⑰ 心の太陽と光に描かれ出る月
「けっけっけっけ・・・あーっはっはっはっは。」
台無し一家の大親分がどうしようもない感じで笑い上げる。
「・・・まさかっ? どういうことっ?」
この絶好のタイミングが、というよりどうやってこの仮構帯に侵入できたか、ということらしいが、もう緊張の糸が爆破されたみたような感じになってるのでこのまま続ける。
「きしし、よく言ったチペっ! そして抜群の反応だよそこのあんたっ! 待ってた甲斐があるってモンさっ!」
どうやら待っていたらしい。確か浮島シオンでの救出劇でも同じようなことをしていたから味をしめてしまったのだろう。
「・・・えと、やぁキペ。本来の順序ならわたしかパシェが出るところなのだけど、ふふ、ニポがどうしてもと言うものだから。」
行きつけの居酒屋さんでも訪れたような塩梅でカロが入ってくる。
蹴破られた扉をくぐって。
「おーちぺっ! アタイさっきそこでこんな瓶みたいなの拾ったぞっ! なんかきれいだからアンタにやるよっ!」
今では読める古代言語で、それは「金龍精」と書いてある。
役に立たないうえ関係ないので気にしなくていい。
「ニポっ? それにカロさん、パシェっ!
・・・・え、あれ?
仁帆・・・ニポ?・・・耳が・・・」
現れたニポと呼ばれた女はなんとも露出度の高い服を着、腹を出してそして、頭の上に耳を生やしている。
この世界に開けられた風穴は確実に、確実に「本当の名前」を導いていた。
そこへ。
「おーおー賑やかだなー。けけ、しっかしおまえさんなんつー恰好してんだキぺ。」
現れる。
「あ・・・あ・・・」
長い黒髪をなびかせ、尖った牙をのぞかせて
「なんだぁ? また泣くのかおまえさん。けけ、今それどころじゃねーだろ?」
なぜか青年より手渡されたの「金龍精」を結構、かなり本気でちらちらと見る
「アヒオさんっ!」
アヒオが現れる。
「たっは、なんだ、元気そーだな。キペ。」
心惹かれ
「あう、ぐ・・・あ、アヒオさんっ!」
憧れ
「かははは、わかったって。
・・・さ。こっからなんだ。
とっととその姿を取り換えな。」
そして喪った
「は・・・はいっ!」
アヒオがいた。
「おーし、上出来じゃねーか。」
だから。
「あんたちょっとなんであたいより前に出てんのさ蛇のようなねちっこさで今夜も寝かせないぜ野郎のくせにっ! ってかあんた死んだんだからすっこんでなってんだっ!」
嘘が
「ったく回を経るごとに進化していくその長すぎる名前はなんだっ!
それよかなんだ、死んだヤツが出てくると都合が悪いのか腹踊りの第一人者っ! 宴会一発芸では世のお父さん方がお世話になったって礼を頼まれてるんだがおまえさんは上級者ということでなんか新技やれってんだっ!」
嘘なのに
「お・・・ちぺ、アタイはやっぱりそっちの方が好きだぞ。」
心を鳴らす。
「・・・ふふ、取り戻したようだね。キペ。」
そして震えて鳴り出す音は深く、強く、大きく響いて
「・・・はい。」
描き出す。
「思い出しました。」
目にかかるくらいの前髪、
「僕の姿。」
太く異常発達した血管を隠す額布、
「僕の心。」
像を抱えて打つ時の腹当て、
「僕のみんな。」
そして腰に提げられた手槌。
「それから、」
それがよく似合う青年を、
「僕の名前。」
黒い耳がぴょこんと頭に生えている青年を、
「僕は――――」
その青年は描き出す。
「キペだ。」
思い出す。
「僕は、鉄打ちキペだっ!」
取り戻す。
手に入れる。
感覚のすべて、
心のすべてがぴたりと重なる正しい姿、
そんな本当の自分を今、手に入れた。
「きぺちゃん。」
とそこへ、
「カッコいいよ、きぺちゃん。ふふ、でもあひおにはないしょだからね。」
ぴょこんと葉っぱのような髪を揺らす、金色と紺碧の瞳の少女が現れてニコリとする。
「リド、ミコ?・・・・・・うん。・・・・うんっ! ありがとっ!」
止まらなくて。
あたたかい涙が、止まらなくて。
