第一章「ルドルフ魔術学園にて」

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「ねね、ガーネット見た!?すごかったよね!先輩たち!」

学園内のロビーにあるソファに座るガーネットの隣で黄色い歓声を上げる少女は、ガーネットの親友であるリリー・グレイだ。リリーは、先程終わりを告げた魔術実践会について、ガーネットに話しかけてきた。

「見た見た。すごかったよね。あの、最難関に合格するなんて」

「ほんとすごいよね!」

そう。あの最難関に、三人ほど合格したのだ。三人、と聞くと合格者が少なすぎでは?と疑問に思うかもしれないが、これが一般的な合格率である。それほど、この魔術実践会は難しいと言える。では、合格できなかった他の生徒たちはどうなるのかと言うと、やはり、留年するか退学するかの二択である。それでも、一つの疑問は残るだろう。一度留年した生徒はどうなるのか、と。はじめに、留年した生徒はまた一年間この学園に通うことになる。ただ、別に場所が設けられているので、そちらに通うことになるのだが。そして、いつものように訓練したのち、卒業が近くなると、こうしてまた実践会に参加する。けれどそれだと、永遠に卒業できなくなってしまう可能性がある。さすがに、そのループが続くと本人だけでなく学園側も困ってしまうので、留年生用に特別なコースが用意されているのだ。その特別なコースは留年生しか受けられない。というか、最難関に合格できる生徒が少なすぎるため、ほぼ全員がこのコースを受けている。ちなみに、内容はというと、実践会とほぼ変わらない。のだが、合格率が違う。はっきり言ってしまうと、実践会よりも合格しやすいのだ。一年間学園に通う代わりに、判定が易しいのだろう。まぁそうは言っても、国と人々を守る魔術師であるから、難しいと言えば難しいのだが、留年生は主にこのコースで卒業する。つまり、それなりの能力がある、ということだろう。

(それでも、やっぱり最難関の実践会で合格したい)

難しいのはよく分かっている。このルドルフ魔術学園に入学してから、何百人もの留年生を見てきた。自分はそうなりたくない。と、いつのまにか表情が固くなっていたのか、リリーが慰めてくれた。

「ガーネット、大丈夫だよ!私も絶対に合格したい。一緒に卒業しようね!」

「り、リリ〜」

友の気遣いに、ガーネットの心はじわじわと暖かくなる。あぁ、なんて癒しのある子なのだろう。リリーに思わず抱きつこうとしたその時、後ろから誰かが声をかけてきた。

「よぉ〜二人とも」

「レオ・ヘーゼルじゃない。どうかした?」

レオ・ヘーゼルとは、ガーネットとリリーの同学年で、一応友達である。

「いや、別にフルネームで言わなくても。んなことはどうでも良いんだよ」

「なんか一人で喋ってるね」

ズバッとリリーがガーネットに言う。きっとリリー的にはレオに聞こえないように小声で言ったつもりなのだろうが、レオにも思いっきり聞こえていたと思う。もしや、わざと聞こえるように言ったのだろうか。可愛い顔して恐るべしリリーである。まぁ、レオとリリーのやりとりはいつものことだとガーネットは苦笑する。

「ところで、レオ。なんか用があるんじゃなかったの?」

「そう!そうなんだよ!学園長が公開してたんだけどさ、二週間後に先輩たちの卒業パーティーがあるんだってさ」

何を言い出すのかと思えばそれか。卒業パーティーなんて毎年あるから、そんなにはしゃがなくても良いものを。大体、卒業パーティーは、実践会の二週間後にあると決まっている。そもそも、卒業パーティーをしても、実践会に合格した三人以外は留年なのだ。わざわざする必要があるのかと疑問に思ってしまう。合格したお祝いだけではダメなのだろうか。

「毎年のことじゃん」

再びリリーが突っ込む。もはや、リリーはすぐリオに突っ込みたがる。レオは心が痛いのか、胸らへんを押さえた。

「あれ、レオってそんなキャラだったっけ」

「はいはい。もう終わりね。本題に入ろ」

幾度となく、レオに突っかかろうとするリリーに、ガーネットは声で制止する。こうして二人をまとめるのがガーネットの役目なのである。たまに呆れることもあるが、なにかと楽しいと思っているのは、不本意なところだ。つまり、楽しくやっている、ということだろう。ガーネットの心に、誰かがそう囁いた。

(って、本題忘れてた)

自分が一番本題に入れていないことに、恥ずかしくなる。ごほんとひとつ咳払いをして、恥ずかしさをごまかす。

「で、レオなんだっけ」

「なんか今回の挑戦状は自分で衣装作ることらしいぞ」

「えっ」

「そうなの!?楽しみ〜」

ルドルフ魔術学園には、数々のイベントがある。第一のイベントといえば、魔術実践会だが、第二のイベントといえば、この卒業パーティーなのだ。しかし、ただの卒業生を祝うパーティーではなく、必ず挑戦状というものが学園長から与えられる。その挑戦状は毎年異なるのだが、今回は自分で衣装を作ることらしい。さすがは魔術学園。ただ作るだけでは終わらない。卒業パーティーで誰が一番出来がいいのか判断されるのだ。ワクワクとした様子でいるリリーとは反対に、ガーネットの心は重くなり始める。別に嫌なわけではない。ただ、ただ、、、。

(裁縫の魔術はちょっと苦手なんだよなぁ)

もちろん手縫いやミシンを使ってもオッケーらしい。だがしかし、あと二週間しかない。それに、午前午後はちゃんと授業があるし、夜は課題もある。ほとんど時間がないのだ。魔術なら、二日もあれば完成してしまう。それでも、苦手なものは苦手なのが人間である。できれば、もっと前に知らせてほしいのが本音。

(短時間でどれだけ完成度の良いものができるのかが見どころなんだろうなぁ)

そんなことを思いつつも、気がつけば、リリーはペンとスケッチブックを手に、ドレスの構造をデザインしていた。やはり、できる者は違うのかと気づかされてしまう。あれをこうして、それはこうして、、、と工夫を凝らしているリリーのスケッチブックを覗いてみてはそう思う。

(大丈夫かな、、、)

ガーネットは仲間探しをしようと見上げると、リリーの頭の回転の速さに圧倒されているレオがいた。

「レオって、裁縫の魔術得意?」

男だから裁縫はしないかと軽く見ていたのだが、次のレオの言葉はガーネットの心をえぐるだけだった。

「裁縫の魔術か。母親に教わったから、高度なことはできないが、一通りできるぞ。母親もこの学園の卒業生だからさ、その時に自分で衣装作ったらしいから、俺にも、って」

「へ、へぇ〜、そ、そうなんだ」

(この裏切り者め!)

もし、裁縫の魔術が苦手なのであれば、笑ってやろうかと思ったのに。これでは、逆に自分が笑われてしまう。ガーネットはなんてレオに言葉を返せば良いのかわからず、曖昧に返事をした。仲間探しは失敗である。

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