら、・・・どうしたら、誰かっ! 誰か兄ちゃんをっ・・・」


 触れば熱いその体にまだ、「死」は張り付いていない。


 それでも


「団長っ! 誰か・・・誰か、兄ちゃんが・・・し・・・」


 が浮かび上がるのも時間の問題だった。


 だから。


「・・・だいじょぶ。」


 ずっと黙っていた娘が、口を開く。


「へ? あ、ノル坊っ・・・なんだよっ? 兄ちゃんはどうなっちゃうんだよっ!」


 不安が、恐怖が、すがりつくような怒りに似る。


「あたしが、たのんでみる。」


 そう言うとノルはやおら立ち上がり


「オイどーするってんだノルっ! オマエに何ができるっ!


 ニポだってキツいってのにシペは原体吹っ飛ばす裂砕音が直撃してんだぞっ!

 それにたとえ目を覚ましたってヤツは・・・真然体であることには違いねぇんだ。


 ・・・気休めにテキトー言ってんじゃねぇぞっ!」


 声を震わせるダジュボイに構うことなく


「てつだって、ほしい。・・・・エレゼ。」


 声を放つ。


「・・・ノル。やはりそなただったか。

 確かにメタローグならば何か知恵を貸してくれるやもしれん。


 ・・・そしてそれが、おそらくカロの最期の遺志だったのだな?」


 スナロアは膝を折り、そしてまっすぐにこちらを見つめるノルに頷く。


「フン? 何を言っている父う、スナロア。どこからその文脈が・・・いやしかし、歴史を知るメタローグであればそこのファウナ二人組の処置もあるいは・・・」


 原体、真然体、〈契約〉などの知識を有し、打開の一手を描ける者があるとするならそれは世界の四冊本・メタローグを置いて他にはない。


「は? どういうことですかねぇ? メタローグって、だってハイミンは死にましたよ?」


 だが浮島シオンにてヒナミに火を放たれた大白樹ハイミンは死んだ。


「そうだねぇ。そしてサイウンはボクが殺して、メルはそれ以前に一旦寿命を終えていたから。・・・メルの卵はまだ孵ったか孵らないかくらいだし、何よりその語り部がいないからねぇ。


 ・・・ふふ、だから気付かれないよう〈音〉を隠していたってわけかなノルちゃん。それともずっと傍でカロが悟られないよう〈音〉を細工して濁らせていたか。


 ただ残念だけどねぇ、ボクにはもう「語り部」としての仮構帯干渉能力はないんだよ。

 わかるよねぇノルちゃん。そもそもボクがなぜココには。」


 リドミコに宿った第八人種が大白鴉メルの語り部だっのだが、その師の死は彼らからすでに語られていた。


 そして大白狼サイウン。

 彼はエレゼによって仕留められ、その血を奪われたのだ。

 その血・完全血聖によって廃人寸前の赤目は魔薬の依存症も後遺症も禁断症状も消し去ることができ、未熟なまま堕胎され棄てられていたパシェは健やかに育つことができた。


 もちろんそれを当のエレゼが知らないはずもなく、どこかに隠し持っていたサイウンの血を含んでロクリエの毒から生還したということなのだろう。


 ただ、それは自分に語り部としての能力を与えてくれた師の血。

 想像を超える毒の無効化を恵む一方でその対価は支払わねばならなかったというところか。


 おそらくその対価とは、語り部の能力と資格。

 生きながらえさせ伝え続けるための力も、失われてしまえば常人と同じになる。


 いや、それよりも体に負荷をかけて生きてきたため実年齢より老衰してしまったのかもしれない。


「わ、かってるよ。・・・だからたのんでるの。あたしはたくされただけで、せんせいはよべないから。


 でもあなたならできるかもしれない。

 パシェちんもサイウンのちをもってるからせんせいがきづいてくれるかもしれないけど、いまはよばなきゃいけない。


 メタローグのちをもって、でせんせいをよべるのはあなただけ。「力」をうしなってもおとのだしかたはしってるでしょ。ウィヨカちんにも〈音〉できょうりょくしてもらうつもりだけど、うみのとおくのせんせいに「呼びかける〈音〉」をしってるのはあなただけ。


