第3話 シックスセンス
仕事からの帰り道。
ペンタローとやいのやいの言っていると、反対側から子供連れの女性が歩いてくるのが見えた。
「あれ、パンちゃん?」
「あ、パン君だ!」
「なんか変なの連れてる!」
幼馴染のミラだった。パンツは平常心を装いつつ右手を上げた。
「仕事帰り?」
「うん。そっちは?」
「タバサさんのところに行ってきたの。ほら、最近腰が痛くて畑仕事もままならないらしくて。お手伝いしにね」
パンツは適当に相槌を打ちながらペンタローをチラ見した。ミラの子供たちに前後を囲まれていた。二足歩行の謎生物に興味津々らしい。このままではしっちゃかめっちゃかにされるのが目に見えていた。
パンツは子供達に向かって口を開いた。
「そいつに触ったら、おちんちんが痒くなるよ」
『え?』
「ちょま」
ペンタローを守るためだった。性病になると脅せば遠ざけられると思った。
しかしパンツは痛恨のミスを犯していた。
「えと、私たち、おちんちんないけど……」
そう。ミラの子供は2人とも女の子だった。パンツの脅しは全く効いていなかった。
「パンちゃん。えーと、頭大丈夫?」
「……………」
ミラの問いに無言で返す。パンツは頭が真っ白になっていた。パンツだけに真っ白、としょーもないことをリフレインするほど混乱していた。
「あの、ごめんね。疲れてるんだよね。えーと、その子はペットかな。今度紹介してね。さ、2人とも行こう」
「うん。パン君、お大事に」
「じゃあねパン君。ゆっくり休んでね」
3人は心配そうな表情を浮かべながら去っていった。
「……」
パンツは思った。
女系家族は厄介だなと。
★★★★
夕食にて。
相変わらず家計を圧迫するという理由で飯抜き状態のペンタローが怒りの水がぶ飲みタイムに入っていたところで不意に声を発した。
「そういやさっき会った女。あれが幼馴染のミラ?」
「そうだよ」
「ふーん。中の中の上って感じ。村の中じゃ上玉なのかね」
ペンタローの推察通り、村の中ではトップクラスの美貌だった。パンツも綺麗だと思っていた。
だがペンタローの口ぶりでは、彼女よりも更に綺麗な女性が存在するらしい。ほとんど村から出たことが無いパンツには想像できない世界だった。
「あの女さぁ、なんか臭うな」
「ワキガ?」
「ちゃうちゃう。物理的な方じゃなくて。怪しいって意味」
パンツは首を傾げた。ペンタローの意図が分からなかった。
「んー、具体的に何がってわけじゃないんだけど。俺の直感がビンビン反応してる。あいつなんかあるって。同性ゆえの気づきかね」
「え」
パンツは驚いた。そんなことがあるのかと。
「ペンタローって女の子だったの?」
「いや?」
「じゃあ男の子?」
「いや?」
「え?」
パンツは混乱した。本日4度目の混乱だった。今日はよく混乱する日だと思った。
「性別は秘密よ。秘密。ほら、ペンギンは秘密を着飾って美しくなるって言うだろ?そういうことよ」
「なるほどね」
「納得するのもおかしいヨ」
よくよく考えると女でも男でもどっちでもいいと思った次第だった。
「………あっ」
「お。どったの」
パンツは唐突に思い出した。ある意味必然だったかもしれないが、彼にとっては急に記憶が蘇った感じだった。
「ボクの母上が聡明で美しくて温厚で謙虚で誰もが羨む完璧な女性であったことは以前話したと思うけど」
「いや初耳よ。てか完全なるマザコンじゃね?」
「そんな母上が、ミラの背中を見つめながらポツリと零したことがあるんだ。女狐が………って」
「まじ?」
「うん。母上からそんな言葉が出るなんて信じられなかったら、今の今まで記憶違いだと思い込んでたんだけど。たしかに言ってた、と思う」
「はーん。パンツから見てミラは女狐っぽいことしてたの?」
