第4話 謎のご婦人


 産業省の元官僚前田邸の奥様の宝石4800万円の「奇跡の宝石サファイア」が盗まれた事件。このようにセキュリテイ万全なセレブばかりを狙った窃盗事件はこの高級住宅地で最近頻繫に起こっていた。


 それでは、どのような手口で網の目を潜り盗みを働くことが出来たのか?


 実は……この元官僚前田邸にも他人には口外していない秘密があった。実は長男は商社マンで海外赴任中という事になっているのだが、確かにコネで大手商社住吉商事に入社したにはしたのだが、ついていけずに僅か半年で退職していた。それ以来親戚筋の会社に就職させたり、自分で起業したいというので出資したりと手を貸して来たが、どれも長続きせず現在に至っている。


 見栄っ張りで世間の目を何より気にするこの夫婦は、実態を周りに知られたくないばかりに、現在45歳の長男は東京から遠く離れた石川県の山間部の町にマンションと車を買い与え、まるで世捨て人のように人の目に触れないようにひっそりと生活をさせている。


 だからこの長男誠が、家に帰って来て「奇跡の宝石サファイア」を持ち去ったという事は十分に考えられる。例え恥さらしな息子であっても、親にすれば目に入れても痛くない不肖の息子なのだ。例え金の無心で帰って来たにせよ、家に帰ってくれば親バカで家に入れてあれこれ世話を焼いているのが現状。


 だから長男誠は、セキュリティーに引っかからず家に出入出来るようになっているので、可能性は十分に考えられる。だが倉庫の中は厳重に「セコネ」に監視されているので例え息子といえど盗み出すところは厳重にチェックされている筈だが?

 という事は犯人は別にいるという事だ。

 

 ★☆


 あの日は松茸の最盛期の10月7日で、豊洲からその日に取り寄せた高級国産松茸を奥様たちで料理を作り楽しい食事会となった。


 先ず町内会長夫人雪乃様が最近頻発している窃盗事件について口火を切った。


「皆様はどう御思いになりますか?この地区は特にどこの御家庭もセキュリテイ万全な筈なのに、この様に高額な金品や宝石類バックなどが、次から次に盗まれる背景には何があるとお考えですか?」 

 

「本当に神隠しに遭ったような不思議な話よね?でもね……この犯人は案外身近に存在しているのじゃないかしら?第一身内だったら誰も怪しまないでしょう?」

 中小企業の会社社長夫人和子様が言った。


「確か怪しまれないけど……じゃー各家庭に泥棒がいて家族の物品をこっそり拝借しているという事?酷い話ね」今度は数年前に夫を肺がんで亡くした貞子様が応えた。


「でもね、我が家はアパートやマンションの賃貸経営をやって居りますでしょう。この辺りにも多くの土地やマンションを所有しておりますが、うちの従業員が言うには。この辺りで耳にした噂なのですが、寝たきりや身体が不自由になり介護が必要な状態になったご老人の家ばかりが被害に遭っているのだという噂なのよ。しかもセレブ御用達の老人ホーム「やすらぎ苑」に入居なさっているご老人の家庭ばかりが被害に遭っているのだというのよ」

 この一帯で賃貸アパートやマンションなどを経営している地主の奥様で良子様が不審に思い話した。


 確かに「やすらぎ苑」では、ホームシックにかかるご老人たちの為に、月に一度祖父母が家に帰れる事になっていた。当然、セレブ御用達老人ホームだけあってサービス満点。介護職員さんが付きっ切りで家の中を自由自在に動き回って至れり尽くせりである。まさか介護職員さんが泥棒するなんて誰が思おうか?


 確かに弱い者の味方介護職員さんだったら誰も疑わない。そこが盲点なのだろうか?

 

 まさか、弱い立場の老人の世話を親身になってやって下さる介護職員さんが、そのような卑劣な真似をする訳はないと思うのだが……。


 まあ疑えばきりがない。

 

 ★☆

 

「あの日は近所の奥様たちと和やかに親睦も兼ねて、1ヶ月に一回の気心の知れた奥様たちと楽しい時間を過ごしておりました。そして翌朝主人が重要書類を取りに倉庫に入ったところ、金庫の中に厳重にしまってあった4800万円の「奇跡の宝石サファイア」がなくなっていることに気づいたので御座います」


 この様に前田邸の奥様で美智子様があの日は主催なさって、皆さまをお呼びになり楽しいお食事会松茸尽くしの会食だった筈なのだが、一体誰が?


 そう言えば……お一人だけ謎のご婦人がいた。


 そのお方は『夫が亡くなり1人で豪邸に住む貞子様』「気さくで貞子様は絶対に外せませんわ!」そう強調するのは町内会長婦人雪乃様。


 他の地主婦人良子様や会社社長夫人和子様に、あの日主催なさった前田邸の奥様美智子様たちは、こぞって謎のご婦人貞子様を遠ざけようとお考えになっていらっしゃったのだが、なにせ町内会長婦人雪乃様が、頑としてそれを拒絶なさったので貞子様もグループの一員となった。 


 一体貞子様は何者なのか?


 この界隈でも目を見張る豪邸にお住まいなのだが、その実態は明らかになっていない。これだけの一等地にあれだけの豪邸をキャッシュでポンと購入したとんでもないお金持ち。だが、実態は何も分からない。本来ならば子供でもいれば子供は正直だから全て話すと思うのだが、ご夫婦2人きりでの生活。


 更には不思議なことに、若者たちが多くこの豪邸に出入りしているのだが、釈然としない。どういう事かというと……若者らしいハツラツとした連中ではなく、うつむき加減の青白いなんと表現したらよい者か?良く言えば知的で物思いにふける若者たち。悪く言えば精神に何らかのトラブルを抱える躁うつ病患者のような若者たちが、入れ代わり立ち代わり現れては消えていく。


 そして…時として妙に留守の日が多く続く事が有る。

 

 折角親しくなったのだから、秘密主義はよして断片的にでもご主人様の職業だけでも分かっていれば、他の3人も安心して付き合っていけるのに。


 まあセレブといっても豊かでさえあればセレブとみなされる。例え、悪に手を染め大金持ちになった悪党が高級住宅地いても何ら不思議はない。警察に捕まりさえしなければ実業家とみなされるのだから……。



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