㉒ 三下・キぺ=ローシェと守護者・ジラウ





「チペのっ、ばっきゃろおおおおおおおおおっ!」



 もはや祈りでも望みでもなんでもないパンチが


「ぐむ・・・・」


 陰りに陰った


「・・・さ、起きなチペ。」


 希望に届く。


「何を企んでいるのか知らないですけど無駄ですよニポさん。


 キペは自分の意思で獣化を承認したのだから。そしてそれを阻める者などここにはいません。


 ふふ、それにしても楽しかったですよ、みなさん。」


 それを横目にジラウは笑う。


「黙れバケモノっ! 吠え面かかせてくれるっ!」


 殴られながら。


「余裕ですねぇ、分際ってモノを教えてやりましょうかぁっ!」


 斬られながら。


「オマエ、とりあえずその口から潰してやろうかジラウっ!」


 毟り取られながら。


「やれやれ。・・・ふふ、しかしやはりいいものですね。踠き足掻くヒトの姿というのは。


 見ていて心が動かされますよ。

 敵わぬと知ってなお立ち向かう姿勢はぼくたちの決意を改めて揮わせてくれますからね。こうして文字通り身を粉にしてもあなたたちとの出会いは味わい続けていたいのですが。


 ふふ。しかしさすがにそろそろ潮時でしょう。増殖にも再生にも限りはありますから。」


 ジラウをかたどる組成は原体である粘菌の凝集でしかない。


 ルマが言ったように生命体である以上はダメージがダメージにならないということはない。ただ致命傷がないのだ。


 すべてを炎で焼き払うか、水も空気も排した密封でもしなければ。


 ジラウは、あくまで集積体に過ぎない。


 だがユニローグの守護者とはこの祭壇の間に拡散している粘菌たちすべてなのだ。

 とはいえもう、余興に付き合うのも危うくなってきたのだろう。


 だから。


「くそっ! まだ起きぬのかそのボンクラは・・・・・んくっ。」


 誇りで手を伸ばさなかった「ファウナ人」の作った短剣。


 それをするりとジラウは抜き取り

 ルマの腹に刺し込む。


「おい親不孝、大丈・・・ふんっ・・・」


 それから黒刀をその体で受け止め、今度はハクの腹に短剣を刺し込む。


「来いよジラウっ!・・・・シペはまだかっ・・・・んんっ!」


 そして覆い被さるダジュボイの腹に、刺し込む。

 迷いなく。


「キペは戻らないですよ。

 でもご安心を。外には出しません。真然体はぼくがきちんと収容しておきますから。」


 背中まで貫通した傷は容赦なく血液を撒き散らして猛る者の意気を奪う。


「ハクラっ! くそっ、とりあえず全員布キレ用意しろってんだっ!」


 だがその傷が、


 仲間の痛みが、


 再び火を燈す。


「ハクっ!・・・・く、私も、私も手伝いますっ!」


 ぽつりぽつりと燈る火は


「ダジュボイっ・・・ルマ・・・シーヤ、私にも指示を頼むっ!」


 共に連なる者へと伝い


「とりあえずヌル草があるにっ! これ止血に使えないかなやっ!」


 手を取り合い


「うあ、アタイのキズいつのまにかこんなになおってるぞっ! のませていーのかっ?」


 やがてそれは


「あーダメっ! パシェちんのちはいしゅのヒトにのませちゃキケンなのっ!」


 炎となる。


 熱く燃える


 炎となる。


 その温度に

 その眩しさに


 照らし出される景色がある。


「ぐるる・・・ぐぅ・・」


 べしゃりとボロウを落とし、その内臓を食べ尽くした赤い獣。


「すまなかったねチペ。


 ・・・・すまなかったね、こんなになるまで無理させちまってさ。」


 その血にまみれた赤い獣を胸に抱く女。


「うる、るるる・・・・」


 そこで何かが


 何かが体を巡るから



 獣が止まる。



「もういいんだよ。もう、・・・でもさ、戻っとくれよ。チペ。」


 水も肉も〈契約〉の血も獲った。


「うぅぅ、」


 だけでなく、未完成だった「生き神像」までも口にしていた。


「ぅううう・・・・・・・・・


 ううううああああああっ!」



 だから始まる。



「チペぇっ!」



 それは一斉攻撃。



「うああああああっ!」


 獣化を強制「拒否」する酵素・カニヱギンが超高速で産生されキペに働き


「ふああああああああああああっ!」


 そして「疑似白者」発現のために作られた第八人種たちが


「なんだっ? 何が起きているっ? キぺ?


