⑳ 兵器と希望
ぴちょん。
「ふんがっ! っくぅ、なんか体が重いねえ・・・
ってうわぁっ! あんた・・・まだやろうってのかいっ!」
焦げた匂いの残るそこにはまだ《ロクリエの封路》へいざなう胞子が漂っていたものの、もう呼び込むことはなかった。
呼び込む「庭」が消失してしまったのだから。
「くっ・・・だよな。
キペくんがやったのはおれたちを「こっち」に送り届けるトコまでなんだ。
ったく。まだ何も始まっちゃいなかったってワケか。」
痛みを知らないぶん目の覚めるのも早かったボロウもただただ閉口するだけだ。
「ふんにゃっ! うお、アタイのからだ、またもどっちった。・・・んぁ? なんだいアンタっ! ちぺのとーちゃんだからっていつまでもしつこいぞっ!」
目を覚ます面々の前にはそう、
ジラウがいる。
「うぅ。・・・・・・カロ。・・・キぺちん。」
キぺがその身を賭してまで覆したのは《封路》であって、
「うっ。シペは、どうしている? はっ! カ、カロは・・・・遂げられたのか。」
アズゴに始まる幾人もの真然体を「食べて」きた存在、
「だあぁっ! なんだ、どーゆーことだっ?
シペがこんだけやってやっとフリダシだってのかよっ!」
ジラウの姿で佇むこの「マザーノイズ原体」の圧倒的優位は変わらない。
「うぬっ! ようやくカラクリ迷宮から抜け出せたというわけか。クク、ならば俺の出番ということだっ!」
仮構帯を失ったその原体は
「待ってみんな、まずキぺさんがっ・・・・キぺさんを・・・どう、すればいいの?」
白者として真然体を支配できなくなったが
「まだ寝てますよ。こういう場合、起きてくれない方がいい気がするんですけどねぇ。」
その再生能力でいくらでも蘇ることができた。
「かもしんねーな。・・・そっちのデッカいコネ男はもう・・・・・・。
かっはっはっは。・・・・くっ、目の前の命ひとつ守れもしねーでナニが医法師だくそ!・・・くそっ!」
カロは死んだ。
「意志を持つ者の死にムダなんてないんだに。その志はついえても、受け継ぐ者があれば永遠なんだなや。
だからっ!
起きるんだにぃぃぃっ! オタクはこんなトコで終わっていいのかにっ!」
頼みの綱は、
「ダイーダあんた・・・きひひっ、そうだねえっ!
カロってのはいつも先を、生き残るヤツのことを考えてたんだっ! さっきあっちに居残って、そんで死んじまったってんなら何かやったってことさっ!
聞こえてるかいチペっ! いつまでも寝てるってんなら―――――」
まだどこかを彷徨っているのかもしれない。
しかしキペは鼓動を鳴らしながらも目を開けることはなかった。
「そこまでにしてもらおうかな、ニポさん。
仮構帯での出来事は逐次ぼくの心にも届いていたからね、多少は警戒させてもらうよ。
それにしてもアズゴ・・・・やはり取り込むべきだったんだよ。仮構帯なんてキペのをもらえばいいだけなのだから。」
そう不満をこぼすジラウはぬるんと滑るように進み、キペの前で止まる。
ユニローグの守護者にとっていま必要なのは
新たな《封路》と栄養。
目の前にあるのは《封路》の素材を持つ生きた肉体と絶大なるエシドの力。
取り込む、というより今度は、取り憑くという形になるだろう。
だが。
「冗談じゃない、あたいが相手になるっ!
ウチの三下にゃー指一本だって触れさせやしないよっ!」
立ちはだかる。
何の壁にも、何の役にも立つはずのない女が一人、立ちはだかる。
だから。
「アタイもだこんにゃろうっ! せがのびればアンタなんかイチコロなんだぞっ! ふたつのイミでだっ!」
わずかに成長が進んだものの、神代種の血を継いだ者といえる程の変化はない。
「ダメだね、今はすっこんでて、パシェ。
・・・よぉバケモン。ベゼルがあんたに会わなくてよかったよ。ふ、おれに殺されるんだからなあっ!」
矢も楯もたまらずボロウが出る。
「ボロウっ? くそっ、ならば俺もゆくぞっ!」
近すぎるニポとパシェを引き倒してジラウに掴みかかるボロウ。
そのすぐ後ろに付いたルマは間髪入れずに殴りつける。
「だーもう戦闘員がいっぺんにもうっ! シクロロンさんっ、シーヤっ、やれることはなんでもやって直球ボーヤを起こしてくださいよっ!」
続いてハクも駆け出す。
「くそっ! 殴ったら起きるかシペっ? 聞こえ・・・ちっ! なんだってんだくそっ! なんの役にも立てねぇじゃねーかくそがっ!
