第17話 直樹の思惑
末っ子でマザコンの直樹は小さい頃から母がいないと寂しくて、チビッ子ストーカーと父から笑われるくらいのマザコンだった。そんな母が今時代の波に流され、借金で苦しんでいる姿を見るにつけ胸が締め付けられる思いだ。
(愛がなんだ。結婚してしまえばその内子供にも恵まれ、情も沸いて幸せな家庭が気付けるかもしれない?)
元々美穂の家は下町神田一帯に土地を有していた資産家であった。その為土地を有効活用して賃貸アパートや駐車場経営、更には部品工場などを手掛ける資産家であった。
直樹は本意ではなかったが、実家の借金の手助けをしたいばかりに美穂との交際を承諾した。その時美穂は直樹の実家が多額の負債を抱えて倒産した事実は全く知らなかった。
「俺の実家がバブル崩壊とリーマンショックのダブルパンチを食らって、倒産したんだ。地方都市だから打撃をもろに受けてさ。こんな僕でも良いのかい?」
「エエエエエェェエエエエエエッ!それは大変ね!それで借金はどのくらい?」
「3億円なんだ。まあ兄が後継ぎだから俺に借金がある訳じゃないんだけれど……」
「そうよ。お兄さんが後を継いでいらっしゃるのだから、あなたは直接関係ないじゃないの?」
「だけど……母もいるので……」
お嬢様の美穂はイケメンで才能あふれる直樹に夢中なので、実家の問題などなんとも思っていない。だが、両親は「用心には用心を」で、こっそり興信所に直樹の身元調査を依頼した。そこで実家の料亭「光城」が3億円の負債を抱えて倒産した事実を知り、今までとは打って変わって大反対となった。
「美穂あちらのご家庭には3億円もの借金があるのよ。絶対に結婚は認められません!」
「だって……直樹は以前の店で儲けた貯蓄もあるのよ。お兄さんの経営が悪かっただけで直樹には関係ないでしょう?」
「それはそうだけど……そんな兄が居ればきっと後々お金の工面で泣きついてくると思うんだよなあ……」
「本当よ。幾ら結婚相手が見つからないからと言っても、そんな大きなマイナスを背負ってまで結婚させるつもりはないわ!」
両親との話し合いはこじれにこじれたが、美穂はどんなことをしても直樹と結婚したかったので、最終手段に打って出た。
「私パパとママが結婚を承諾してくれないなら家を出て直樹と暮らします。さようなら」
これにはお手上げ状態の両親は渋々2人の結婚を承諾した。
2011年桜が満開の時期に直樹と美穂の結婚式は盛大に行われた。結婚式には長年にわたって千代田区神田町の為に貢献した「今井産業」の後継者の結婚とあって、千代田区長も出席して豪華絢爛な結婚式となった。
★☆
それでは……直樹と彩はどのような経緯で付き合うようになったのか?
