⑱ 決意と覚悟






「・・・っ? キぺっ!

 何を考えているんだっ! そんなことをしたらっ――――」


 予感はしていた。


 だがこの世界に漂う空気、そこに紛れて感じ取れる何かがカロの体をバクバクと鳴らす。


「ふふ、いいんですよカロさん。」

「よすんだキぺっ――――」


 そんなカロに、キペはにこ、と笑う。



 そして。



「さあ・・・・・・・頼むよクロっ!」


 にこと笑って、キペは空に叫ぶ。


 この景色、

 この領域、

 この時間に叫ぶ。


「僕をあげるから出ておいでぇぇぇぇっ!」

 

 それは


「ばかっ・・・・チペあんたそんな・・・・それは意味がないってさっき――――」


 決意と覚悟の


「おまえさん変わってな・・・違う、のか――――」


 訣別と決断。



「・・・ソノ気ニナッタカ。」



 そして現れる。


 キペの前進する心が「影」を導き出す。


 本能であり、

 業であり、

 宿命であり、

 文字通りその身から決して離れることのないエシドを呼び出す。


「うん。でもねクロ、ひとつお願いがあるんだ。

 きっと条件、なんて言っても僕にそれを強いる力はないからお願いになっちゃうんだけど・・・


 もう、わかっているよねクロ。」


 漂う記憶や情報は下から上には流れない。


 しかし


「ココハチッポケナ意識界領域トモ、我ガ支配スル本能領域デモナイ。

 本来ナラ両者イズレモ干渉デキヌ中立領域ダ。


 ソレニ我トハオマエデアリ、オマエガ我ナノダ。願ウ必要ナドナイ。


 ソノ肉体ノ主導権ガ我ニ移ルマデ、タダ望ムヨウニ動キ、アガケバイイ。」


 は同一個体のクロにだけでなく、この世界に息する者すべてへと伝播する。


 刻んだ決意が、括った覚悟が「思い」をキペから溢れさせるから。

 湧き出て漏れ出て漂うから。


「そっか。ふふ、じゃあそれに賭けてみるよ。


 ・・・助言ありがとうね、クロ。

 きみにならあげてもいいやって思えるもの。」


 クロとは、エシドとは本能。

 感情など伴うはずのない存在がしかし、時の中で「人格」に似た何かを獲得していた。


 助言などというお節介が生まれたのもあるいは必然だったのかもしれない。


「・・・キぺ。・・・・・スナロア、モク、すまない。・・・わたしはもう、恩を返せそうもないよ。」


 キペの「賭け」。

 それは成功しても失敗しても悲劇を必ず引き起こす。


「恩などとうに・・・・・いや、その心に託そうカロ。には、頼むぞ。」


 


 それが決定された未来である以上、スナロアといえど頼れる者はただ一人だった。


「そうだの。しかしカロ、おヌシがそこまで考えて・・・


 偶然と想定、試行と錯誤がヒトの限界を超えたのかもしれんの。」


 検証されたことはなくとも生きた道程に累積するその経験は、時に条理や常識さえ塗り替える。


 それをヒトは「可能性」と、「希望」と呼ぶのだろう。


「あー・・・やっぱりそうなっちゃいますよね。すみませんカロさん。


 だけど、だけど持ち堪えられるのは僕だけだし、僕よりアズゴさんよりエシドの力が大きいあなたにしかできないこともありますから。


 あーあ・・・やっぱり僕はヒトに頼ってばっかりだなぁ。・・・ね、クロ?」


 やや呆れながらも、ふっ、と腹に力を入れる。


 決意の時だから。


「なら・・・・見せてもらうわキぺ。


 ある意味これは勝負なのかもしれないわね。ふ、ふふふ。


 おもしろいわ。

 わたしも、あなたに賭けてみたくなってきたもの。もちろん獣化したその時には容赦しないわ。


 ・・・でも、見せてちょうだい。


 あなたが真の光なら。希望なら。」


「悪者アズゴをやっつける冒険記」の最終決戦ではなかった。


 正義と平和を愛する者の築いた大きな城から、新たな正義と平和を築こうとする者が扉を壊して外の世界を目指すだけ。


「こ、・・・なぁチペっ!

 ・・・やっぱ、やっぱダメだよそんなっ!


 あんた言ったじゃないのさっ!

 自己犠牲もダメだってっ! 


 こんな・・・ゆ、許さないよっ! あたいが許さないよそんなのっ!」


 予感はやがて実感を連れてくる。


 頭が知ったことを、心はそののち感じてしまう。


「・・・ごめんねニポ。


 ふふ、確かにそうだよね。約束じゃないけど約束破っちゃったみたいだもんね。


 でもねニポ、僕がみんなを帰すから。それで許して。」


 キぺはほほ笑み、そして足元の影に手を伸ばす。


「ったく何ダレてんだよ前歯、おまえさんの信じたキぺだろ? 最後までやれよ、党首なんだろ?


