第18話 婿養子直樹


 直樹は彩に一目ぼれした筈だったが、自動車部品工場の惨憺たる現状を目の前に現実を直視するしかなくなったのだろうか?とは言ったものの不動産関連は順調ではあるが、かと言って一つの綻びで取り返しがつかくなる事も往々にしてあるので迂闊なことは言っていられない。100年も続いた実家の「老舗料亭光城」を目の当たりにして来た直樹は、愛だ恋だと浮足立って居られる現状でない事を痛感した。


それでは……直樹は婿入りした「今井産業」を守る為だけに、彩を利用としたのだろうか?


「直樹いつ結婚してくれるのよ。私あんなおじいちゃんと……もうこりごりよ。あなたが、私に浩一を紹介してからプロポーズされて私は仕方なく結婚したわ。私が浩一との結婚を断ろうとした時、あなたは言ったわよね。『駄目だよ!2人の会社を興すために君は仮初めの結婚をして僕の協力をしてくれて、その結果君と結婚して君を社長夫人にする為に無理を承知で頼んでいるんだよ。妻と離婚するためには多額の慰謝料が必要だろう。その為には俺が稼げなくてはダメだろう。それもこれも彩と結婚するためさ』あなたがそう言ったからあんな20歳も年上の子持ちと結婚したんじゃないの。あなたの為に会社の機密書類を度々夫からこっそり持ち出しコピーして、その書類を貴方に渡したお陰であなたは機密書類を使って、青年実業家となり成功できたのじゃない」


「分かっているさ俺は彩を世界中の誰よりも愛している。必ず離婚するからさ」


 この言葉からも分かるように浩一と彩はひと頃は初心(うぶ)な男を知らない彩が最初の男浩一に舞い上がり、20歳も年上の子持ちと真剣に交際していたが、目の前に現れた若くて優秀な青年実業者の魅力にハマり、浩一を裏切り直樹のスパイと化した現状が読み取れるが、それでも腑に落ちない。


 あれだけ強い絆で結ばれていた浩一と彩が、どうしてこのような結末になったのか、紐解いて行かねばならない。


「私に浩一を紹介してからプロポーズされて私は仕方なく結婚したわ。私が浩一との結婚を断ろうとした時、あなたは言ったわよね。『駄目だよ!2人の会社を興すために君は仮初めの結婚をして君を社長夫人にする為さ。それもこれも彩と結婚する為にだよ。妻と離婚する為には多額の慰謝料が必要だろう。その為には俺が稼げなくてはダメだろう。それもこれも彩と結婚する為さ』


 この言葉は何を意味するのか?


 


 実は……彩は狭い世界で浩一だけを見つめて生きて来た。

 だが、浩一が急用で九州に出張したあの日、直樹は思わぬ接待をしてくれた。この割烹料理店「光城」は11:00〜14:00  18:00〜23:00となっていて4時間中休みがあるので、直樹が忙しい中彩の為にわざわざ時間を割いて京都見物に連れ出してくれた。


「彩さんニューヨークから久しぶりに日本に帰っていらっしゃったのでしたら、日本の象徴的文化が沢山ある京都見物をしてみましょう」


 ニューヨーク・マンハッタンの夜景は、豪ジャス極まりない。それこそThis is America。


 だが、彩は慣れないニューヨーク生活で苦労していた。確かにマンハッタンは 世界的に有名な観光スポットや金融機関が集まっており、世界経済の中心地とも呼ばれている。またマンハッタンには世界中からさまざまな人が集まり、数多くの最先端の流行が世界中に広がるなど流行の発信地でもある。


 この様な情報を耳にしていた彩は、意気揚々とニューヨークに降り立ったのだが、現実は違っていた。物価は高いし、ゴミが溢れ返って衛生的ではないし、ライフラインも日本ほど万全とは言えない。時々停電もあるので慣れるまで苦労した。


 久しぶりの日本を浩一と満喫しようと東京からやって来たというのに、浩一は仕事で九州に旅立って膨れっ面の彩を見かねて直樹が誘い出してくれたのだった。


「光城」からすぐの花見小路の両側には、寺社仏閣や伝統芸能に親しめるスポットなども立ち並んでいて、四条通の南側、お茶屋が並ぶ祇園のエリアでは電線が埋め立てられ、昔ながらの京都の雰囲気を彷彿とさせる景色を楽しむことが出来た。


「京都は何度か来ていらっしゃいますよね」


「嗚呼……でも花見小路を歩くのは初めてです」


 やがて……葵祭、時代祭と並ぶ、京都三大祭のひとつ・祇園祭を執り行う八坂神社が見えて来た。祇園に位置し、連日多くの参拝者で賑わう神社だ。古くより「祇園さん」として京都の人たちに親しまれる神社。そして……美しい石畳のねねの道を歩いている時ヒールが石畳に引っ掛かり倒れてしまった。


「あっ!大丈夫ですか?」そう言うと彩の手を取り救い上げてくれた。


「ありがとうございます!」

 

 彩は浩一以外の男性に手を握って貰ったことなどなく、ましてや体を支えて貰ったことなど一度もなかった。爽やかで浩一とは大違いのハツラツとした才能溢れる直樹。


 彩は父がフランス料理店を手広く経営していた姿を直樹に投影していた。誠に残念な事だが、父とは違ってこの男は時代がどの様な変革期を迎えようと失敗はないと直感した。計算し尽くされた芸術的な料理を目の前に、父とは違ってこの直樹だったら絶対にお客様を離さないし、失敗はないと実感したのだ。やはり若くして日本で指折りの名店の店長を任され、そして…若くして自立出来る人物は普通ではないと直感した彩だった。一瞬で芸術的な料理の数々を考案してしまう直樹に、父にはない才能を感じ尊敬の眼差しを向ける彩だった。


 そんな尊敬する若きイケメンと、こうして京都観光が出来て彩の気持ちは大きく変化してしまった


 京都東山随一の人気スポットを通り、二年坂~三年坂~清水寺に到着した。 


 彩は今まで浩一だけを見詰めていて……それを何ら不思議に思う事もなく、只々処女を捧げてしまった事で、まず最初に捨てられたくないと思う強迫観念にとらわれ浩一しか目に入らなかったが、今こうして改まって5歳違いの直樹と散歩をしてみると、会話といい、横顔といい、若々しさに満ち溢れていて浩一とは余りにも違い過ぎて、一瞬で浩一が色あせてしまった。

(私はなんてバカなの。こんなに若くて才能溢れる男性が世の中には沢山いるのに……何で寄りによって親子ほども年の違う浩一と結婚しようなどと考えていたのだろうか?)


 八坂神社~ねねの道~二年坂~三年坂~清水寺徒歩で移動した。大体歩いて20~25分くらいの距離だったが、観光地をぶらぶら見物したり土産物屋さんを見たりしながら1時間30分くらいで清水寺に到着した。


 その頃には直樹と彩は手をつないでいた。

「彩さん坂もありますので危ないので手を握りませんか?」


「あっ!ハイお願いします」


 清水寺には観光名所が目白押しだ。春には桜と三重塔の美しいコラボレーション、秋にはライトアップされた本堂と紅葉を見に、多くの観光客が訪れる清水寺。人気のパワースポット「音羽の滝」、 清水寺のシンボルであり続ける「三重塔」、朱色が美しい最古級の建造物「仁王門」、ことわざになるほど有名な舞台がある「本堂」安産祈願の仏様を祀る「子安塔」、縁結びのパワースポットとして有名な「地主神社」などを直樹と彩は見物して歩いた。


 実は……直樹も彩もお互いに相思相愛の状態になっていたが、彩は直樹が結婚している事は知っていた。だから……この日の事は神様からの贈り物くらいに思って忘れ去られていった。


 一方の直樹は彩はドストライクだった。直樹は最初から4歳も年上の妻美穂を愛していなかったが、愛そうと努力した。だが、彩を知ってしまい一気に美穂に対する気持ちは冷めて行った。


 運が悪い事に、この2年後リーマンショックで一気に「今井産業」自動車部品工場部門の経営が悪化する。実は直樹は約束通り、結婚して直ぐに料理の腕を見込まれ出資してもらい、不動産業を手掛ける舅に店舗を準備してもらい、新たに「割烹光城」を経営していた。


 舅が経営する自動車部品工場部門の経営が悪化したと言えど、他の部門は万全だ。いくら婿養子と言えども「割烹光城」で稼いだお金を湯水の如く自動車部品工場部門の悪化に注ぎ込む舅を目にして直樹は一気に不満が爆発する。


 一方の彩は必死に直樹の事を忘れようとしていた。そんな時、直樹から連絡が入り2人の思いは再燃するのであった。




※割烹:食品を「割き」煮炊きすること、調理、料理することで、「割」は包丁で切ること「烹」は火を使って煮る調理法を差す。割烹料理店は、客の好みに応じて即席に作った出来たての高級な和食をカウンター席やテーブル席などで気軽に食べさせる料理店で、懐石料理、懐石料理、精進料理といった料理。






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