 ぼくのキペに、・・・・ぼくの真然体に何をしているっ!」


 宿主に害為すすべてのモノを


「オカシラにげてくだせぇーっ!」


 宿主の自我の有無を問わず


「きひ、ようやくだねチぺ。


 ・・・ハっ、あんた刀刺さったまんまじゃなのさ。


 けけ、さぁー来てみな手負いのバケモン大将っ! 


 三下は誰にも渡しゃしないよっ!」


 宿主の代理として獣化を「拒絶」する。


「キペは真然体だぁっ!」


 クロというエシドの力を根源とせず


「うううううううう・・・・・」


 超然能力が備わるだけのエセ白者。


「あっはっはっは、違うねえっ! こいつはチペってんだよっ!」


 種に組み込まれた「命令」は、エシドのクロも


 エセ白者を誕生させる第八人種も同じ。


「何をワケのわからないことをぉぉぉぉぉっ!」


 だが


 そこには違いがある。


「・・・そう、だ、よ。」


 それは、


「そうだよ。」


 命の数。

 命の意志。

 命の決意。

 命の覚悟。


 命を持たない「エシド」とは所詮、本能。


 第八人種は生きる命そのもの。


 命に勝る「力」などありはしない。


「なん・・・・キぺ?・・・なん・・・・・やめ、キぺぇぇっ?」


 アズゴが遺した

 それは希望だったのかもしれない。


「そうだよ。僕は・・・あなたのモノじゃないっ!

 僕は『ヲメデ党』の三下、キぺ=ローシェだぁっ!」


 そして目覚めた希望は拳を握りしめ


「キペっ・・・違う、きみは・・・きみはユニローグの守護者とし――――」


 撃ち抜く。


「うるさああああいっ!」



 ずちゃああん。――――――――きゃらんきゃらんきゃらん。



 破振効果を模した超然能力の高速パンチ。


 それは同じ音を発する原体さえも吹き飛ばす加速と熱を帯びて貫かれる。


 その身に刺さった黒刀は衝撃を助長して飛び散るジラウと共に地面に鳴った。


「ふぇ?・・・チペ?


 ・・・・チペなのかおいこらっ! なんだこんにゃろうっ! こんにゃろうっ!」


 そこにあるのは、半端な《六星巡り》を早送りで成立させて獣化を拒み


〈四全契約〉で誕生した人工白者。


「う・・・ん。


 ・・・・・・でも、不安定だし、もう・・・体が動かなくなってきてるから、今のうちに、やらなくちゃ。」


 しかしだからキペの中はもうぐちゃぐちゃだった。


 三つの第八人種。

 それから強靭な神代種の血。

 そして拒否されたとはいえ一度は承認された獣化に未だ燃えるエシドのクロ。


 優劣が

 序列が

 強弱が


 ぐちゃぐちゃに入り乱れたから微かに顔を出しているのがキペの自我だった。


「やるって・・・? こいつもうヘタばってんじゃないのさ。」


 走り寄ってきたジラウは殴り潰した。


「・・・本体、叩かなくちゃ。」


 そうキペは告げると、血だらけの己の手を見、そして歩き出す。


「どういうこったい? こいつ、オマケだったってことかいチペ?


 でもあんた本体なんてドコにあるのか知って・・・ってかフラフラじゃないのさっ!

 ちょっと肩回しなチペ。」


 その震顫は過重疲労からくる痙攣だった。


 およそいうことを聞かない体に鞭打ってやっと立てるほどともなると最も怖いのは意識を失うことだ。


 気まぐれにでもキペが自我を取り戻せた現時点では「キぺの支配者」はキぺ本人ということになる。


 冗談のような話だが、そんな当たり前の主導権が今この時も覇権争いとして厳然とその身の中で巻き起こっていた。


 ここでキペの自我が機能不全にでもなろうものなら「クロというエシド」により真然体の再臨が危ぶまれてしまう。


「う、ん・・・・ねぇニポ、本物の、一番はじめの大神像へ・・・連れていって。」


 がくがくと震える手を翳し、キペは祭壇奥の水路を指さす。


「・・・なるほど、そうかい。確かアズゴを呑み込んだ原体って、ありゃ神像ソックリなアレに棲んでた・・・


 いやいやいや、その原体が「本体」だとしても何ができんのさっ?