高校卒業と同時に 「日本一の料理人になりたい」と心に誓い、京都の名店で3年間修業。そして、三ツ星の名店「嵐山美味」に弟子入りする。そこで5年修業したのち和食割烹をオープンする予定でいたが、丁度リーマンショックで閉店に追い込まれる店が続出していたので思いとどまった。
そんな時に三ツ星の名店「嵐山美味」嵐山店の店長を任されていた直樹の腕に、惚れ込んだ不動産会社社長が出店の話を持ち掛け来た。
「うちのビルの一階に君のような腕のある料理人の店が是非とも欲しい」と口説かれて賃借料も破格に安くしてもらい「和食割烹光城」を祇園にオープンさせた。この時たまにこのお店に顔を出してくれていたのが、浩一と彩だった。
当然その時はまだ彩は学生で京都に2人で2ヶ月1回ペースでやって来ていた。妻直美に見つかっては大変なのでデートはもっぱら地方を選択していたのだ。
直樹は文武両道で、更には若くして料理の道でも勝ち組に登り詰め、何と度々テレビに取り上げられるほどの有名店に成長していた。正に人生に輝ける未来しか見えない、そんな輝かしい人生を歩んでいた。
こうして……無事に1年が過ぎ、これでやっと直美の嫉妬から解放されて2人は安心と気を緩めた。これが悪かったのか直美にまたしても気づかれてしまい、最終手段ニューヨーク行きを決めた。
浩一と彩は京都祇園にある「和食割烹光城」にはニューヨークに留学した為暫くお邪魔できなかった。
そんな時だ。真夏の太陽が照り付ける時期にまたしても2人は「和食割烹光城」に顔を出した。だが、エリート中のエリート浩一は折角休日だというのに、緊急の仕事が入り九州に向かった。
急な用事でその足で九州に行かねばならず、一緒に東京に戻る状況ではなかった浩一は急いで出て行った。それを見兼ねた直樹が様子を見て言った。
「どう致しましたか?」
「嗚呼……仕事で急遽九州に飛ばなくてはいけなくなりまして……」
「大丈夫ですよ。お嬢様の事なら僕が駅までお送りしますから……」
「気を使って頂きありがとうございます。でも大丈夫だよな彩?」
「大丈夫よ。新幹線に乗れば東京に着くから安心していってらっしゃい!」
「彩さん大丈夫ですか?」
「ハイ!」
この時が直接面と向かって話した直樹と彩の最初だった。
直樹は最初からスラリとした美人さんだとは思っていたが、じかに正面切って話して見ると……なんと可憐な少女というかまだ女というには早すぎる、初々しい彩に改めて魅力を再確認した。
丁度この時期彩はニューヨークに留学中で、夏休みという事もあって浩一に連れ戻されていた時期だった。ニューヨーク市はアメリカの大都市の中では比較的安全と言われているが、それでも日本とは比較にならないほど犯罪発生率は高く、邦人が被害に遭う事案も発生していた。
そういう事情もあって愛する彩にもしもの事があってはと呼び戻していた。彩にすれば折角帰って来ても浩一は仕事仕事で少しおかんむりだった💢💢💢
「彩さん今日仕事が終わったら京都を案内しますが?」何という事を、お客様に必要以上に入り込むとは……これでは仕事を利用したガールハントではないか。
「本当ですか?是非ともお願いします!」
直樹はこの頃人気の割烹「光城」の店主としてテレビで取り上げられ、人気のシェフに上り詰めていた時期だ。当然彩もそれは知っていた。お父さんのような経営者だけは絶対選ばないでおこうと決めていたのに、卓越した料理の腕前と、さして年齢も離れていないのに、経営者としてのポジションも確立した若きイケメン経営者に、更には若いのに人生を知り尽くしたような話口調に、すっかり魅了されてしまった。
一方の直樹も家に帰れば可愛い子供と愛する妻が待っている筈なのだが、彩を目の前に妻美穂は只の駄馬でしかない。若さと知性を併せ持つ、コロンビア大学に留学する優秀な女性に夢中になってしまった直樹は、4歳も年上の冴えない妻など完全に頭から離れていた。今目の前にいる大人になりかけた可憐な花彩とは到底比べ物にならない妻の事など……。
※駄馬(ダバ):優れた馬は軍事や行政用として用いられるのが常であり、輸送に用いられた駄馬は人を乗せて早く走らせることの出来ない質の良くない馬であった。 このため、転じて質の悪い下等の馬の事を一般に「駄馬」と呼ぶようになった。
この様な状況から2人はお互いにビビット来て、周りが見えなくなってしまったのだが、直樹が、彩に近付いたのはそれだけではなかった。
直樹は結婚して部品工場が、負債を抱えて二進も三進もいかない状態に追い込まれている現実に直面した。それはそうだろう。言ってみれば町工場だ。丁度2008年から続いたリーマンショックで世界的な金融危機と未曽有の不況に陥った時期だった。
※リーマンショック:2008年9月15日に起きた米投資銀行リーマン・ブラザーズの経営破綻を機に、世界的な金融危機と不況に発展した現象のこと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます