⑮ 地続きの地面と時間軸





 がご。


「到着だな。けけけ。」


 がごーんっ!


「観念しろぉぉぉっ!」


 開いたドアからは威嚇も兼ねた警備員たちの怒号が響く。


「おとなしくし・・・・ふおっ!」


 しかしそんな先陣を切る中年警備員に食らわせたのは


「けけ、やっぱ動きがシロートだな。」


 ナイフによるただの照明の反射。


「うぉっ、おま、何をっ・・・!」


 しかし突然光が目に飛び込んでくると顔を背けてしまう。


「けへへ、とりあえず一丁上がりだ吉平ぇぇっ!」


 どうやら狙いは視覚を奪うだけでなく浮足立つその態勢だったようだ。

 そうして甘くなった脇の下の防具の留め紐、首でたるむヘルメットの顎紐と焦点を絞って日尾は切り裂いてゆく。


「ふげっ、いくつになっても元気でいたい、すげーじゃないのさっ! アガリクスでも飲んだのかいっ?」


 仁帆のちゃちゃはさておき、想定どおりに反応する警備員の手から警棒はあっという間に手放される。そんな驚きに無防備となる相手ならば日尾より重くてもバランスを崩すだけで引き倒すことができた。


「うわっ! えと、こ・・・こ・・・このおおおおっ!」


 ばたん、と転がされた警備員に吉平は馬乗りになり


「すごいにっ! あ、そんなこと言ってる間にも日尾のダンナがまた・・・・」


 両手を伸ばしみぞおちへ全体重を乗せる。


「次こっちも頼むぞ吉平っ!」


「はいっ・・・よいしょおおおおっ!」


 そして立て続けに二人の警備員は対処できた。


 だが


「つっ・・・常駐で五人ってどんだけ秘密抱えてんだこの会社はよぉ。」


 入口で詰まっている分にはやりようもあった。しかし眼前には二人三人と体を固めた警備員が迫っている。一人一人が弱くても数を揃えられれば不可能は比例するものだ。


「ぬぉぉぉっ! こーなりゃあたいも行くってんだこんにゃろいっ!」


 だからか、二人目に取り掛かる吉平の背後から何かを覚悟しちゃった仁帆が吠える。


「ふもぉぉっ! お供するなやっ!」


 女・子ども抱えたまま男二人で多数の警備員を相手にするのは無理があったようだ。

 そんな空気に勝機を見た警備員が声を鳴らして走りくる。


「無駄な抵抗はす――――」 


 そうしてごっそり出てきた三人もの警備員たちが


「なんだお前っ――――」


 不思議と


「どこから――――」


 次々に倒れてゆく。


「・・・おいおいおい、状況が掴めねーぞ。


 ・・・誰なんだおまえさんは?

 いや、その耳・・・ちょ、お譲ちゃんっ! おまえさんの親戚かっ?」


 そこへ防具の一切を構わずなぎ倒して姿を現したのは


「カロのアニさんっ!」


 黒く長い髪を揺らし、犬娘のようにぴこぴこと「耳」を動かす長身の男だった。


「遅れてすまないねパシェ。

 ・・・なるほど。ユニローグから追い返されたということかな。


 ・・・キぺ。そろそろ目を覚ます時だよ。

 起きて、そして世界を翻すんだ。きみにはそれができるのだからね。」


 物腰もやわらかに男はそう告げ、吉平に近づく。


「なんっ・・・誰ですかっ? あなたは・・・何を、何をした・・・何なんですか。」


 まるで紙人形を吹き倒すように警備員を気絶させただけでも仰天だったが、先のパシェと呼ばれた娘同様、自分を呼び求めるその目的がわからなくて身構えさせる。


「知り合い? なはずない・・・だろ吉平?


 こん・・・あんたらいったい何者だいっ?


 吉平さがってなっ! どーやらあんたが狙いらしいからねえっ!」


 ほぼ人間といえる新たな侵入者の胎を探るにはあまりに荒唐無稽な状況が冷静な思考を妨げてしまう。


 それでも一点、明確なのはそれら二人が吉平との接触を望んでいるということだ。


「なんだかさっぱりだがよ、どーすんだ? こっちゃ遊んでるヒマなんてねーんだぞっ!」


 一難は去った。


 だが、去り方が問題だった。


「はいにーっ! ちょ・・・これ、これ間違ってるかもしれないんだがなや・・・・いや、でも・・・」


 やや吉平たちと距離を置いていた台田だからかもしれない。


 仕入れたばかりの情報のすべてを積み上げ、組み上げ、築き上げると

 真実が見えてくる。


「・・・。台田さん。僕にも、わかったかも。


 ・・・あなたたちが、・・・なぜあなたたちが「未来」なのかも・・・


 でもっ! でもなんで僕なんですかっ? 僕に何をしろっていうんですかっ!


 こんな、警備員さんで手いっぱいの僕に何うわあっ!」


 するとそこで倒れていた警備員たちがやおら立ち上がる。

 というより、


 その動き、その表情からしてとても自立して起き上がったようには見えなかった。


「よわったな。アズゴの差し金か。


 ・・・いいかいキぺ、よく聞くんだ。ここはわたしに任せて、きみは思い出すんだ。


 きみが誰なのか、何をしに向かったのか。


 教えても伝えても、きみ自身がその心で気付き、応えなければ飼い慣らされるだけなんだよ。・・・この自我を失った不適格者のようにっ!」


 がばっとおよそ攻撃とも呼べない攻撃を仕掛けてくる警備員を、しかし慣れているのかカロと呼ばれた猫っぽい男は張り手の一撃で突き飛ばす。


 しかし今度はそれで終わらない。

 それどころか明らかにあさってを向いた顔も構わず再び襲いかかってくる。


「くっ! なんのハナシか分からねーがなネコ耳のにーさん、このゾンビはゾンビって認識でいーのかっ?