 もう焼き尽くせる火なんて持ち合わせてないんだ。それどころか向こうは弱りきった今のあんたを欲しがってんだよ? むざむざ殺されに行く手伝いなんかご免だからねっ!」


 そう言ってニポは立ち止まる。


 そして変わり果てた男を見る。


 滲んで、見えなくなってしまう、タレ目のやさしい瞳を睨めつける。


「ふ・・・だ、いじょうぶ。能力が使えなくても、方法は、あるんだよ。


 ・・・ニポ、だからそんな顔しないでよ。」


 それは、どこかで聞いたフレーズ。


 同じような場面を、確か、どこかで。


「そ、うかい。・・・ふん。なら、信じてやるよチペ。


 ただねあんた、あんまり勝手な――――」


 そこに


「オカシラぁぁぁ――――」


 またしてもうねる原体がジラウの半身を再構築させ


「そうはさせないぞキぺぇええええっ!」


 ハクの黒刀を掴むと


「なっ・・・よけてニポ―――――」


 そのまままっすぐ


「へ?・・・・


 あぅ・・・・・



 チ・・ぺ?・・・」



 ニポを斬りつける。



「動くなキぺぇっ! それ以上大神像に近づくんじゃないっ!」


 だから。


「・・・ぐ、るる。」


 苦痛も筋力の制限も取っ払い


「ぐるるるっ!」


 小虫でも叩き潰すかのように広げた手をジラウに振り下ろす。


「キペぇぇ・・・ぐふぁ、」


 ぐしゃ。


「そふぇで、」


 何度も。


「ふぉれでいふぃ・・・」


 べちゃ。


 執拗に何度も、何度も何度も何度も何度もジラウの肉片を叩き潰す。



 その一方。


「オカシラぁっ!」


 飛び出すパシェの目に映ったのは黒い刀身に引き裂かれたニポ。


「ニポちんっ!」


 傷の角度から見て致命傷ではないが、傷の広さが流す血量を致命的にしていた。


 そのうえ黒刀は原体だけでなくキペやボロウ、パシェを斬ったためギザギザに刃こぼれしている。

 その塞がりにくい傷は雑菌による炎症だけで済むとは到底考えられない。


「来いシーヤっ!」


 腹の痛みを奥歯で噛み殺すハクが叫ぶ。

 ニポの傷を生んだのが己の愛刀となれば休んでなどいられない。


「くっ! 消毒剤もナニもねぇってのにこの傷は無茶だコンニャロめっ!」


 だけでなく傷を縫うことも血を注ぐこともままならない。

 もはや過酷な運命しか望めなかった。


「ちょ・・・待って。待ってみんな・・・キぺさん、が・・・また?」


 ヌル草を巻くシクロロンの手が止まる。


 倒れたニポを抱えるノルとパシェ。


 その奥の男が、



「くそっ! やっと目を覚ましたのではなかったかタレ目ファウナっ!」


 限界だったはずの体を動かしジラウを踏み潰した男が、


「シクロロンっ、ダイーダっ、今度こそオマエらニポたち連れて上に行けっ! 頼むっ!」


 ぐるる、ぐるると唸りはじめ、


「シクロのお譲ちゃん、行こうにっ! ここじゃ誰の手当てもできないんだなやっ!」


 再び破壊本能クロに呑まれてゆく。


「シペ・・・これまで、なのか。」


 憤怒。

 憎悪。

 後悔。

 自責。

 混乱。


 そして、


 喪失。


 その心が向かう先にあるのは、皮肉にもクロの願う景色と同じ一切の破壊だから。



「ぐるるるるるっ!」


 だから、呑まれていく。

 


