⑥ 探求者の情熱と実験





「ふー。しかし大ゴトになってしまったなや。

 まさか・・・アーフィヲがこんな・・・裏切るようなマネするとはに。」


 時間は掛かれど、もっと他に有効で無害なやり方はあったはず。

 そう思う心が選ぶのは、走り出してしまったアーフィヲへの望まない言葉だった。


「裏切り・・・そう片付けたくはないわね。

 でも、わたしも白者でなければ、この血がエシドを支配できる体でなければアーフィヲの隣にいたはずよ。


 それよりどう、サヴラフ? 扱い方には慣れてきたかしら?」


 ふん?と首を傾げるディーダ。

 それをからかうようにサヴラフはやおら手を差し出す。


「いろいろ違うなーアズゴ。そもそもオレが《オールド・ハート》持ちの番格だからかユニローグにしょっぴかれたからなのか、少なくともあんたとはこう、違うみたいだ。


 オレの場合はそーだな、黒影と「相談」するのに近いか。

 あんたのように完全に「飼って」るわけじゃねーからだろ、正確に言うなら「力を借りてる」って感じだ。さっき「血を止めて」わかった。」


 サヴラフがアズゴの血を飲んだ。

 そこまではディーダも聞いていたし、番格の性質があること、拒んだのにユニローグの写像を見せつけられたことも知っていた。


 ただ、「血を止める」だの「力を借りる」だのと言われてもさっぱりだ。


「なんだにっ? ふたりで仲良くアタシを仲間外れにしてなんなんだにっ! アタシらは今も昔もこれからも仲間・・・・なっ! 火がっ! サヴラフ、指が燃えてるにっ!」


 差し出した指、それをぱちんと鳴らしたそこからふっ、と夜の薄暗闇の中でなければわからない程の火が灯る。


「んーっ、うわぉっ!・・・っつー。どだ? こんな感じで。

 ・・・アズゴはもっと上手くできそうか?」


 つー、と手をぱたぱたやって火を消すサヴラフ。

 しかしその指先にあったのはやけどの跡ではなく、皮が剥けて新しくできたばかりの桃色の皮膚だ。


「どうかしら。でも似たことはできるでしょうね。


 指先の命の鼓動を加速させるわけでしょ、で、統御を外していく・・・・古い皮膚を薪のようにすればいいのかしら。・・・そして手の力の統御も外して・・・・・・・


 えいやっ! あ、できた。ふふふ、あちちち。」


 こんなん出ましたけど、みたいに笑みを浮かべるもやっぱり火は熱かったのだろう。

 アズゴは慌ててそれを消した。火を消す能力、というものはないらしい。


「あ、あんさんらどーなったんだに? もう、もう魔法使いみたいになってるんだなや。

 というよりサヴラフもできるってどーゆーことだに? アズゴの血を飲んだらみんなそうなるのかなぃ?」


 うわすげー、とはなるもののアズゴの「血聖」がこの超然能力を導くとなればそれを悪用する者への懸念が出てくる。


「他人にない力」そのものに善悪はない。


 しかしそれを用いるのがヒトであれば善悪は必ずついてくる。能力の作用・反作用以前に、その能力を開示するべきかを慎重に判断しなければならなくなる。


「たぶん違うぜ。・・・しかしアズゴの方が火がデカいな。

 あーいやいや。これは実験なんだよディーダ。期間的にどーなんだろな、でもココまでできるのならもう「同化」か「順応」してるのかもしれねーな。


 まーこの際その辺はあとにして、今オレがやったのは黒影・・・エシドの力を借りた実験だ。


 アーフィヲやニロ、あるいはアズゴみたいにはやれねぇ。使うたんびにこう、ざわざわするっつーのか、「これ以上はやめとけ」みたいな感じになるしな。

 んでも試さなくちゃワカんねーからやってんだ。


 そしてコレを、ディーダあんたにも手渡したいとオレもアズゴも思ってる。

 はは、承知してんさ。あんたにゃ《オールド・ハート》はない。ユニローグに引っ張り込まれてもいない。


 だからそんなあんたにやってもらいてーのよ。


 ああ、獣化を心配してんなら大丈夫だ。ココには白者がいるんだからな。

 そしてオレは「血聖」を持った番格。


 二人であんたの中の共交層領域に行けば「交渉」は優位に進められる。ヘマして真然体になってもアズゴが押し込められる。あんた一人くらいなら、アーフィヲって邪魔者がいないんだ、それくらいはできるぜ?


 ・・・どーだディーダ。オレたちゃ研究者だからよ、ワカんねーコトがあるとすぐ突き止めたくなっちまうんだ。無論そこで知り得たことはこれからずんと役に立つだろう。


 だがそのためには実験体ってモンが必要になる。

 コレは物質や性質の反応実験じゃなくて、掴みどころのねぇ「心」を主軸にした実験だ。どーしたってお互いに信頼関係は欠かせねぇ。


 頼めるのはディーダ、あんただけなんだよ。」


 違うわサヴラフこう、指紋の突起と硬化をもっとこう高めて指が飛んじゃうくらいに、そうそう、みたいなことを向こうではやっている。

 これで信頼云々をしゃーしゃーと謳うのだからたまらない。


「えと、どーいうことだに? アズゴの血を飲んで・・・「交渉」ってなんだに? アタシも真然体になればいいのかなや?」


 簡単にまとめると、イレギュラーながらもアズゴは真然体、サヴラフは半真然体ということになる。

 そんないびつな真然体でもアーフィヲやニロのような超然能力を行使できるようだ。


 ただ、改めて「実験をする」と言っているのだからこれらとはまた異なるアプローチで超然能力の覚醒を模索するのだろう。


「そうね、わたしの血も使うけれど、なにより「エシドの力を使えるか」を試したいのよ。


 いま話してくれたとおり、サヴラフは半真然体として獣化せずにエシドの力を使えるようになっているわ。まぁそれも条件があるようだけれど。


 だからそれらの条件のないあなたにわたしの「血聖」がどのくらい作用するかは知っておきたいの。


 ええと、でもねディーダ、わたしたちが知りたい、得たい、って思っているのは超然能力ではないの。

 じゃなくて、エシドとの距離の取り方って言えばいいかしら。


 わたしたちが「壁」を持っている、って喩えはさっき話したわよね?


 でも普通はそこに穴を開けると即座に決壊してエシドという本能に呑まれて獣化しまうの。ニロやニナイダ族のヒトたちのように。


 だからサヴラフにはそこへ挑戦してもらったというわけ。

 わたしの血聖がどう影響するのか、そしてそれはエシドとの向き合い方にどんな意味をもたらすのか、そもそもどこまでヒトはエシドに抗えるのか、をね。


 言ってしまえばヒトに備えられているこの「壁」を、開けたり閉めたりできる「ハウルド」として使えるかが知りたいのよ。」


 それは無謀な実験だった。

 しかし何もないディーダに比べ、《オールド・ハート》の保有、またユニローグとの接触という特異な条件をクリアしたサヴラフから試すことでそれなりの結果は得られたのだ。

 文字通り身を粉にした危険で無茶な試みはだから、一つの可能性を示唆することになる。


「オレの体がちょっとばかり普通じゃねーからか、あるいはアズゴの血聖の影響からか感覚がいつも以上に先鋭化されるっつーか、そうできるようになったのよ。

 それを感じて日巡り一つもしたら今度は頭ん中であの仮構帯みてーなトコへ意識を飛ばせるようになったんだ。夢ん中でも見るくらいだから「近い」場所にいる、ってコトなのかもしれねーな。


 ああ。そこで見たんだよ、黒影を。

 不思議なモンだぜ? オレの体は現実でちゃんと動いてんのに頭ん中では並行して「オレ」が黒影と話をするんだ。ホント想像の世界の中の話みてーだぜ。


 でだ。ヤツぁそんな時でもやっぱり解放を求めたがってる。

 本能・エシドの解放、「獣化の承認」だな。


 だがもう見慣れてんのもあんし、アズゴの血聖のおかげかこう、怯まねぇってのかな、「承認は危険だ」って強力な警鐘が鳴る感じになんだよ。んでぼんやりするあの仮構帯の中でもハッキリした感覚や感情が保てる。