「あ、えと私も来ちゃいました。ふふ。・・・はわぁっ! お、お、お兄さまぁぁぁ、ってあちょ、翅が引っ掛かっ・・・」
そして誰かさんが蹴っ飛ばしてできた「扉」から次々にヒトがなだれ込んでくる。
「ぬぉっ、シクロロンさんコレ折り畳むとかそーゆーのはできないモンですかねぇ。
・・・ってうおっ! くそムシマこんなところまで出てきてウチの組合長を籠絡するとはいい度胸だなっ!」
それは架空の世界のヒトではなくって
「おーなんだ、またココかよ? んでハクラはいつになったら「ありがとうのある医法」に出会わせてくれるんだおい。忘れてんじゃねーのか?」
予想もできなくって
「ええと、それはわかったからえと、耳長先生っ? なんで大師に肩車なのか・・・いやまず大師がなぜそれを引き受けてしまったのかがおれにはもう・・・」
クスリと笑えて
「その通りだチビスケっ! 貴様こともあろうに次期教皇そのヒトであり我が父の肩というかもう頭にまで上り詰めおってっ! あとで八つ裂きにしてくれるっ!」
掴みどころがなくって
「まあよいではないか。なかなかこういった経験はできぬもの。・・・ダジュボイ、おまえも同感か?」
あたたかくって
「んなワケねーだろっ! 高いモンにやたらと上りたがるのがガキだからちょっと付き合ってやって・・・ってかオマエらノルもシーヤもガキじゃねーだろっ! そう見えるだけだっ! ったく。」
うれしくなる。
「きひひ、ダジュちんはてれやだねぇ。きひひ。」
心が潤ってゆく。
「あいー、なんでアタシがしんがりなんだに?」
心が満たされてゆく。
だから、
「アズゴさん。僕に特別な資質なんてないんです。
ただ、特別な存在がこんなに、いや、もっともっとたくさんあるから僕は特別なんですよ。
みんなと同じ、特別な存在なんです。
へへ。というわけで僕が変えていきます。
立ち塞がるすべて、この理のすべてを。」
取り戻す。
迷い探しあぐねた暗闇から
一条の光
一縷の望み
ひとつの未来を
取り戻す。
「なんで?・・・・どうして、そもそもどこから入って――――」
わからなかった。
わかるはずがなかった。
ここはアズゴが支配する仮構帯なのだ。
しかし
「おーし、みんな揃ったみたいだねーっ?
あ、あんたがアズゴかい。きひ、あんたは立派だよ。
でもねーっ、あたいの自由が奪えるなんて神様気取りは許しゃしないよっ!
この『ヲメデ党』党首・ニポさまが「行く」っつったらどこまでだって行けるんだよっ!」
ここは共交層領域。
それはヒトの思念が行き交う世界。
ヒトの意志が描き出す世界。
仮初であれ虚構であれ、この世界ではこの世界に息づくものが真実なのだ。
「ふむ、もしやニポというのは《オールド・ハート》か血聖を持っていた・・・?
いや、それともカロの記憶干渉が連続したからだろうか? あるいは仮構帯の入退を繰り返してきたから――――」
領域を突き破ったその女が、そんな掟破りを遂げられた理由に悩むスナロア。
それに答えるのは
「ししし、そんなもんワシの娘だからに決まっとるんだの。
理屈で考えても理屈で測れぬのが心の世界。あやつにあるのはワシらのような凝り固まった偏屈をなぎ倒す、名前のない力なんだの。
だから光なのだ。
掴むことも縛ることもできぬ、ただまっすぐに突き進み世界を照らす存在なんだからの。
のぅ、そうは思わんか、スナロア。」
もしゃもしゃと葉を茂らせたような、毛むくじゃらの小さな老人。
「ふくく。そうだな。・・・・・・そうだな、モク。」
頭の上に居座るシーヤだけがその時、背の高い老翁の震えを感じていた。
「くっ・・・しかしこちらへ来れたからといって「外」へ出られるわけじゃないわっ! あなたたちとて聞こえていたはずよっ!
こんな大人数をおめおめと「外」の世界へ野放しにさせるほどわたしたちは愚かじゃないわっ! 数を集めたとて烏合の衆でしかないのよっ!
なんでわざわざこの領域まで来るのっ! わたしと闘っても勝てるはずがないのよっ?