パンツは首を横に振った。まるで思い当たる節が無い。だからこそ母親の言葉を飲み込むことが出来なかった。
「ミラは昔から優しくて、頭も良くて、でも少しドジな可愛い女の子だった。母上には劣るけど」
「母ちゃん好きすぎだろ」
当たり前だと言わんばかりに頷く。男はみんなマザコンだとパンツの読んだ本にも書いてあった。だから間違っていない。パンツは自分がマザコンであることを強い心で受け入れていた。
「これはあれですな。事件の匂いがしますね。ぺろり」
「事件て?」
「保険金詐欺とか、遺産目当ての毒殺とか。ほら、女狐ってそういう感じじゃん!」
「……………?」
謎の単語を発するペンタローに首を傾げる。
ただそんなところも含めて嫌いではなかった。
★★★★
今日はガンヌのお供として魔物狩りに出ていた。
ガンヌが魔物を狩る理由は2つある。1つは村長の息子として村の治安を維持するためだ。定期的に村周辺の魔物を間引くことで村への被害を最小限に抑えている。
もう1つは金になるからだ。魔物ごとに決められた特定の部位を売却することで少なくない金が手に入る。珍しい魔物や強い魔物は数万、数十万の金になることもある。一攫千金も夢ではない。
ガンヌは村で一番強い男だった。身長は180cm以上あり、筋肉も隆々だ。ガンヌが魔物を狩る行為は適任と言えた。
「はぁー、最近寝不足なんだよな。かったりー」
「………」
「ミラの奴が3人目を欲しがってなぁ。寝かせてくれないんだよ。ほんとかったりーわ」
「………」
「ミサとミアはあれ、なんだっけ。反抗期?話しかけても無視するしさぁ。かったりーよな」
「右の方向、50の距離。ブラックアントが2匹」
「お。いたか。相変わらず索敵だけは上手いな」
ガンヌのファミリートークを無視して報告する。
パンツは長年ガンヌのお供を続けたことによって、索敵能力がメキメキと向上していた。今では魔物がパンツたちに気づく前に奇襲をかけられるようになっていた。
パンツの言葉を受けてガンヌが中腰で目標に向かっていく。ガンヌであれば、2匹程度なら難なく倒せるだろう。
「………あれ?」
周囲を見渡す。ペンタローがいない。つい先程まで後ろをトコトコついて来ていたはずだ。
パンツの索敵にも引っかからない。どこへ行ったのだろう。少々の不安を抱えつつもガンヌの帰りを待つ。ガンヌを置いてペンタローを探しに行くわけにはいかなかった。
「あのさ」
「!?」
振り返る。すぐ真後ろにペンタローがいた。いつものまんまるお眼目でパンツを見上げている。
「いつからいたの」
「え。ずっといたけど。だって俺達ズッ友じゃん!」
「ほんとに?さっきいなかったよね」
「いやいたって。なんか急にソワソワし出したなぁとは思ったけど。もしかして俺のこと見えなかった?」
パンツは肯定も否定もできなかった。ペンタローの言葉が正しいならば、先程は見えなかった。だが今は見えている。この違いは何なのだろう。
ここでパンツはある物語を思い出した。
死んだ父親があの世から戻ってきて、我が子のために色々と助言する。子供は父の助言に従うことで王国の出世街道をひた走る。そうして王様の右腕の地位にまで上り詰めたところ、父親の姿が見えなくなる。そんな話だった。
もしかしたらそういうことなのかもしれない。
「さよなら、ペンタロー」
「え。なんか壮大な勘違いしてない?おれ死なないよ」
「お供え物は水でいいかな」
「水が好きなわけちゃうから!あんさんが貧乏だから仕方なく水飲んでるだけだから!」
別れは必ずやってくる。母親ともそうだった。悲しいがそういうものなのだ。
パンツは襲い掛かる寂寥感と必死に戦いながらガンヌの帰還を待った。
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