第2話 名前

 翌日。


 仕事から帰還したパンツは、手洗いうがいもそこそこに地下室の扉をくぐった。


「ん?あ、おかー」


 パンツの目に映ったのは、お尻をぼりぼりかきながら読書に勤しむ白黒生物の姿だった。


「ただいま」


「ああ。おか」


「ただいま」


「あ?おかーー」


「ただいま」


「え、うん。おかえり」


 無機質にただいまを繰り返すパンツに怪訝な表情を浮かべつつ言葉を返す。


「夕飯作るけど。食べる?」


「あー。本来はいらんけど。ほら、俺って魔力さえあればいいから。でも作ってくれるなら食べる」


「じゃあ作らない」


「なんで!?」


 飛び跳ねる物体を無視して地上空間へ戻る。ただでさえカツカツなのに、謎の同居生物に食糧を分け与える余裕はない。パンツは心を鬼にして生物のツッコミを無視した。




 ★★★★




 パンツがちょうど夕飯を食べ終えたタイミングで生物が地下から出てきた。


「ご飯はいらんけど、お茶くらいは飲ませて―な」


「いいよ。自分で作るなら。あとボクの分も入れて」


「2日目にして扱い雑くない……?」


 ぶつくさ言いつつ生物がえっちらおっちらお茶を作る。水と茶葉を混ぜただけのやつだ。


「ほい。どうぞ」


「ありがとう」


 お茶をズズズと飲む。パンツは思った。滅茶苦茶マズいと。だが折角入れてくれた相手に文句を言うのは憚られた。


「どうよ」


「控えめに言って、死んでほしい」


「控えめの意味分かってる!?」


 生物もお茶をすする。「あ、ほんとだ。まじぃ」と言いつつグビグビ飲んでいく。


「あ、そういやさ。俺の名前考えてくれた?」


「名前?ボクが付けるの?」


「もちのろんよ。だって俺を召喚したのお前……ってかお前の名前なに?」


「パンパーツ」


「え。変な名前。赤ちゃん御用達かよ」


「村の皆はボクのことをおぱんちゅサムライと呼ぶ」


「サムライどっからきた」


 パンツは手元に召喚の魔法書を手繰り寄せ、ページをめくった。召喚対象リストが終わった次のページに目的の記載があった。



 ◆召喚に成功したあなたへ◆

 ・まずは名前を付けてあげましょう。本を手に持ち、声高に叫ぶだけで良いです。



「ボクが名前つけるみたいだね」


「だからそう言ってんじゃん。かっちょいいやつにしてや」


 パンツは考える。社会経験こそ浅いものの、何百何千の本を読破してきた彼の頭は知識の宝庫。たかが一生物に名前を付けるなど造作もない事であり、また生物が気に入りそうなファンタスティックでエキセントリックな名前も数十の候補が思い浮かんでいた。