・・・・・くっ、どうしてっ!」
先の図式で言えば●の仮構帯から仮構帯へ移動しただけの話であって、決して本能領域へと「潜った」わけでも意識界領域へ「上った」わけでもない。
ニポの打破が効果を見せたのは所詮、共交層領域という想像と意志が構築する世界だったからに過ぎないのだ。
意識界へ上がるには「今ここにいる自分を外の自分へ繋ぐ」作業を自力でやってのけるしかない。
しかしそもそもこの共交層領域とは、上位者が下位者の真然体へ命令するために生み出されたもの。
それが故に支配者と服従者で成り立つその節理から逃れられた者などいなかった。
それでも。
「あなたと闘う必要なんてありませんよ、アズゴさん。
ねえアズゴさん、あなたが僕らを不要なものだと考え、そして食べるべき存在だと思うのならそうしちゃえばいいんです。
「現実」の体を動かして僕らを取り込んでしまえば済む話でしょう?
でもあなたがまだそうしていないのは・・・
ふふ、やっぱり見たいんじゃないですか? 僕らの未来が。
アズゴさん、あなたは言いましたよね。「変えられるものなら変えてみろ」って。
望んでいるんでしょう? 心のどこかで、本当は。
たぶんだからこの仮構帯がほどけたんです。もちろんニポの意志はすごいからそっちが主だと思いますけど。ふふ。
でもね、だからできますよ。
僕らは意識界へ上ります。
前例がなくとも、あなたがそれを阻もうとも。必ず上って帰ります。」
静かに、穏やかにキペは言い放つ。
一同のほとんどが「アイツあんなに頭の回転よかったっけ?」と首を傾げているが、そこはまぁ、そうだろうなと思う。
「けっけっけ、どーだいアズゴっ! ウチの三下ナメんじゃないよっ!
・・・でだチペ、あんた具体的に何する気だい? もう大見得切っちゃったからやっぱナシとか許さないからねっ! って、あっ! えっ? モクじーさんっ?」
共交層領域とは誰にでもある精神構造の一端だったが、通底する架け橋のようなそこには厳然としたルールがある。
支配と被支配だ。
「オイ、オレも話ハンパだからアレだがよ、被支配階級の俺たちが支配階級のアズゴを凌駕しねーといけねぇってハナシじゃねーのか?
あん? うおおおお、モジャかっ? んモジャああああああっ!」
乗っかっていたノルをカロに移してダジュボイが尋ねる。
キペがユニローグで手にした情報をこの仮構帯で受け取れても、それを理解し処理できるかには個人差がある。
「そうなるな。その素質と資格がある者は限られるとはいえ・・・そこには矛盾が出てくるのではないか、カロ?」
神代種・ハイミンの語り部だけあってその辺りはスナロアも承知していたようだ。
「あぁ、そうだね。番格の
しかし相手は白者だ。
自我を保てない真然体となれば番格ですらも従わせる「支配」の力がある。
そしてこの中にわたしを含めて、白者・アズゴや古来種・アーフィヲのように自我を保ったまま獣化できる者は存在しない。」
真然体が優位であれる肉体能力もこの世界では意味を持たない。
それどころか、むしろアズゴの「支配」する力が存分に発揮できる場所が仮構帯なのだ。
「ほん? でもアタシらは別に支配されてるって感じがしないんだけどなや。操られてないからこうしてこっちの金世界・・・カネ世界?・・・いやいや、こっちへ来れたんじゃないかに?」
時と場所を選ばず欲望アゲインのダイーダ。
指摘は間違っていない。
「そう・・・そうよね。確かにアーフィヲさんって方の・・・あぁ、なんなのかしらこの妙にグっとくる名前・・・はっ! お兄さまの名前に似ているからだわっ!」
時と場所を選ばず恋愛まっしぐらのシクロロン。
いろいろ迷子だ。
「えーっと。あ、おれが続けとくよハクさん。えと、なんだっけ、あ、そうだ。
あのアーフィヲってのですらもヒトを獣化させるのにいちいち「承認」させてなかったかな?