 ・・・だから、おねがいしてるの。キぺちんとニポちんは、ぜったいにたすけたいの。


 てつだって、エレゼ。」


 苦肉の策としか言いようがなかった。

 相手はアーフィヲと同じ思想を持ってこの世界を転覆させようとした者なのだから。


「オイなんだメタローグだの先生だのってオマエら勝手にハナシ進めやがっ・・・


 はぁっ? オイちょと待てノル・・・


 オマエ、大白鯨ワイグの・・・語り部かよ。」


 小さな小さな大陸・アゲパンにはハイミンとサイウンのみが常駐していた。

 大翼を持つメルは遠いどこかへ時に旅立ち、大海原を縄張りとする大白鯨・ワイグは目撃談さえ聞かれないほど動き回っている。

 そんな師を持つ語り部はといえば、「対話」する資格を与えられたものの、その声が届かなければどうしようもない。


 声を遠くへ飛ばせる「そうんど・かんねぃ」も倒れたウィヨカ一人には荷が重い。

 翻って、エレゼならば先天的に備えている〈音〉の能力でいくらか遠くへ呼びかけることはできるだろう。たとえ叶わずともウィヨカと協力して「ワイグを呼ぶ遠吠え」を描き出すことくらいなら可能なはず。


 そんな老人を頼る方がノルひとりで呼び続けるよりずっと効果的だった。


 そして何よりいま求められているのは一刻を争う「時間」だから。


「ふー。なら行ってみるかい? 幸運にも聖都南岸は湾が開けているからねぇ。小舟でも出してワイグを探すのも悪くない。


 ふふ、とりあえずは一時休戦といこうか。

 キペくんとニポちゃんは僕も嫌いじゃないし、ふふふ、それにあんな二人だよ? いなくなるなんて今後がつまらなくなっちゃうからねぇ。」


 エレゼのハラにまだ何か他意があるかはようとして知れない。


 しかし寿命が差し迫っている中で遂げておきたいことに「キぺたちの救出」を挙げるつもりではいるようだ。


 そもそも「語り部の力」も「若さ」も「切り札」も失ったエレゼに、もう世を転回させる方法などないのだから。


「まてぃエレ公っ! オカシラとちぺをどっかにつれてくってんならアタイもいくっ!

 アタイは『ヲメデ党』をあずかってんだっ!」


 この先にある旅路がどのようなものであれ、居残るパシェに与えられるのは孤独だけだ。


 シクロロンたちなら優しく受け入れてもくれるだろう。しかし今回は大切な二人の命が掛かった話なだけに安穏と帰りを待ちたくなかった。


「どういうこと、ノル坊? 兄ちゃんは助かるのか?

 ん? この女のヒト・・・どこかで・・・。


 まぁいいや。とにかくそんならおれも行くぞノル坊。それとそっちのチビも関わりがあるんだろう? なら一緒に行こう。」


 パシェと大して変わらないチビのハユ。


 しかしその心には少なからず強さは芽生えていた。

 幼さ故に揺らぎやすい自信とはいえ、それはミガシたちオトナが示し、そして育んでくれた誇りでもある。


 最後の肉親となるキぺの一大事にそれを用いぬほど愚かでも臆病でもなかったようだ。


「ったく、ジジババとガキしかいねーじゃねぇか。つってもオレもだがな。


 ・・・はぁ。オレも連れてけ。エレゼが一緒ってのがどーにも気に入らねーからな。


 ノルはこんなアホ面だがちゃんとしてっからな。だがパシェとシペの弟は誰かが傍にいねぇとなんねーだろ?


 んでそいつら二人に「残れ」っつったって聞きゃしないのはワカってるつもりだし、

 ・・・行くべきだ。もう、会えねぇかもしれねーんだからよ。」


 そう吐き出してダジュボイはキぺを背負うミガシを手伝う。


「おう、済まぬ。だが、いい。そちらの婦女子を頼みたい。・・・済まぬな。 


 ・・・しかし要領得ぬぞ、スナロア殿?