 ・・・けけけ、ならおまえさんみてーな奇術が使えなくてもシゴトはできらーなっ!」


 首のねじ曲がった警備員は欝血した紫の頭を抱えたままなおも手を伸ばしてくる。

 趣味の悪い映画よろしくこれでは埒が明かないはずだったのだが。


「うぅ・・・ぱぁ・・・」


 ごぎ。


「・・・なるほど。そうすればいいのか、勉強になるよ。

 ・・・・・・永遠となった者。」


 元来肉体は腱と筋肉があれば骨が砕けても動かすことはできる。

 だからこそ関節部にある腱を切り裂くなり力でどうにもならないほど捻じ曲げてしまえば鎮めることができた。


 生身の人間が相手だと躊躇してしまうものも、目の前にいるのが生ける屍であれば心穏やかに遂行できるものなのかもしれない。


 とはいえ狙いが膝から下だったのは彼なりの慈悲だろうか。


「ちょ、と、待ってよ。どういうことっ? 僕が誰とか飼い慣らされるとか・・・

 そんな、僕はただの――――」

「アタイのちぺが「ただの」で終わるわけないだろがーっ!


 アンタはこんなトコで足踏みするために来たんじゃないだろーっ!」


 吉平を制して犬娘が大声を張る。


 不思議なその「声」に、なぜかゾンビたちは動きを淀ませる。


「このヒトたちが何なのかはもう目星が付いたんだに? あたしにはまだなぜ現れたのか謎だがなぃ、孫にーさんになら理解できるってことじゃないかなや?


 そしてそれがこの悪夢を終わらせる唯一の方法なんじゃないかにっ? もーどう考えても現実離れしすぎで頭が追い付かないからなぃ。頼んだなや、孫にーさんっ!」


 武器らしい武器も持っていない台田までもゾンビに立ち向かっていく。


 冗談じゃない。


 そう思う心が前へ出ようと踏み出したその時。

 


 ばちんっ!


「・・・へ? 仁帆?」


 台田や犬娘までもが倒れない警備員に立ち向かうさなか、手を貸そうと前のめりになる吉平を仁帆の平手が豪快に鳴らす。


「落ち着きな吉平。

 よく見るんだよ、今なにが起きてるのか。それは何のためなのか。


 あの犬っ子までもがあんたを信じて挑んでんだよ? この常識外れな現実の中でね。


 闘ってるんじゃないんだよ吉平。

 わかるかい、信じてるのさ。あんたをね。


 正直いってあたいも降参だよ、がなんなのかさっぱり分かりゃしない。

 でもね、あんたなら解るってみんな信じてんのさ。あたいもね。


 物事には役割ってモンがある。そうだろ?

 さっきネコ耳が言ってたのもそーだし日尾が言ってたのも気になってた。


 あんたが抱えて離さないその「手槌てづち」、ちゃんと目を向けてやったらどーなんだい?


 きしし。吉平、あんたは頭よくないけど賢いんだよ。あたいが保障してやる。


 さ。考えな、あんたの本当の名前を。

 その目に映る世界に隠れた本物の名前を思い出すんだよっ!」


 そして仁帆も飛び出す。


 だから、


「手槌・・・?


 名前?


 ・・・本物の、物事の、名前。」


 考える。

 思い出す。


 女・子どもまでが闘わなければならなくて

 でも自分だけは安穏と思索の時間を与えられて――――


「僕の、僕の役目は・・・」


 何がしたかったか。


「違う・・・・」


 ではなく。


「もういいよっ!・・・・・・でもどうしたらっ!」


 何がしたいのか。


「手槌・・・? なんだよ手槌って?


 ・・・・・・こんなトンカチ・・・音?」


 そして見渡す。


「けけけ、なんか掴んだようだぜやっこさん。」


 ここは共有エリア。


「そうあるのがキぺだからね。・・・おっと、そろそろ真然体が本気を出すようだ。

 いいかい、絶対に掴まれてはいけないよっ! 筋力はきみたちの数倍以上なのだからっ!」


 あるはずだ。


「アニさんっ! アタイちゃんと恩は返せてますかいっ?」


 未知なる未来の被造子の


「これは見上げた気概だなやっ! こんな少女が義理やら恩義やらを口に出すなんて小気味好いにっ!」


 すべてを司るマザーノイズ。


「たっはっはっはっは、気に入ったよ犬娘っ! あんたはあたいの妹にしてやるっ! きひひ、気合い入れて掛かりなっ!」 


 それを発する人工鉱物・バファロウズキン鉄。


「あったっ! これをこうして・・・と。」


 そして吉平は素早くその鉱物を机に置き、


「わからない。


 わからないけど、わからないけどこれが・・・僕のっ!


 答えだぁぁぁぁぁっ!」


 何の変哲もない鉄のトンカチを振りかぶる。


「「・・・・・やめ・・・・そんな・・・・何を考えて・・・・」」


 どこかで聞いた女の声が湧き出すように響く中、


「やめてほしかったら全部を元どおりにしてくださあああああああああああああいっ!」


 振り上げたただのトンカチは、そこで光となって振り下ろされる。



 きゅりりりりりりぃぃぃぃいんっ!

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