それはつまりおれたちは「支配されない」ってコトじゃないか、って聞きたかったんじゃないかな、シクロロン組合長は。」
比較的マトモなボロウが獣化の矛盾を回避しようとする。
しかしそれは一面でしかない。
「だけどね、それはヒトがかくせいを「拒否」できるってだけなんだよ。
このかこうたいの「開け閉め」はしはいしゃだけにできることだから。」
すると意外な所からこの逃れられない構造の説明が降ってくる。
ノルがそう解説したからというより、カロの頭の上からだからびっくりなのだ。
「なんだそれはっ! 難しいハナシなど要らぬっ! 俺が斬って捨てればすべて――――」
「ったくまーいつの間にやら来ていた変わらぬ単細胞はちょっと黙っててくれないかねぇ。
えーっと、こういうことですね、覚醒という獣化自体は拒むことはできても―――ってシクロロンさんっ! くそムシマのことは今はちょっと置いといてくれませんかねぇっ!」
うるさいルマをぶん殴って黙らせ、ふらふらとアヒオに寄っていく組合長をたしなめるハク。
思ったよりも世話焼きなのかもしれない。
「んー? ほいじゃヒトのまんまだと覚醒しなくて済むけどココに閉じ込められたまんまになって、でも覚醒したら強くなる代わりに操られるってことかっ!
なんだそりゃっ! アタイはどーしたらいーんだっ! ほいでモクのオカシラっ! アタイも混ぜてっ!」
ようやく理解したパシェが怒鳴り散らす。
だがそれが、《ロクリエの封路》の意味と意義だった。
「ほー。なるへそ。ってこたーホントにこりゃ《封路》だーな。
封じられた、じゃなくて、封じ込める、ってのが本義だったワケな。わかったわかった・・・
おい、どーすんだキペこのやろうっ! わかりたくないモンがわかっちまったぞっ!
まぁいい、とりあえずソレ飲んでおけキペ。よくワカらんがなんつーのか、その、アレだ、アレがこう、アレになりそーだからよ。はっはっはっは・・・うおっ。」
こりゃお手上げだ、ともう笑ってヘンなドリンクを手渡すアヒオ。
しかしリドミコにひっぱたかれて泣いている。
痛いのだ。心が。
「ねぇきぺちゃん。きぺちゃんなら、できるよねっ!
あたしね、きぺちゃんならなんとかできるとおもうのっ!」
何の根拠もない。
ただ信じる心がそう紡いだだけ。
だが、
それが、
「それでいーんだの、ちっこいの。
信じる、ただそれだけが正しさなんだの。
・・・のう。それに応じられるの? キぺ=ローシェ。世界を覆す者よ。その桎梏はもう、の?」
さっきから離れないニポとダジュボイとパシェに羽交締めにされているモクを、
「そーだこんにゃろうっ! あたいも信じるってんだよチペっ!」
ニポを、
「オレもだシペっ! なんかやらかしちまえっ!」
ダジュボイを、
「私もだ。貴公にすべてを預けようっ!」
スナロアを、
「おれも信じるよキペくん。きみなら任せられるっ!」
ボロウを、
「ふんっ、ならば仕方ない。俺も乗ってやるっ!」
ルマを、
「私も当然信じてますよキペさん。あなたなら大丈夫ですっ!」
シクロロンを、
「あ、ボクはなんとかしてくれるならもう誰でも頼みますから。ほんと、頼みますからっ!」
ハクを、
「バカっぽい顔してっけどあんさんは愚かじゃねーって気がすっから。やってこいっ!」
シーヤを、
「アタシも委ねるなぃ。景気のいーやつイッパツ頼むにっ!」
ダイーダを、
「よしゃいけぇぇっ! 全部終わったら結婚式だぞちぺぇぇぇっ!」
パシェを、
「・・・けけけ、変わったなーキペ。
初めて会った時ゃあんなウジウジしてたおまえさんが今じゃコレだぜ? 冗談にもほどがあるってんだろ。
なぁ。だから見せてくれよキぺ。
変わって、んでも変わらねぇおまえさんを見せてくれよっ! キぺっ!」
アヒオを繋ぐ。
「はいっ!・・・・んぐっ!」
ひとつに、
すべてを繋ぐ。
ついでに景気付けで金の龍が精に力を与えるらしいドリンクを飲み干す。
「あなたたちも無いものねだりはよしなさいっ! 信じて変わるものならとうにすべてが変わっていたわっ! 誰もこの桎梏から放たれることはないのよっ!
こんな悪あがき・・・空しいだけなのにっ!」
ないのに。
信じてもないのに。
この仮構帯から逃れる術など、ありはしないのに。
「ふふ、みんなありがとうっ!
期待してくれてうれしいんだけど、へへ、できるかどうかちょっとやってみないとわからないんだ。
ふふ、でもねアズゴさん、あなたも見ていてくださいよ。
僕、やってみますから。
・・・・・・・・・ふぅ。」
そのためらいに、その戸惑いに気付いた者がひとり。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます