第6話 町内会長夫人
実は……元経済産業省の官僚で前田邸のご主人様は、半年前から「やすらぎ苑」のデイサービスに通い出していた。一般的に9時~17時な場合が多いが、朝食後から夕食前までの時間で設定をしている施設が多いが「やすらぎ苑」もその時間帯だ。
すっかり暇になった美智子様は寂しさも手伝って、9時~17時までの時間帯は町内で開催されている季節に合わせてお菓子やお茶を味わい、おしゃべりを楽しみながら歌を歌ったり、健康元気度チェックや健康維持のための体操等に参加し始めた。
それではご主人様は何故デイサービスに通い出したのか?
それが最近は筋力低下で奥様の手を借りる場面が多く見られるご主人様。そこで、奥様が提案した。
「「やすらぎ苑」でお友達を作り、専門家の力を借りる方があなたの為じゃない?」
「本当だなあ。まともに歩けなくなって来ているからなあ」
こうして美智子様は益々外部との付き合いが盛んになり、飛び回るようになって行った。
だが、そんなある日、謎多き女性貞子様の豪邸の前を車で通り過ぎようとした時だ。ガラス越しに世界平和、真実、救済という3つの信条なのだろうか、この文字がチラリと見えた。
その時だ。アップテンポな曲が大音量で流れたのだが、選挙演説の時に選挙カーから流れるような曲だった。それでも政治家だったらこのような言葉は発せないと思うのだが……。
口々に、「フォー!」というような声が鳴り響いたかと思うと、今度は「わぁー!」という悲鳴に似た声が聞こえて来た。これは、それこそ胡散臭い宗教団体なのだろうか?
美智子は空恐ろしいこの家庭に益々嫌悪感を抱くようになって行った。
一体貞子様は何者なのか?
★☆
「俺はこの日本を改革したい。今のままでは日本はおしまいだ!」
「あなたの言う通りよ。ガンバって下さいね!」
それでも全く真実が掴めない。
「俺はこの日本を改革したい。今のままでは日本はおしまいだ!」
この言葉からも日本の事を真剣に考えている好人物にしか思えない。そんな胡散臭い宗教団体を創設している人物にはどうしても思えない。夫稔氏はひょっとして政治家を裏で牛耳る超大物なのだろうか?日本有数の高級住宅地に居を構え、ましてやこれだけの佇まいなので、それこそ官僚の最高峰事務次官とかだったのだろうか?
この佇まいぶりからは相当の人物であったことは間違いなし。
※*政治家は国会議員などの選挙で選ばれて立法に携わる人。衆議院及び参議院の両議院で可決したとき法律となります。法律を決める人。
*官僚は省庁の役人で、特に地位の高い役人を指す。日本の政治が「官僚支配」と言われているのは官僚の力が強いのと、省庁の官僚が法律案を制作する場合が多いから。法律を作る人。
それにしてもこの豪邸には何か秘密が隠されているに違いない。若者たちは一体どこに消えているのか?
入っていく姿は度々目撃しているのだが、帰った形跡が見つかっていない。更にはご生前の主人稔様は見掛けるには見掛けるのだが、大概帽子を目深に被っているか、日中見掛けて声をかけても聞こえないふりをしてスーッと家にお入りになるので、実態が全く分からない。
只親しく付き合っていらっしゃる町内会長夫人雪乃様が1度言っていた話では「芸能人の大御所俳優「松方秀樹」に横顔がそっくりだった」という事なのだ。
それでも仲の良い町内会長夫人雪乃様ですら、あの「豪邸に一度もお邪魔したことがないので遠目に横顔だけなので、ハッキリ分からない」というのだ。
何故そこまでして実態を隠す必要があるのか?ここまで秘密主義の、まるで隠れるように生活するという事は、テレビでも昨今度々取り上げられている凶悪窃盗犯という事も十分に考えられる。だが、夫稔氏は数年前に他界している。
モンタージュ写真の人物に年齢といい顔の特徴といい、特徴がよく似ているという事は生前大犯罪者組織の頂点に君臨していたボスという事もあり得る。それでも町内会長夫人雪乃様が、どうしても一緒にとお誘いするので仕方がない。
ここで分かった事だが、雪乃様は町内会長夫人だが、夫勇氏は代々この地域に根付いているお寺永願寺の住職なのだが、永願寺の経営悪化で二進も三進もいかない状態に追い込まれているらしい。
お寺は、人口減少や過疎化、コロナ禍などの影響で経営が苦しくなり、赤字に陥っているお寺も少なくないと聞く。
お寺の収入源は、檀家からの布施や墓地経営、拝観料などだが、安定した収入を得るには、一定数の檀家を確保し、定期的に法要を行うことが必要なのだが、コロナ禍では3密回避「3つの密(密閉空間、密集場所、密接場面)」のため法事が減り、葬儀も簡略化されるケースが増えたため、寺院収入は減少した。
お寺の経営が苦しくなると、檀家に対して「本堂を修繕するので費用負担をお願いしたい」「廃寺にしたいので解体工事費を出してもらえないだろうか」などの申し入れを受けるケースもあり、檀家は益々お寺を遠ざけたくなる気持ちが出てくる。
例え町内会長といえども時の流れには逆らえなくて、生活に困窮しているという噂をチラッとだが、耳にした事がある。
この様な理由から謎のご婦人貞子様と町内会長夫婦が、何らかの方法で盗難を繰り返しているという事も考えられない訳ではない。
貞子様は夫を失い現在の生活を維持するのに困り果てて、一方の町内会長夫婦は寺の収入減で寺の存続も危ぶまれる状態に追い込まれているともなれば一寸先は闇だ。
だが、ここで問題になるのがセキュリティー対策だ。高性能のセキュリティーを搔い潜り忍び込むのは至難の業だ。よぼよぼとは行かないまでも、足腰も弱り若い頃のようにはいかない面々の老人に差し掛かったご婦人方が、最新鋭の機器を操作して侵入するなど並大抵の事ではない。実際の話、このようなご婦人たちに何が出来ようか?
見えない犯人???
一体犯人は誰なのか?
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