⑲ アズゴとカロ
そしてアズゴの
それは同時に滅した真然体・キぺもやがて意識界へと戻り、現実の肉体を本能・エシドの赴くままに使わせることを意味していた。
自身の危険も鑑みない破壊欲動が、本来備えられていたすべての超然能力を揮わせ現実に解き放たれるということだ。
破壊するだけの〔ヒヱヰキ〕になる。
その決定を、その確定を「今まで」の覚醒子たちなら甘受するより仕方がなかった。
「ぐるるる・・・宿主カロ、マタ起キヌ者デ間食サセ、本懐ハ「オアズケ」カ?
ソレトモヨウヤク腹ヲ決メタカ?」
しかし一歩前へと進み出るコネの男は違っていた。
異質なのだ。
カロはキペとはまた異なる形で、しかしまったくの外道としてエシドと付き合い続けてきたのだから。
「ふふ、どうかなカゲ。だけど結果的にはわたしを食わせてやれるかもな。」
エシドの宿望、その第一欲動は「本体の覚醒」。
しかし仮構帯という他者と繋がる領域を知るためにもう一つの野望も抱いている。
それが第二欲動「他者の覚醒」。
己を蝕もうとするエシドのいわばガス抜き、昼寝や間食や自慰として、第二欲動で発散させるためフラウォルトのコロナィで弱った罪人を次々と獣化させカゲを飼い慣らしてきたのがカロなのだ。
その超然能力を利用するため完全に抑え込むわけにはいかなかった。
といって何もせず利用し続ければ膨れ上がるエシドに呑まれるだけ。
だからこそ第一欲動は「おあずけ」にしたまま第二欲動で慰め続けた。
そうして、そうやって本能・カゲを生かさず殺さず蹂躙し続けてきたのがカロだった。
「ぐるるる・・・ハカリゴトカ? イチイチ食エヌ男ダ。」
そして、だからそれは回を重ねる度にエスカレートしていった。
交わりの快楽を間近に感じさせながらも自慰で諫めてきたキペの中のクロと同じく、
いやそれよもずっとずっとずっとずっと、強大な欲動でカロを食らってやりたかったのがカゲだから。
「それが知恵というものだよカゲ。理の間隙を衝いて利用する。
それがヒトの知恵なんだ。」
つまり、
カロこそが史上最も濃密に鬱積したエシドを抱えた続けた覚醒子なのだ。
「ぐるるる・・・何ヲ企ンデイルカハ知ラヌガ、我ガ望ミガ叶ウノナラ応ジルマデ。」
それも仮構帯下であれば白者アズゴに支配されるだけだったが、今はそのくびきもない。
「さて、思うとおり巧くゆくかな。
・・・・ついてこれるか、カゲ? ふふふ。」
といってキペと同じことをカロしても、現実世界に残される「完全真然体のカロ」を抑え込めるだけのエシドの力をキペは持っていない。
「ちょ、何を考えているのカロっ?
エシドの力の強弱くらいわたしにも感じ分けられるわ。
でも、力の勝るあなたでも自我を持たない真然体になっては自分の体ひとつ制御できはしないっ!
そして
そもそも真然体同士が戦うことはないわっ! 意志すらない獣になるのだからっ!
わたしたちは自我で操れたから向き合わせることができただけなのよっ?」
そもそも真然体同士が戦うことはないわっ! 意志すらない獣になるのだからっ!
わたしたちは自我で操れたから向き合わせることができただけなのよっ?」
現実世界にもうすぐ現れるキぺという真然体を止める力を持つためにはカロも獣化せねばならないが、そうなると今度はカロを止める者がいなくなる。
強い弱いの差は歴然としているが故に、そのバランスをどうにか崩さなければカロの「カゲ」とキぺの「クロ」、ふたつの天秤は永遠に均衡を手にすることはない。
「確かにそうだねアズゴ。
現実世界であれきみのこの仮構帯であれ、「力くらべ」を杓子定規に当てはめればわたしという真然体が生存する確率の方が高いだろうな。・・・カゲには希望を見せては絶望を味わわせてきたのだから。
いいように利用してきたんだ。
・・・だけがそれが「ツケ」にもなり、「力」にもなった。
ふふ、こんな偶然も奇跡と呼ぶのかもしれないねアズゴ。
全くがまるでこうすることを望んでいたようだよ。
なら、わたしはそれに賭けるまで、なんだ。」
真然体の超然能力を駆使できながらもカロとしての自我を保ってきた外法は、疑似的な白者、番格古来種を彷彿とさせる。
しかしそれも限りあるヒトの寿命の中の目晦ましに過ぎない。
本来であればモクほどに老い衰えているべき姿は「力」によって隠されていたものの、積み上げられた疲弊は「ツケ」となって寿命を蝕んでいた。
だからこそ、だからこそ肉体を生かそうと、その肉体で暴れまわりたいエシドの「力」と、
それを都合よく利用するために支払う寿命という「ツケ」の狭間で、
この男は奇跡のバランスを取るつもりでいた。
「カロ、あなた何を・・・「ツケ」?