 そうして魔法書を手に持った彼は口にする。


「君の名前は、ペンタローです」


「安直ぅ!」


 瞬間、恒例の光が魔法書から放たれる。パンツは失明の危機を覚えつつも光の収まりをジッと待つ。


 光が収まったことを悟り、眼を開ける。するとパンツの目の前に例の謎ウインドウが浮かんでいた。



 -----------------------------------------------------------------

【名前】ペンタロー

【種族】プラスチックペンギン

【アクティブスキル】

 ・イミテーション

【パッシブスキル】

 ・シックスセンス

 -----------------------------------------------------------------



「おお」


 感嘆の声を上げる。どうやら名付けに成功したらしい。


 謎の生物改めペンタローは、頭をポリポリかきながらため息をついた。


「なんかご主人様って滅茶苦茶独特っていうか、個性強いっていうか、不思議系男子っていうか。ってか何歳な感じ?まぁまぁ若そうだけど」


「34歳」


 途端、ペンタローがお茶を噴き出した。パンツは華麗な動きで茶飛沫を避けた。しかしながら何の間違いか、顔全体が水で滴っていた。


「えぇぇ!?ウソでしょ。オッサンじゃん!紛うこと無き中年差し掛かりじゃん!見た目とのギャップありすぎぃ!」


「こう見えて、未婚」


「それは分かる。だってこんな狭苦しい家に住んでるし。ご主人以外にヒトの気配ないし。童貞みたいな外見してるし。てか父ちゃんと母ちゃんは?」


「父は知らない。最初からいなかった。母上は10年前に死んだ。それからボク独り」


「ふーん。シングルなマザーってやつね。珍しくもない話ね。ってか家族以外のことも聞かせてよ。就業状況とか経済状況とか周囲の人間関係とかエトセトラ」


「ヒトのこと聞く前に自分のこと話せや、この豚野郎」


「えぇぇ、豚要素ゼロなんですけど…」


 ぐいぐい来るペンタローに少々のウザさを感じる一方で、パンツはほのかな喜びも抱いていた。


 彼は久しぶりに対等な立場の相手と言葉を交わしていた。




 ★★★★




「おお、パンツ。来たか。今日も………なんだそいつ」


 パンツは仕事のため村長の家を訪れた。傍らにはペンタローの姿もあった。


「ペットです」


「ペットだぁ?普通は犬猫だろ。よく分からん見た目だし。まさか魔物じゃねえだろうな?」


「違います。魔物だったら襲い掛かってきます」


 魔物の中には攻撃しない限り襲い掛かってこない大人しいモノもいる。パンツは文献でその知識を得ていたが、片田舎の村長では到底知り得るものではなかった。


「あー、そうだな。じゃあなんだ?」


「ボクも先日拾ったばかりなので。よく分かりません」


「はぁ。なんで連れてきた?」


「家に置いていくと暴れるので」


 本当は読書に飽きたペンタローが無理やりついてきただけだった。追い返すことも出来たが、ストレスを溜めすぎるのもよくないと思った。パンツは配下のストレス管理に重きを置いていた。


「はぁ。よく分からんが、仕事に影響がないならそれでいい。もし能率が下がるようならそいつを捨てさせるからな」


「はい。分かりました」


「じゃあまずは薪割りからやれ」


「はい」


 村長に頭を下げて家を出る。ペンタローは特に何もせずトコトコついてくる。


 薪割りのために離れの小屋へ移動する。ペンタローもついてくる。


 小屋の中に入る。そこで初めてペンタローが口を開いた。


「あの村長、絶対横領とかそういう悪い事してるぞ。そんな顔してた」


 開口一番の村長バッシングにパンツは曖昧な表情を浮かべた。


「だからほら。借用書も偽物だって。村長がスゴテクで偽造文書作り上げたんだって。だっておかしいじゃん?ご主人の母親が死んでから、急に借金あるって出してきたんだろ?これ村長やってるって」


「そんなことする理由ある?」


「あるよ。タダ同然で働き手が手に入るじゃん。しかも死ぬまでの生涯奴隷契約よ。あーあ、ご主人も変な奴に目を付けられたねぇー」


「……………」


 パンツも考えなかったわけではない。もしかすると騙されているのかもと。だが借用書は公的文書の体を為していた。『借金のすゝめ』という文献で目にした本物の借用書と寸分違わなかった。果たしてこんなド田舎の村長に本物そっくりの借用書を用意することなど出来るだろうか。


「借用書が本物かどうか確認できないん?何とか書士とかおらんの?」


「街に行けば確認できると思う」


「じゃあ行こうべ」


「無理」


「なんで?」


「街まで歩いて7日くらいかかる。それに借用書は村長の家の金庫に入ってるから手に入らない」


「ほーん。まぁまぁきびいね。じゃあ逃げ出そうべ」


「逃げた事実が確認されたら、本物の奴隷になる。そうなると、少なくともこの国では一生奴隷のまま」


「あーそうなんだ。ふーん。あれ、詰んでね?」


 パンツは再び曖昧な表情を浮かべた。詰んでいるのは当の昔に分かっている。単純な腕力も無ければ人に頼るつてもない。あるのは文献で得た知識だけだ。


 パンツは10年もの間もがき苦しみ、そして何も得られていない。


「にゃるほどねぇ。ご主人が能面フェイスになった理由が分かった気がしたぜ。てかあれ?ご主人、さっき村長からパンツって呼ばれてなかった?おぱんちゅサムライじゃないん?」


「…………物覚えの良い奴は嫌いだ」


「記憶力良くて怒られるの初めてよ」

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