 目に見える変化らしい変化はなくともよ、そーゆー心の下支えみたいな土台が強くなってた。


 だからオレでも対等に黒影と話ができたワケよ。

 そこで試してみたのは、さっきアズゴが言った「壁を扉にしてみる」作業だ。


 なんつーか、「壁」の後ろで渦でも逆巻いてそーな「勢い」は感じんだよ、さすが長年押さえつけられた行動原理だけあって怖ぇーなとは思った。

 だが考えてみりゃヒトってのは白者の助けがあったにしろ、己の力で「壁」を作って守り抜いてきたワケだろ? なら「扉」として開けても「閉める」ことはできるんじゃねーかな、ってよ。


 賭けだった。

 心ってモンが理詰めで片付かねーのは何よりヒトの業の歴史が物語ってる。エシドでもねー欲や本能を理屈で操舵できるんだったら、もっと住みやすい世界でなくちゃおかしーだろ? かははは。


 だから覚悟をもって「交渉」してみたのよ。

 まぁこれはアズゴあってのハナシなんだがな・・・・さっき倒れてた警備のヤツらいたろ?

 あれを覚醒させた。獣化させた。オレが、だ。


 そうやって黒影のやりたそうなコトをやってやる代わりにエシドの力を貸せ、ってよ。

 勿論すぐにアズゴに戻させたさ。獣化させることが目的じゃねーからな。


 だがそういう「交渉」はアリって事実は掴めたワケよ。」


 その「交渉」の先に手に入れた力が、火を灯すサヴラフの指、血を止めるという速すぎる治癒能力だった。


「・・・だからさっき「飼う」とか「借りる」とか言ってたのかに。

 えと、つまりそれはなんというか、おやつみたいなモンと考えていいのかなや?


 少しでも解放されればそのぶん本能は満たされるし、息抜きさせてやれば・・・ん? コッチに何の得があるんだに?


 戦いになれば別かもしれないけどに、超然能力ってコッチの陣営に必要だと思えないんだなや。なんでわざわざ危険を冒してまでエシドとの距離感というか、制御の仕組みを知りたがるんだに?」


 性欲であれば自慰、食欲であれば間食、睡眠欲であれば午睡といったところだろうが、そもそもエシドという本能は欲求より上位にある行動原理。

 そして「誕生の意義」なのだから小手先のガス抜きで手に負えるものではない。そしてだからこそ「封じ込める」という極端な力技で関係を断ったはず。


 今さら距離を測っても封じ込めるのが最終目的なら無用の長物になる。

 ひとつの研究対象に選んだとしても危険が大きいため、ただの好奇心で手を出す代物ではないだろう。


「そうね。まず先にエシドの性質について話すわね。

 エシド、つまりわたしたちの行動原理である本能は「第一欲動」として「本体の獣化」を求めるわ。

 でも同時に白者たちとの戦いを経てから作り上げられた「第二欲動」も存在するの。


 それが「他者の獣化」。


 ディーダ、あなたの言った「おやつ」はこの「第二欲動」に相当するし、感じ方としては間違ってないわ。「おやつ」のおかげでサヴラフは超然能力を使えるのに「第一欲動」である「本体の獣化」を避けられるのよ。


 それと、ちょっと訂正があったわねディーダ。

 エシド解放による超然能力、この中の「仮構帯への干渉能力」はわたしたちも欲しいのよ。


 憶えておいてもらいたいのは太古のエシドを巡る戦いと、今回のアーフィヲの件は似て非なるものだ、ってこと。


 はるか昔のそれはいわば「野性と知性の戦い」だったわ。真然体同士の意思疎通はせいぜい上下関係だけだったし、彼らには自我も画策する知能もなかった。


 でも今回は「主導者」がいるの。

 それもアーフィヲよ。


 手勢となる「兵」たちは獣のようなものだけれど、それを扇動する側にはユニローグを理解できる知恵者がいるの。

 それだけじゃないわ。この戦いに巻き込まれるのは自我を持ったヒトであり、そして文明なの。過去のそれのように悠長になんて構えてられないわ。


 だからこそこちらが仲間として欲しいのは「仮構帯干渉能力」を得ながらも、自我を保てる存在。

 現状は白者であるわたしとうまく立ち回っているサヴラフだけなの。


 だから・・・キシさんに血を示したとき話したでしょう? 

 わたしと変わらない白者を人工的に生み出すことはできないけれど、それに「準じるもの」ならできるかも、って。」


 確かにユニローグで見せられた古い時代とは様々が異なるため事態の収束に長い月日は掛けられなかった。被害や損失は日を巡るごとに大きく、そして広がってゆくのだから。


 といって今すぐアズゴとサヴラフ二人だけでアーフィヲと対決しても勝機はない。

 ならばと助力を願いたいメタローグとの接触には時間も食うし、何より最後に前線に赴かねばならないのはヒトなのだ。


 エシドという本能・行動原理との距離感を掴み、そして上手く操ることができなたら真然体の「兵」と互角に渡り合う超然能力を得られずとも、獣化に陥ってアーフィヲ勢を増やすリスクを避けてある程度の防戦は見込めることになる。


 となれば当然、こちらには白者と自我を持つ番格がいる以上、アーフィヲのように真然体を「兵」として操り凌ぎ合うことも不可能ではない。

 そして戦いが終わった後にエシドを封じる、といった「軍」対「軍」に持ち越すこともできるが、そんなヒトを使い捨てのコマにする手段などアズゴが許すわけもない。


 だからこそこの、「敵にならない方法」と「ヒトのまま仲間にする方法」はどうにかして把握しておきたかった。エシドという行動原理との「距離感」をこうまで煮詰めたがる所以だ。


「なるほどなぃ。アズゴもメタローグに泣き付けばそれで解決するなんて甘い見通しは持ってなかったというわけだなや。


 開けることを禁じられたユニローグの扉を開けてしまったのは、なにもおたくらだけじゃないからに。きしし。


 アズゴ、わずかな時間の中で考え抜いた結論がそれなんだに?

 だったら、それを最良の策と信じて従うだけなんだなや。メタローグなら他の奇策を知っているかもしれないに、でも知らないかもしれないに。


 んでも猶予のない今、できる限りってモンに身を賭してでも挑戦しないと後がないならやるしかないんだなや。


 それに後見人がアズゴとサヴラフなら任せられるんだなぃ・・・うん。あの、それやるとお腹が減るってのはよく分かったんだけどに、いい話をしている時は目を見て聞いてほしいなや。」


 超然能力をまたしても無駄に使ってしまった二人はときどき目を上げてディーダの話を聞き齧っていたようだが基本は食事だった。

 そんな二人が競うように食べ物へ伸ばす手を見れば、もう指先は他の指と区別がつかないほど馴染んだ色に落ち着いている。


「ほふぃ、・・・それじゃとにかくやってみましょ。血聖はあとにするとして、っと。

 まずはディーダの中へ干渉して、そしてサヴラフのような「交渉」を成立させてみましょ。たとえ成功しても誰彼かまわず、ってわけにはいかないけれど、この結果と方法は知っていて無駄にならないはずよ。」


 量産はできない。

 あくまで信用できる者だけにしなければ、それは第二・第三のアーフィヲを生み出すことになるのだから。


「ほうふぁふぁ。・・・それにもしかしたら他に応用が利くかもしれねーからな。ヨソのヒトの意志や知識に近づける、ってこたぁ記憶にも手を出せるかもしれねーしよ。」


 まっしぐらに荒れ狂うだけの「強力」より、細工が施せる「微力」の方が扱いが複雑になっていく。


 とはいえ自我を保った微力とは、知恵で狡猾に操れるため危険がより大きくなる要因でもある。


「よしっ、ほいではやってくれなやっ! アタシはもう心の準備ができたんだにっ!」


 そんな危うい「微力」を用いるのが自分たち。


 もはや正義を問う余裕もない中で見つけた答えだけに、迷うことも引き下がることもできなかった。


「よく言ったっ! んじゃやってみるぜディーダっ!

 ・・・なんかあったら、頼むぞアズゴっ!」


 信じるだけだ。

 それは間違っていないのだと。

 拓く未来は必ず輝かしいものになるのだと。


「ふふ、そこは任せて。様子を見て、それからわたしも「入る」から。」


 信じるだけだ。


「ふげっ!・・・」


 ただ、信じるだけだった。


「ふごっ!・・・」


 その手で掴めぬものが未来ならもう


「・・・アーフィヲ。」


 信じるだけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る