 なぁ、キペ、


 ・・・・・・・・・・いや、なんでもない。いけ。


 おれも、ココにいるみんなもおまえさんの正義を信じてる。


 そしてそれができるのはおまえさんだけなんだぜ?」


 ぐるる、と「喉」を鳴らす黒い獣はそして、


「う・・・え、う、ぐ、・・・はいっ!

 ・・・あのアヒオさん、えと・・・・・・・ふふ。僕も、なんでもない。


 ・・・ありがとう、アヒオさん。」


 キペの体にズルズルと染み込んでゆく。



 そこへ。



「キペ。」


 一人の女が現れる。


 黒ヌイの、気立てのよさそうな女が現れて、

 そして笑む。


「え・・・母さん? ・・・・ふふ、そっか。


 ねぇ僕、ヒトの役に立てそうだよ。


 あなたが僕を生んでくれたから。育ててくれたからできることなんだ。」


 その体は次第に黒い斑に覆われはじめ、腫れ上がる血管が蛇のようにのたうつ。


「はっはっは。そーかいキペ、そりゃ鼻が高いねえ。

 ・・・あたしもうれしいよ、立派に育ってくれてさ。 


 ねぇキぺ、ちょっとそっち見てごらん。」


 ん?と目を遣ったそこには、


「何かを・・・言ってやれる、伝えさせてもらえる義理なんてないけど、キぺ。

 ふふ、正しい「音」に耳を傾け、そして、集中しなさい。」


 タウロが


「けっけっけ、遅くなっちまったなぁ出番っ!


 よぉ息子さん、せっかくだ、オレも混ぜてくれよ。こっからドエライ宴会でも始めようってんだろ?」


 タチバミが


「・・・教皇でこの扱いというのも愉快なものだな。

 くくく、キペよ、そなたの信じる正義の一手、ここから見物させてもらうぞ。」


 ロウツが


「あぁ、なんだか途中で気が触れてしまって気恥しいところなのですけどキぺ。

 私の宿願であるユニローグを知った者の、あなたの、その運命より這い出る姿、私にも見せていただきますよ。」


 ジニが


「わたしなんか最終的に魔物のようになって殺されてしまったからアレなのだが。はは。

 キぺくん。変わる景色、終わりの続き、見せてもらおう。」


 ヒナミが現れる。



「み、なさん・・・」


 キペの記憶の底から生まれ出し、仮初の姿に言葉を託してその背を押す。


 そして。


「キペ、あれを見るポヨ。」


 ・・・。


「え?・・・雪?・・・・・・・・・あのごめん、誰?」


 あふあふまんだ。

 死んではいないカーチモネの代理で出席しているだけだ。気にしなくていい。


「そんなっ?

 こん・・・何が起こっているというの?


 仮構帯に雪だなんて見たことも聞いたこともないわよ・・・・・・・? 


 ち、違う、これは――――」


 そうこぼすアズゴの伸ばした手に降り来る白く小さなそれは、


 樹枝状六花でもなければ板状六花でもなく、


 ヒトの形をしていた。


「前例のないコトしようってんだからねぇ、前例のないことが起こるのは自然なんじゃないかい台王アズゴさん?


 ウチの息子はあなたと異なる運命を背負ったのさ。異なる未来を描いたからね。」


 振り見た先にいる愛息子は、黒に染まる。


 代わってやれるものでもないしその決意を翻すこともできはしない。


 信じ、そして見守ることしかナコハにはできなかった。


「わたしも同感だなナコハ。この領域はすでにキぺと共鳴し始めている。

 おそらくこの「雪」はここで命を閉ざした者だけではないだろう。

 わたしたちの心の中にあるすべてのヒトが、すべてのヒトに繋がるこの世界にかすかに触れた結晶なのかもしれない。


 キぺ、もうこの領域が震えているよ。


 ヒトの心に築かれた場所が、きみの心、それに連なる心で揺れているんだ。


 キぺ。まだ聞こえているね? 