オレぁ何のために来たんだっつーんだくそったれがっ!」
寝ているのは希望。
知恵と知識が豊富にあっても、希望を起こすには至らない。
「ダイーダさんっ、何か、何か目を覚ますようなものはっ?」
そこにいる者は、しかしわかっている。
「考えるのはそっちじゃねーぞ四苦八苦っ! 目はどうとでも覚ませるってんだっ!」
問題はキぺという〔ヒヱヰキ〕が「目覚めた後」だ。
「知恵を貸してくれぬかノル。シペの獣化、おそらくはまだ不完全なこの覚醒をどう立て直せばよいっ!」
カロの遺志はここにも生きている。
多かれ少なかれ力を削がれたクロならば、カロがしてきたようにキぺの指揮下におけるのではないか、と思ったのだろう。
「わからないよスナちん。キペちんはじがで「第一欲動」を「承認」したからね、「第二欲動」でごまかしてきたカロとはまたべつだもん。
じががみとめた「獣化」を「拒絶」させるほうほうなんて・・・・
ん?
あ・・・ある。
あるよスナちんっ! 〈四全契約〉があるっ!
ねえニポちんっ! キぺちんは・・・・キぺちんはどこまで〈契約〉したのっ?」
自我が「認めない」から獣化という悲劇は避けられ、自我が「認める」から真然体となる。
真然体となれば自我は失われるか覆われるだけ。
つまり、白者でない者が横から「拒ませる」ことなどできるはずがないのだ。
「オマエ今そんな話してる場合じゃねーだろノルっ! そもそも〈四全契約〉なんてのはアズゴとメタローグがこしらえた「疑似白者」じゃねーかっ!
獣化自体はす、る・・・・・・
違う・・・自我が保てるってかっ!
オマエっ! ノルっ? オマエ頭いーなっ!」
ユニローグに、
「オカシラっ! アタイはわかりませんっ!」
触れるまでは。
「・・・・なるほどねえ。きししし、考えたじゃんかよ。
確か〈契約〉自体は〈木〉から始まってちゃんと順応したあと〈時〉を済ませたよ。ただ〈音〉は自前だからわかんないね。
・・・けけけ、あーっはっはっはっ! イケるよノルってのっ!
パシェっ!
あんたの血をよこしなっ! 同じ黒ヌイ、そして〈音の契約〉の第八人種をその血で作った張本人・サイウンの完全血聖だっ!」
それは神代種の血。
魔薬漬けにされた赤目の体をほぼ元通りにし、堕胎されて死に損なっていた胎児・パシェをこれほどまでに元気に育て上げた血。
やや薄まっているとしても効果は期待できる。
「わかりやしたオカシラあぁぁぁぁっ! えと、血はどこから流せば――――」
そこへ。
「うおっ・・・このっ、ぬちゃぬちゃ野郎っ!」
ずだーんと突き飛ばされる戦闘員三名。
「ボロウっ、お前は引っ込んでいろっ! この程度のバケモノなら俺とそこの根暗で充分だっ!」
千切っても殴ってもダメージにならない悪魔とはいえ、すぐそばにキぺがいるからか暴れ回ることはなかった。
「おいちょっと待て思春期っ! やるなら一人でやってくれっ! 断りもなしにボクを勘定しないで・・・どうしました?」
そこには、決意のヒトがいた。
「ハクねくら。・・・・・・アタイを、きって。」
手を差し出し、睨むような、でもそうではなく、腹を決めた目で見上げる、
「・・・。わかった。」
パシェがいた。
「ダメぇぇぇっ!」
シクロロンの制止はハクにとっても絶対だった。
「いくぞ、クソ娘。」
しかしそれを凌ぐほどの何か、強く堅い決意に
「こいこのやろうっ!」
ハクのためらいはむしろ罪に映る。
だから。
ざぐん。
「ふんっ・・・・にゃあああああああああああっ!」
パシェにもわかっていた。
垂れる程度の鼻血でも、針を刺して染み出る程度の血量でも足りないことを。
だから斬れと頼んだ。
切り裂くほどの大きな傷と大量の血が必要だから。
「うあああああんにゃあああっ! オカシラっ! ちですっ!」
そしてそれをハクは読み取り太い血管を避けて斬り抜いた。
「ハクさんあんたパシェに何して――――」
怒るボロウに向けたのは、憎しみより赤いハクの目。
「やるぞボロウ君。ボクらの相手はこのバケモノだ。」
裏切りはしない。
もう裏切りはしない。
そう固く心に誓ったハクにとって、その一太刀は汚れだった。
気に食わなくて、気に食わなくて気に食わなくて仕方のない汚れだった。
「ハク、さん・・・」
己で誓った約束をその手で破り捨てるほど無残なものはない。
だから、
「クク、その気になったかネクラ無責任っ! 向かう敵が命である以上、傷に無価値はありえぬ話っ! 元に戻れぬまで切り刻めばそれで終いだっ!」
シクロロン保護にと温存しておいた力のすべてをハクはぶつける。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ!・・・はぁあああああっ!」
感触の乏しい斬撃を、ルマの放ったとおり息もつかせぬほどに打ち込み続ける。
「よくやったよパシェっ! あとで花餅いっぱいあげるかんねっ!
・・・さあ飲みなチペ。今のあんたのケタ外れな〈時〉の力なら口ン中から取り込んじまえるだろ?
さて、あとは〈色〉だけだね・・・・・・・・ってにゃーっ!
〈色〉持ってんのってあの腐った風読みしかいないんじゃないのかいっ? ちょ、あんなヤツの血なんて腹壊すとかの次元じゃないよっ? どーすんだいノルっ! パシェこんなにしておきながらいきなり手詰まりじゃないのさっ!」
加速するキペの鼓動。
それは体に「刺激」が入った何よりの証左。
声が響く、足音が鳴る、体を揺さぶる、呼びかけられる、そのどれでもない感覚で肉体に直接干渉しようとする刺激。
そして、
だから始まる。
「ふ・・・・ふぐあああああああああっ!」
口に流し込まれた血を飲み込んだ男がガクガクと声を上げて起き上がる。
驚異的なスピードで神代種・サイウンの血を巡らせる男はしかし、それが故にフラフラだった。
「いかんっ、退け皆の者っ! 生半な覚醒にエシドも支配ができておらぬのだっ!」
サイウンの回復させる力にせよ、〈音〉を目覚めさせる力にせよ、それを一個体が無理やりこの短時間でこなせば負荷が掛かる。
だがそれを補うための栄養が足りなさすぎた。
「オイ、どーすんだこっからっ! シペはグラグラしてっからまだいーがこれがいいのか悪ぃーのかさっぱりだぞっ! あとコイツなんか舌噛みそうだからなんか咥えさせろっ!」
身は退いた。
しかし真然体の力が削がれたとはいえ目の前の
それで安泰が約束されるはずもない。
「んなモンそこの丸太みてーなのでも噛ませときゃいーべなっ!
それよか足りねーんだっつんだ! んで〈色〉の血が要なんだっぺ? それもだが何もかもハンパすぎるってんだっつの! 脱水症状も始まってんぞっ!
こんな常識ハズレの体だぞっ、食いモンと飲みモンが足りてねーんだよっ!
休息もナシに駆り立てられるだけの体を支えるモンがこいつの体にはもう残ってねーってんだっ!」
ダイーダの荷物には栄養価の高い薬はあった。
しかし決定的に量が足らなかった。
「うぐ、キペちん・・・とりあえずコレかんでてっ!」
そう言ってノルは血だらけの神像の先っちょを口の中に押し込む。舌を噛み切ったくらいで死ぬようには思えないが、その歯は看る者たちにとって危険にしか映らない。
「ふふ、獣化したっていいさ。ようやく目が覚めたようだねキぺ。・・・ふんっ!」
それを見止めたジラウは今までの遊戯をやめ、膨れ上がった腕でまとわりつく三人をなぎ倒す。
「おぐっ・・・バケ、モノがっ! だがここからが俺の本気だ――――」
「危ないルマくんっ!」
「うわ、ちょ・・・」
べしゃり、とそんなところに倒れたから。
ただ、
三人がそんな音を立てて倒れたから。
「ぐるるる・・・・・がう・・んぐああああああっ!」
そこに「敵がいる」と、
あるいはそこに「獲物がある」と認識した〔
「こ、ちょ・・・はン? ちょ、ボロウ君よけるんだっ!」
神像を噛み砕いて飛びかかる。
ぐしゃん。
「・・・何が・・おいボロウっ? 大丈夫かボロウっ!」
ルマに被さるボロウの背中には、爪痕があった。
「ああ、気にしなくていいよ。・・・これは、でも、・・・勝利なのか。」
しかしその真後ろでは
「ぐるるるるるるるるるっ!」
ぐしゃんぐしゃんとジラウを握り潰し、
噛みちぎり、
踏み抜き、
叩きつける〔ヒヱヰキ〕がいる。暴れ狂う。
「・・・なんて、こったい。
・・・・なぁ・・・・チペ。
・・・チペぇっ!」
そんな信じられない光景に、何かが事切れたニポはよろよろと近づく。
「ダメよニポさんっ!
・・・・ニポさんっ! お願いっ!
お願い・・・・もう、もう終わってっ!
終わってよキペさぁぁぁぁぁんっ!」
呆けるニポ。
肉片を踏み潰すキぺ。
まっくろな宴が、そこにはあった。
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