 この二人を医法師に診せるだけでは収まらぬということなのか? そして何故ハユのような子どもまで・・・


 ふぅ、まったく。


 事情を説明してもらえれば我が『スケイデュ』からも警護員は出せる。・・・そこだけは覚えておいてもらいたい。


 ・・・して大事ないかルマとやら。お前も手傷を負っているではないか。」


 キペとニポの傷が浅ければミガシひとりで担いでいける。

 ただ、ここは慎重に、ということもありニポはルマとハク、ダジュボイの三人で大事に抱えて運ぶことにした。


「ふん、構わん。この程度で音を上げるようなヤワな戦士で『フロラ』の総代は務まりはせぬからな。

 だが・・・オレも行く。


 この女のためというならなんだ、その、勇ましい女だからな、こういった不埒な恰好はアレだが、なんだ、腹の据わった女だからな、命を救うに値する。


 だがな、そこの黒ヌイはボロウの仇だ。目を覚まし次第地獄に送り返してく・・・痛っ!」


 ルマの意外なタイプも分かったところで小突かれる。

 それでもニポを離さないのは義理なのか責任なのか、あるいは。


「混ぜっ返しなさんなって片思い総大将。

 で、キミはダメだ。危なくてこっちが心配になるからねぇ。


 それと、ボロウ君は自分で決めてああする道を選んだんだ。

 どうしても誰かを恨みたいのならボクだけを責めろ。


 ボロウ君がいなければ、キぺ君がいなければボクらは今こうして生きてさえいなかったんだぞ。


 ・・・ふぅ、まぁいい。


 とにかく今は残された命を途切れさせないよう努めよう。それだけがボクたちの責務なんぶふっ! ナニすんだ叶わぬ恋心っ!」


 なんかこうカッコつけてる所が癇に障ったルマは、正確には突かれたくないトコロを突かれてご機嫌が斜めになったルマは元気の限りにハクを蹴り飛ばす。


「ハク連絡長、私にも手伝わせてくれぬか。カロとボロウの弔いも大切とはいえ、まだ生きられるかもしれない命にまずは報いたい。・・・ルマ、私も手伝おう。


 そうだミガシ、事の顛末は後にして地上へ戻り次第即刻、船を一隻用意してもらえぬか?

 これはここにいる者すべての頼みであり、そしていわば責任でもあるのだ。


 ちょろっと、ちょろまかしてくれぬか。」


 おいいま教皇候補が「ちょろまかす」とか言ってたぞ、とハクがやり、「聞こえぬな。まるで聞こえぬな」とルマが返す。


 なんだもうメンドくせーからかっぱらってこいよミガシ、とダジュボイがやり、そうだな、かっぱらってきてくれぬか、とスナロアが続ける。


 かっぱらうならアタイにまかせな、とパシェがやると、幼い娘が使う言葉ではないぞ、とミガシが諌める。


 さすが団長ですっ!見たかチビ、とハユがやれば、きひひ、あんたパシェちんのことすきでしょ、とノルが看破する。


 そんなやりとりに違和感を覚えたのは、その中ではエレゼ一人だけだった。


「・・・へぇ。」


 狩屋時代に傷つけ、ずっとエレゼを忌み嫌ってきたノルが「頼み事」をし、


『スケイデュ遊団』団長ミガシが『フロラ木の契約団』総代ルマを気遣い、


 心を閉ざした神徒スナロアが元『ファウナ革命戦線』幹部ハク・『木の契約団』団長であり息子のルマと共にニポを抱える。


 体が動くようになってから一直線に向かった聖都。


 そのわずかな期間に何かがあったようだ。


 歴史を変える、大きな何かが。


 それをもし「革命」と呼ぶなら、ここにいるすべての者たちが「革命者」となろう。


 そうして、だからエレゼはひとつ気付く。


「・・・ふふ、おもしろい世界になったじゃないかぁ。」


 一人だったから為せなかったのだ、と。


 ヒトの手に余るこの大きな世界を変えるにあたって、中心点となる者は必要となる。


 ただそれを、ここにいる革命者たちの役まで「一人で」やってのけるには限界があった。


 そしてまた決行するに絶好の機会となる幾つかのうつろう時の中、さまざまに思い志す「渦」はいくらでもあった。


 乗ることはできただろう。乗っかり、そのまにまに委ねるだけならば。


 しかし、安座することなくそれらを繋いだのがキぺだった。


 たまたまだろう、偶然だろう。そう理解し、そう片付けるのは容易いだろう。


 だがびっくりするほど本当にほとんど特に何も考えず、ただ渦の中心に触れてゆくだけのトリックスターがキペだった。


 系譜や出自を蹴っ飛ばして現れ出でたのが、キペだったのだ。


 だから揺らいだ。


 ぶつかっても壊れぬようにと逆巻き続けた渦は、その軸を揺らした。


 そうしていくつもの「運命の渦」が滑るように一点を目指す。


 かすかに傾いだ軸に従い、ひとつを目指す。


 それから渦はぶつかりながらも重なり、大きく育ってまた新たな渦を巻き込んでゆく。


 ヒトが手を取り心で結んで繋がった、大きな大きな「運命の渦」はだからすべてを上手に巻き込み変えてゆく。


 望むと望まざるとを問わずに触れ合い溶け合いひとつとなって、

 いくつもの未来のひとつを選ぶ。


 

 やがて来る衰滅の日まで、その渦は中心を代えて時を流れてゆくだけなのだから。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る