 この終わる世界、もうすでにきみに呼応しているんだよ、キペ。・・・・・・。」


 そう呼びかけるカロの前にはガクガクと体を変形させてゆく生き物がある。


 目は血走り、

 口は裂けすべての歯を牙に取り換え、

 爪は厚く鋭く伸び、

 ひと回りもふた回りも大きくなった体には獣のような毛が生え、

 すこしずつ、自我と言葉を失ってゆくキぺがある。


「変、える・・・」


 しかしその貌には


「きひっ、もうなんだっていーからやっちまいなチペぇぇぇっ!」


 呼びかける声に返す、わずかな笑みが浮かんでいる。


「そうだ・・・ね、ニポ――――」



 そして。



「僕が――――」


 キぺは腕を後ろにぐんと振りかぶり、


「この世界を――――」


 勢いよくそれを振り上げ、


「覆すんだああああああああっ!」



 爪を突き立てる。


 に。



「んなアホなぁぁぁっ!」


 挙国一致で指を震わせる。


 そして、

 皆は待つ。


 終わる世界を。



 だから。



「んごおおおおおおっ!」


 突き刺した爪をさらに捻じ込み、


「んがあああああっ!」


 獣の男は


「ひっくり・・・・」


 ぶわん、とそれを


「返れぇぇぇぇぇっ!」


 金色の世界を


「わかんないけどぉぉぉぉぉっ!」


 めくり上げる。



「んぐおおお―――」


 ヒトの手により二度も覚醒を押し込められた本能・エシドは眠り続けるエシドたちより遙かに強められてしまう。


「おおおお―――」


 という、「あと一歩の可能性」を知ってしまったから。


「おおおお―――」


 より強力に意識界へ這い上がれば,あるいはあと少し仮構帯へと潜れば「今度こそ本体を支配できるはず」と沸き立つから。


「おおおお―――」


 だから違う。


「おおおお―――」


 今までのどの真然体とも異なる。


「おおおお―――」


 と願うエシドの欲の「濃度」が違う。


「おおおお―――」


 そしてそれほどに充満していた欲を、本能を解き放つからできる。


「おおおお―――」


 世界を引き毟ること。


「おおおお―――」


 その理を覆すこと。


「おおおお―――」


 支配と被支配の


「おおおお―――」


 意志の世界で個人キペと人格を持った破壊欲動クロ爪を立てるから


「おおおお―――」


 破壊できる。



 めりめりめりめりめりめりめりめりめりめりめりめり。



「うわっ、なんだい真っ暗じゃないのさっ!」


 ひっぺがされた金色の世界のあとにあるのは、黒。


「支配者ではなく領域そのものを相手にするとは・・・

 ふくく。「覆す者」をまっすぐにやってのけたのだな、シペ。」


 その何もない黒に触れた者から順に呑まれる。


「なんだぁ? もうアイツ馬鹿とかそーゆーハナシじゃ片付かねーだろ。

 はっはっは、もう笑うっきゃねーぞシペっ!」


 支配者は支配者のままあり続けるが、君臨できる領域がもう無い。


「アイツは何をしたのだっ! 俺にはさっぱり分からぬぞっ!」


 理の庭を奪われた支配者にはもう、誰も従わせることなどできない。


「わかんないのはアタシも同じなんだに。結局お宝もなかったからガッカリなんだなや。」


 いくつもの偶然が重なり、そこから導かれる新たな想定をその都度描いて歩いてゆく。


「へ?・・・あと、えと、あのキぺさんはっ? キぺさんはこれからどうなるのっ?」


 前触れもなく訪ねてくる不運、勘違いや思い違いから出くわす岐路。


「いやーわかりませんねぇ。もう本格的にわかりませんけどとりあえずボクらは帰れそうですから良しとしましょう。」


 たとえ誰かと似た道を辿ったように見えても、それらは全く別のものなのだ。


「ニヤけてんじゃねーぞハクラっ! あんなモン・・・おいらの手には負えねぇってんだ。」


 今までのヒトと、これからのヒト。


「・・・そうだよな。おれたちは今、キぺくんの犠牲の上に立ってるんだもんな。」


 比べることが愚かなのだ。


「ばかボロウっ! ちぺはまだ死んでなんかいないぞっ! 縁起悪いこと言うなっ!」


 しかしそれでも


「・・・カロ。・・・・・キぺちんを、おねがいね。」


 からは逃れられない。


「すまないねノル。でも、きみにはまだ使命がある。・・・わかるね。


 ・・・・・・行ってくるよ。」


 突き崩されたルールと、

 それでも残されたルール。


「・・・もう、もうわたしの領分を超えてしまったわ。


 白者であってももうここでは、

 ここでは獣化を鎮められないのよ。


 それでもあなたは向かうというの、カロ?


 意識界へ他の者たちと共に戻っても誰一人あなたを咎めたりしないわ。


 ・・・もちろん、それで解決する問題でもないけれど。」


 領域の元・支配者にできることなどなかった。

 仮構帯そのものを破壊されるなど考えたこともないのだ、妙案が浮かぶはずもない。


「ああ。だから解決させるのだよアズゴ。

 ただ、これもやってみなければわからないことだから・・・


 だが少し自信が出てきたかな。

 ふふ、針穴のような可能性をここまでこじ開けた者がいるからだろうか。」


 今までのキペの能力発現とは、正確に言えば「覚醒」というより「暴走」に近い。

 それに単純な下位の獣化ならば解除できる白者アズゴもいた。


 だが今回は違う。

 受け入れたのだ

 。「誕生」を渇望する膨れ上がったエシドを、「血の濃い」資格者が、

 その意志で、完全に。


 そして「庭」のない今ではもう、白者はキペを止められない。


「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 咆哮は続く。


「うあああああ――――」


 獣の男は引き裂いた仮構帯を丸め、破き、そしてまた爪を立てて捲り上げる。


「ああああああ――――」


 仮構帯とは本来、エシドも干渉できない中立領域。


「ああああああ――――」


 破壊できるなら破壊したい場所だ。


「ああああああ――――」


 キぺのクロがその身を鎮める理由はない。


「キペ・・・・・もう。


 ・・・・・・・っく!


 さあ、今度はわたしたちの出番だっ!


 いくぞ、カゲっ!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る