「なぁ・・・チペ。」



 その、はずなのに。


「ちゃっちゃとさ、帰ろうぜ・・・」


 パシェたちの手を払い、立ち上がり


「なあ。・・・なあ、こんなの終わらせて、きてよ・・・チペ―――」


 倒れるようにその温度にもたれて、ニポは微笑む。


「・・・ぐるる・・るるる・・・」


 その声に、その笑顔に、獣は鎮まる。


「またササなんかさ、呑んでさ・・・なあ、チペ。」


 燃え上がる本能をすら


「ぐる・・・・・・・る。」


 静かにさせる。


「チペ。・・・チペ。」


 精神構造の簡略図。


 その多くを複数の本能が占めている。

 だから強大で、

 だから御しがたい。


 しかし死への恐怖は本能を上回る。


 そんな「死」も、「喪失」に容易く踏み越えられてしまう。


 失いたくないものを失う時

 本能を超える死を超える、「絶望」が支配する。


 しかしもし


 絶望の先に「大切なヒトの笑顔」があったら


 本能や死や絶望など、鼻歌交じりに飛び越えられる。



 あたたかな心が暗闇に灯ればもう


 いったい何者に


 それが覆せるだろう。


「・・・・・・うん。・・・」


 赤い赤い赤い涙が、ぽかぽかな涙がだから、


 その澄んだ瞳からこぼれ落ちる。


「・・・帰ろうね、ニポ。」


 そして青年はニポを寝かせ


「・・・ふ、ふふふ。諦めなさいキぺ。」


 進む。


「・・・そろそろ諦めろキぺぇっ!」


 するとそこへバファ鉄の大神像から粘菌が噴き出す。


 やがて原体はジラウの姿をまたかたどる。


 今度はずっと、もっと大きく。


「・・・もう、諦めてるよ。」


 そうこぼす青年はしかし


「なにを・・・何を考えているんだキぺっ!


 おとなしく歴史の守護者となれっ!


 が見えていないのかっ!


 が繰り返されないよう守護者がいるんだっ!


 が世界に広がらぬよう守り伝えねばならないんだよっ! なぜわからないっ! 


 ここできみらを解放してみろっ! 


 が世界になるんだぞっ! 犠牲はこんなものでは済まないんだっ!」


 笑う。


 その正義はわかったから。

 自分が未熟だということもわかったから。

 それがこんな悲劇を招いたこともわかったから。


 だから。


「みんな。・・・・耳を塞いで頭を丸めてっ!」


 キペは


「くそっ、もう呑み込むだけだっ!


 所詮は偶然ハルト出来損ないフラウォルトでしかなかったなキぺっ!」


 駆ける。


 もう痛みも疲労も感じなかった。


 肉体がそのシグナルをやめたのだ。

 肉体も、諦めたのだ。


 生きようとすることを。


「なんだっていいよ・・・でもさっ!


 僕はっ、僕はただ守りたいだけだっ!


 血塗られたこの身でできるのはいま生き残ったヒトたちを守ることだけだっ!」


 もはやヒトの形さえ留めていない原体。


 それはキペを取り逃さぬよう体を広げて網になる。


「術などないっ! 


 ここは意志で翻る仮構帯ではなく現実なんだぞキぺっ!


 どこまで愚かなんだっ? くははははは!」


 原体とはすべての被造子の元となった存在。


 そこから発せられるマザーノイズは被造子に干渉する。


 キペたちヒトビトを操る術を得たこの原体とは、


 いわば神。


「そうやって驕っているから見落とすんだっ!


 自分を神さまとか思っているから聞き逃すんだっ! 


 刃向かわれたことがないから何も学べなかったのがあなたなんだっ!」


 異金属との衝突で発するバファ鉄の音がマザーノイズ。


 だからヒトはその音に触れるだけで機能障害まで引き起こす。



 被造子にとってそれは、神の音。



「違うなキぺっ! 刃向かえなかったんだよっ!


 なんぴとたりとも、アズゴですらこの原体には敵うこともないのだからなっ!


 限界を知れキペっ!」


 ただもしそれが神の音であるなら、


 何と名付ければいいだろう。


「なら超えるっ!


 なら壊すっ! 


 あなたは習ったことがないから知らないんだっ!


 なんで鉄打ちだけがバファ鉄を扱ってるかのその意味がっ!」


 ぶにゅぶにゅぶにゅと伸ばされる触手をかいくぐり、


 ナコハの手槌を引き抜き、


「呆けたかキぺっ? 今さら鉄打ちがなん・・・


 な?


 ま、待てキ――――」


 その奥の大神像へ


「もう遅いよっ!


 神殺しの音で冥ってぇぇぇぇっ!」



 高純度バファ鉄製の大神像へ



「ダメだキぺぇっ!


 そんなことをしたらきみも――――」



 バファ鉄製の手槌を打ち込む。



「うおりゃあああああああああああああああああっ!」


 打ち鳴らす。


「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」



 そして打ち放たれた手槌は



「・・・・・・・・だから、


 諦めたって、


 言ったでしょ。」




 からるりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりぃーん!




 同種共振動で粉になりながら


「うおおおおおおおあああおまえぇぇっ・・・き、ぺぇえぇえええぇぇぇ――――」


 誰にも抗えない衝撃を与える。


「片耳守っても・・・ダメだったかぁ・・・・みんなは、大丈夫かな。」



 それは裂砕音。



 その「音撃」は被造子であるヒトの肉体の細胞すべてが忌み嫌う悪魔の破壊音。


「ぎ・・・ぺえぇぇえ―――――――」

 

 その衝撃波は、

 だから滅する。


「・・・約束破って・・・ごめんね、ニポ。」


 作られたすべての命たちを。

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