まさ、か。ちょ、無茶苦茶よっ!
なんて無謀なことを考えているのカロっ!
そん・・・あなたの思惑どおりに事が運ぶはずないわっ!」
カロは「力くらべ」のカードを伏せて「賭ける」と放つ。
だから考えるアズゴに、今あるバランスを崩して「均衡を手に入れられる」策が浮かんでしまったのだろう。
しかしそれはあくまで奇策。
「仮構帯の打破」自体が想定を超えていたが、その奇策はさらに先の想定外でしかない。
無茶苦茶と謗られても当然だった。
「かもしれないねアズゴ。・・・でも他に策はないよ。
それにこのままキペを意識界へ野放しにするよりはずっと危険が少なくて済む。
呑み込めればわたしの勝ち、呑み込めずともクロを削ぐくらいはできるだろう。
現実に戻ってからではわずかな時間のズレが犠牲を生みかねないのだから。」
そう言うとカロは黒き獣・カゲを従え、
「・・・・・・。
うらやま、しいわね。・・・・仲間がいるって。」
暴れ狂うキペの前に立つ。
「違うなアズゴ。きみにもいたはずだよ。
でもきみはそれを拒んだ。一人で未来を守ることを選んだからね。
といってそれは間違いではなかったよ。
・・・ただ、キぺはキペの描いた未来を選んだんだ。正しいことなのか、それはわたしには判らない。
けれどアズゴ、それが未来なんじゃないかな。」
分かり合う者はいた。
共に犠牲となることをいとわなかったそれは「仲間」だったが、自分ひとりで背負うものだと信じたから拒んだ。
己の犠牲だけで未来を担おう、守ろうと志したアズゴを「間違いだ」と断じる者などそういるはずもない。
その正義を質すことなど、同じ地平に立つ者でなければできはしない。
「キペは、あの子はわたしを「間違っている」と言ったわ。
・・・ふふ。わからないことが未来、ね。
だとするならより正しき道を選ぶのがキペなのかしら。
ふぅ、わたしの最後の責任として見届けさせてもらうわね。
・・・いってらっしゃい、カロ。」
己をさえ封じた
アズゴにはついてゆきたくとも、もうそう意志を働かせることはできない。
その心を抱きながらも、新たな正しさを信じるカロが向かうのは
「ああ、いってきます。わたしたちの王、アズゴ。
・・・・・・さあっ! 持ち堪えてくれ、わたしの体っ!
来いっ! カゲっ!」
向かうはキぺを呑み込む、
しかし「人格」を持ってしまった
「負ケノナイデタラメ勝負トハ、オモシロイ事ヲ考エタモノダナ。」
そしてキペの中のクロへと
カロは最期の「賭け」に出る。
「さようなら。」
それはカロがやってきた外法をキペに使わせること。
第一欲動「本体の覚醒」のまっさなかに、第二欲動「他者の覚醒」を仕向けること。
キペのクロに、カロを覚醒させることだった。
「ぬぉぉぉぉぉぉぉ―――――」
序列が同等のキペとカロに支配・被支配の差をつけさせられる唯一の場所が「キペの中の仮構帯」となる。
「支配者」をキペ/クロに据えた領域へとへりくだって潜り込めば、
そして自ら望んで「キペの第二欲動・他者を獣化させる」を受け入れに行けば、
キペの第一欲動「本体の獣化」を阻めるかもしれない。
「さようなら・・・桎梏の運命に背を向けなかったヒト。」
しかしそれはクロの第二欲動とカゲの第一欲動を同時に満たすことになる。
外から内から獣化を促されることでその老いた命は終わるだろう。
「ぉぉおおおおおお―――――」
その目的は一つ。
耐え凌いだ分だけ、「おやつ」を食わせた分だけ勢いの削がれるクロを、突き上げるカゲを抑えながら死ぬその間際まで引き付けること。
史上最強となるエシドを抑え続けたカロの強靭な自我だからできる。
また、たとえ何かの具合で死ぬことなく意識界へ上っても、過剰な負荷の掛かる獣化にその生身は即座に壊死するはず。
生き残っても死んでも、キペの獣化を阻止するなり邪魔するなりできるという寸法だ。
「おおおおおおおお―――――」
それはまさに無茶苦茶なデタラメ勝負でしかない。
「おおおおおおおお―――――」
カロが生き延びることもキぺが元に戻る保証もない、
勝ちのない大博打でしかなかった。
「さようなら・・・ヒトを信じたヒト。」
滅びゆく世界の中で清らかな声が、そして、消える。
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